創造戦士ガンプラダイバーズ Side:JOKER 作:JNEXEL
戦闘状況が終わったとしても、キャプテンの表情は未だに険しかった。
「さっきからチラチラと反応が出たり消えたり...何だってんだ?」
ブルームーンのレーダー有効範囲の端の方で、白いマーカーが点滅していた。赤であれば敵だと識別できるが、白となると所属不明ですぐに対処する事が難しくなる。アヤカをブリッジに呼び出し解析を命じ、レイにはヘイルソーサレスで再度出撃を要請した。
「アヤカはブリッジに戻ってくれ!レイは再出撃だ!」
小型モニターの向こうで、アヤカはやや砕けた敬礼をして画面から消えた。レイはドックの外を見た後、キャプテンの方へ視線だけを向けた。
「何か来ようとしてるの?」
「そうかも知れんがよく分からん。急いで出てもらえると助かる」
「分かった。まぁ、どういう仕事だって引き受けるよ」
レイはドローンから離れヘイルソーサレスへ歩き出した。ケイトが作業用のリフトアームの上でノートマシンの類を広げて何かをしていた。
「あ、ごめん!ちょっと調整しててさ...レイってもうビットの感覚取り戻してた?」
ケイトがキーボードを叩きながらレイをちらりと見た。レイは気まずそうに声を漏らし、目を逸らした。
「いや...まだだけど...」
ヘイルソーサレスの本体に取り付けられた菱形のパーツも、背中から伸びるフレームに外付けしている大型ユニットもビット兵器であった。レイは元々ビット兵器の扱いに秀でていたので、それを多用する戦法で戦果を挙げてきた。しかし、突然扱えなくなり機体も戦い方も大きく変えざるを得なくなった。その原因も対処法もはっきりしないまま今に至る。ケイトはそっか、と苦笑しながらヘイルソーサレスのシステムを調整する。
「まぁだからってのも無いけど。ちょっとは使えた方がいいでしょ?一応背中のGNクローにはAI側のコントロール付けといたから、これなら安心!でしょ?はい、この子も一緒にね!」
ケイトはすっと立ち上がり、レイにバレーボール程の大きさの水色の球体を手渡した。レイが球体を眺めていると、中心についた2つの円が光りだした。レイは思わず手を離すが、その球体はどこからか手足を伸ばして着地する。そして伸ばした手足を格納して元の球体に戻ると、今度は上部についているパネルをパタパタと動かした。
「オトサナイデ オトサナイデ イタイヨ イタイヨ」
「な、何これ....!!!」
いきなり声を上げながら左右に揺れる球体に、レイは戦慄を禁じ得なかった。と言うのも、レイの持つガンダムの知識とは、MSと武装関連などと言った戦闘に関係したものに偏っていたからだ。ストーリーもそれなりに分かるが、無監視故にかなり浅い物だった。ケイトは思わず吹き出した。
「もうびっくりしすぎ!その子はハロ。可愛いでしょ?」
「へ、へぇ...いきなり動いたり喋られたりするのはちょっと...」
「この子が代わりにGNクローを操作したり、色々補助してくれるから」
そうなんだ、とレイはハロを抱き上げた。確かによく見ると、なるほど可愛く見えてくるものであった。しかし、それ以上の感想は出てこなかった。あくまでも戦闘補助のデバイスとしか認識できないのである。
「まぁ...いいんじゃない?戦いやすくなるならそれで」
「レイ ヨロシク ヨロシク」
「You have control!」
アヤカの宣言に、レイはサムズアップで答え、レバーとペダルを押した。
「I have control. レイ、ガデッサ ヘイルソーサレス...出る」
ヘイルソーサレスがふわりと浮き上がり、両足の先端が折り畳まれる。そして一気に加速してカタパルトデッキから飛び立った。レイはいつの間にか増設されたスロットにハロを置き、よろしくと告げた。
「リョウカイ リョウカイ!フメイキ ハッケン フメイキ ハッケン!キョリ70!キョリ70!」
所属不明の反応は70km先にある。とは言え、ダイバーズの仮想世界でそれを言われても大して意味があるとは思えなかった。ガデッサの速度を持ってさえすればそれほど時間をかけずに、有効ロックオン距離に到達できるからだ。
「ん...嫌な予感がしてきた...」
未だに目標物は遠いが、何とかレイの肉眼でも形だけなら捉えられる距離に来た。レイは目を細め、その形を見た瞬間に息を吐いた。
「レイ ドウシタ レイ ドウシタ」
ハロが問いかけるが、レイは何も答えずペダルを更に強く踏んだ。すると、遠くの影から別の何かが飛び出していくのが見えた。それはこちらへ向かって来ているらしく、次第に正体がはっきりしてきた。レイは忌々しげに舌打ちをしてGNハイメガランチャーのロックを解除した。
「何でこういう時にアンタが...!!」
ヘイルソーサレスがGNハイメガランチャーから青白い光球を放つ。だが近づいてくる赤い影―グロスインジェクションのシナンジュをベースとした機体はそれを易々と避けて腕から光の刃を伸ばし、ヘイルソーサレスに突きを放つ。ヘイルソーサレスも左腕からGNビームサーベルを発振、鍔迫り合いに持ち込んだ。ヘイルソーサレスのモニターにミニウィンドウが表示される。映っているのは金髪碧眼の、レイと同い年くらいの少女だった。しかし彼女のまとっている白いドレスは質感からして高級さを醸し出しており、気品にあふれていた。
「機体を乗り換えて戸惑わせようだってそうは行きませんわよ!冷血女!!」
だが彼女のテンションはその気品さえも壊しかねないほど高かった。レイはもう口を効く気もないと言わんばかりにレバーを前に倒した。ヘイルソーサレスがビームサーベルを弾き返し、GNハイメガランチャーを撃ち込んだ。赤い機体が装着していた外套が弾け飛び、姿を顕にした。前述の通りグロスインジェクションのシナンジュをベースとしているが、頭部はスタインとは異なるものの、ガンダムタイプに換装されている。そして全体的なシルエットもシナンジュから更に鋭角的にしており、刺々しささえ感じさせる。
「とは言いましたが、私も機体を一新しておりますからここでお披露目と言うのも悪くありません。リタ・リーゼリット、シナンジュ・ローズオーラ...オン・ステージ!」
ローズオーラがバーニアを全開にし、一気に加速した。両腕に発振させているビームサーベルを更に大きくし、上下から挟み込むように振るう。ヘイルソーサレスは左へステップ、GNバルカンを薙ぎ払うように撃つ。ローズオーラはヒラリとサマーソルトで避け、リアアーマーにマウントしていたビームライフルを構えるとすかさずトリガーを引く。
「ライフルくらい!」
レイはそう見るやGNハイメガランチャーの出力を最大にした。だがこの読みが見事に外れた。ローズオーラの放ったビームは一直線は愚か多方向へ分散されてヘイルソーサレスへ迫ってきた。リタは勝ち誇った様に高笑いした。
「ここまで見事に見間違えるとは、期待はずれですわ...もう力に陰りすら出てきてらして?」
「あっそ...もう、うっさい!!」
ヘイルソーサレスが左肩を前に出した。マウントされた状態でもビットは機能し、限定的にGNフィールドを展開してこれを防いだ。レイは苛立ちに突き動かされるまま照準をローズオーラのコクピットに固定させた。どうやら風が強いらしく、システム側で照準を合わせられても砲身が微妙に揺れてしまう。
「ホウシンセイギョ!ロックオン!ロックオン!ウテル!ウテル!」
ハロが元気よく通知する。だがレイはハロの頭をやや強めに叩き、黙らせてしまった。
「煩すぎて集中できない...!!くそぉっ!!」
ローズオーラがシールドを構え、そのまま突撃してくるタイミングでレバーのトリガーを押した。GNハイメガランチャーから吐き出される絶対零度の光が、青空に巨大な氷の華を咲かせた。
「な、何ですの!?これは一体!?」
リタはヘイルソーサレスに凍結させられたシールドに目を疑った。手早くシールドをパージすると、ビームショットガンを数発撃ち、氷の華を砕いた。だがその頃にはヘイルソーサレスが第二射をぶつける。ズドォオオオ!!と激しい音と氷華が周囲へ広がった。
「何で戦闘状態になってんだ!?レイ!一体どうなった!?」
ブリッジのモニターから様子を見ていたキャプテンが、ヘイルソーサレスに通信を送る。しかし遮断されているのか通信範囲外か、一切の返答がない。
「れ、レイさん!?あわわ...同士討ちしちゃってるです!!」
アヤカが顔を真っ青にして報告する。キャプテンはそれを聞いて眉を顰めるが、次第に何かを思い出して頭を抱えた。
「寄りにも寄ってこのタイミングで合流するか...!リリ嬢なんだろ?何で何の連絡も寄越さんのだ、あの御曹司め...!」
「一体何が...艦長さん」
ローズオーラの母艦でも同様の雰囲気に包まれていた。黒く長い髪をサイドテールに纏めた赤い瞳の少女が、ブリッジの中央に座る男を見る。
「はぁ....こうなるとは想像してましたが、誰にもリリ嬢を止められなかったのか...いい加減協調を覚えて頂きたい...はぁ...!申し訳ない、スワン・マスターピースさん...初めての作戦行動でこの様なものを見せてしまった...」
この戦艦の長は白いスーツに身を包んでいた。短く切り揃えられたブロンドの髪に青い瞳、やや浅黒い肌。誰かに似ているようで、そうでないような男である。スワン・マスターピースは力無く笑い、首を横に振った。
「気にしないでください...艦長さんも辛くなる気がしますから」
「あなたの様な方が初めからいてくれれば、こんな事にはならずに...失礼。グラハム、済まないがリリ嬢を回収してくれ。また喧嘩してたんだ」
艦長はミニウィンドウを閉じ、バツの悪そうな顔でブリッジのメインモニターを眺めた。彼の名はアーノルド・ランフォードと言う。キャプテンからは御曹司と呼ばれるが、実際に現実でいくつかの大企業グループを束ねる立場にある。ダイバーズの運営会社にも、ブルームーンと言う組織にも多額の投資をしていると言う意味では、重要人物でもある。だが彼はあくまでもガンプラダイバーの一人として、このゲームを楽しんでいるようだ。
「すいません、スワンさん。ブルームーンに通信を繋いいでいただきたいのです」
「分かりました...まだ慣れていないから少し時間がかかりますよ?」
「パネルの左端にショートカットがありますから、そこからお願いします。私は支度をしますので、それまでに」
スワンはコンソールパネルの左端に、アイコンを見つけタッチした。
「こちらエウクレイデスⅡ、スワン・マスターピースと申します」
ブルームーンのブリッジモニターにウインドウが表示され、キャプテンも軽く咳払いをしてインカムをかけた。
「見ない顔だが...セカンドにも新入りが来たか!こりゃあいいな....んで、御曹司はどこだ?」
「ランフォード卿でしたら、今しがた身支度で席を外しています」
「そうか。にしてもお前さん、ウチの奴と同い年か?随分と礼儀正しいもんだ、感心感心」
ウインドウの向こうで、スワンは照れくさそうに礼をした。
交流区画。実を言えばブルームーンの交流区画における拠点はいくつか存在している。ブルームーンの組織そのものも2隻もの戦艦を運用する規模であり、時折情報交換や作戦行動の為に人員配置の転換の為に合流する事がある。レイのヘイルソーサレスとリタのローズオーラはエウクレイデスⅡに格納された。エウクレイデスⅡとは、ブルームーンにおける2番艦だが、こちらは外見はプトレマイオス2改を真っ白にしたような物になっている。ブルームーンとエウクレイデスⅡのクルーは港に降りて思い思いの時間を過ごす事になる。他の交流区画へ移動してオンラインマッチングに入ったり、知り合いのダイバー達と語らったり現実に戻ったりと、パターンは人の数だけ存在する。しかし、キャプテンやランフォードを始めとした中心メンバー達は会議の為に集まっていた。
「ブルームーンもエウクレイデスも、光学迷彩はやってるよね?」
レイがハロを抱き抱えてヘイルソーサレスから降り、ケイトに問うた。ケイトはもちろんだよと声を張り上げた。そもそもこの2隻、ゲームの仕様上交流区画に入る事ができない。だが、ケイトの手にかかればただのオブジェクトとして、交流区画へ進入させることができるのだ。元フリーランスのSEであった彼女だからこそ為せる技である。
「ちょっと、レイさん!さっきの氷について説明願いますわよ!アレは一体何なんですか?」
レイがエウクレイデスから降りようとした矢先、リタに通せんぼうをされた。レイは面倒そうにため息をつき、リタを押し退けてその場を立ち去ろうとした。だがリタも諦めきれず、レイのレザージャケットの襟首を引いた。
「私は、あなたと話していますのよ?無視が賢明でないことはお分かりでしょう!」
「...私はあんたと話ししたくないんだけど」
レイも苛立ちを抑えきれず、無意識に睨みつけた。リタはぎょっとして手を離した。
「その態度...不敬ではありませんか?だからあなたは冷血女なのだとご自覚なさって?」
「知るか、そんな事!」
怒りに任せてそう吐き捨てると、レイはエウクレイデスから降りてブルームーンへ向かった。その様子を遠くから眺めていたスワンは、やや心配げな面持ちだった。
(怜...本当にブルームーンに居たんだ...リリさん、絶対怜と相性悪いよね。喧嘩してるって遠くから見ても分かるし...)
エスは交流区画内にあるカフェから出て、メッセージに書かれていた場所へ向かった。そのメッセージの主は当然ハイラックからだが、集まる理由も決まっていた。だがエスは上手く話せる自信がなかった。同じ仕事を引き受けていたウェルスには一通り話してみたが、やはり彼も釈然としない様子だった。JOKERと唯一戦ったエスにしか知り得ない情報は何としても伝えなければならないが、当の自分自身でも納得の行く結論に行き着けなかった。
(JOKER...何であの機体を思い出す度、知ってる気がするんだ...)
JOKERの姿をはっきりと目の当たりにした時、心臓がドクンと大きく拍動したのを思い出す。赤と黒の鎧と翼を持ったMS、ロストフリーダム。しかしエスの知っているそれとJOKERは大きく異なっている。それでもフラッシュバックしてしまう、悲劇の記憶。なぜそんな事が起こるのかも分からなかった。
「...守れなかった...やっぱり許してくれるはずもないんだ...」
エスはやや虚ろ気な目で空を見上げる。雲が浮かぶ青空がただ広がっていた。あのJOKERに乗っているのが彼女だとすれば、きっと自分を殺す為に来たに違いない。恐ろしい想像が頭から離れない。
「こんな所で何をしているんだ...」
不意に声をかけられ、エスは視線を戻した。振り返るとウェルスが立っていた。
「あぁいや...後悔してもしきれない事って...あるなぁ、と...」
取り繕うにも粗末すぎる言い訳をした。エスは我ながら意味不明だと思えた。
「...お前があの時言ってきた事は...ある意味で理解は出来る。だがお前も俺達も、前に進む事を選んだんだ。今は、やるべき事をやるしかない」
先を行くウェルス。エスは自分の掌を見つめ、強く握りしめた。彼の言う通りだ。自分の過ちはなかった事にはできない。だがそれを糧にしてでも前へ前へと進まなければ、何も変わらない。
「確かに、その通りだ...前に行かなきゃ、どうにもならないもんな」
ただこの瞬間に、また別の感想も脳裏に浮かんだ。
(ウェルスはもう...変わってるという事...か?)