「愛してるだけでは、腹は膨らまないのよ。別の腹は膨らむけれどね」
アタシが友人と恋愛の問題を口にするたびに、決まって相手から返ってくる言葉だ。
特にエルヴィラとは、社交界デビューした頃から公私問わず顔を合わせるたびに、この問題で何度もやりあった。
彼女とのその友人ほど、醒めた恋愛観を持っている人たちを、私は知らない。
「経済力がない人間と一緒になったところで、苦労するのは自分なんだよ。あなた、それわかっている?」
アタシとエルヴィラが恋愛問題で議論するたびに、彼女から発せられる言葉だ。
「あなた、自分よりも稼ぎの悪いオトコと愛を成就させたら、世間や後世の歴史家から『自分の恋愛意志を貫いた高貴な女帝陛下』と評価されると、本気で思っている? バッカじゃないの? よくて『奇特な女帝』、真っ当な認識を持つ人間からみたら『己の快楽を追求した女帝』という評価を下されるのが関の山よ」
そこまで一気にまくし立てると、彼女は長いため息をついた。
「宮廷行事の知識がない人間を夫に迎えても、その人が苦労するのは目に見えているじゃない。それに、私たちが社交界にデビューしてから10年経つけど、全ての宮廷行事や有識故実を理解できているとは言い難いでしょ? 皇族としてこの世に生を受けた私たちですらそうなのだから、宮中の有識故実に不案内な一般人と結婚しても、お互い苦労するだけだよ」
ええ、わかってるわよマリナ。この問題に関しては、あなたの言っていることは間違っていない。
でもね、私は抗いたいの。
「アタシが一般人との愛を成就させることで、宮廷人の結婚は、どんな階層の人間にも開かれているんだということを、世間に知らしめたいの」
しかしマリナは、アタシの意見を一笑に付した。
「ねえ、あなた正気でそんな思っているの? 私たちですら精通していない宮中の慣習を、わずかな時間でマスターできる人間がいるとでも? この際だから、無礼を承知でいわせてもらうわよ、バカも休み休み言えってね」
ここまで面と向かって言われて、反論できない自分が情けない。
凹んだアタシに、マリナが放つ強烈なとどめの一言。
「ハンナ、あなたが誰と付き合おうが誰と寝ようが誰と結婚しようが、そんなの私の知ったこっちゃない。選ぶのはハンナだから、あなたが受け入れられるのならば、それでいいんじゃない? でもね、私たちは『皇族』なの。1年の⅓は、外国からの来賓対応に追われるの。彼らを迎える宮中晩餐会や昼食会で、ろくにテーブルマナーを知らない人間が隣にいたり、酒や料理について、間違ったうんちくを話しても平然としている人間を、ハンナは受け入れられる? そんな男、私は絶対にイヤだ、死んでもイヤだ!」
そりゃ、アタシだって下品な男は死んでもごめんだわ。
でもね、貧乏な階層出身者でも、教養も知性も高い人もいるんだよ。
そういう人なら、アタシは喜んで身を委ねたいなと持っているんだけど……ダメ?
だが、今私が身を委ねている相手は、お金はあるかも知れないが、お世辞にも知性も品性があるとは言い難い男だ。
祖父母はなんでまた、こんなヤツを私の婿に迎えようとしているのか?
本人は、アタシのカラダを丹念に揉みしだいているつもりなのだろう。胸を、乳房を、腰を、尻を。そして太ももを。
だが彼が繰り出す「愛撫」というのは、アタシに言わせれば、申し訳程度にアタシのカラダを撫でているに過ぎない。
アタシも彼が繰り出す「愛撫」のリズムに合わせて喘ぎ声を出すが、もちろん社交辞令に過ぎず、本当に快感が走ったわけではない。
やがてアントンは「愛撫」に飽きたのか、それとも十分に私を満足させられたと思ったのか、自分の指を私の中に入れ、コチョコチョとかき回し始める。
「アア──ン アア──ン ア ア──ン」
演技を習っているはずなのに、アタシの口から出る喘ぎ声は、まるで大根役者のそれだ。まあ、ベッドの上での女性の演技を見破れる男性はめったにお目にいないはずだ。もちろん、アタシの演技を見破った男は過去にいない。まあ嘘だってわかっても、こっちはべつに構わないんだけどね。
気がつくとアントンは、私の顔を見て
「入るね」
と囁いた。
アタシは驚いた。過去にいろんな男と関係を持ってきたが、「既成事実を積み上げるだけにやっている」と言われてもしょうがないような、こんな手抜きの愛撫をする男とは、これまで出会った記憶がない。
挿れるのは勝手だが、せめてアタシが十分に潤ってからにしてもらえないかな?
全然濡れた感じがしないんですけど。
心の準備ができないまま、彼はアタシの中に入ると、グイ、グイッと突いてきた。
「アアッ アアッ」
彼が突くリズムに合わせて、アタシはお義理で喘ぎ声を出す。