「エルヴィラ・ジャンヌ・マリナ・カーリン・フォン・ゾンネンアウフガング=ユーベル皇女殿下、おはようございます。不肖オルガ・エリザベータ・リイナ・キャスリーン・デア・ラドスラヴ=ネマニッチが、殿下の朝食とお薬を持って参りました」
翌朝7時近く、オルガは朝食と薬を持参して私の部屋に入ると、私が目覚めているのを確認し、深々とお辞儀をした。そして「らしくない」いいまわしで朝の挨拶をした。
「今朝は、ずいぶん挨拶の仕方も言葉遣いもしおらしいのね。いつもこんな調子だったら、私の体調だってここまでひどくならなかったでしょうに」
彼女は、お辞儀をしたまま黙っていた。
彼女に対する言い回しが嫌みったらしくなったのは、自分でもわかっている。だが夕べの今朝というヤツで、私は簡単に、彼女の夕べの非礼を許す気にはなれなかった。
「オルガ・エリザベータ・リイナ・キャスリーン・デア・ラドスラヴ=ネマニッチ……貴公は、昨晩の私に対する非礼を理解しておられるのですか? 」
私の発言に、オルガはゆっくりと頭を上げ、視線を私に合わせた。顔色は青白いままで、目もどことなく赤い。
「エルヴィラ・ジャンヌ・マリナ・カーリン・フォン・ゾンネンアウフガング=ユーベル殿下。私めは、皇女殿下の従姉妹という関係に甘え調子に乗るあまり、この屋敷の居候であるということを失念しておりました。この屋敷の主人である皇女殿下にあるまじき振る舞いと言動をとったのみならず、皇女殿下の体調と気分を著しく害したことを、深くお詫び申し上げます」
静かに、ゆったりとした口調で話すと、オルガは再び視線を足下に向けた。
「ふーん、一応あなたでも『反省』のポーズを見せることがあるのね? 」
オルガがしおらしい態度をとればとるほど、私のイライラが募る。
彼女は一応、反省している。だが私がそれを簡単に受け入れられないのは、彼女のこれまでの行動と発言が積もり積もった結果なのだ。本人は、そのことをわかっているのだろうか?
「ねえオルガ、私に対して丁寧な口調でしおらしい態度を見せれば、コロッと許してくれると思ったのですか? 」
彼女は、深々と頭を下げたまま黙っている。
私はベッドの布団に視線を移すと、羽織っているパジャマが、違うものになっていることに気がついた。
夕べはあのままベッドに横になったものの、しばらくの間はうつらうつらの状態が続いた。
すると、誰かが私の身体を触っている。薄目を開けて様子をうかがっていると、オルガが私の身体を拭き、新しいパジャマに着替えさせてくれているのに気がついた。
「ごめん……マリナ……本当にごめん……」
彼女は私の耳元で囁きながら、髪をとかしていた……ということは、彼女は夕べは眠りが浅い状態で夜を明かしたのだ。彼女は心身に受けた虐待の後遺症で、睡眠薬を服用しないと熟睡できない体質だ。だから彼女に「薬を飲むな」と言うことは、彼女の健康に悪影響を及ぼしかねない。
「オルガ・エリザベータ・リイナ・キャスリーン・デア・ラドスラヴ=ネマニッチ、頭を上げてください」
私の言葉に、オルガはゆっくりと頭を上げた。
熱があるのか、彼女の顔色は冴えない。イヤな予感がした私は、彼女の額に手を当てた。
オルガの額は、私が思っていた以上に熱かった。もしや、と思って彼女が着ているブラウスのボタンを外し、強引に自分の掌を彼女の肌に当てると、オルガはぐったりとして、私の身体にのしかかってきた。
「殿下……迷惑ばかりかけて……申し訳ありません……」
「なに言っているのよバカ!」
私はそう言いながら、彼女を寝室にあるもう一つのベッドに寝かせつけた。体温計を取り出し、彼女のカラダの中にこじ入れた。1分後、体温計の数字は、彼女の体温が39度近いことを示していた。
「オルガ! アンタいったい、いつからこんな状態だったの! 」
「うん、ここ数日……かな」
ハァハァと荒い息を吐きながら、彼女が答える。
育った環境が環境だけに、彼女は素直に、他人に「助けて」とは口にできない性格だ。私が彼女に口やかましく接するのは、常日頃の振る舞いの他にも、彼女のそういう性格にも原因がある。
「具合が悪いなら悪いって、いつもいってんじゃん! いつもいつも、あなたはどうしてこうなのさ! 」
「私以上に病弱なマリナから、そんな言葉が出るとはね」
ばつの悪い表情で、オルガが応じる。
「病弱なのはオルガも一緒でしょうが! 」と、私も負けずに言い返す。
「この世には『強い人間』なんて存在しないのよ!辛いならどうして素直に『助けて! 』って言えないの! お願いだから、もうちょっと素直になってよ! 」
だがオルガは、曖昧に笑って首を横に振った。