「ええそうですわ。両陛下も皇子も皇女も、皇族関係者はみな、四六時中監視されている。そう思って結構ですわ」
「そ、それじゃ、今この瞬間も……わ、私が殿下のお部屋に入ったことも……」
「筒抜けですわ。何もかも」素っ気なく、私は言葉を返す。
「侍従や女官は、スパイということになるじゃないですか」
「そういうことになりますわね。でもそれはお互い様ですから」
「酒の銘柄にほとんど関心がないこと、テーブルマナーの悪さはもちろん」
私はシャンパンを一口含めて、さらに言葉を続ける。
「アナタの女性関係とその性癖、そして今晩ここで起こるであろう事はみんな……」
ここまで言うと私は口元を、彼の耳元に近づけ
「みーんな、みーんな、知られていると思った方がいいですわよ」
アントンの身体は、ブルブル震えている。
「他の皇族の屋敷でも、そんなことが行われているのですか?」
「それが、私たちの住む世界ですから」
「誰も信用できないじゃないですか」
「敵と味方を即座に識別できなければ、宮廷では生き残れませんわよ」
「いやな世界だ……」
ヤツはがっかりとうなだれると、シャンパングラスを持ったまま、テーブルの上に突っ伏した。
「あら、こんなのは序の口ですわよ。ありもしないことをでっち上げられ、下手を打てば命を奪われる危険性もある」
そこまで言うと、私はグラスに残っていたシャンパンを飲み干した。
「それが、これからアナタが関わろうとしている世界の実態ですわ」
アントンは突っ伏したまま「うう」とうめいている。
フン、小心者と、私は彼をにらみつける。
「それでも、あなたは『女帝の夫』となることを望むのですか?」
「女帝の夫……」
彼はそういうと、頭をテーブルから起こした。そして
「ハハ、ハハハハハハ」
と、けたたましい笑い声を上げた。
「ビジネスの世界と、似たようなものじゃないか!」
へえ、と私は呟いた。
「我々の業界も、食うか食われるかの世界だ!しかし、我々はそんな世界でもしぶとく生き残ってきた!」
(だからなんなのさ)と、私は心の中でツッコミを入れる。
ヤツは、残っていたシャンパンを一気に飲み干した。そして視線を私に向けた。
「帝室の威光が我が一族の事業拡大に役に立つのなら、こんな嬉しいことはない。僕は、キミの夫に相応しいということを、これから証明してみせる!」
「そこまで言うのでしたら」私は冷ややかな口調で言った。
「あなたには、いろいろと直してもらうところが多いですね。というか、そればかり」
「わかったよ。僕はいろんな意味で、至らないところが多い人間だ。いや、多すぎるといっていい」
「そこまでわかっているのでしたら、早速実行してもらいましょうか?」
「ああ、早速そうするよ。それで、どこから手をつければいいだろうか?」
「そうねえ」
アタシは、小首をかしげながらいった。
「もう夜も遅いことだし……とりあえずは、シャンパンについてのマナーから学んでいただきましょうか?」
そう言うと、私はテーブルから立ち上がり、ワインセラーから1本のワインボトルを取り出した。それをテーブルの上に置き、栓を抜く。
「お願いします」
彼はシャンパングラスを手に取ると、それを私に差し出した。
「ほら、さっそく間違っている。そうじゃないでしょ?」
「え?」
と、ヤツはキョトンと表情を浮かべた。
私は、ため息をついた。
こんな粗忽者が、将来の夫? 笑わせないで。
「シャンパンをつがれる時は、グラスをテーブルに置くの」
しまったという表情で、彼はグラスをテーブルに置いた。
私はシャンパンをヤツのグラスに注ぐと、すぐさま持っていたシャンパンを、自分用のグラスに注ぐ。
アタシは身に纏うバスタオルを整えると、アントンの目を見据えて
「はい、シャンパングラスはこう持つの」
といって、正しいグラスの持ち方を実演して見せた。
「今晩みたいな正式な食事会では、グラスの持ち方で人となりを判断されるから、気をつけるのよ」
「ああ、わかったよ」
とヤツは返事をしたが、すぐさま小声で
「くそ、うっせぇな」
と呟くのを、私は聞き逃さなかった。
「はぁ? いまなんかいった?」
「いいや、なにもいっていない」
と言い返すヤツの表情は、明らかに挙動不振者のそれだ。
「いいや、いった」
「キミの空耳だろ?」
ヤツはどうしても、悪態をついたことを認めたくないらしい。
「ふーん、だったらそれはそれとして」
というなり、私はシャンパンをグラスの半分ほど飲み下した。
「オイ、ひどいじゃないか。乾杯なしで、自分だけ美味しそうに飲むなんて」
彼は抗議するが、私はそれを無視して残りの半分を一気に飲み干す。