「へえ、それじゃあ、シャンパンはどんな銘柄が好きなの?」
「僕、辛口の酒が好きなんだ。だからシャンパンも辛口がいいな」
「辛口というと?」
「アルマン・ド・ブリニャックが印象に残ってるな」
「美味しいよね? あれ」
「ああ。あの味を知ったら、他のシャンパンなんか飲む気がしない」
アルマン・ド・ブリニャックとは、フランス・シャンパーニュ畑で栽培されるピノ・ロワールという葡萄種を原料にした、最高級シャンパンである。白とロゼの2種類が醸造されており、世界各国の王室・皇室、セレブ階級御用達のシャンパンとして、その名を広く知られている。もちろん、今晩の食事会で提供されたのも、このシャンパンだ。
「それではアントンに聞くけど、今晩の食事会でも提供されたシャンパンに、アルマン・ド・ブリニャックがあったのは気がついたのかな?」
私の質問に対し、アントンは一瞬動きが止まった。
「え……そ、そうだったかな……ああそうだ、あったね……ロゼが」
ヤツの返答と態度を見て、アタシは確信した。
このオトコは、酒の銘柄にはとりあえず関心があるようなポーズを見せているが、実は知ったかぶりで、味の特徴はほとんどわからないと言うことを。
「あのー、今日の食事会で出されたロゼワインが『モエ・エ・シャンドン・ロゼ・アンペリアル』という銘柄なんだけど」
私の発言に「えっ……』と絶句するアントン。
「今晩出された白のシャンパニュー・ワイン。あれが『アルマン・ド・ブリニャック』だよ」
「ああ、そうか。あれがアルマン・ド・ブリニャック……」
ヤツの額には、うっすら汗が浮かんでいる。
「アントン、アナタが先ほど『印象に残っている』といったのは、白かな? それともロゼかな?」
ヤツは黙り込んで答えない。
「その印象に残ったシャンパンというのは、いつ開かれたパーティーで召し上がられたものかなぁ?」
「ええと……あれは……いつ開かれたパーティーだったかな……」
アントンは目を泳がせ、か細い答えで返事をする。
私は彼があたふたする様子を、じっと見つめた。
「アナタは先ほど『アルマン・ド・ブリニャックが印象に残っている』と口にした。でも今晩の食事会では、アナタはアルマン・ド・ブリニャックが出されていることにまるで気がついていなかった。考えられる理由は3つ。アルマン・ド・ブリニャックを飲んだことがないか、あるいはソムリエの説明を上の空で聞き流し、テーブルに供されている料理をがっついていたか、そして味そのものを覚えていないか」
アントンは、完全に固まっている。
ああ、そうそうとアタシは、言葉を続ける。
「今晩の食事会でのあなたのテーブルマナーを見て、私はとてもじゃないが、あなたは皇族に相応しくないと思いました。ナイフとフォークの使い方は雑だし、肉用と魚用の見分けもつかないようですね。招待状と一緒にマナーの教本も送付したはずですが、目を通していなかったのですか?」
「で、で、殿下……しばしお待ちを」
「はい、なんでしょうか?」
「私めとはこれまで何度か殿下と挨拶していますが、改めて一対一でお目通りするのはこれが初めてのはず。ましてやパーティーの席でご一緒するなんて事は……」
「いいえ」
アタシは、ゆっくりと首を左右に振った。
「バルツァー様が気がつかないだけで、私はパーティーにおけるあなた方の態度を、これまで何度も観察しておりますの。私がいない席では、必ず私の知人友人を、あなた様が出席されるパーティーに送り、その様子を逐一報告させておりますので」
「いったい何のためにですか?これはプライバシー侵害ではないですか?」
ややきつい口調で、アントンは反駁する。
しかし私は鼻で笑って、彼の反論を受け流す。
「プライバシー、ですか」
私はヤツを、上目遣いでにらみつけた。
「私たち皇族には、プライバシーというのは存在しない。1日中、誰かの監視の目が光っている。朝何時に起きて、夜何時に寝る。どこそこに行って、誰と会合を持ち、なにをしゃべったのか。なにを食べ、なにを飲み、どんなパーティーに参加したか。もちろん、夜の生活も監視されているのですわ。誰とベッドを共にし、何回交わったか。それも全部、知られるところにはみな筒抜けなのですわよ」
アントンは立ったまま、ブルブル震えている。
「じゃあ、今僕たちが今どこで何をしているのかも」
「もちろん、おそらく報告がいっているでしょうね」
「ひょっとして、もし私めが殿下とベッドを共にしたら、そのことも……」
「もちろん、ですわね」
「殿下」
アタシに声をかけるアントンの表情は真っ青だ。
「殿下は生まれてからこの方、ずっとこんな生活を送られているのですか?」