#1
エルヴィラ達が自邸の一室で、明日の枢密院会議で取り上げられる議題に関する対策を練っているだろう、ちょうどその頃……
アタシは宮殿内の居住区画で、来客相手の接待に勤しんでいた。
今宵の相手はアントン・リヒャルト・バルツァー──明日の枢密院会議で取り上げられる予定の、叙勲対象候補者であるレーベンスミッテルゲシェフト・ゲゼルシャフトHD会長・マックス・エルヴィン・バルツァーの長男にして、同HDの宣伝広報本部候補部長を務めている人物だ。
食事会の後、彼はアタシに近寄り、二人きりで会いたいと言ってきた。
その表情から、彼の邪な狙いを読み取ったアタシは、それだったら今晩私の部屋でどうだろうと提案した。もちろん、彼が私の申し出を受け入れたはいうまでもない。
今すぐお伺いしたいという彼の申し出に対し、アタシは準備ができ次第女官に案内させるから、それまでは宮殿内に設けられている待ち合わせ室のひとつ「エラスムスの間」でお待ちいただきたいと伝えた。
時間は22時過ぎ、この時間に男が女性の部屋を訪問する目的は、ただ一つしかない。 そしてアタシも、彼の提案にのることにした。
アタシはさっさと入浴を済ませると、女官と一緒に、ヤツとのささやかな酒宴のための準備にとりかかる。
好みのタイプの男性とサシで飲むのなら、めったに栓を開けない高級酒をテーブルの上に用意し、つまみもそれに相応しいものを添えるだろう。
だが今晩の食事会で、ヤツのテーブルマナーをじっくりと観察したアタシは、こんなヤツには庶民ですら口にしない安酒で十分だろうと判断した。もちろんつまみも、下流階級が多く利用する店でも手に入るクラッカーだ。
客人をもてなす準備ができると、私は女官に、アントンを部屋に呼ぶよう命じた。
その間、私は着ていたネグリジェを脱ぎ、バスタオルを纏う。どの色にしようか、正直迷う。清純さをアピールする白にしようか、それとも大人っぽさを前面に出した濃い青のものにしようか、はたまた情熱と落ち着きを兼ね備えたワインレッドにしようか……。
さんざん悩んだ末、アタシが今晩選んだのは……
「皇太孫殿下、今晩は一段と色っぽいですね」
女官に案内されて、部屋にやってきたアントンが見たのは、素肌に濃い青のバスタオルを纏ったアタシの艶姿だった。
いそいそと私のそばにやってくるヤツを、アタシは手で制した。
「気持ちはわかるけど、身なりは整えてね」
といいながら、目線をバスルームに向けた。
ヤツは一瞬ムッとした表情を向けたが、ここでアタシに逆らうのはまずいと悟ったのだろう。首を縦に振り、バスルームに入った。
部屋の中には、彼のつけていたコロンの匂いが漂う。本人は高級なものだと思っているのだろうが、アタシにとっては、その匂いはただ不快なだけだ。つけている香水一つとっても、ヤツが宮廷の世界に相応しくないことがわかる。
15分くらい経っただろうか。バスルームで汗を流したアントンが、客人用ののバスローブを羽織って、アタシの前に現れた。
「このバスローブ、もっと高級なものを想像していたのですが、意外と庶民的なものですね。殿下の趣味ですか?」
と尋ねたヤツに対し、アタシは「ええ、まあ、そんなところです」と曖昧にごまかす。
(バーカ、これは安物だよ。てめえみたいなオトコには、これでもまた不釣り合いなくらいだよ)
と、アタシは心の中で毒づく。
アントンに安物のバスローブを羽織らせたのは「あんたは私のタイプじゃない」事を悟らせるためだ。だが残念ながら、私と一戦交えることしか考えていないコイツには、私の真意をたぶん理解していない。
もちろんアタシだって、過去に自分と肌を合わせたオトコ達が、安っぽい人間だとはこれっぽちも思っていない。むしろそれなりに尊敬できるところがある人間と、事に及んだとアタシは思っている。
しかし安物のナイトガウンを「アタシの趣味」だとったアントンは、これまでアタシが寝た男とは、まったく次元の違う人種である。貴族社会のことをまるで理解しようとしない人間は、心にもない社交辞令で気分を盛り上げ、自分の気が済むまでアタシのカラダを弄んでもらい、しばしの間ピロートークを楽しんでもらおうか。
しかるのち私は態度を豹変させ
「アナタが入会を望んでいるこの世界は、アナタみたいな一族の人間には相応しくない世界だ」
と厳粛な表情で言い渡してあげるわ。
それでも彼ら一族が、貴族社会参入を要求するのならば、彼の上にのしかかり、彼の精力を一滴残らず搾り取るまでのことだ。
本気で怒った女ほど、この世で怖ろしいものはないのだよ。
このことをヤツは、知ってもらう必要がある。
一度でわからないようなら、理解するまで何度でも繰り返すわよ。
覚悟していてね。