創造戦士ガンプラダイバーズ Side:JOKER 作:JNEXEL
ここは一体どこなのだろうか。辛うじて周りの景色は見えるが、次第に白い霧が濃くなり足下しか視認出来ない。しかし、その中で1つだけはっきり見えた物があった。翼を持つ赤と黒の剣士、JOKERだ。ガンモードのブレイヴエッジを何処かへ向けており、今にも発砲しようとしていた。
「何、これ...」
怜としてなのか、レイとしてなのか。自分がどういう存在でこの景色を見ているのか分からなかった。しかし、JOKERがまたν-Typeと呼ばれるダイバーを始末しようとしているのだろうと想像はついていた。止めなければと動こうとするが、身体が言うことを聞かない。まるで何かに物理的な遮断を受けたかのような感覚だけがしている。一体この景色といい、今の自身の状況と言い怜の理解を超えていた。
けたたましい目覚まし時計の音に叩き起こされ、怜は起き上がった。いつの間にかダイバーズから引き戻されたらしく、そのまま眠っていたようだ。コンピュータを起動させて調べてみると、未明からシステムメンテナンスが入り半日はダイバーズに行くことが出来なくなると言う情報が広報サイトに掲示されていた。つまり今日の正午を境にプレイ可能になる。どちら道今日は問題なく学校に通えるので、特に気にしなかった。諸々の準備を済ませた後、怜は家を出発していつものバス停へ向かう。気象台から梅雨明けの発表はまだ行われていないが、汗ばみそうな程気温が上がっていた。ブレザーの上着を脱ぎ、スクールシャツの袖を捲くろうとした。しかし、怜はそれを躊躇って袖のボタンをつけ直した。そこへ美彩がやって来た。
「あ、おはよ!今日は大丈夫なんだ?」
怜を見るや嬉しそうに笑う美彩。まぁね、と怜は返し上着を鞄の中に入れた。本当は大丈夫なはずがなかった。スワン・マスターピース―奏を奪われ、無力さを悟らされたのだから。バスが目の前で停車すると、怜はそそくさと一番奥から一つ前の席に座った。美彩も隣に座るが、怜の表情が暗く見えた。表情豊かではなくとも、美彩には分かるのだ。
「やっぱり、具合あんまり良くない?」
美彩が顔を覗き込み、じっと見つめる。怜は少し驚き窓に視線を逸した。
「体調は大丈夫だよ...うん」
「本当?あー、熱はないね」
美彩の掌が怜の額に乗せられる。自身の体温と比較して発熱の有無を測るようだが、かなり大まかな目安程度にしかならない。しかし怜は何をされているのか分からなかった。美彩が心配してくれているのは確かだったので、少し嬉しいと感じた。10分も経たずにバスは高校から最寄りの停留所に到着した。通勤時間帯と当然被る為、いつも混雑しているが今日は珍しくスムーズに運行していた。校門には看板が埋め込まれており、"聖エカテリーナ高等学校"と銘打たれていた。元々私立女子校だったのだが怜が入学する6年前から共学化したと言う。学校の雰囲気からして"お嬢様学校"と呼ばれる事もあるそうだが、学費面からすると特に他の高校とは大差ないらしい。
「うはぁ...眠い...」
教室に着くや否や、美彩は徐に怜の腕を枕にして眠りに入ろうとした。こうなるとチャイムが鳴るか史佳の背表紙スマッシュ(文字通り本の背表紙で頭を小突く行為。思ったよりも痛かったのか、美彩が勝手にそう命名している)が来ない限り目を覚まさない。怜はそれを知っていたが故に腕をさっと引いた。美彩は完全に油断し、机の面に額をぶつけ、「痛ぅ」と声を漏らした。
「私の腕はあんたの枕じゃないんだけど」
「えぇー?いいじゃんちょっとくらい!」
「また本で叩かれるんじゃない?」
「それは嫌だ!!」
今度こそは痛い目を見まいと美彩は意気込むかの様に頭を上げるが、それとはお構いなしに頭頂部に衝撃が。犯人はやはり、生徒会の仕事を終えて教室に戻ってきた史佳だった。角度のせいか眼鏡のレンズが太陽光を全反射しており、余計に美彩を震え上がらせた。
「ちょっとタンマ!私まだ起きてる!!」
「怜の机の上で寝ようとしてるの、見えたわよ?未然に防いだからまだ罪に問われないわね」
「本で人を叩くのは良くないと思うんですけどー」
「揺すっても起きないのは誰よ?」
にっこりと笑う史佳と、困惑気味な美彩。そう言えばこんな事が毎日続いていたんだ、と怜は2人が羨ましくなった。
「おはよう、史佳」
「おはよう、怜。今日は何とも無さそうでよかったわ」
「そうだね...」
何の不調もなく学校に来る度、こんな質問をされてしまう。ありがたさの反面、申し訳無ささえ感じられる。斜め後ろにある奏の席をちらりと見るが、もうすぐホームルームが始まろうとしているにも関わらず彼女の姿は無い。見えない何かで心臓を締め付けられるような感情が伸し掛かってきた。
「やっぱり...」
J.E.はメンテナンス終了直後からダイバーズにログインしていた。その際に半壊したダブルオーガンダムをブルームーンのドックに押し込み、同時にやって来たケイトから怪訝そうな目で見られた。調べたい事があるからと言い包め、ダブルオーガンダムから記録媒体を引き抜いてノートマシンで戦闘記録を片っ端から閲覧していた。この機体で一番最後に残ったデータを見終えたJ.E.の目は、どこか悲痛さを滲ませていた。赤と黒、白に彩られたストライクガンダムと思しき機体が力無く膝をつく所で映像が途切れている。
(あんな所に...招かなかったら...。アイツの事だし、今でも自分を責めてるんじゃ...)
ノートマシンのデスクトップ画面、その壁紙は現実世界で撮影した写真を使っていた。そこに写っているのは学生時代のJ.E.―英梨と、JOKERと瓜二つの青年。J.E.はノートマシンを閉じて部屋を出た。そろそろダブルオーガンダムとアウトフレームを入れ替えようと現実世界へ戻ろうとした矢先、ダブルオーの近くにJOKERが立っているのが見えた。肉眼では表情までは読み切れなかったので、双眼鏡を呼び出して望遠した。JOKERはさも不愉快そうに半壊したダブルオーガンダムを眺め、忌々しげに目を逸らして立ち去ろうとした。だがJ.E.の覗き見に気づいたのか、こちらを凝視してきた。J.E.が慌てて双眼鏡から顔を離した瞬間、パンと乾いた音がし。双眼鏡の接続ヒンジが弾け飛び、片方のレンズが宙を舞った。J.E.はJOKERの手に持っている物に目を疑った。
「拳銃...!?ちょっと、危ないでしょ!?」
「俺は監視されるのが一番嫌いなんだよ。分かったら俺の目の前から消えろ」
しかしJ.E.は、JOKERの警告を無視して彼の方へ駆け寄った。
「このダブルオー、見覚えあるの?だったら教えて、私の事は覚えてる?」
しかしJOKERは、J.E.に銃を突きつけて接近を許さなかった。
「いい加減鬱陶しいんだって言ってんだろ...お前が近くにいると頭がおかしくなる...」
頭が痛むのか、JOKERは片手をこめかみに添えて立ち去った。一人残されたJ.E.は俯き、肩を震わせた。
赤と黒のMS、JOKERが降り立ったのは巨大な施設の中だった。振り向けばすぐ後ろに漆黒の宇宙が広がっている。
「ソレスタルビーイング号の中という訳か」
小惑星その物を艦船に改造したソレスタルビーイング号。"00"では、リボンズ・アルマーク率いるイノベイター勢力の拠点として扱われた事で知られている。ジョーカーの頭痛も、J.E.から完全に離れた事で治癒した。レーダーの反応を頼りに、やや狭い通路を移動する。その時、JOKERの目の前を緑のMSが横切った。と言うより、吹き飛ばされたのを目の当たりにした。今の瞬間で、ジョーカーはその正体を看破した。
「ザクⅡか...ぶっ飛ばされてんなぁ...ぁあ?」
ザクが飛んで来た方向から2つの反応をキャッチした。ジョーカーはすかさずカメラアイの解像度を最大にした。
「片方はユニコーンか?もう片方は...エピオンとは」
純白の装甲を纏った一角のMSと、禍々しい赤い翼を持った格闘機。JOKERは一度壁の陰に身を隠した。メインモニターには、双方ともν-Type反応は無かった。しかしジョーカーはあの2機を潰そうと考えていた。そのままユニコーンとエピオンの通る道と平行するルートを飛行する。先回りしてザクの挙動を見ておく必要があった。ザクを追った先は小惑星の表面であった。ザクは自作したと思われるバズーカを構え、通路入り口からユニコーン達目掛け撃ち込む。爆煙が噴き出、有効打となったのかとその場に留まる。
「馬鹿野郎、落とされたいのか!」
ジョーカーは危険を察し、ザクにこの場から離れる様指示した。そしてザクと入れ替わる形で煙の先へ機体を進ませた。
「おい、お前。何があった?」
ジョーカーはザクに回線を繋ぎ、事情を問う。
「た、助けてくれ...アイツらめちゃくちゃなんだ!!」
声からしてジョーカーよりかなり年上の様だった。単純にガンダムへの懐かしさからダイバーズを始めてみたのだろうと見た。ジョーカーは口元をニヤリと歪ませ、不敵な笑みを浮かべた。
「そうか、大体分かった」
ユニコーンとエピオンが煙の中から飛び出した瞬間、ピタリと足を止めた。やはり彼らもこの機体のことを何処かで知っているようだった。JOKERがブレイヴエッジの切っ先を向け、2体とも僅かに下がらせる。
「待てよ!俺達はν-Typeとか言うのじゃない!」
エピオンのダイバーのやや震えた声に、ジョーカーはリズムを刻むように舌打ちしながら、人差し指を左右に振った。
「知ってるなら話は早い。ま、悪いが俺の潰す奴はそれだけじゃあないんでね。気に入らないと思えば誰だって潰す...それがJOKERだからな」
ブレイヴエッジを振り抜き、バーニアを全開にした。ユニコーンが左腕の2連装ビームガトリングを薙ぎ払い撃ち追い返そうとするが、JOKER全体を包むバリアフィールドに全て弾かれてしまう。今度はエピオンがビームソードの出力を上げ、真正面から斬りかかる。
「真正面からとはいい度胸だな」
「うるせぇ!!せっかくいい気分で遊んでんのに邪魔してさぁ!!」
エピオンがビームソードで執拗に斬りつけるが、JOKERは流麗な動きでその太刀筋全てを避けながらブレイヴエッジでエピオンの左足を切断した。そしてブレイヴエッジをガンモードに切り替えユニコーンに数発放った。ユニコーンはそれをシールドで防ぎつつJOKERへ突き進んだ。
「砕け散ってしまえ!」
ユニコーンの右腕が変形し、大型の爪を成した。 アームドアーマーVNをバンシィとは逆の右腕に取り付けていたのだ。そのままJOKERに掴みかかるが、ひょいとステップで避けられてしまった。負けじとビームガトリングで足止めを試みるが、またしてもバリアフィールドに弾かれる。JOKERが指をクイクイと動かした。ユニコーンのダイバーはこれを挑発と受け止め、再びアームドアーマーVNで引き裂かんと飛び上がった。だが、JOKERのブレイヴエッジが持つ機能を知らなかったが故に恐ろしさを目の当たりにした。
「初心者いじめする奴って大体、大した事ないってのは何なんだろうな?お約束か?」
ブレイヴエッジの銃口の周囲にホログラムの分身が生成され、同時に火を噴いた。思いも寄らない攻撃にユニコーンはただ全弾をまともに喰らい、壁に叩きつけられた。その隙にエピオンがザクの逃げた方角へ飛び去った。ジョーカーはそれにも気付き、機体を全速力で上昇させ追いかけた。ν-Typeが相手で無ければ、JOKERの機能にも制限がかかる。だがジョーカーの腕を持ってすれば倒せない相手でもない。エピオンがザクを見つけたのかJOKERには目もくれず、方角を変えて追い続けている。JOKERのバックパックからデュランダルジョーカーを切り離し、エピオンに向けて飛ばした。
「だったら驚かせる事の一つくらいしてやるか...」
エピオンのビームソードがザクを脳天から両断しようとした刹那、左右から大剣が横入りして弾き返した。エピオンのダイバーはまた別の機体が介入したのかとレーダーを見るが、ザクとユニコーンとJOKER以外の反応は無かった。
「どうなってんだ!?剣が勝手に攻撃してくるなんて!?」
目の前を浮遊する大剣の一撃。その一つ一つが、まるで達人から繰り出されるかの如く正確かつ重い。エピオンが防戦一方になるのをジョーカーは見下ろし、とどめを刺すチャンスを虎視眈々と狙う。だがユニコーンが反撃に出ようとソレスタルビーイング号から飛び出してビームガトリングを連射した。デュランダルジョーカーを機体から分離させているせいでバリアフィールドは使い物にならない。JOKERはヒラリとビームの雨を抜け、ブレイヴエッジをソードモードに切り替えながら急接近する。だがそれと同時にユニコーンも"鎖"を解いた。各部装甲がスライド展開し、内包していたサイコフレームを露出させた。フレームから放たれる赤い輝きが次第に色を変え、やがて紫の光に包まれる。
「ガキの癖に、よくやる」
ジョーカーは予想とは少し違う展開に、むしろ高揚していた。ユニコーンが光の筋だけを残しながらJOKERの左に回り込み、アームドアーマーVNを振り下ろす。しかし、JOKERに腕を蹴り飛ばされブレイヴエッジでX字に斬りつけられた。ユニコーンのバックパックから砲塔が前面に向けられ、バキュゥン!と轟音と共にエネルギーの塊が放たれた。砲身の形状からするに、ビームマグナムを固定武装化させただけの様だった。JOKERは左腕からビームシールドを発生させこれを受け止めると、そのまま一気に踏み込んだ。六角形状のビームシールドが刃状に形を変える。ユニコーンも返り討ちにしてやろうと、アームドアーマーVNとバックパックから引き抜いたビームサーベルで、挟み込むように振るった。
「やっぱ、所詮その程度かよ」
ビームソードと化したビームシールドが、ユニコーンを武装ごと斬り裂いた。完全に反応がロストしたので、ユニコーンは撃破した事になる。ジョーカーはエピオンの反応も探るが、こちらも忽然と消えていた。デュランダルジョーカーが真っ直ぐこちらへ戻って来た。恐らく未だ経験したことのない攻撃に、戦意を削り取られたのだろう。今度はザクの無事を確かめるべくソレスタルビーイング号の外壁面を探索する。程無くして発見したものの、腰を抜かしたかのように座り込んでいた。
「これで始末した。ああ言う連中が普通にいるのがこのゲームだ。ま、今後は気をつけろよ」
ザクを引き上げて立たせると、そのまま交流区画へ転移しようとした。ザクのダイバーが、礼をしたいと呼び止めるがジョーカーは要らないと返した。
「それじゃあ、せめて名前だけでも...!」
「何。通りすがりのガンプラダイバーだ。覚えなくていい」
そしてJOKERは赤い輝きに包まれ姿を消した。
ジョーカー―JOKERがブルームーンに帰還した。艦は交流広場第2区画に移動していたらしく、自身も同じ区画に転移させられた。
「あれ?JOKER...出てたならそう言ってよ!」
ケイトに予告なく出撃した事を咎められるが、JOKERは知るかと言い返してドックを後にした。壊れたダブルオーガンダムはもうこの場には無く、アウトフレームが戻って来ていた。しかも同じタイミングでブルームーンに戻ったらしく、J.E.もケイトから小言を言われていた。
「あの女...一体何なんだ」
J.E.が視界に入るたび、頭痛がする。JOKERと彼女の間に何かしらの繋がりがあったとしか思えないが、彼はそれを知ってはならないような気がした。