「まったく?」
「だから、さっきから『そうだ』っていってんだろ?」
アントンの顔には、いらだちの表情が浮かんでいる。
「部下や自分より下の階層の人間、女性の意思を確かめないのが伝統ということなの?イヤな伝統ね」
「なんとでもいえ」
あさっての方向を向きながら、アントンは呟いた。
「アンタの一族って、本当にいけ好かない人間ばかりね。もう少しマシな人間はいないの?」
「一人いるけど、今は家を出ている」弱々しげに、アントンがいった。
「それで、今どこにいるの?」と、アタシはツッコんだ。
「まあ……じきにわかるさ」
「なによ、その予言者気取りの言い方」
「もういいだろ、この話は……それよりも喉が渇いた。シャンパンをくれないか」
「わかったわよ」
アタシはベッドから立ち上がると、バスタオルがはだけないよう胸元を押さえ、シャンパンが置いてあるテーブルに向かった。
そして2つのシャンパングラスに「アルマン・ド・ブリニャック」を注ぎ、片方のグラスを彼に差し出す。
「ほら、飲みなさいよ」
だが、ヤツはどこか不満げな表情を浮かべて、いった。
「僕、安酒の方がよかったのに……」
「だったら、それを先に言いなさいよ」
「それを言うのなら、せめてグラスに注ぐ前に『アルマン何とかと安酒と、どちらがいい?』って尋ねればいいだけの話だろう?」
「ああそうですか、それは悪うござんした。文句言ってないで、さっさと飲みなさいよ」
「飲めばいいんだろ、飲めば。上から目線で命令するな」
「おや? アナタがいつも上から目線で他人に接していると言うことは、すでにアタシの耳に入っているんだけどね」
アタシの言葉を耳にすると、ヤツの顔色はあっという間に青くなった。
「殿下、そんな情報はどこで入手しているんですか?」
「皇太孫の人脈を舐めんじゃないわよ。さっきも言ったはずよね、あなたの女性関係や言動行動、ここでの発言は全て、アタシのお付きの者に監視されているからって。いいから、さっさと飲みな。せっかくの高級シャンパンが、ぬるくなっちゃうでしょうが」
アタシに命令されたのが、よほど気にくわなかったらしい。ヤツはジョッキづかみでシャンパングラスを持つと、一気に口の中に流し込む。
「あなた、公式晩餐会でそんな飲み方をしたら、本当に社交界での居場所がなくなるよ」
アタシが、ヤツのシャンパンの飲み方を咎めると
「追い出せるものならやってみろってんだ。バルツァー一族が持つ資産の力には、誰も逆らえないんだぞ」
アントンは、完全にヘソを曲げてしまったようだ。居丈高な口調で、アタシに突っかかってきた。
売られた喧嘩は買わねばならぬ。それならばと、アタシもヤツに言い返す。
「ほっほぅ、面白いことをおっしゃいますなあ。今我が国の公式晩餐会やパーティーの式次第を定めているのも、帝国皇室主催における公式行事参加者のの出禁リストを作成しているのも、アタシのお役目だと言うことを、どうやらあなたは知らないようですね」
「え……?」
ここまで言われて、ヤツはグーの音も出なくなったらしい。シャンパングラスを持ったまま、呆然としている。
そして、最後の強烈な一言。
「帝国皇室主催における公式行事参加者のの出禁リストに名前が掲載されるというのはどういうことか、ご存じないようですね。騎士候以上の貴族が出禁リストに名前が載ると、称号を剥奪されるのですよ。もちろんあなたの一族も、例外ではありませんわ」
普通ここまで言われたら、真っ当な認識を持つ人であれば震え上がって黙り込むか、頭をペコペコ下げて、無礼をお許しくださいと懇願するものだ。
しかし、ヤツは私の発言に、公然と異を唱えた。
「結局のところ、その出禁リストとやらに名前を載せるのは、君の胸先三寸で決めるんだろ? だったらどこぞの有力者からクレームが入ったら、その基準はクルクル変わるという認識でいいんだよな?」
さすがアタシ向けの報告書で「頭を下げることが大嫌い」と記載されているだけある。しかもその口調は、まさに傲岸不遜という言葉が相応しい。
「あら、その発言には、重大な事実誤認がございますわね」
アタシはすぐさまヤツに反駁すると、シャンパンを一口、口に含めた。
「あたしが先ほど言ったのは『出禁リスト』の作成であって『誰を出禁リストに載せるか』ではありませんわ。人の話はちゃんと聞いてくださいね、そこのぼんくら息子」
「なんだって!」顔を真っ赤にして、ヤツが怒鳴り返す。
「出禁リストに名前を載せるのはアタシではなく、枢密院で開かれる会議ですの。その会議で過半数の賛成が得られたら、当該人物は皇室主催の公式行事に参加できなくなるのですよ。これでわかりましたか?」