私たちの国である神聖ユーベル=プレアガーツ帝国はは、現在多くの問題を抱えている。
我が国は国名に「帝国」を冠しているが、政治体制は「立憲君主制」制度を採用している。全ての政治的決定権は貴族院(以下「上院」)と、市民会議(以下「下院」)の二院からなる国会が持ち、国家元首たる皇帝は、それに署名することで法案が発効する。
下院は予算案審議の先議権、我が国憲法で定めるところの「皇帝の同意と助言が必要な法律」以外の立法権、内閣首班指名権、弾劾裁判の訴追の権限を有するなど、その権限は強い。皇帝が可決された法案に拒否権を発動しても、下院が全議員の¾以上の出席、出席議員の半数以上の賛成で拒否権を覆せるなど、その権限は強い。
これに対して「上院は皇帝の同意と助言が必要な法律」の法案審議がメインだ。具体的には、予算の裏付けが必要な対外関係に関する事項以外の対外条約関係、公使以上の在外公館、各省庁の局長以上、の人事、最高裁裁判所裁判所の裁判官、事務局長、最高裁長官、枢密院顧問官及び長官、陸・海・空・電子4軍の将官以上の人事の任命・罷免・弾劾、下院で可決された法案のチェックが主な任務である。しかし最近は下院議員のレベル低下で、粗雑な審議で可決されて上院に回されることが多い。税金で仕事をしているのだから、その自覚を持ってほしいと常々思っているんだけどね。
枢密院は、基本的に皇族及び宮廷に関することを審議する機関だ。上下両院とは異なり、議事録は一部が非公開。これは皇族のプライバシーに関する議題があるためだ。会議は非公開が原則で、一般人の傍聴はできない。長官と顧問官の任命は、皇帝の諮問を受けて上院で議論・可決する。
私が問題視しているのは、現皇帝夫妻が枢密院を利用し、自分の取り巻きを使って国政を壟断しようと画策していることである。彼らはこの国の極右団体(私から見れば、彼らの存在はもはや「保守系団体」ですらない)と手を組み、自分の息のかかった人間を顧問官に押し込み、彼らを通じて議会をコントロールしようとしている。その狙いは、議会を無視して自分の思うがままに政権を運営すること、つまりは皇帝専制政治。皇帝(と、陰で彼を支え操る勢力)にとっては、議会もメディアも、目障りな集団に過ぎない。憲法を無視したら、メディアや国民から「憲法を無視する国家元首」と叩かれるから、憲法を自分たちの都合のいいよう、今ある憲法を廃棄して、一から新しく憲法を制定する。裁判所や役所に至っては、自分たちに奉仕するための家来だ・・・それが、皇帝とその取り巻きのホンネである。
すでに、彼らの狙いは形になりつつある。「三権の長」のうち、行政府(政府)と立法府(国会)の長は野党が抑えているが、最高裁長官と事務局長は、自分たちの息のかかった人間を送り込んでいる。さらに、捜査機関のトップも皇帝側近である。そして枢密院顧問官の半数近くは、皇帝を支持する人間である。さらに皇族の半数近くも、極右勢力と何らかのつながりがある。文句を言う国会議員やメディア関係者は、罪をでっち上げて口を封じてしまえばよい。何ともおそろしい体制が、このくにを支配しようとしている。
だが私は、この体制に抗いたい。国家というのは、市民が集まってできたものだ。市民がいなければ、国家という体制は崩壊してしまう。それでもいいの?と私は事あるごとに、貴族院や枢密院で問うてきた。だが残念ながら、私の質問に対して、真摯に答えてくれる人間は少ない。「物言えば唇寒し」という雰囲気が、ジワリジワリと国内に広がっていて、何とも薄気味悪い。皇族である私ですらそう感じるのだから、貧困層の市民はなおさらだろう。もちろん、支配層が本気で格差問題を是正しようという気はない。むしろ階層間の対立を煽り、それを利用して支配体制を強化しようとしている。
「格差、かあ・・・」
私がコーヒーをすすりながら、ぽつりとつぶやいた。その直後
「ちっ」
と、誰かが舌打ちしたのに気がついた。ハッとして、私は音が聞こえた側に顔を向けた。
気がつくと、オルガの顔色が青白くなっているのに気がついた。
「かくさぁー?」
彼女は不満げにつぶやくと、眼を細めて私をにらみつけた。
「しまった!」
と私は内心狼狽する。妹もキャサリンも、目が泳いでいる。
「あのさ、ルイーゼ・・・」
オルガはうめくような低い声で私に話しかけると
「あなたが「格差解消」を口にするなら、あなたと私の扱いの差はなんなのさ?」
と、私の近くまで顔を詰めてきた。
「うーん・・・まあ・・・その・・・これは、私の一存では何とも・・・」
私は曖昧にごまかそうとしたが、彼女が引き下がる気配はない。室内にはオルガの荒い吐息と、重苦しい空気が流れていた。彼女がこの問題をごまかすはずがない。
「いわなければよかった」
と私は後悔した。