モモンガとセバスが居たのは、ギルドメンバー達がたまに雑談する大部屋だった。真っ白な室内には、中央に簡素な王座が設置されている。
「なんかあった、モモンガさん?」
「むしろ今まで何してたんです……?」
そういうと、ラセツの背後に控えたアルベドがくふくふと残念な笑い声を上げた。
「はぁ、まぁいいです……セバス、アルベド少し下がれ。ラセツさんと話がある」
「「御意」」
二人は命令された通り素早く部屋から出て行った。
どこかで練習してきたような言葉遣いに、ラセツはわざとらしくぴゅーと口笛を吹く。モモンガそれを睨み付けると、それから何故かぷいと顔を背けた。
「……ナニしてたのかはもう分かったので聞きませんが、その、シャワーとか浴びてこなかったんですか?」
体を見下ろすと、あちらこちらにキスマークが点在しており、その下にはぼろんと擬音付きで飛び出たペニスがあった。
「あー、悪い……そこまで頭が回らなかった」
「回してくださいよ。もうモザイクはないんですよ? それになんか白いの付いてますし、すっごい生々しいんですけど……」
心なしかげっそりとしたモモンガにラセツは頭を下げると、装備を着ようとしてふと動きを止めた。
「……これ、下どうなってるんだ?」
「どうなってるって……あれ、そういえばそれ装備でしたっけ?」
「そうだ。裸の装備だ。ユグドラシルのシステムならこの上には何もつけれない……」
モモンガが口を閉ざした。ラセツも冷やっとしたものが背筋を伝った。
「モモンガさん、装備は変えたか?」
「いえ、変えてません。でもまさかこんなに現実的になって尚、ワンクリックで着脱とはいかないでしょう……」
「ははは、これから俺一生全裸か……」
「いやいや、お互いの精神衛生上良くないですよ!? 試しにつけてみてくださいよ!!!」
「そうだな、いつまでもこのままではいられないか」
試しに虚空から無限の背負い袋を取り出し、その中から適当に装備を見繕う。今はこの状態で何かを装備出来るのかという問題を解決する必要があるので、モノはなんでも良かった。
「おっ、すげぇ、どっかで買ったワイシャツだ。これにすっか」
「あー、それ三回目くらいのアプデで追加された、メイドインヘンタイの商品じゃないですか?」
「あの妙にリアル志向の服屋か。まぁなんでも良いや」
試しに羽織ってみると、まるで生き物みたいに体のサイズに大きさが合う。ボタンを全てとめてみても問題はない。
「なんだ、装備出来るんじゃねぇか……それで、何してるんだ?」
「良かったです……後、ズボンも早く、お願いします。むしろズボンを最優先でお願いします。質問にはその後お答えします」
言われた通り、下半身装備を取り出すと身につける。青白いジーパンみたいな装備だった。
「なんです、それ?」
「わからん。どうせこれもヘンタイだろ……で、何してるんだ?」
モモンガは座りながら、目の前の遠隔視の鏡を顎で指し示す。
ふわふわと床の上に浮いている奇妙な物体は、その鏡の中に燃え盛る炎を映していた。
「……村がね、襲われているようなんですよ。近くの」
「ユグドラシルじゃないのか、ここは?」
「その辺りは後で説明します。ざっくりコレは異世界だと認識してください」
「ほーん、まぁ俺はアルベドが居ればそれで……で、何悩んでるんだ?」
モモンガは声色を低くして、頭を抱えた。
「どうもアンデットになったせいか、人間が死ぬ光景を見ても何も思わなくて……それが怖いんです……」
歩み寄ってモモンガの背後から鏡を見ると、兵士のような男に、村人が殺されている場面だった。
「ホントだ、何の感情も湧かないな」
「でしょう? しかし人としてどうなのかと――」
モモンガの言葉を遮るように、ポンと肩を叩いた。
「だが、それはそれとして、女の子が襲われてるのを黙って見逃すのは男としておかしいよな?」
見れば二人の少女が、必死に剣を振りかぶる男から逃げていた。
「人としての判断が鈍ったとしても、男としての判断はそのままだ。俺はこの子達を助けたい。それに助けられる力もある」
「……」
「たっちさんとかも、ここに居たら賛同してくれるだろうさ。というわけで……俺は行く。モモンガさん、あんたもそう思うなら、その骸骨頭をどうにかして付いて来い。それじゃヒーローなんて名乗れないぞ」
ラセツは一秒でも惜しいと真横の空間に裂け目を作ると、そこに飛び込んでいった。
後に残ったモモンガは項垂れると、さてどうするかと鏡を見つめた。
鏡の中では、男の首を素手でねじ切る、インキュバスの姿があった。
「ヒーローって……自分だってデビルマンみたいじゃないですか……」
モモンガは乾いた笑い声をあげると立ち上がった。
「アルベド、出るぞ。用意をしろ!」
ーーーーーーー
インキュバスとしての性質か、女を見殺しにするというのはどうも気分が乗らなかった。
「アルベド、お前なら分かってくれると思うが、これは浮気じゃないぜ……」
言い訳じみた言葉を吐き捨てて、眼前の男の首を引きちぎる。同時に脊椎を引き抜くと、男はタコみたいにふにゃふにゃしながら倒れ込んだ。
鮮血が、勢いよく噴出した。
大したことない。ラセツはそう思った。
「な、なんだお前……!?」
もう一人居た兵士の眼に、血まみれの悪魔が反射した。
答える気も起こらず、手に持った背骨付きの頭を振るい、ハンマーのように男の頭部に叩きつける。ぶつかるというよりも砕ける勢いで、二つの肉塊が混ざり合い飛散した。
「ひ、ひえっ……」
少女達は、現れた男に恐怖していた。
当然だろう。彼女達にして見れば恐怖を更なる恐怖が暴力で制圧したようなものだ。怖かろう。
だが怯えられるのは面白くない。自身の尻尾と人間離れした黒角を夢魔の能力で消し去ると、ニコリと安心させる笑みを浮かべた。
「大丈夫か?」
「えっ……?」
顔立ちが似ている、恐らく姉妹なのだろう。姉は妹を守るように両手を広げ、そして死ぬ覚悟をしていた。
その表情は、現状の理解を拒むようなものだった。せいぜい痛そうな死から、滅茶苦茶怖そうな死に変わっただけなのだろう。
だからラセツは安心させるように、ゆっくりとその姉の頭を撫でた。同時に治癒の魔法をかけ、彼女が背中に負っていた大きな傷を治す。
「う、うそ……」
少女の瞳が始めて恐怖以外の色を見せた。こうしてみると多少のバタ臭さはあるものの、素材は光るものがある。可愛い女の子だ。
「おい、お前!! 何してる!!!
「ひっ……! お、お兄さん、うし、後ろぉっ!!」
姉妹揃ってラセツの背後に指を向ける。どうやら他の兵士が来たのだろう。
だがその兵士も、ごつんという鈍い音ともに彼方へ吹っ飛んでいった。
「遅かったな、モモンガさん、ちゃんと――」
「ご無事ですかラセツ様!!!!!」
立ち上がって振り返ると、ふわりと女性的な匂いが鼻に入ってくる。そして抱きついて来たのは、ドレス姿のアルベドだった。
「あれ、なんで……?」
「なんでではありません!!? な、何をしてらっしゃいますか、貴方様は!!!!? わ、わたくしを、御身の盾を置き去りにして!!!!」
胸板に涙を擦り付けて、泣き叫ぶアルベド。すまんすまんと頭を撫で回し、ちらりと少女達を見る。二人は眼を白黒させて、ぽかんと口を半開きにしていた。
この分だと彼女が悪魔とは気がついていないようだ。急いでアルベドの羽と角に認識阻害をかける。
「ぐすっ、ひぐっ……お、お怪我はぁ、あ、ありま、うええん、せんかぁっ……!!」
「ない、ないから、ほら泣くなって……」
「えーと……何してるんです?」
「も、モモンガさん、良いところに!! 助けろください!!」
「はぁ、えっと……え、誰から?」