わたくしが目を覚ましたのは、ナザリックの歴史において恐らく最も輝かしい時でした。
至高の四十一人、その御方々全てが円卓にて集い、何事かと話し合っていました。それは議題は多岐に渡り、ナザリックに必要な仲間とは、ナザリックをより良くするためには等々。遠い昔であるように思えてしまうが、わたくしはその記憶を何よりの宝として大切に覚えています。
それは、まさしく黄金の時間でした。そして信じられないことに、至高の四十一人の一人、創造主のタブラ・スマラグディナ様によって生み出されたわたくしは、恐れ多くもその会議に最も近い場所で多くの時間を過ごしました。
円卓には至高の四十一人以外、何人たりとも例外なく入る事は許されていませんでした。いえ、お優しいモモンガ様やたっち・みー様がわたくし達配下を邪険に扱うとは考えられませんが、あの至高の場に踏み入る事は決してあってはならないのだと、そういった不文律が配下の中にありました。
ならば何故、わたくしはその円卓の側に置かれたのか。それは創造主であるタブラ・スマラグディナ様も認められた「設定」によるものでした。
わたくし、アルベドは、至高の四十一人が一人、ラセツ様の妻なのです。
きっかけは些細な事だったと、後にラセツ様は語りました。事の起こりはラセツ様の種族「夢魔」が原因だったと。
そこから話されるお言葉は、情けなくもその時のわたくしに理解できる範疇を超えていました。夢魔――つまりインキュバスの王として、ラセツ様には伴侶が必要だと。会議の末にそう定まったそうです。
『まぁ、あれは皆深夜テンションで酔っ払ってるようなもんだったし、ははは……それにアルベドも嫌だろ?』
そう尋ねられても、わたくしには何が何だか分かりませんでした。
あの円卓に召集されただけでなく、身に余るにも程があるラセツ様との関係性の変化。配下としてではなく、妻になるという事は対等に――言うまでもなく不敬だとは理解していても、わたくしにはそうとしか思えなかったのです。
それがあまりに唐突に訪れて、嬉しいのだと、喜ばしいのだと、頼むから是非にと、そう返答することも叶いませんでした。
けれどお優しい至高の四十一の御方々は、わたくしの心情など手に取るように把握しておられたのでしょう。あれよあれよという間に、わたくしは正式にラセツ様の伴侶として、あの人の――夫の側に居ることを命じられました。
――それは、黄金の時間でした。ラセツ様は何を考えておられるのか全く判別出来ない表情で、わたくしが側に居ることを許してくださいました。
あまりに甘美な日々でした。ラセツ様は常々わたくしを気遣うように声を掛けてくださり、また慈しむように愛でてくださった。
嗚呼、白状するならばわたくしの心はその時――いえ、とうの昔に愛するラセツ様へと染まっていました。ラセツ様が居ない時がおぞましい程心細く、何よりも耐え難い時間になりつつありました。
その代わりに、あのお方――ラセツ様のお側に居られることがどれだけ幸福な時間だったことか。極楽の逢瀬は意識が蕩けてしまうのが常でした。
とめどなく溢れる愛に、はしたなくも漏れ出てしまう劣情に。その全てを隠そうとするも悉く見破られては抑える必要はないと受け止めてくださるラセツ様。
わたくしは自分を恥じました。与えられるだけ与えられて、天にも登るような気分で悦に浸っていたのは、自分ただ一人であったのです。
伴侶として、世界の何よりも大切な愛する人の愛情に、何一つ報いる事が出来ない。口惜しや、口惜しや。
そんなわたくしの気持ちを見抜いたのでしょう。創造主タブラ・スマラグディナ様は数々の「設定」を授けて下さいました。
それだけではなく、至高の御方々も愛娘のためだと、様々な後押しをしてくださいました。
――信じられないとシャルティアは怒るかしら。羨ましいとアウラは地団駄を踏むかしら。マーレやコキュートスは祝福してくれたるでしょう。姉さんやデミウルゴスは、さて何と言うかしら。
けれど真実。黄金の時間は、確かにあったのだ。
至高の四十一人が、御方々がその姿をお隠しになるまで。
ーーーーーーー
「結局、残ったのは二人でしたね」
「ま、そうなるだろ」
「「はぁ……」」
二人のため息がシンクロする。顔を上げ、苦笑するのも同時だった。
その空間は、穴だらけの絵画世界だった。空席ばかりの円卓に着いていたのは、二人の人型である。
かたや騒々しいまでの装飾に身を包む骸骨。
かたや清々しいまでに何も身につけていない裸の悪魔。
骸骨が人間離れしているのは改めて述べる必要もなかったが、悪魔の方もまた、人ならざる者だった。
姿形はヒトのオスそのもの。けれど、ひょろりと腰から生えた矢じりのような黒い尻尾と、頭部の黒髪から痛々しく生えた二本のツノが、それを否定していた。
加えて、股間を覆うモザイクも、なんだか人として大事な部分が無くしていた。
「はぁーあ。とうとう俺のビッグマグナムがお披露目される日は無かったか」
悪魔――ラセツは遠慮なく円卓に足を乗せると、股間部をアピールする。ユグドラシル屈指のネタ装備「持たざる者」だ。
これは運営がサービス停止を覚悟して作り上げたユグドラシル最大の露出装備だ。エロ装備なんて単語は聞いても能力値を見た瞬間に捨てられるゲームだったが、唯一この装備だけはレベルカンスト後も多くのプレイヤーが所持していた。
上半身、下半身共に全裸になり、股間だけをモザイクで隠す。全方位モザイクという奇妙な物体を股間に貼り付けて動き回れる、一部の変態曰く神装備である。
問題は男女問わず男性フォルムになるのだが、大半が男性プレイヤーなこのゲームにはあまり関係なかった。むしろネカマユーザーも面白半分で装備していた者は多かった。
ラセツは過去の全裸プレイヤーしかいないユグドラシル全盛期を思い出して、ふっと笑った。
「でも、ラセツさんだけでも、最後まで居てくれて良かったです」
「俺の今の仕事は時間に融通効くから、さ。モモンガさんを一人にはしないよ。せめて俺ぐらいは居てやらないと」
骸骨は無表情のまま、優しげな笑い声を出した。
「ふふふ、相変わらず優しいですね」
「他の奴らだって本当は来るつもりだっただろうさ。でも知らんうちに信じられない量のアプデが来てたからな、仕方ないさ」
「……忙しいのもあるでしょうね」
「それはモモンガさんもだろ……っと、あんまりリアルの事でくどくど言っててもしょうがないか。最後くらいカッコよく決めようぜ」
ラセツの言葉に骸骨頭――モモンガは頷くと、背後に浮かぶ杖を手に持って立ち上がった。
「玉座に」
「おう」
文字通り金と苦労の結晶のナザリック大墳墓を歩き、最後の場所にたどり着く。
NPC達を並べ、二人は思い思いの感想を言い合い、時に設定を閲覧したりした。
「セバスは武器とか無いんですかね?」
「さぁ? ってかそれを言うならコキュートスは持ってるのに人型の奴らほとんど持ってないよな」
「ああ、そうですね……」
やがて玉座の目前に立つと、側に立つ一人の女性が目に入った。
それは女神の美しさを備えた悪魔であった。一見すると丸みを帯びた体のラインや美しく膨らんだ乳房は見事で、美術品もかくやの美貌は女神を思わせるが、頭に生えた一対のツノと足元を隠すように存在する黒翼がそれを否定する。
堕天使とも形容するのがわかりやすいだろうか。
「久しぶりだなぁ、アルベド」
思わず漏れたのはラセツの本心だった。みんなのノリとテンションで「俺の嫁」になった訳だが、はっきり言うとギルメン達のおもちゃにされていた感じも否めなかった。
それでもラセツは一度たりとも嫌だと言った覚えは無かった。何故なら――
「俺の嫁ぐうシコ過ぎない?」
だった。
「わりと製作者の欲望詰まってますよね」
同意するようにモモンガも頷く。
「いつかアルベドにお外で甘々手コキされたいだけの人生だった……」
「相変わらずのアルベド下ネタですね。そんなこと言ってるから全員にネタにされるんですよ」
「こんな馬並みのビッグマグナムを晒しているが童貞なんだ、だから女神に欲情するのもやむなし。というよりも俺という設定的にはフィットしてるし」
「馬並みって……どうでもいいですけど何センチくらいの設定何ですか?」
「最後だからか知らんが珍しくモモンガさんが下ネタに乗ってくれたのでお答えしよう。えーと、うーんと、そうだなぁ……エロ同人だと三十センチはあるよな? それくらいに考えてる」
「……ユグドラシルがエロに寛容じゃなくて良かったです」
無駄話をしつつ、何気なくアルベドの概要を眺める。文字数限界ギリギリまで書き尽くされた設定に苦笑が漏れる。
「ラセツを永遠に愛する、彼の伴侶である……か。タブラさん、ちゃんと設定書き加えてくれたのか」
「結構あの人も乗り気でしたからね」
「……そっか」
ラセツは言葉を失っていた。そんなラセツを一人にさせてやろうと、ギルドマスターたるモモンガは玉座に腰掛ける。
ラセツは悩んだ末にアルベドのとなりに立つ事に決めた。
「……もう、終わりですかね」
「そうだな。アルベドに会えなくなると思うと、切ない……」
「ラセツさん、本当にアルベドの事愛してるんですね」
「製作者のあの人よりも愛してると断言しよう。PvPなら勝てないけどね。俺ネタビルドだし」
同じくロールプレイに特化したスキル構築のモモンガは、分かりますと深く頷いた。
時間は後一分と無かった。
「連絡は取れるんだし、またなんかしようぜ。モモンガさん」
「そう、ですね。出来ればこのナザリックが丸々引っ越せるようなゲームだと良いんですけどね……」
「ユグドラシル2! なんてな、あったら良いな。アルベドもディープキスモーションとか追加されたりして!!」
「ええと、はい……って後五秒も無いですよ!?」
「うお、マジか! じゃあモモンガさん、楽しかったぞ!!」
「ええ、私も!!!」
「「またどこかで!」」
時計の針が、カチリと動きを止める。そんな感覚があった。
エロい事しか頭になかったので設定にはご容赦を。
アルベドとえっちしたいんじゃ。
※持たざる者について少し説明文を変更致しました。