それでも、アントンは食い下がる。
「君がさっきから言っている『出禁リスト』というのは、皇室の慣習に則って運用されているんだろ?」
「笑止」アタシはそう言うと、視線をヤツに向けた。
「なんだと! キミは、僕をバカにしているのか!」
ヤツは逆上して、アタシを怒鳴りつけた。
「あら、今アタシにそんな態度をとっていいとでも思っているわけ?」
「『笑止』なんて言葉を投げつけられれば、誰だって怒鳴りつけたくなるだろうよ」
怒気を含んだ声で、ヤツが答える。
「アナタがなにも知らないからよ。出禁リストの作成は、ちゃんと法律に則って行われているんだけどね」
アタシは根拠をあげてヤツに説明したつもりだが、それでもヤツは私の説明を受け入れるつもりはないらしい。
「そうか、そんな法律があるのならば、国会議員に陳情して、法律を変えればいいだけの話だ。我が一族が叙勲されたら、各方面に根回しして、この法律を変えてやる」
一気にまくし立てると、ヤツはシャンパンを口に入れた。
それでもヤツの腹の虫は治まらなかったのだろう。次にヤツの口から出てきたセリフは、アタシには到底受け入れられるものではなかった。
「その法律が変わらないのならば、キミを皇太孫の座から引きずり下ろしてやるから覚悟しな!」
その瞬間、アタシの理性が「プチン」という音がして崩れ落ちるのを感じた。
頭を下にし、右手を部屋の入り口に向けた。
「…………出て行け」
怒りをかみ殺して、アタシはいった。
「え?」
ヤツの情けない声に対し、アタシは間髪を入れずに頭を上げた。
アタシのただならぬ表情から、とんでもないことになったと悟ったのだろう。ヤツの表情は強ばっていた。
「いや、僕はただ……」
オロオロするヤツを見て、アタシは怒髪天を衝いた。
「いっている意味がわからないかな? 今すぐこの部屋から出て行けっていったんだけど」
アタシは、椅子から立ち上がって叫んだ。
「どうしても出て行かないというのなら、不敬罪で訴えるわよ。そうなったら、どうなるかわかるわよね?」
「ごめん。今のはいいすぎた。だから許してくれ」
ヤツは椅子から立ち上がると、情けない声で謝罪の言葉を出しながら、私の前に座り込んだ。そして頭を絨毯の上にこすりつけながら
「僕が悪かった、許してくれ。今のは、なかったことにできないかな」
と、今にも泣き出さんばかりの声を出した。
「今の今まで、アタシと皇室の悪口を言っておきながら、アタシが激高すると、今度は『許してください』? 『なかったことにできないか?』」
アタシはシャンパングラスを掴むと、残っていたシャンパンを一気にあおった。
「アタシはね、今晩アナタの本性がわかってよかったと思っているの。アナタはテーブルマナーはろくに知らず、酒の銘柄にも無頓着。実家の威光を背に嵩にかかって女性蔑視の発言を繰り返したあげく、とどめに『キミを皇太孫から引きずり下ろす』だぁ? ふざけるな!」
アタシはヤツに向かって喚き散らし、そして睨みつけた。
自分のしでかしたことの重大さに気がついたのか、ヤツはブルブルと体を震わせている。
「すいません。今晩の小生の発言には弁解の余地はございません。ですから平にご容赦を。我が一族の名誉が保たれるならば、小生は何でもいたしますのでご勘弁のほどを」
「アンタさあ、さっきから『すいません』という意味の言葉を、言い回しを変えて繰り返しているだけじゃん。言い回しを変えればいいってもんじゃないでしょうが」
「わ、わ、私めのハレンチ極まりない言葉でこ、こ、皇太孫殿下の名誉と心情を深く傷つけたことを、わ、私めは平身低頭して謝罪し、い、い、今までの発言は全て撤回いたしますので、お、お、お許し願えませんでしょうか」
どもりながら謝罪の言葉を述べるアントンは、すっかり目が泳いでいる。全身は汗びっしょりだ。
「ふーん……じゃあさあ、そこまでいうのだったらさあ」
「な、な、な、なんでしょうか?」
「今からさあ……アタシの命令に、従ってくれないかなあ」
ハハハハッハハ……と、ヤツは乾いた笑い声をあげた。
「わ、わ、わ、わかりました。それで皇太孫殿下のお気が済むというのなら、お安い御用ですよ」
ふーん……とアタシはいうと、舌をなめずり回しながら
「それじゃあさあ、ちょっと立ち上がってくれないかなあ」
「かしこまりました」といいながら、ヤツはすっくと立ち上がった。
アタシはヤツに向き合うと、羽織っていたバスローブの紐をほどき、それを脱がせた。
「ベッドに横になって」
アタシがそうが命令すると、ヤツはは小声で「ハイ」とつぶやき、ベッドの上に横になった。
私が覗きこむと、コイツの顔はこわばっているように見えた。