「君は勝手だ。僕を罵るだけじゃなく、自分だって僕と同じことをやっている」
ヤツは渋面を浮かべて、私に突っかかってきた。
「自分がいつもしていることを、目の前でやられるのはどんな気分?」
「わかった、わかったよ。僕が悪かった。謝るから許してくれ」
「私の前で『わかった』と口にした以上、今後はパーティーや食事会に参加する時は、今までの態度を改めるのね」
アタシの口調は、どことなく居丈高なものになっているのが自分でもわかる。でもこういう人間には、かなりきつい調子で言わないとわからない。といっても、今晩だけのやりとりで、どこまで理解してくれるか。
アタシはいささか不安な気持ちになり、それを隠して自分のグラスにシャンパンを注ぐ。
そしてグラスを持つと、ヤツにもグラスを持つよう顎で促す。その様子を見たヤツも、慌ててグラスを手に持つ。
「じゃあ改めて、乾杯」
アタシは、自分のグラスを彼のシャンパングラスに重ねた。
ヤツも「乾杯」というと、私に合わせて、シャンパンを飲み下した。
「美味しいでしょ?」
と話しかけると
「ああ、うん……」
と、ヤツは曖昧に返してきた。
「今飲んでいるのが、あなたがさっき触れた『アルマン・ド・ブリニャック』だよ」
「それじゃ、最初の乾杯の時に僕たちが飲んでいたのは……」
「ただの安酒」
ふーん、と彼はつまらなそうな顔をした。
「なによ、美味しくないとでもいいたいわけ?」
「そういうわけじゃないんだけだけどさ……」
「飲み慣れない酒は、受け付けないってことなのね?」
「っていうか……」
「はっきり言いなさいよ」
「あまり美味しくない」
「あっそ……」
2人の間に、気まずい空気が漂う。
「じゃあ、最初にあなたが言った『アルマン・ド・ブリニャックが印象に残っている』という発言は……」
「君にあわせて見栄をはっただけだ。悪いか?」
「見栄をはっても、恥をかくのはアンタだよ」
アタシはそう言うと、彼に聞こえるように「チッ」と舌打ちをした。
「知らないのなら、はっきり『知らない』っていってくれればいいじゃない。『僕は酒の銘柄には詳しくないもので』と答えても、招待主には失礼にはならないのよ。下手に知ったかぶりをされる方が、失礼と思わない?」
「悪かったよ」
仏頂面で、ヤツは返事をした。
「ブランデーやコニャックの方が好きだ、というのは?」
「ああ、それは本当だよ。銘柄には関心ないけどね」
ここまでのやりとりから、このオトコが、酒の銘柄にはまったく興味がないということはわかった。
ビストロなどの大衆酒場だったら、その認識で問題ないだろう。
しかし公の食事会では、酒の銘柄に関心がないという発言は許されない。
その場でひとこと「印象に残っている酒がある」と答えようものなら、いつどこで口にしたのか、パーティーの主宰者は誰で、どんなことが話題になり、どんなやりとりがなされたのか、 他の参加者から徹底的に突っ込まれる。もし彼らの質問に答えられなかったら、そのものは周囲から、軽蔑の視線で見られるのは確実だ。
当日ふらりと知人宅を来訪したところ、たまたま相手からフォーマルに近いディナーに誘われ、そこで提供された酒の銘柄を知らなかったばかりに、気恥ずかしい思いをしました、というのなら、アタシもその者に同情するだろう。
しかし帝室主催の公式晩餐会は、最低でも一週間前に招待者に概要が伝えられるのが習慣になっている。その際にメニューやドレスコード、提供される酒の銘柄も告知される。だから参加者は、当日提供されるメニューについて、ある程度予習しなければならない。酒の話題は、公式晩餐会では必ず出るからだ。
「あのさ」アントンはシャンパンを飲み下すと、アタシに声をかけた。
「なによ?」アタシもシャンパンを飲み下し、ヤツに返事をする。
「僕は飲める体質だからいいけど、下戸だったらどうすればいいのかな?」
「はあ?」アタシは、一瞬ヤツがなにを言いたいのか理解できなかった。
「『はあ?』ってなんだ? 僕は『下戸だったらどうしたらいい』っていっただけだ」
「相手に『自分は下戸だから、酒の銘柄についてはまったくわかりませんので』って返事すればいいだけでしょうが」
「ああ、そういうことか。僕はてっきり、自分が下戸でも相手が気分を損ねないように、酒の銘柄の知識を頭にたたき込むべきだと思っていたんだけどね」
ヤツは憮然とした表情を、アタシに向けた。
「たたき込むのは勝手だけど、相手にいろいろ突っ込まれて恥をかくのは自分だからね」
「そんな展開にならないように予習するんだろうが」
ヤツは、荒々しい口調で反駁する。
「公の場で口八丁でごまかせると思ったら大間違いだからね。わかっている?」