貴族・皇族の子弟で、一般市民の子どもたちのような「アルバイト三昧の生活」を送る子はほとんどいない。一般生徒の「アルバイト」にあたる業務が、領国経営や国家・大公国での公式行事運営などの公務である。RBS高等部に進学した上流階層の子弟は、これらの公務経験を積むことで「ノブリス・オブリージュ(持てる者の務め)の精神を学ぶ。
ただし、アルバイト経験がある貴族・皇族の子弟は、一般市民が思っているよりずっと多い。黙っていても将来が安泰で、しゃかりきにアルバイトに打ち込む必要がない彼らにとって、アルバイトとはボランティア感覚に近いのだが、それでも「いい社会勉強になった。経験してよかった」と思っている子は沢山いる。
かくいう私も中・高等部在学中、宮殿近くのハンバーガーチェーンでアルバイトをしていた。他の業種に比べて時給は高くなく仕事もきつかったが、他の階層に所属する同世代の人たちと知り合うことができた。彼らとは今でも頻繁に連絡を取り合い、一緒に遊ぶ機会も多い。だが残念ながらほとんどの上流階層の子弟は、そこまでの付き合いはないようだ。
そして、ここからはまたオルガの話に戻るね。
さっきも私がいったとおり、彼女は家族から上流階級に必要な教育を、ほとんど受けないまま成長した。RBS初等部四年生に転入してからも、彼女はこれまでの生育環境が災いして、クラスでも孤立した。もちろん、私をはじめ何人かのクラスメートは、彼女のプライドを傷つけないような言い回しで、事あるごとに彼女に忠告したり、周囲に溶け込めるよう努めた。だが残念ながら私たちのそうした心遣いが、彼女の心に届くことはほとんどなかった。それどころか、私たちの助言が助言をするたびに、彼女は相手に突っかかる態度をとった。
だから中等部に進級する頃には、彼女に忠告する友人はいなくなった。本当のことを言えば、私も彼女と関わりたくなかった。進級のたびに「彼女と一緒のクラスにならないように」と、教会でお祈りしていたものだ。だが残念ながらその願いは、高等部卒業まで叶うことはなかった。
彼女とは従姉妹という立場に加え、父親である大公から「オルガのことをよろしく頼む」といわれていたため、私は怒りを押し殺しながら、彼女にいろいろと忠告をし続けた。私の友人たちは、私がオルガに注意する姿を見るたびに
「相手が親戚だとは言え、あなたも大変ね」
と、侮蔑の混じった表情を浮かべた。彼女達からそのような対応をとられるたびに、オルガが従姉妹ではなかったら、どんなにか精神的に楽になったろうにと、当時は思っていたものである。
級友、親類から邪魔者扱いされていたオルガだったが、今まで自分に付き添っていた不良仲間だけは、事件が起こった後も、今までのような関係が続くと思っていたようだ。
だが彼らがオルガとつるんでいたのは、彼女が「皇族」だからに過ぎない。この先も皇女でいられるかどうかわからない人間に、媚び諂う人間はいないものだ。一人減り二人減り、いつしか彼女と行動を共にする人間は誰もいなくなった。思ってもみなかった現実に、彼女は打ちのめされた。そしてそのタイミングを見計らったように、実父から勘当通告を突きつけられた彼女は、実家の自室に引きこもって一晩中泣き明かしたらしい。
「こんな家なんかに住みたくない! 出ていけばいいんでしょ? だったらお望み通り、この屋敷から出て行ってやるわよ! 」
数日後、彼女は大公に啖呵を切ったが、親兄弟の反応「どうぞ出て行ってくれ」という態度だったそうだ。
そりゃそうだろう。その頃の彼女の私生活は、でたらめの極みだったからだ。
寝坊夜更かしは当たり前、学校は遅刻早退無断欠席の常習犯。私は担任から、毎日授業開始前・授業終了後のホームルームがある度に、オルガが学校に来ない理由を聞かれるのがとても嫌だった。そんなふざけた授業態度にもかかわらず、なぜか彼女の成績はよかったのが不思議だった。どうせ不良仲間とつるんで集団カンニングでもしているんだろうと思っていたのだが、彼らも学校の成績はわりとよかった。今から思うに、彼女は彼女なりに、友だちを選んでいたのだろう。
もちろん、異性関係もだらしがなかった。オトコとのデートを優先するために、先生の隙を見ては勝手に早退し、深夜近くまで街中をうろつくことは日常茶飯事。当時の私と友だちは
「エルヴィラ、またオルガが男と一緒にホテルに入っていったのを見たわよ」
「で、今日はどのオトコと? 」
というやりとりはしょっちゅう。ある時は彼女の部屋を訪問したら、オトコと一戦交えていた最中ということもあった。しかし彼女はそれに動じることなく、しれっと最後まで楽しんだのだから、いったいどんな神経をしているのだろうと、私は内心呆れかえった。