目の前に現れたサーベルとキャサリンの怒声に、罵り合いに夢中になっていたルイーゼと オルガは、あっという間に黙り込んだ。キャサリンは、私たちよりも1歳年上だが、誕生日の関係で学校では同学年だ。この怒鳴り声も職務というより、年長者としてみていられないと思ってあげたのは、私たちにもすぐにわかった。
「いくつだよお前ら!!」
2人は顔を下に向いたまま黙り込んだ。もちろん、その視線をキャサリンにも向けない。
私も、どうしたらいいかわからずおどおどしていた。
キャサリンはしばらくの間2人を睨めつけていたが、やがて深いため息とともに、視線を私に向けた。
「エルヴィラ」
険しい表情で、キャサリンは私に問いかけた。
「ハイ先輩」
こういう状況になったら、素直な後輩としての態度を見せるに限る。そう判断して私は返答したのだが、それでも彼女の怒りはおさまらなかった。
「素直な態度を見せればいいってもんじゃないでしょうが」
まずいなあ。まだ怒っているよ先輩。そっと視線をキャサリンに向けると、彼女は口をへの字に曲げていた。目も据わったままだ。
「この屋敷の主人は私じゃない。お前だろ、エルヴィラ?」
「ハイ」
「だったら、もっとしゃんとしろ!お前がこんなだから、ルイーゼもオルガもお前に舐めた態度をとるんだろうが! 」
私の態度を「情けない」ととったキャサリンは、まだ身体を震わせている。
「すいませんでした先輩」
「大人げない態度をとったのは自分です。エルヴィラは悪くない。叱るのなら自分を叱ってください」
キャサリンのただならぬ様子を察したルイーゼとオルガが、気落ちした声音で謝罪する。
「2人とも、いつまでもその関係を続けていると、取り返しのつかないことになっても知らないぞ」
目を細めたまま、勘弁してほしいという気持ちを声音にこめ、キャサリンは諭すような口調で2人に声をかけた。
「もういい。2人とも準備して」
彼女がそう告げると、2人は彼女に深々とお辞儀をし、自分たちの部屋に向かった。その間食器は全て片付けられ、テーブルの上には何もない状態だ。
ダイニングにメイドたちがいないのを確かめ、キャサリンは再び私に視線を向ける。そして静かに、私が立っている場所に歩を進めると、静かに私の隣に立った。
「ねえマリナ」
私は情けなさで何も言えない。
「この屋敷の主人はあなたなのよ。あの2人には、もっと強く出てもいいんだからね」
囁くように私に語りかけると
「このままでは遅刻してしまいます。殿下も早く準備してください」
私も切り替えますから、殿下も自分の立場に戻ってくださいといいたげに、キャサリンは私に語りかけた。その顔つきは、すでに「先輩」から「私付きの武官」に戻っている。
私は彼女に会釈して、自室に向かった。
部屋の時計を見ると、急いで準備して屋敷を出ないといけない時間だ。私は心の中で、オルガに対する不要な発言のせいで、こんなに遅くなってしまったのだと後悔した。
大急ぎで部屋着から、上下が紺のパンツスーツに着替える。薄く化粧をしてアクセサリーをつけ、リップクリームをつけたところで……私の身体を、異変が襲った。
朝起きたときからあった違和感。それが私の宿痾である事を悟った瞬間、私はうつ伏せでベッドに倒れ、激しく咳き込んでいた。ゼーゼーとした呼吸は、喘息発作が起きたことを示していた。うつ伏せになったまま、私は左右に上半身をくねらす。咳が落ち着いたところを見計らい、私は吸引薬を吸い込むと、そのままベッドに仰向けに倒れた。
症状はまだ治まらない。私は上半身を右に向け、目を閉じて症状が落ち着くのを待った。
この状態を誰かに見られたら厄介だ・・・そう思った刹那、誰かが私の部屋のドアを突き破るがごとく、音を立てて開いた。
「マリナ! 」
「お姉様! 」
「殿下! 」
私が激しく咳き込むのをきいたのだろう、ルイーゼ、オルガ、キャサリンが血相を変えて私の部屋にやってきたのだ。
「しっかりしろ!大丈夫か?薬は? 」
険しい表情で、オルガが私に呼びかける。幸いなことに、その頃には症状は落ち着いた。
「うん大丈夫……吸引薬は吸引したから、症状は出ないと思う……」
「薬は持って行った方がいいわよ、お姉様」
不安げな表情で、妹が私の表情を窺う。私はこくりと頷いた。
私が上半身を起こすのと同時に、カバンにしまっていた端末の着信ブザーが鳴った。ロックを解除してアプリを立ち上げる。皇太孫様からメッセージが来ていた。
「準備できた? 」
「これから出かけるところ。妹たちも一緒」
と、返事を送り返す。そうだ。聞いておきたいことがあった。
「夕べ、宮殿内にあいつらが来たというのは本当ですか? 」
その問いに対する返事はすぐに来た。向こうも想定していたのだろう。
「来たよ・・・で、夕べそいつの息子とヤッた。全然気持ちよくなかったよ……」