私たちが話しているのは、現在枢密院と貴族院で話し合われている、ある人物の叙任問題についてである。
この国のみならず、全世界の食糧事情を牛耳っている彼のことを、よく言う人はほとんどいない。というか、皆無といっていい。もし彼のことをよく言う人間は、ほぼ利害・利権がらみと思って間違いない。
今話題に上っている人物が社長を務める「レーベンスミッテルゲシェフト・ゲゼルシャフト」という会社は、私たちが生まれる200年近く前に設立された。設立当初は、食料品全般を中心に扱うスーパーだった。
ところが現社長の祖父が入社し、彼が猛烈な社内での権力闘争に勝って社長に就任すると、彼はたぐいまれな経営手腕を発揮して、会社の事業規模を急速に拡大させた。彼の代で国内の食糧市場を制圧すると、その息子は種子事業に手を伸ばし、彼の会長在任中に世界中の種子業界を掌握した。そしてその息子である現社長の代になると、本格的に食糧工場増設に力を入れ、彼は全世界の食糧・食品業界の頂点に君臨する。
しかしその反面、この二人の行動と言動には、常に批判の言葉がついて回る。特に現社長には、社員を「モノ」として扱っている姿勢が顕著だという評価が定着した。私自身、現社長がとある地方の酪農家を訪問したとき、搾りたての牛乳の中に、自分が吸ったタバコの吸い殻を捨てただの、出された料理に、一口だけ口をつけただけでゴミ箱に捨てただのという話を山ほど聞いた。人事・人権面での悪評も数え切れない。
叩けば埃が出るといわれるほどの人間を、現国王は近々叙任し、爵位を授けようと計画している。常識のある人間ならばゾッとするだろうが、この社長は皇后と昵懇の間柄であり、彼女がこの人物の叙任を強力に推しているという噂は、国内のあちこちから聞こえる。
私は紅茶をすすりながら「その人となりを知りたければ、その友人を見よ」という格言を思い出した。まったく、あの連中は本当にお似合いだ。下品で人を見下すことしか能がない。こんな人間を貴族に列したら、我が国は国際社会の笑いものになるのは目に見えている。それだけは、なんとしても避けなければ。
「社交界に必要な知性も常識も持ち合わせてないやつが貴族に叙任されたら、我が国は世界中から笑いものになる。それを考えただけでも憂鬱になるわ。これって悪い冗談でしょ?」
イライラした様子でオルガがつぶやくと
「そうね。『類は友を呼ぶ』とは、よく言ったものだわ」
と私は応じた。
「『伝統だ歴史だ誇りだ』と軽々しく口にする人間ほど、自国の歴史に無知なのよね」
仏頂面でルイーゼが話すと
「『今我が国に一番必要なのは「道徳」という概念だ』ということを強調する人間ほど、その概念に反したりかけ離れたりする行動や言動をとる人間が多いのはどうしてだろうね?」
とオルガがいえば
「そうね。食い物を粗末にしている人間が『食べ物は大事にしましょう』といっても説得力がないわよね」
と私が応じると、オルガとルイーゼも
「全くね」
「その通りよ」
と返答する。
しかしその直後に、オルガが発した一言に、私は憤りを覚えた。
「地方の住民もさ、こんなところで働いていないで、さっさと都会に出てくればいいのに。こっちに来れば、たくさん仕事だってあるでしょう?」
私はたまらず
「ちょっと待て。そんなこといっても、地元に残らざるを得ない事情を抱えた人たちは大勢いるのよ。問題は、地元に真っ当な働き口がないことなんだよ」
と反論する。しかしオルガは
「有力者にこびを売らなければ暮らしていけないところなんか、消えてなくなればいい」
といって譲らない。これを受けてフリーダも
「そうね。『地元に若い子が残らない』と嘆くヤツと『地元のやり方に染まろうとしない人間は、さっさとここから出て行け!』という人間は同一人物なのが一番の問題なのよ。残ってほしいの?それとも出て行ってほしいの?こういう話は、もうたくさん!」
と、オルガに援護射撃をする。
ふだん何かといがみ合うことが多い二人だが、彼女達の基本スタンスは「強者に優しく、弱者に冷たく」である。この二人だけではなく、今いる王族や貴族のほとんどが、こういうスタンスである。私みたいに常日頃から弱者に目配りをし、貴族院では社民党に所属するというのは、本当に珍しい。ルイーゼも貴族院では社民党に所属しているが、私とは政治姿勢が大きく異なる。そのため周囲からは、なぜルイーゼ殿下は社民党にいるのか?といわれることも多い。だから貧困や格差問題になると、私はオルガや妹とケンカになってしまう。自分たちも下手をすれば、彼らと同じような目に遭うのかも知れないのよといっても、彼女達にはわかってもらえない。ない知恵を絞って彼女達に反論するのだが、この二人が貧困問題を理解する日が来るのかと思うと、私は絶望的な気分になってくる。