「妻の意思はどうでもいいと?」
「ああ、そうだ。それのなにが問題でも?」
アントンは、じろりと私を睨んだ。
「ねえアンタ、なにか勘違いしていない?」
「どういう意味だ?」
「あなたが私と結婚すると言うことは、あなたが私の婿になるということよ。だからあなたが宮廷に入ったら、あなたは私の指示に従ってもらいますからね」
だがアントンは、私が言い終わると「フッ」と、鼻でせせら笑った。
「キミは、本当におめでたい人だな。数年後、自分は何事もなかったかのように玉座に座っているとでも?」
「なんですって?それじゃ、あなたたちが両陛下に面会した目的は……」
アタシの背中を、冷たい汗の粒が一つ、また一つと流れる。
「もしかして、アタシとエミリアをあなた方に降嫁させて……」
「さすが、キミは皇太孫だけあって、察しがいいようだね。そうだよ。キミと妹さんはうちに嫁いでもらう。そして、キミのおじさんの系統が玉座に座るという寸法さ」
アントンの顔には、怖ろしく冷たい笑顔が浮かぶ。こんなことを笑いながらしれっと言う人間をアタシは見たことがない。
「いったい誰が、こんな筋書きを……」
「そんなこと言えるか。僕たちだって、父や親戚の指示に従って行動しているだけだ」
「よくそんなことをしらっと言えるわね……」
「そりゃ、我が一族の将来がかかっているからね」
「過去には女帝がいたことを、あなただって知らないわけないでしょう?」
知らず知らずのうちに、アタシの口調は哀願を帯びたものになっている。しかしヤツは、そんな私をあざ笑っていった。
「そんなの知ったことか。とにかく、君たち姉妹は、近い将来僕たちに嫁ぐことになるだろうね」
我が国が建国されて以来、皇帝は祖父で42人目である。女帝は7人いるが、みな歴史上の評価が高い女帝ばかりである。
亡父には、男子がいない。つまり、アタシは一人っ子だ。万が一のためにエミリアが控えているが、このままの状態でいけば、アタシが祖父の跡を襲って女帝に即位することになる。
しかし過去に女帝が存在したにもかかわらず、皇女が玉座に座ることをよしと思わない連中も多い。貴族ならまだしも、皇族にもそういう思想で凝り固まる輩がいるのだ。
その代表があたしの伯父ニコラウス・ペーター・アルナウト皇子と、叔父フェリックス・アルノルト・ダニエル皇子の二人である。
この二人はゴリゴリの男子血統至上主義者で、女帝の存在を認めることに強硬に反対している。もちろん彼らの頭の中には、過去の女帝は「いなかったもの」としている。
それだけでも十分に問題なのだが、この二人は普段から女性や自分付きの従者に対して尊大に振る舞い、時には暴力を振るうことも辞さない。
さらに彼らは、公の面前でも平然と暴力を振るうことがある。
そのため、過去何度もメディアで報道されたが、二人は行動を改めるどころか、このことを報道した記者とその上司、会社幹部に対して殴る蹴るなどの暴行をはたらいたこともあった。被害者は重篤な後遺症を負ったが、両陛下は息子たちの蛮行を咎めるどころか、逆にメディアの報道姿勢を批判し、事件の原因を作ったのはメディア側にあると、国民向けの声明で発表したのである。心ある人たちが、その声明に疑義を唱えたのはいうまでもない。だが彼らの意見は世間に広がらず、その件はいつの間にかうやむやになってしまった。
「それでさ」アタシはアントンを睨みつけた。
「アンタは、あんな極右連中にシンパシーを観じているわけ?」
「上司が部下の不遜な行為を咎めただけだ。それのどこが悪い?」
「ハァ? アンタなに言っているの? 逆でしょうが! それに、相手に重篤な後遺症を負わせるまで殴る蹴るを繰り返すなんて、どう見ても尋常じゃないと思わないの?」
「思わないね」ヤツは、ゆっくりとかぶりを振った。
「あんなになるまで、自分の言い分に固執する方がどうかしている。大けがをしたくなかったら、もっとやり方を考えればよかったんだんだよ。だいたい、皇族や上位階層の連中が、自分のやったことについて、いとも簡単に『はい自分が悪うございました』って、認める人種だとでも?」
「ということはさ」アタシはここでいったん深呼吸をして、言葉を継いだ。
「アナタ本当は、自分たちのやっていることに後ろめたさを感じているってことだよね」
「ああ、多少はね」
ため息交じりに、彼は返事をする。
「だったら、お父様にそれを言えばいいじゃない。アタシがお父様にお目にかかる機会があったら、アナタの考えは間違っているって言うわよ」
「君がどんな思想を持とうと、なにをどう言おうと勝手だけど、我が一族が君の意見を受け入れることはない」
「どうして?」
「それが、我が一族の伝統だからだ」