創造戦士ガンプラダイバーズ Side:JOKER 作:JNEXEL
後日グラハムが来るという報せを受け、ブルームーンでは急ピッチに受け入れ作業が進められていた。部外者たるJ.E.とタカイワとJOKERは完全に蚊帳の外に置かれる。JOKERはふらりと居室を出て"仕事"の為に交流広場へ出向こうとしていた。その矢先、近くを通りかかった銀髪紅眼の女性に呼び止められた。J.E.である。
「ねぇ、キミ。ここの人じゃないんだ?」
「それが何だよ...」
JOKERはJ.E.を一瞥すると、そのまま立ち去ろうとした。しかし、J.E.が告げる一言で背中が凍りついた。
「キミの事、大体知ってるんだけどなぁ...?カメラの扱い方とか、色々教えてくれたよね。"いい顔してたら迷わずシャッターを切れ"なんてさ」
"迷わずシャッターを切れ"。そのフレーズを聞いた途端、JOKERの脳に何かが突き刺さるような痛みが襲いかかった。蹌踉めいて壁にもたれかかるJOKERを心配してJ.E.が駆け寄るが、「近寄るんじゃねぇ!」と拒否されてしまった。だがここで諦めるJ.E.ではなかった。
「だからって、そんな状態ならどこにも行けないでしょ?」
「うるせぇッ!!近寄るなって言ってんだろ!」
JOKERから殺意混じりに睨まれ、J.E.は口を噤んだ。彼が他の区画へ転移すると力なく壁に背中を預け天井を見上げた。
「まさか、他人の空似だとは思ったけど...いやはや、こうなってしまったなんてね...」
J.E.は目が潤むのを感じると、取り繕うようにハンカチで目元を拭った。まだ彼と明確な繋がりがあるという証拠はない。それに期待するしか無かった。
J.E.―神宮寺 英梨は意識をサルベージし、現実へと戻って来た。一足先に高岩が戻っていたらしく、彼女が目覚めるのに気づいてコーヒーを淹れてくれた。
「お疲れ様です。何かとんでもない所に来てしまった気がしますねぇ」
高岩が両肩をグルグルと回した。英梨も椅子から立ち上がって背伸びをしたが、長時間座り続けたせいか腰に痛みを覚えた。
「腰痛ぁ...ふぅ。ブルームーンって組織、取材したい事が尽きない感じね。最高じゃない?」
「たかがゲームなのに、生きた心地がしないなんてごめんですよ。ブルームーンを探している間に何度狙われて落とされかけたことか!」
高岩がガックリと肩を落とすと、英梨は思わず笑い出した。
「Ex-Sは目立つもんねぇ...そりゃあ狙われるって!」
「でも威圧効果?で攻撃を防げるって言ったの、神宮寺さんじゃないですか」
そうだっけ?と恍ける英梨。そのまま二人はダイバーズ用のコンピュータを置いている部屋を出てそれぞれのデスクに就いた。その折、英梨は編集長に呼び出された。
「編集長?どうかしました?」
「君が前、提出してくれたJOKERに関する記事があったろう?一度サイトの方に上げてみたら思ったより反響あったのよ」
編集長はそう言うと、コンピュータのモニターを英梨の方に向けた。英梨が過去にJOKER事件に関する取材を行い、執筆した記事にかなりのアクセスが集中していた。サイトへのコメントも、SNSでも盛んに感想や目撃情報などが飛び交っている。JOKERと言う存在は、最早そういう所に来ていたのだ。
「うわ、凄っ...」
「そういう事だから、事件解決まで連載を持ってもらおうと思ってんだけど、どうやろか?」
編集長の試すような笑みに、英梨は若干の緊張を覚えるも「はい、やらせてください」と返した。編集長はにっこりと笑い、一枚の紙を差し出した。
「あれ、私も高岩さんも出社しない事になってますけど...」
「ダイバーズだっけ?それに取材に出なきゃいけないんでしょうに。そこで見知った事を記事にして、Dropboxで送ってくれればいいから」
恐らく高岩が会社から程遠い場所に住んでる事が理由だろう。英梨はそう理解して、彼のデスクへ向かう。
「高岩さん、これどうよ?」
「さっきから薄らぼんやりと聞こえてましたけど...まさかの長期取材で、連載って出世できますよ!」
英梨から紙を受け取り、目を通しながら興奮気味に呟いた。
「そんな簡単にできる話でもないって。とにかく、明日から動き出す事になってるから、後ダイバーズで仕事する訳だから会社には出て来なくていいんだってさ」
「1秒も無駄にできませんからねぇ...やってやりましょう、神宮寺さん!」
ええ、と英梨は高岩と軽く拳を打ち合い、屋上のカフェテラスへ向かう事にした。ROMANESQUEが青山に社屋を移転した時から、このような場所が用意されていた。英梨は長めのいい場所の一番端の席に座り、近くを通った店員にショコラフラペチーノを注文した。そして携帯電話のギャラリーアプリを起動して、ある写真を選択した。英梨と歳の近い男性と一緒に写っているが、その男性はどこかある人物とよく似ていた。
「こんな所にいたのか...ハイラック」
ウェルスは薄暗いホールでハイラックに出くわした。周囲の計器や非常灯の淡い光で辛うじて足元は見えるが、それでも視界は非常に悪かった。
「それは君もだろう、ウェルス。こんな所に来るなんてね」
ハイラックはウェルスを認めると、目の前のコンソールを操作して照明をつけた。まるで何かの実験をして事故が起きたような、激しく荒らされた部屋が目に飛び込んできた。ほとんど砕け散ったガラス窓の向こうでは、灰色のMSの残骸が横たわっていた。機体を固定していたであろうドックアームも圧し折られ、壁にも大きな亀裂が走っている。あの灰色のMSを使って実験した結果、事故が起きてしまったのは容易に察せられる。
「お前にマッチングを申し込んでおいて正解だった。対戦という体を取れば、探すのにも時間がかからないからな」
ウェルスは机に置かれている本を手に取った。"ν-Type発生起源 証明理論"と表紙に書かれている。執筆者の名前を見るなり、その本を放り投げるように机に置いた。
(セルケト・ニヒト...)
「俺がここに来たのは、気持ちを確かめたかったなんだ」
ハイラックはリフターに乗り、灰色のMSの元へ向かおうとした。ウェルスもそこへ飛び乗った。
「随分と早い決心だな...」
「今でも、彼女に会うのは怖い...それを少しでも押さえ込めるようにしたかったのさ」
いつにも増してハイラックの表情は暗かった。ウェルスもその当事者だったので、その気持ちは痛いほど理解している。これも1つの前進だと受け止めた。
「彼女は来ていないのか?」
「エルニアが...ここに来ると思うのか」
「...そうだったね。済まないことを聞いた」
リフターが金属音を立てながら下降し、事件現場に到着した。頭が大きく歪み、片足があり得ぬ方向に曲がっている灰のMS。ハイラックもウェルスも苦しげな面持ちでそこへ歩み寄った。近くで見れば見る程、無残な状態になっていたが結果的に良く無事で済んだのが二人とも不思議でならなかった。
「これは...!?」
コクピットのすぐ下に、オイルの物か否か液溜まりが出来ていた。その中でキラリと光る物を見つけたハイラックは、迷わずそれを拾った。マシンオイルで手が汚れたが、そのような事には見向きもせず手に取ったそれを眺めた。ザフトの最高精鋭部隊たる、"FAITH"の隊章を象った飾りのついたヘアピン。ハイラックは胸が締め付けられる思いがして、涙を堪えるのに精一杯になった。このヘアピンは彼が、レイに誕生日プレゼントとして贈ったものだった。半分に割れてしまっているが、これが彼女を守ったのだと思えた。ウェルスはハイラックの様子を見て何も言わず、ただ灰色のMSを見上げた。興味半分で実験をして、一人を壊しかけたセルケトと言う人間をただ許せなかった。時間を見つけてはエルニアと共に捜索する事もあったが、話によるとどうやらセルケトはダイバーズから既に身を引いていたらしかった。
時は遡り、エスがメイポール・ダンスに加入するより一年近く前。ある日、ハイラックはいつもの様に対戦をしようと交流広場を訪れた。しかし、すぐ近くに見知った男がいたので声をかけた。その男は白衣に眼鏡といった出で立ちだったが、ややくたびれた雰囲気を醸し出していた。セルケト・ニヒトその人である。
「セルケトさん?こんな所に出てくるなんて珍しいですね」
ハイラックに呼ばれ、セルケトは白衣のポケットに手を入れた。
「サツキちゃんだっけか。彼女は面白いなぁ...あり得るはずのない物を持っている」
ハイラックは要領を得ず、聞き返した。するとセルケトはついて来いと言ってマッチングを開いた。ハイラックもセルケトに直接対戦を申し込む形で追随した。
「宇宙...?」
ハイラックのガンダム改が出撃した先は、宇宙だった。真横を紅い百式めいたMSが通ったので、それがセルケトの機体だと分かるとついていくことにした。
(赤いからてっきり零式だと思った...いや、違う?まさかデルタガンダム2号機か?)
よく見ると、百式とは似通っているがどちらかと言えばデルタプラスに寄っている印象がある。百式はシールドを基本的に持たないが、デルタプラスとも違う形の得物を装備していた。これを見てハイラックは、セルケトの機体がデルタガンダム2号機なのだと確信した。
「こっちだよ、見失わぬ様に気をつけてくれ」
「はい...あ!?」
デルタガンダム2号機がいきなりWR形態に変形、ガンダム改を振り切る勢いで加速した。ハイラックは大慌てでペダルを踏みこみ、ガンダム改のバーニアを最大にして追いかけた。十分程して、かなり小型の建造物の目の前にやってきた。スペースコロニーにしては小さ過ぎるが、人工衛星としてはやや大きい。ハイラックはセルケトの指示に従い、機体をドックに入れた。
「降りれるのか...ここ、どうなっているんだ?」
ガンダム改のハッチがいきなり開き、ハイラックは恐る恐る機体から出た。ただの飾りでしかないと思っていたヘルメットだが、この場では役立つ。
「交流広場とバトルエリア、両方を備える場所を作ってくれって頼まれた時、ここを実験台にしてたのさ」
セルケトが光る棒を振りハイラックを誘導した。エアロックを閉めるとセルケトはヘルメットを脱いだ。ハイラックも同様にヘルメットを外すが、この場所が一体何なのか釈然としなかった。恐らくバトルエリア内にある、飛び地のようなものだと思うがそのような仕様がダイバーズに存在するとは想像していなかった。
「ここはサテライトと言って、僕が基本的に使っているんだ。実装予定の物とか色々作って試している」
「こんな所があったなんて...あなたは何者なんです?」
「何、ただのしがないエンジニアさ」
セルケトがへらへらと笑う。ハイラックは「実装予定」と言う言葉に妙な引っ掛かりを感じたものの、それ以上は聞かないことにした。
「ここだよ。彼女は予定があるとか言って帰ってしまったけど」
前面をガラス張りにしたコントロールルームを彷彿とさせる部屋。窓の向こうでは、灰色のMSがドックに固定されていた。
「ペイルライダー...?いや、違う...こいつは何だ...?」
灰と黒に彩られ、オレンジの差し色がなされた機体の顔はガンダムタイプの物だった。ツインアイを覆うバイザーがある事から、ペイルライダーだと考えた。しかし、全体的に大まかに形が同じなだけでよく見ればまるで違っていた。
「Concept-E57。君達の言う"不思議な力"の正体を導き出すために用意した機体だ」
「こんなので分かるんですか」
「そうだね...現段階でははっきりと分かる訳じゃない。けど、そうかも知れないという手掛かりみたいなものは分かるだろう。一度自分で試したけど、ダイバーズでも人間の脳波に類する波が出ていることが分かった。つまり、その"不思議な力"ってのがアバター体の脳波に由来するものだったら、と仮定できる」
確かにガンダム作品の世界ではビット兵器を使用する場合、大半は脳波によるコントロールが使われている。ダイバーズでも似たような所があるが、ゲーム世界のアバターでさえも現実の人間よろしく脳波があるとは気づいていなかった。否、意識的にダイバーズのシステムを見ていない限り分からないのだろう。
「じゃあ、サツキはそれが分かるくらいに?」
「何かしらのタイミングで脳波とは別の...僕はこれを感応波と呼んでいるが、それが突発的に発生したんだ。僕がやった時には無かったものだから、それなんじゃないかと思う」
それがハイラック達にもあれば、その仮定は実証できた事になる。そのために呼ばれたのだ。ハイラック自身も、サツキから齎された不思議な力の正体には興味があった。
「それじゃあ、始めるが...万が一の事があれば、そのトリガーを引いてくれ。強制停止できる」
「了解、始めます」
ハイラックはConcept-E57のハッチを閉じ、シミュレーターモードを起動した。
15分程でハイラックがConcept-E57から降りてきた。セルケトはそれを見るやモニタリングしていた感応波をサツキの物と照合した。ハイラックの感応波は彼女のそれに比して強くなかったが、見事にサツキと同じタイミングで発生していた。
「これは凄い...ははっ...まさかこうもあっさりといいデータが取れるなんて...ハイラック君、ご苦労だったよ」
「こんなえげつないやり方で分かるんですか...自分と戦う羽目になるって...!」
ハイラックが崩れ落ちる様に椅子に座った。セルケトはキョトンとした顔でハイラックを見つめた。
「自分と戦う...?それは、何かの比喩かい?」
「起きた事をそのまま言っているんですよ...」
「サツキちゃんは怖かったと言ってたけど、君は生きた心地がしなかったみたいな具合か。よし、この際他のメンバーでも試してみよう」
「正気ですか!?」
「Concept-E57が被験者に見せるビジョンは多種多様。それが感応波を最大限に発生させることも分かったからね」
そして数時間後、ハイラックに招かれる形でウェルスとエルニア、レイがやって来た。
「わざわざこんな所に呼んで、何?」
レイはやや虚ろ気な表情のままハイラックに歩み寄る。彼女の髪には、FAITH隊章を象ったヘアピンが付けられていた。
「早速使ってるんだな、嬉しいよ。さて、君達に来てもらった理由なんだが」
ハイラックの説明をセルケトが引き継いだ。
「君達が持つ不思議な力の正体を探ろうと思ったんだ。その為にコイツを用意した」
セルケトの指差す先に立つMS、Concept-E57を見て一同はやや不安げな顔をした。そもそも3人とも、セルケトをそれ程信用していなかったからだ。
「こいつで戦いに出向け、と?」
ウェルスが訝しむと、セルケトは首を横に振った。
「この機体で戦闘シュミレーションをしてもらえば、それで終わる」
「これ自体シュミレーションゲームみたいな物なのに、変なの...ねぇ、これ本当に大丈夫なの?」
エルニアから不安げな眼差しを投げられ、ハイラックは大丈夫だと頷いた。実際、生きた心地がしなかったが何かしらの不調は起きなかった。セルケトの指名でウェルスが最初に実験する事となった。彼が機体に乗り込むと、Concept-E57の双眸が輝きを放った。しかし彼が乗り込んでから1時間が経っても降りてくる気配が無かった。エルニアはますます心配になるあまり、レイの手を握った。
「...そんなにかかるもんなの?」
レイに問われ、ハイラックは顎に手を添え様子を見た。
「俺の場合はそんなにかからなかった...人によって違うんじゃないか?」
更に30分経ち、ようやくウェルスが機体から降りた。その表情はまるで地獄を見てきたかのようだった。
「ウェルス...!?」
エルニアが急いでウェルスを介抱し、椅子に座らせた。
「セルケト...貴様...何でこんなものを...!!」
ウェルスは瞳に怒りを滾らせセルケトを睨んだ。しかし、セルケトは飄々とした表情を崩さない。
「あの機体が被験者に何を見せるのか、僕にも分からなくてね...何も言えないよ。さて、次はエルニアちゃんだね」
セルケトが次に指名したのはエルニアだった。エルニアはちらりとウェルスを見るが、彼は目で「行くな」と訴えていた。エルニアが実験を拒否しようとした矢先、セルケトが強引に彼女をリフターに乗せた。これにはハイラックも黙っていられなかった。
「止してください!!何をしているんですかあなたは!?」
動けない状態のウェルスに代わるように、ハイラックがセルケトを押し退けたが、既に遅かった。リフターは無慈悲にも下降していく。
「君が情動的になってどうする?この実験が成功すれば、君達は他とは違う存在だと誇れるようになると言うんだぞ?」
「人の意思を尊重しないで得た結果に、何の価値があるっていうんです!?」
「そんなのは僕の知ることじゃあないな」
「私が失敗例になれば、こんな事は続かなくて済むなら...」
エルニアは当時、能力のコントロールに多少の乱れがあった。フルーティストウイングを完成させる頃には問題なく能力を扱えるようにはなっているのだが、今はそれが難しい。ゆっくりとレバーを握り、シミュレーターを起動させた。その直後、エルニアは信じられない物を目の当たりにした。
「ぶ、BLADET...!?」
紅の魔剣士と形容できる、MS―BLADETがエルニアめがけ迫ってきた。有ろう事かBLADETはブレイダーモード形態だった。練習の為に何度か戦った事があるが、今エルニアが見ているBLADETから感じられるのは、強い殺気のみだ。全身が震え、目の焦点すら合わせづらくなった。相手はただのシュミレーターの仮想敵。ウェルスなどではない。しかし装甲越しに伝わる感触は、彼の物と何一つ変わらなかった。
「何で、何でウェルスを感じるんだ...あっくぅう!!?」
BLADETの蹴りがConcept-E57にめり込む。そして両肩のバインダーからGNミサイルが放たれ、真後ろから突き破ろうと軌道を描く。エルニアは反射的にレバーを引き、機体をGNミサイルの軌道から外した。しかし、BLADETは素早く反応して見あげるや否やその身を真紅の輝きに包んだ。
「あ、あれって...そんなッ!?」
「ハイラック...外から止めさせて!」
レイがいきなり立ち上がり、声を上げた。普段小さな声で話す彼女がこの様に叫ぶという事は、本当に危険なのだとハイラックはすぐさま察した。しかし、セルケトは今の警告にも耳を貸さなかった。
「これも想定値より低いが...確実に感応波が出ている。いいぞ、終わるまで続けるさ」
「もういい加減にしてください!」
ハイラックが横入りし、セルケトの使う操作盤についていた強制停止用のレバーを倒した。「Concept-E57の強制停止、完了」とアナウンスされた。間もなくエルニアが戻って来たが、恐怖に支配され続けたせいか泣きながら「嫌だ、嫌だ」と声を漏らしていた。ウェルスもハイラックも言葉を失い、ただ呆然とエルニアを見つめた。気丈に振る舞っていた彼女が、まるで幼子の様に塞ぎ込む姿は、見るに堪えない物だった。だがセルケトは一切意に介さず、今度はレイの腕を掴んでリフターに乗せようとする。ハイラックはそれを見るやレイからセルケトを引き剥がした。
「やめろと言っているのが分からないんですか!?」
ハイラックに胸ぐらを掴まれるが、セルケトはそれをあっさりと振り払いリフターのゲートを開いた。
「まぁいいじゃないか。これでここまで皆普通に帰還している。彼女だって大丈夫なんだ、安心しろよ」
セルケトは言い聞かせるような口調で言うが、その目には苛立ちがこもっていた。ハイラックを横に押しやり、レイをリフターに押し込んだ。
「レイッ!畜生....!」
ハイラックがコントロールルームを飛び出そうとしたが、セルケトは面白そうにそれを眺めながら告げた。
「機体の所に行きたいんだろうけど、このリフターでなければ降りられないよ」
「違う...俺が直接止めに行くんだ!」
レイもエルニアと同じことを考えていた。と言うより、レイ自身他のメンバーよりも能力が強くなかったのだ。まだ開花していないとハイラックが言ってくれた事がある。だがいくら戦っても花開かない以上、そこで頭打ちになっているのだと判断していた。レバーを握り、シミュレーターを起動した。しかし、視界はブラックアウトしたまま一切変わらなくなった。
「何...一体.........はっ...!?」
突然青い光の渦がレイを包んだ。そして、彼女の頭に誰のものとも付かぬ声が入って来た。それも一人だけではない。ありとあらゆる人間が同時に話しかけてくる感覚に、レイは気が狂いそうになる。
「可哀想に」
「これだけ周りに言われてるのに助けを呼ぼうともしないなんて」
「不幸アピールうるさいよー」
「他に家族はいなかったのか?」
「付き合わされるこっちの身にもなってよ」
「マジ見ているだけで不愉快」
「自分が特別だと思ってるんでしょ?」
「あんなのが社会で問題起こすんだよ」
「近づくだけで殺されそう」
「あんなのと話するのは無理」
「何なの、この娘」
「リスカしてるんだって?メンヘラちゃんのマネ?」
「お前がいると雰囲気悪くなる、帰ってくれ」
「道具としては扱えるけど、人としてはなぁ...」
「自分じゃ何も出来ないくせに」
「もう少し自分を知ったらどうですか?」
「あなたさえ生まれてこなれば良かったのに」
これが全て自分に向けられた本音。レイは否応無しに全てを受け止めざるを得なくなり、思考すらまともに機能しなくなった。レイの胸元と両目に電子的なラインが走る。
「嫌...嫌...嫌ッ!!!こんなもの私に見せないでッ!!私はそんなんじゃないッ!!違うッ!!」
Concept-E57の排気ダクトから熱気が漏れ出し、緑に光っていたツインアイが赤に変色した。セルケトは何事かと感応波をモニタリングしているコンソールを見た。
「感応波が計測できない...!?脳波はグチャグチャだ...一体どうなっている!?」
ウェルスはエルニアを自分の座っていた椅子に座らせ、無理やり立ち上がった。Concept-E57を固定していたであろうドックアームが、ギギギと音を立てた。機体が拘束を突き破らんとその身をよじらせる。
「セルケトッ!!機体を止めろ、今すぐッ!!」
「無理だ」
セルケトが静かに告げる。ウェルスは怒りに突き動かされ、セルケトを殴り倒した。
「ふざけるな...どれもこれも貴様が作ったものだろうが!」
「こんなのは想定していないに決まっているだろう!そもそもConcept-E57がどうやって君たちに能力を引き出させるか教えていなかったな...それは、"絶対に想定できない、或いは想定したくない絶望的な状況を提示"する事だ...だがああなるという事は、あの娘は存在そのものが...逃げろッ!!」
Concept-E57がドックアームを無理やり引きちぎり、遂に自由の身となってしまった。そして拳に握ったマニピュレータでコントロールルームの窓ガラスを殴りつけた。コントロールルーム自体、かなり堅牢に作られているらしくある程度の衝撃には耐えられる。しかし、MSの力任せの一撃を何度も集中して浴びせられれば、ひとたまりもないだろう。
「レイッ!止せッ!!」
ウェルスはセルケトからインカムを奪い取り、レイに呼びかける。しかし、全く聞こえていないのか殴る手を止めることができなかった。
「ずっと、ずっと誰も気づいてくれなかった...ずっと誰も助けてくれなかった!怖かったのに...辛かったのに...!誰も、誰も...!もう嫌だ...一人は嫌だ!!もう私を見捨てないでッ!!」
Concept-E57から一方的に送られる、レイの慟哭。その場にいる誰もがその感情に圧倒された。この機体がまるで衝動的に破壊をする姿は、レイの行き場のない感情を表しているように見えてならなかった。何とか気を落ち着けたエルニアでさえ、かけてやる言葉が見つからなかった。突然壁が崩れたかと思うと、ハイラックのガンダム改が現れConcept-E57を取り押さえた。
「レイ!俺だ、ハイラックだ!もうやめてくれ!君は、もう一人じゃない!俺も、皆もいる!!」
ハイラックが接触回線伝いに呼びかけた。しかし、Concept-E57は強引にガンダム改の手を引き剥がしてサテライトから出ようと壁の穴へ手を伸ばした。ハイラックはバルカン砲で威嚇することも考えたが、逆にレイを苦しめるかもしれないと感じた。Concept-E57の真正面に立ち、両肩を掴んで押し返した。
「レイ、聞いてくれ!俺は何があっても君を見捨てたりなんかしない!約束する!だから君は自分を見失っては駄目だ!!」
出力が次第に弱くなったのか、Concept-E57は立ち上がることも出来ずガンダム改の質量で片足が関節ごと圧し折られた。そして機体各部のダクトから蒸気を噴射したかと思うと動かなくなった。
「バッテリー駆動だったのか...」
ハイラックは壁から垂れ下がる二本のケーブルを見て納得した。そのままConcept-E57を横にしてコクピットハッチを外した。機体から飛び降り、Concept-E57からレイを抱えてガンダム改のマニピュレータに寝かせた。
「レイ.........!!」
レイは目が虚ろになり、ひたすら「怖いよ、怖いよ」と怯える子供のような声で呟いていた。そして、両目と右頬を電子線が走っていた。ハイラックはセルケトを迂闊に信用した自分の不甲斐なさを呪うが、それ以上に彼女の心の拠り所になれなかったことが悔しかった。今のレイに起きている変化は、ハイラック自身を責立てる。ハイラックはレイを強く抱きしめ、涙ながらに言葉をかける。今の彼には、そうする事しかできなかった。
それから2週間が経ち、ハイラックはメイポール・ダンスの拠点にやって来た。レイに再会したいと言う思いだった。
「あ、ハイラック...」
今日はどういう訳か、エルニア一人だった。首に巻いている青いストールは、ウェルスやレイとお揃いにしているものだった。ウェルスは恥ずかしがって一度も身につけることはなかったが、エルニアとレイがその姿でいるのは見た事がある。差し詰め一緒に遊んでいたと言うなら、レイもいるはずだと期待を込めて聞いてみた。しかし、エルニアの返答は期待とは正反対であった。
「それがね...レイ、ここを抜けるって」
伏し目がちに答えるエルニア。ハイラックは居ても立っても居られず、ウィンドウを表示してレイのいる地点まで転移した。
「ここって確か...」
繁華街を再現した場所に、ハイラックは見覚えがあった。ここでレイと初めて出会い、スカウトした場所だった。思えばあの時から高い実力で押されそうになったと回想するが、程なくして青い髪の少女を見つけた。黒いレザージャケットに赤いミニスカート。間違いなくレイだった。
「レイ、こんな所にいたんだ...もう体は大丈夫かい?」
レイの髪を撫でようとした矢先、手をパチンと弾かれた。予想だにしなかった反応にハイラックは面食らう。
「もういいでしょ...私、メイポール・ダンス辞めるから」
レイの眼差しはどこか冷たかった。初めて会った時と同じ、他人を寄せ付けない雰囲気を出していた。
「それは、あの実験の事が怖かったんだろう?大丈夫だ、アイツはもうダイバーズには来ない。安心していい」
「...違う。結局私の価値なんて、そんなもんなんだって分かったから」
「どういう事なんだ?価値って...」
要領を得られず、戸惑うハイラック。レイは視線を反らしながらも、恥辱と悔恨が入り混じった顔をした。
「私を道具にしようとしたんでしょ。あんな物まで使って、心まで犯して...」
「待ってくれ、俺はそんな事はしていない!」
「ごめん...もう、無理よ。使い捨てられるだけの価値しかないって、教えたのはアンタだから...それじゃ、元気で」
ハイラックが引き留めようとするが、レイはそれを一切無視してこの場から立ち去ってしまった。ハイラックは足元を睨みつけ、歯を食いしばる。ある時にレイに誓った事の数々が、嘘になってしまった。たった一度の判断が全てを無に帰してしまう。現実は時に無慈悲だ。それはどこに居たとしても変わることの無いものだった。