「マリナ……アンタって子は……本当に怖ろしい子……」
私を見つめながら呟くオルガは、明らかに動揺していた。身体がブルブル震えている。
「フン、だからなによ?」
青白い顔で私の表情を窺うオルガに対し、私は素っ気ない口調で答える。
「ひょっとしてあなたは、自分の身元引受人が私だと知った時、内心『しめしめ』とで思ったんじゃなくって? 『マリナはチョロい、だから私のご機嫌を損ねないよう気をつけていれば楽勝』とでも思ったんでしょ?」
オルガは「う……」とうめいたきり答えない。その様子から見る限り、おそらく私のことを甘く見ていたのだろう。
「そう思ってるのなら、甘い甘い。あなたひょっとして、なんだかんだ言いつつも『マリナは私の言うことを聞いてくれる』って思っていたのよね?」
それでも、オルガは何の反応も示さない。
「文句があるんでしょ?だったらこの機会になんかいいなさいよ。自分に都合の悪いところを指摘されたら黙るのは、卑怯者じゃなくって?」
オルガはばつの悪そうな表情を浮かべながら、視線を私に向けた。しかし、すぐに視線を下に向ける。
たぶん彼女のとった態度は、反省の姿勢を見せているつもりなのだろう。でも私は、すぐに彼女の気持ちを受け入れる気にはなれなかった。
「バッカじゃないの? 」
私は、オルガにそう呟いた。それをきっかけに、彼女に対する恨み辛みが次から次へとあふれ出て、止まらなくなった。
「私が周囲から『なにを考えているのかわからない』って陰口を叩かれているのを、あなただってよく知っているでしょ? 正直、あなたの身元を引き受けると発表したことだって、周りの人たちは賞賛するどころか『エルヴィラ皇女殿下は、とうとう気が触れたか?』とさえ口にする関係者もいるのよ? そりゃそうよね、あなたみたいに自堕落な生活を送る人間が親戚にいること自体、私も妹も恥ずかしく思っているんだからね」
オルガは小声で「う、うん……」と呟いた。しかし、視線は下を向いたままだ。
「あなたとの同居を決めたことをみんなに話したら、知り合いという知り合いが私を止めたわ。『アンタ、本当にバカよね。貧乏くじを引くってわかっていてるの?』ってね。でも、私はあえて火中の栗を拾う決断を下した。どうしてかかわかる?」
「従姉妹だから?」オドオドした様子で、ようやくオルガが口を開く。
「それもあるけど」と私は言うと、少し間を開けて言葉を続けた。
「あなたに皇女として必要最低限の知識を習得して欲しいと思ったから。もちろん、お屋敷の運営に必要なことも学んでもらうからね。それでしかるべき時期が来たら、さっさとこの屋敷から出て行ってもらうから」
「そんな……そんな……」ブルブル震えながら、オルガは私の様子を窺う。
私は「チッ」と舌打ちをしながら、オルガをにらみつける。
「今さらとは思うけれど、この屋敷に来たからには、今この瞬間からは私の言うことに全て従ってもらいます。異論反論は受け付けないし、口答えは絶対に許さない。もちろん、私に嘘をつくのはもってのほか。もし改善の見込みがないと私が判断したら……」
「覚悟しています、エルヴィラ・ジャンヌ・マリナ・カーリン・フォン・ゾンネンアウフガング=ユーベル皇女殿下」
「覚悟、ね」冷ややかな口調で、私は彼女に答える。
「屋敷の主人である私の前でその言葉を口にした以上は、私の言いつけには全て従ってもらうわよ。今から私とあなたは『従姉妹』ではなく『上司と部下』ですからね。くれぐれもそのことは忘れないように」
「かしこまりました、エルヴィラ・ジャンヌ・マリナ・カーリン・フォン・ゾンネンアウフガング=ユーベル皇女殿下」
しおらしい態度で、オルガは私に返事をした。しかしその態度から出る声からは、彼女の「覚悟」のほどがまるで窺えなかった。
「オルガ・エリザベータ・リイナ・キャスリーン・デア・ラドスラヴ=ネマニッチ、声が小さい。あなたさっき口にした『覚悟』はそのの程度のものだったの?」
思わず私は、オルガに大声を出した。
私が、他人を怒鳴りつけることはめったにない。というか、私は彼女を怒鳴りつけるつもりは全くなかった。
しかし私が発した声に怖じ気づいたのだろう。オルガは勢いよく椅子から立ち上がると、先ほどと同じ挨拶をし、深々とお辞儀をした。
オルガがゆっくりと上半身をあげると、私は彼女を抱きしめた。
「怒鳴るつもりはなかったの。大声を出したことは謝るわ」
耳元で囁くと、彼女は首を縦に振った。
「でも、私たちの関係は『上司』と『部下』という認識は、当分の間変えないわよ。今後はあなたも、そのことを、たえず頭の中に入れておいてね」
オルガは静かに頷くと
「わかりました、殿下」
と応じたのだった。