それを聞いて、私は思わず苦笑した。
「オイ、なにを笑っているんだよ」オルガが突っかかる。
「そうよね、あなたは『ここから追い出されたくない』一心で、必死になって『いい子』を演じていたんだよね。それがおかしくってさ」
「当然じゃん。まさかお前の口から、ああいうセリフがでるなんて想像だにしていなかったよ。「普段気弱そうに振る舞っている人間ほど、本気で怒らせたらなにをしでかされるかわからない』、って、正直怖かった。あんな目に遭ったら、私だって必死になっていい子になりたいと思うさ」
ゆっくりと頭を振りながら、オルガはいった。
「マリナ、お前に救ってもらって、私は嬉しかったよ。手厳しいことをいわれることも多いけど、お前は本気で私のことを心配してくれているってわかった。それがどんなに心強かったことか……」
彼女の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「他人に話しかけられて『それは社交辞令でしょ?』と突っかかることも、以前より減ったようだしね」
「それなんだがな」ぼそっとした調子で、オルガが言葉を続ける。
「あなたも知っての通り、私ってばさ、あちこちから爪弾きされてきたから、他人に親切にされたり、優しくされても、それを素直に受け取れなかったんだよ。だからそうした時に、どう振る舞ったらいいのかわからなかった。感謝の念を示しているつもりが『礼儀知らず』と思われたりさ。
逆に優しい言葉をかけられて、それを真に受けたらさ、今度は『あの子、お世辞言っているのがわからないのね』だの『ちょっと調子に乗りすぎてない?』って、陰口を叩かれてさ。そんなことをしょっちゅう言われてごらんよ。精神的におかしくならない方が不思議だろうが」
そう言うオルガの顔には、この屋敷に来る以前のことは、何もかも忘れてしまいたいという表情が浮かんでいた。
「あなたがこの屋敷にやってきた時、本当は心配でしょうがなかったんだよ。この屋敷でうまくやっていけるのかなって。幸い、あなたはなんとか立ち直ってくれた」
そこまで私は言うと、ハ──ッと長いため息をついた後
「いろいろあったよね……」と、言葉を吐き出した。
「そうだよね、ここまでくるのにいろいろあったよね」ぽつりと、オルガが呟いた。
「ルイーゼのことをのぞけば、ね」
ルイーゼの名前を口に出した直後、オルガの顔はみるみる険しくなっていった。
オルガが私に屋敷にやってきてからも、妹は彼女を徹底的に無視したばかりか、自分付きの女官・侍従に対し、彼女の依頼には応じないようにいい渡した。もちろん彼ら彼女達も、そんなムチャクチャな命令を受け入れるわけがない。妹の悪巧みは彼らを通じて私に知られ、私は妹をきつく叱りつけた。
しかし、それでおとなしく諦める妹ではない。今度は学校内の自分の取り巻きに、オルガに関するあることないことを吹き込み、彼らを通じてオルガに関する根も葉も悪い噂を流した。オルガが睡眠薬を常用するようになったのは、そのことが原因だ。カウンセリングを受けても、睡眠薬の種類を変えても症状が改善せず、彼女の精神状態はずっと不安定なままだ。
「エルヴィラ、いい精神科のいい先生いないかな?」
私の顔を見るたびに、彼女はそう言ってこぼしていた。
オルガはイライラが募ると、呼吸音が荒くなる傾向がある。今もそうだ。気がつくと、彼女はデザートを含めて、料理を食べ終えていた。
しばしの間、私の部屋を重苦しい空気が支配する。
「だからね、私にとっては、あなたしか信じられない。なんだかんだ言いつつも、私のことを庇ってくれたのはあなただけだから」
オルガは真剣な面持ちで、私に視線を向けた。
「そう思ってくれるのは嬉しいのだけどさ」
私もデザートを食べ終わると、視線をオルガに向けた。
「公の場で他人と接する時は、もうちょっと丁寧な口調で話した方がいいと思うよ」
諭すような口調で、私はいった。
そのとたん、オルガはほおを膨らませると、そのままぷぃっと横を向いた。
「ほらほらほら、その癖はやめなさいと、私はさんざん口を酸っぱくしていって来たよね? わかっている? みっともない」
「……してんじゃん、丁寧な口調で話してんじゃん」
子どもっぽくダダをこねるオルガに、私はいらだちを覚えた。
「20歳過ぎのいい大人が、いつまでもそんなガキみたいなしゃべり方してるんじゃないの。それに言いたくないけど、あなたとルイーゼの諍いごとだって、半分以上はあなたにも非があるんですからね」
「……なによ? なんだかんだ言って、実の妹に肩入れするのね、あなたって」
「ルイーゼがこぼしていたわよ。オルガはいくつになっても、しょうもないことでダダをこねてくるし、口調はあらっぽいし、振る舞いはガキっぽいって」