創造戦士ガンプラダイバーズ Side:JOKER 作:JNEXEL
「随分と早いな。目的は達せられたのか?」
デュークはラプラスが戻ってくるのがやけに早い気がした。スキンデータの改竄機能を実現する為のプログラムを導入したと言うので、実際に試そうとラプラスは作戦前に交流広場へ出ていたのだ。
「ええ、スキンデータの変更が出来る、その有用性はかなりのものだと思います。ところで、他の人達はどこへ?」
ラプラスは周囲を見渡し、デューク以外の人影がないことに気がついた。既に作戦は始まっていたが、ブルームーンと呼ばれる戦艦の一隻を狙う以上、相応の人数で捜索する必要がある。恐らく戦力となっている者達は全て出払ってしまったのだろう。デュークが真っ直ぐトールギスアイゼンリッターへ向かい、コクピットに乗り込むのを見計らいポケットから透明のケースを出した。例のカプセル剤を数粒出し、水と共に飲み込んだ。心臓がバクンと拍動し、同時に襲ってきた鋭い頭痛に呻いた。しかしそれは一瞬にして消えた。両目と左頬に電子的なラインが走り、それに合わせるかのようにデスサイズヘルコープスのコクピットハッチが開いた。騎士団の本拠地たる古城とは言え、交流区画内に位置している。にも関わらず機体に触れられるというのは不思議な話である。以前デュークに聞いたことがあるが、彼も詳しい事情は知らないと言う。
「今出ている誰かと合流出来ればいい...デスサイズヘルコープス、出ます」
ラプラスは騎士団の面子から適当に一人選び、デュークのアイゼンリッターと共にバトルエリアへと転移した。
「稼働中に合流するのが戦闘区画だけでしか出来ないなんて、不便ですっ」
「確かに、リスクは高いものな。右に30度よーし...」
アヤカはタカイワに手伝ってもらいながら、接続タラップをエウクレイデスⅡにドッキングさせた。キャプテンはと言うと、艦内にいるクルー達に作業の指示をしていた。
「急いでドックの形状変更と居室の確保をしろ!シローは周囲の警戒を怠るなよ?何が来ても今じゃ対応出来んからな!レイの奴はまだ来てないのか!?」
「...ったく、騒々しいな...」
JOKERは苛立ち混じりに呟きながら、ドックの様子を見下ろしていた。よく見る赤と青の頭が隣り合っているのが見え、ケイトとレイだとすぐに分かった。しかし、その僅か先に白か銀と思しき色の頭もあった。ポケットからカメラを出し、ズームを最大にした。銀髪紅眼の女性の顔をはっきり視認した途端、JOKERは若干の目眩がした。
(何だ、この女...?クソ、頭が痛くなってきた...)
脳がズキズキと痛み、カメラの電源を切った。カメラ越しに検索して分かったのが、彼女のダイバーネームがJ.E.と言う事だけだった。だがJOKERは彼女とは何の関わりもないはずであった。しかし今の頭痛で自分と彼女の間に何かがあると思わざるを得なかった。
「俺とアイツ...何かあったんだろうな。ここに来て俺が何なのかヒントが出そうだ」
JOKERは手の甲で額の汗を拭い、居室へ戻った。
「急で決まったことだけど、レイは暫くあっちに配属なんだってさ」
レイが周囲の状況を飲み込めないでいたのを見かね、ケイトはエウクレイデスⅡを指さした。
「冗談でしょ...またあそこに行くの?」
レイは唐突過ぎる宣告に困惑した。今回は自分が暴走した訳でもなければ、別の問題を起こしてもいなかった。エウクレイデスⅡと言えば、あのリタが居る艦でもある。そこへ送り込まれるのは拷問以外の何物でもなかった。
「戦力バランスの均衡を保つ為なんだから、文句言わないの」
「だけど...一度問題になったじゃない」
レイもリタも反りが合わないという言葉が陳腐になる程、相性が最悪だった。ケイトもそれは理解していたが、かと言ってレイをこのままここに残しておく訳にも行かなかった。
「もしかしてそれって〜、同士討ち未遂事件とかですか?」
レイとケイトの会話を聞いていたJ.E.がにっこりと笑う。レイは一瞬不意打ちを食らった顔をしたものの、警戒するようにJ.E.を凝視した。
「な、何でそんなことを知ってるの?...て言うか、アンタ誰?」
「ROMANESQUEの記者をしてる、J.E.と言います。以後お見知り置きを」
J.E.が握手をしようと手を差し伸べるが、レイはそれを無視してヘイルソーサレスの方へ歩いた。
「どうなってもいいや...」
レイがコクピットのシートに座ると、インテリア類が起動した。ハロは台座の上でくるくる回っていた。
「レイ、コンニチハ コンニチハ」
突如、ブルームーン内を警報音が駆け巡った。レイは機体のレーダーを確認したが、普段とは全く異なる状況に目を疑った。
「10機...!?しかもエウクレイデスに向かってるなんて...何とかしないと!」
「レイ、居るなら居ると何故言わんのだ!本艦は直ちにエウクレイデスⅡから離れる!後は分かっているな?」
モニターにミニウィンドウが表示され、キャプテンが周囲に指示するのが見えた。レイは小さく頷き、レバーを握る。手が僅かに震えている。やはりまだあの感触が残っていた。レバーを握れば、それだけで鮮明に蘇ってしまう気がした。しかし、ここで迷っていられる状況では無い。レイは首を左右に振って雑念を振り払い、前をじっと見据えた。
「レイ...ヘイルソーサレス、出る!」
ヘイルソーサレスがカタパルトから射出、大空へと飛び立った。ハロが逐一敵の位置を知らせ、レイはそれに合わせ照準を切り替えつつ砲撃する。今回は多数の相手をしなければならないので、GNハイメガランチャーを装備している。グフイグナイテッドがビームバルカンを撃ちながらビームソードで横に振るって来るのを、ヘイルソーサレスはクルリと回転して回避。GNハイメガランチャーを放ちグフイグナイテッドを氷塊にした。
「落とす...!っ!?また来る!」
左腕のGNバルカンで氷塊を砕き、グフイグナイテッドを撃墜した。しかし、それと同時にガンダムTR-1[ヘイズル]が真上からショートバレルビームライフルを連射して来た。更に真下からギャプランが迫る。レイを迷わずギャプランの方に機体を向け、GNバルカンを薙ぎ払い撃ちした。ギャプランは真横にバレルロールして避けると変形を解除してビームキャノンを放った。ヘイルソーサレスは颯爽と躱し、背部のGNクローを飛ばした。
「ハロ、お願い」
「マカサレタ!マカサレタ!」
ビットのコントロールをハロに任せ、ヘイズルめがけGNハイメガランチャーを撃ち込んだ。だがこのヘイズルはやや手馴れているのか、弾道を最小限の挙動で避けながらヘイルソーサレスへ突き進んでいく。ヘイズルが放つヘッドバルカンを左肩のGNリフレクタービットで防ぎ、エウクレイデスⅡの位置する方角へ直進させた。運悪く、ギャプランもその様子を見ていた。再度MA形態に変形してヘイルソーサレスを追いかける。
「しつこいな...!当たれッ!!」
ヘイルソーサレスのGNバルカンがギャプランの機首を蜂の巣にした。ギャプランが大慌てでMS形態に戻ろうとした矢先、ヘイルソーサレスの左手首から発しているGNビームサーベルで内部フレームを焼き切られ海へ真っ逆さまに落ちた。その隙を狙い、ヘイズルがショートバレルビームライフルを撃ちながら突撃した。ヘイルソーサレスが後ろへ僅かに位置をずらして避けるが、ヘイズルはそれを見切ったのか左手に持っていたビームサーベルで袈裟に斬りつける。その刹那、ヘイズルに悪魔の爪が襲いかかった。左右からGNクローがヘイズルの胴体に組み付き、自由を奪った。ギシギシとフレームと装甲が軋む音がする。そしてヘイズルはGNクローの力で捩じ切られてしまった。
「敵は10機...もう向こうに来てるかもしれない...やらなきゃ...!」
付き纏ってくる気持ち悪さを振り抜き、レイはペダルを強く踏んだ。エウクレイデスⅡもブルームーンの一つだ。それが目の前で消える光景など、レイは絶対に見たくなかった。
「リリ嬢は先行してください。グラハム、移籍前に一仕事頼まれてくれないか?」
ランフォードはシートに備え付けのタブレットを操作して、グラハムに直通回線を繋いだ。
「どうした?」
黒と白に塗装されたブレイヴ・カスタムのモニターに"SOUND ONRY"と表示された。グラハムは出撃直前だったのでヘルメットを被ろうとしていたが、途中で止めた。
「運悪く今回がスワンさんの初実戦です。彼女が落ち着いて戦えるよう、支援してやってください」
なるほど、とグラハムは真後ろを見た。白と青で彩られたジムタイプのMSが立っていた。全体的な形状からしてジム・スナイパーⅡによく似ているが、右腕の2連装ビーム・キャノンやバックパック、両脚の追加スラスターユニットで大きく見違える姿をしていた。モニターには、"ジム・ドミナンス"と記述されている。ユウ・カジマが、暴走したブルーディスティニー1号機と交戦して損傷を受けたジムの代替機として用意された機体として有名である。グラハムはスワンの雰囲気から想像もつかないチョイスだと思ったが、それはそれで悪い気がしなかった。
「スワン、初陣でこれは手厳しい物がある。命を賭けてでも挑んでもらう...だが敢えて言おう、絶対に死ぬな!いいな!」
ミニウインドウ越しにスワンが気合十分な返事をするのを見、グラハムはレバーを一気に前に倒した。ブレイヴ・カスタム、ジム・ドミナンスがエウクレイデスⅡから飛び出た。
「あまり前には出るなよ...向こうは集団でやって来ている。作戦があると考えるのが当然だ」
「は、はい!」
スワンは既に装甲越しに何かしらの気配を感じ取っていた。何処からともなく向けられる殺意。スワンは気圧されまいと両手で頬を叩き、意識を戦いのみに集中させる。爛然と輝くシナンジュが目の前を横切ったかと思うと、シールドからバズーカの砲身を射出してビームライフルの下部にドッキングした。
「言ってるそばから後ろ取られてますわよ、スワンさん!」
リタの声にスワンはぎょっとした。ジム・ドミナンスの背後から迫ってきたガンダムキュリオスに、シナンジュローズオーラのバズーカの弾頭が着弾。キュリオスが間一髪シールドで防いたが、その隙にシナンジュローズオーラが回り込んでビームサーベルで胴を貫き海に落とした。
「リリさん!?ごめんなさい、もっと集中しないと...!」
「いいこと?意気込み過ぎると視野が狭くなりましてよ?それではごきげんよう!」
シナンジュローズオーラが飛び去る。スワンはリタの言葉を反芻しながらジム・ドミナンスを加速させた。
「あそこにいるのは...ドム...!?あんな所に!」
エウクレイデスⅡの後部ハッチにドムが取り付いているのを目撃すると、ペダルとレバーを押し込んだ。ドムがジャイアント・バズを撃たんとした刹那、真横から光が駆け抜け砲身が消滅した。ドムのダイバーは何事かと機体を後退させるが、既に手遅れだった。ジム・ドミナンスに左腕のボックスタイプビームサーベルで頭を串刺しにされ、視界を奪われた。
「うぉおおお!?」
「こんな所に来るからぁッ!!行っちゃえ!!」
スワンはレバーを後ろに倒した。ジム・ドミナンスが後ろへ宙返りしながら距離を取り、右腕の2連装ビームキャノンでドムの胴体に大きな風穴を空けた。だがこの間にも別の敵が襲いかかる。
「思ったよりも早く獲物が見つかったぜ!ペイルライダー臭い見た目してさ!」
「ば、バイアラン!?」
「それがどうしたってんだよ!」
真上からバイアランがぬっと現れ、スワンは一瞬思考が止まった。バイアランとバイアランカスタムの折衷めいた躯体に、両腕のボクシンググローブに近い形のナックルガード。まさしくバイアラン・シュヴァールである。
「ロッツォ!手空きなら二人がかりでこのジムを叩く!」
バイアラン・シュヴァールのレオンは、近くにいたジムクゥエルを呼びつけジム・ドミナンスを上下から挟み込むように位置取らせた。先にジムクゥエルがハイパー・バズーカを放ち、ジム・ドミナンスを打ち上げようとした。しかし。
「同じジムだからって、甘く見ないでよね!」
スワンは素早くウェポンセレクタを操作した。ジム・ドミナンスはリアアーマーにマウントしていたバズーカを構えた。バズーカ同士で相殺しようとしているのかと思いきや、ジム・ドミナンスが放った弾頭は少しの距離を進んだ瞬間に破裂して拡散した。百式のクレイバズーカと同型だったのだ。ジムクゥエルのバズーカはクレイバズーカの散弾によって爆発された挙げ句、機体にまでダメージを受けてしまう。
「クレイバズーカだと...生意気なんだよ!!」
バイアラン・シュヴァールが右手のシュヴァーンからブランド・マーカーを発し、メテオスマッシュを叩き込んだ。スワンは反射的に2連装ビームキャノンに付いた小型シールドで受け止めるが、これは最悪の手段となってしまった。小型シールドとは言え、流れ弾で砲身を破壊されない程度しか防御性能を保証できない。つまり、最低限のダメージしか防ぎきれないのだ。ブランド・マーカーの一撃はそれに比して確実に砲身を破壊できる威力がある。2連装ビームキャノンごと右腕を破壊され、スワンはパニックに陥った。すぐにグラハムのブレイヴ・カスタムが救援に来たが、レオンもそれに気づいていた。バイアラン・シュヴァールの右手、シュヴァーンから砲身が顔を覗かせるや否や、放射状にビームを撃った。
「拡散メガ粒子砲だと...!?だがこの程度、私とブレイヴならば!」
ブレイヴ・カスタムが巡航形態に変形し、音速で拡散メガ粒子砲を全て避け切った。そして流れるような動きで変形を解除しながらビームサーベルで、バイアラン・シュヴァールの右腕を斬り落としつつジム・ドミナンスを救出した。
「プランを無視して行動していいとは言わなかったはずだ」
「ご、ごめんなさい...」
「まだ来る気か、諦めは悪いらしいな!」
バイアラン・シュヴァールが左腕からビームサーベルを発して向かってくるのをグラハムは認め、ジム・ドミナンスを庇う位置に機体を動かした。そのまま一気に前進し、左手の専用ライフル"ドレイクハウリング"を最大出力で放った。紫のスパークが走る粒子の奔流がバイアラン・シュヴァールに襲いかかる。
「悪いがシュヴァーンは片手だけじゃないんだよ!」
左手のシュヴァーンを瞬時に展開、ビームシールドでドレイクハウリングを防ぎ切り一度この場を離れようとした。しかし、青白い光がバイアラン・シュヴァールの左腕を凍らせた。
「チッ...また奴かよ!!」
「またアンタか...もういい加減、邪魔しないでくれる?」
白と紫のガデッサ―ヘイルソーサレスのGNハイメガランチャーによる氷結効果。グラハムは初めてそれを目の当たりにした。
「文字通り凍りつけにするとは...いやはや、面白い機体に出会ってしまったようだな」
一方のスワンは機体そのものに見覚えがあり、一安心したように軽く息を吐いた。
「怜...来てくれたんだ...」
「スワンさんッ!!」
突然リタからの通信が入り、スワンはぎょっとした。しかし、どこを見ても別の機体は見えなかった。いきなりバイアラン・シュヴァールが、凍りついたままのシュヴァーンでヘイルソーサレスに殴りかかる。ヘイルソーサレスは急旋回しつつ、GNバルカンで凍っている左腕を破砕した。しかし、それが思わぬ事態を招いた。何の前触れも無く、ジム・ドミナンスの四肢が次々に斬り落とされた。レイもグラハムも何が起きたのか分からず、狼狽した。
「スワン...奏ッ!!」
レイは衝動的にヘイルソーサレスをジム・ドミナンスに近づけさせる。だが、見えぬ凶刃はヘイルソーサレスにも牙を剥いた。青い紫電がヘイルソーサレスの躯体に深い創傷を与え、GNハイメガランチャーまでも真っ二つにした。
「奏!逃げて!!」
レイは紫電の瞬きから軌道を読みながらGNビームサーベルで弾き返し続け、ジム・ドミナンスに帰還を促す。しかし、スワンは既にパニックに陥っているせいかまともに思考することすら叶わなかった。ブレイヴ・カスタムがドレイクハウリングで軌道の寸断に打って出るも、バイアラン・シュヴァールに阻まれてしまった。
「
両腕を失っているはずのバイアラン・シュヴァールから、どういう訳か内側から通常のMS同様の腕が伸びていた。
「腕が落とされる事くらい想像できるってんだ!予備の腕ぐらい仕込むさ!」
レオンは意気揚々とバイアラン・シュヴァールの両手首からビームサーベルを発振させ、ブレイヴ・カスタムの首を刎ねんと薙ぎ払った。ブレイヴ・カスタムも素早く反応してGNビームサーベルで受け止めるも、バイアラン・シュヴァールが執拗に攻撃を加えてくるせいで二人の救護すらままならない。
「奏!お願いだから逃げて...!!」
不可視の攻撃にレイの反応も遅れが出始めた。このままでは自分のみならず、ジム・ドミナンスまで落とされかねない。そしてとうとう、青い太刀筋がヘイルソーサレスとジム・ドミナンスを分断してしまった。ヘイルソーサレスがGNバルカンとGNビッグキャノンを斉射して反撃を試みる。しかし一切掠った気配もしなかった。
「怜...!?きゃああああっ!?」
あらゆる方向から同時に斬撃が加わり、ジム・ドミナンスは胴体のみの達磨と化した。そして不可視の攻撃の正体がゆっくりとその姿を現した。レイは言葉も出なくなり、ただそれを呆然と見ているしかできなかった。上体こそは純白に染められているが、両脚や背中の翼はフレームや駆動部が剝き出しになっていた。右手に持つ青く輝く鎌。それこそがレイとスワンに牙を剥いた斬撃の正体だった。まるで破壊された後のMSが生き返ったような姿をは、レイの心を凍りつかせた。
「怜...悪く思わないでね。これも、あなたを守る為だから...」
白き死神の魂の座。ラプラス・ライブラは宥めるような口調でヘイルソーサレスに語りかける。無論通信は遮断しているから怜に聞こえる事はない。
「その判断はナイスだった。作戦は成功だ、撤退する!」
「これが、王の言う"JOKER討伐の鍵"になる...」
エウクレイデスⅡから離れゆくバイアラン・シュヴァールに従い、白き死神もジム・ドミナンスの胴体を抱えこの空域を後にした。
「うぅっ....うっ....奏...奏っ...」
レイはヘイルソーサレスのGNビームサーベルで白き死神に一矢報いる気でいた。しかし、あの機体から発せられるオーラや自分自身の無力感がその手を止めてしまっていた。
レイがエウクレイデスⅡのブリッジに入るや否や、リタから平手打ちを食らった。一切遠慮の無い一撃。レイの頬がぼんやり赤く腫れる。
「やはりあなたの様な人に、スワンさんを助けられるはずありませんわ!変に出しゃばったせいで!こうなったのは理解していますわよね?あの娘が向こうで何されるか分からない...なら、いっそあなたが連れて行かれて拷問でも陵辱でも喰らえばよかっただけのことですわ!」
「リリ嬢ッ!!それ以上の発言は控えて頂きたい!」
リタの罵詈雑言に聞くに堪えず、ランフォードが声を荒げ制した。一瞬にして静寂が訪れたあと、再び口を開いた。
「今回については、全てのタイミングが最悪だった。私の采配にも問題はありました。本隊を完全に撤退させずに対応していれば、少なくともスワンさんは無事でいられたはずです。ですが、リリ嬢とて責任はあります。敵の撃墜に拘ってスワンさんの救出を無意識に後回しにした...違いますか?」
ランフォードの指摘が刺さり、リタは不機嫌丸出しにして睨みつけた。
「それは認めなければならない事だとは考えますわ...ランフォード卿は、随分とその冷血女に入れ込んでいるようですわね?」
「彼女はブルームーン全体の主力と言っても過言じゃありません。それ以上に私が彼女に対して何があるというのですか?リリ嬢、まだ話は終わって...!!」
リタがブリッジを出ようとし、ランフォードが呼び止める。しかしレイは「もういいよ」と制してリタを押し退けブリッジを後にした。
「退いて」
「ちょっと...何なんですの!?よくもまぁ、悪びれる様子なんてこれっぽっちもないなんて、冷血どころか人間性を疑いますわ」
レイはこの艦で使っている部屋に入ると、ベッドに座りそのまま横になった。JOKERに唆され殺しの感触を刻まれ、今度は奏を失った。レイは次第に己の無力さに心が押し潰されていく感じがした。
(何だ...結局私って、無力じゃない。必死になって戦い続けた意味...無かったんだ...)
左手首につけたリストバンドを眺め、何かを思い立ったかのようにウィンドウを呼び出した。そして彼女が選択したのは―。