私とオルガのやりとりを、アダルベルト副書記官長は、表情を変えずに見つめている。
「でもね~」
私はオルガをからかう口調で声をかけると、間髪を入れずに
「いつまで調子に乗ってんのよ、この不良娘! 私はこの屋敷の主人なんですからね! 私がこの屋敷から追い出したら、あなたは即座にホームレスになる身分になるってことを忘れているわけじゃないでしょうね! 」
と、いつにもなく強い口調で、オルガにいってやった。
それを聞いたとたん、みるみるうちにオルガは顔色が真っ青になった。自分がこの屋敷を追放されたら、本当にホームレスになるということはわかっているようだ。
「エルヴィラ・ジャンヌ・マリナ・カーリン・フォン・ゾンネンアウフガング=ユーベル殿下、オルガ・エリザベータ・リイナ・キャスリーン・デア・ラドスラヴ=ネマニッチの図に乗った放言の数々、どうぞお許しください」
オルガは私に向き合うと、私に何度も何度も頭を下げた。
「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ……ああおかしい」
私とオルガのやりとりを見ていたアダルベルト副書記官長が、大声をだいて笑い転げていた。とたんに私とオルガが、気まずい気分になったのはいうまでもない。
「いやいやいや、これはどうも失礼しました」
コホン、と一つ咳払いをした後、姿勢を直して、視線を私たちに向けた。
「オルガ殿下、今のはちょっとおいたが過ぎたようですな。気をつけないと、どこからかしっぺ返しが飛びますぞ」
オルガは副書記官長の発言を聞いて、何度も「すいません」と繰り返していた。顔は真っ赤で、額には汗も浮かんでいる。
「アダルベルト副書記官長、オルガにはこの後もよく言い含めますから」と私はいった。
「彼女、ちょっとこちらが手を抜くと、すぐに調子に乗ることが多いのは事実ですわ」
でもね、と私は言葉を続ける。
「でも、学校の勉強はわりとできるんですよ。授業態度はあまりよくありませんが。でも試験前は一生懸命勉強していますから」と、私はさりげなくオルガをフォローする。
「『わりと』は余計でしょうが」ぶすっとした表情で、オルガが口を挟む。
「お互いに、苦手科目を教え合ったりしています」
オルガのツッコミを無視して、私は言葉を続ける。
「でもオルガの教え方は、あまり上手じゃないんですよ」
「自分の不勉強を棚に上げないの」と、オルガも負けずに言い返す。
「だって本当だもん」
「おいマリナ、てめぇ……」
私たちの掛け合いを無視して、副書記官長は
「お二人は、ルイーゼ殿下の勉強を見てあげないのですか? 」
と質問してきたので、私とオルガはほぼ同時に「いいえ」と反応した。
「ルイーゼは優秀ですから」と、私。
「常日頃から『私は賢くて美人』と、あちこちでさりげなくアピールしてるから、彼女」
と、オルガも苦々しい表情で返事をした。
まあまあ、と副書記官長はオルガをなだめながら
「ルイーゼ殿下は、オルガ殿下にヤキモチを焼いているんですよ」
といった。
「私にヤキモチを? それは悪い冗談ですわ! 」
「そうですかね?」と、ニヤニヤしながら彼は返事をした。
「オルガ殿下のいいところがわかれば、ルイーゼ殿下の態度も少しは変わるでしょう」
「そんな日が、いつか来るのかなあ」と、オルガが嘆息する。それからはしばらくは、重苦しい沈黙が、その場を支配していた。
その雰囲気を変えるべく、副書記官長が「ああそうだ」といった。
「オルガ殿下に対人関係のアドバイスをしようとしたのですが、お二人の会話が弾んでいたんで、すっかり忘れてしまいました」
すかさずオルガが
「マリナが、私がメンデルスゾーンという単語を口にしたのを面白がっていたから、話が脱線しちゃったじゃないの! 」
と、私を横目で睨みながら返事をした。
「ええっと、どこまで話が進んだんでしたっけ? 」
「私は先ほど、誰からも嫌われない人間というのは、この世には存在しないということを申し上げました」と、アダルベルト副書記官長はいった。
「メンデルスゾーンを嫌う人がいたんですか?」オルガが、副書記官長に質問する。
「メンデルスゾーンがユダヤ系だったことは、オルガ殿下もご存じでしょう? 」
「はい、それは存じています。つまり、ユダヤ人を嫌う人たちは、彼を嫌っていたということなのですか? 」怪訝な表情を浮かべながら、オルガが尋ねる。
「確かに、彼には沢山の友人がいました。しかし残念ながら、彼を嫌う人間もいたのは確かです」
と副書記官長は答えた。
「彼はユダヤ系で、しかも実家は裕福な大銀行家だった。だから生前から彼の一族は、いわれなき中傷を受けていたそうですよ」と、アダルベルト副書記官長はいった。
一呼吸おき、彼は言葉を続けた。