創造戦士ガンプラダイバーズ Side:JOKER 作:JNEXEL
「嫌ぁああああああッ!!!」
最強の盾となり得るアルミューレ・リュミエールすらも、いとも容易く貫くJOKERの剣。圧倒的なまでの力の差と機体から放たれるプレッシャーに、ミサは狂いそうになる。このままだと確実に殺される。レイはこの状況を打開せねばと、突き動かされる様にルミナクェーサーを全速力で前進させる。
「レイッ!?」
「後は任せて...あんたはすぐにここから離れて」
JOKERがもう一振りの大剣を振り下ろそうとした刹那、ルミナクェーサーのビームソードがそれを阻んだ。半ば強引にドレッドノートイータとJOKERの間に割って入り、ビームソードで押し返しつつミサに撤退を促す。
「そんな、いくら何でも無茶だよ!レイも早く!!」
「私の事はいいから、とにかくミサは遠くに逃げるかログアウトして。分かった?」
レイは迷わずドレッドノートイータからの通信を遮断し、目の前の戦いに全神経を集中させた。ルミナクェーサーが両肩のユニットを全面に展開、幾多もの方向へ細い光線を乱射する。JOKERは全身を覆う球状のバリアを展開したが、その全てを防ぎきれず若干の被弾をした。とは言っても極小の焼け跡程度のものだが。
「これを試す」
腰のユニットが展開、青い光弾を順次発射した。だがどういう訳かJOKERはバリアを解き、大剣で全てを斬り落とそうとした。着弾と同時に剣を振るい、光弾は弾ける。偶然とは言え、ある意味レイの狙い通りであった。JOKERの大剣の刃に氷が付着した。ルミナクェーサーの放った絶対零度のビームによって瞬時に凍結させたのだ。これには流石にJOKERも驚いたらしく、飛び上がって距離を取った。
「今の私に出来るのは精々この程度かな...まぁそれでも十分だけど」
手応えをあまり感じられず、レイは微妙な気分になる。だがミサが離脱出来る余裕を作ることが目的である以上、気にすべきことでも無かった。ところが、JOKERは距離を取ってから一切動じず、ただじっとこちらの様子を見ている。まさか、ルミナクェーサーの武装をすべて見る為の罠?レイがそう勘づいた途端、JOKERが何もせずに飛び去ってしまった。
「行ってくれた...みたいね」
突然の戦闘状況の終了にレイは面食らった表情をした。力なくシートの背もたれに身を預け、通信回線を再起動させた。
「ミサは交流広場の方に行ったんだ...ん?」
レーダーにマーカーが表示された。だが敵としてではなく、友軍と認識している。来るの遅すぎ、とレイはため息混じりに呟いた。
「ブルームーン」
青い戦艦がルミナクェーサーの頭上付近で停止した。
「ルミナクェーサー、着艦する...そこ退いて」
ルミナクェーサーの着地する場所にNPCのメカニック達が屯していたので、レイはツインアイを点灯させて逃した。ドックに接続するとすぐにコクピットから降りてブリッジへ向かう。レイの姿は先程とは打って変わってぴっちりとした青いスーツだが、ノーマルスーツと言うにはかなり薄い。どちらかと言えば海のダイバー達が使うウエットスーツに近いのだろう。何故か肌の露出箇所も多い。
「何でもっと早くに来なかったの。キャプテンならもうとっくに気付いてるはずでしょ」
ブリッジに入るや否や、艦長席に座る男へ文句を言った。キャプテンと呼ばれた男はため息を付きながら頭を掻いた。
「この艦のレーダーの限界範囲がまだ定まってないんだ、無茶言うな」
この戦艦は「ブルームーン」と言う名前をつけられている。外観はアーガマとプトレマイオスを組合せたような形状をしている。通常型2基に加え、プトレマイオスの特徴的な回転式も含めて6つものリニアカタパルトを有している。2週間ほど前に全面的な更新を経ており、現在のブルームーンは2代目と言うことになる。その為、NPCクルーのAIやグループに所属するダイバー達も艦内施設の位置や機器類の使用習熟に追われている。
「しかし、まさかこのタイミングでJOKERがやって来るとは想定外だな」
「そうでもないんじゃない?あぁ言うのは無作為に現れるものでしょ」
レイはブリッジの窓の手摺に身を乗り出した。湿地の景色は既になく、交流広場にやって来た事を示す表示が現れた。
「ちょっと降りてく」
「いつまでログインできる?」
「日付が変わるまでは」
「だったらいつでも動けるようにはしとけよ?」
「言われなくても分かってるよ」
明らかに歳の違う相手に対しても、レイの対応は変わらない。だがキャプテンは何も文句は言わず普段通り、と言った感じからそれなりの信頼関係はある。
交流広場に降り立った時には、レイの姿はルミナクェーサーに乗る前の状態に戻っていた。
「ミサは...もう寝たかな」
メニューウィンドウを開き時刻を確認すると、22時を回っていた。美彩は夜ふかしが出来ないタイプの人間で、早々に就寝するのが常だ。柄にもないが、お茶でも飲みながら慰めの一つでもしてやりたかった。
「いないならまぁ、いいか...」
空いてる椅子に腰掛け、どこからともなく現れたミルクティーの入ったマグを取った。口にすれば味や温度、飲んだ感覚すらも得られる。このゲームの再現度は現実と見紛うほど高い。マグ手にした次に雑誌が現れた。サイト内でのお知らせや広告が主な内容である。
「オンラインマッチの大会って...むしろ今まで無かったんだ...ふぅん...」
全国ないし全世界のプレイヤーと競い合う大会が初めて行われる事を知り、レイは少し驚いた。店舗レベルで大会は日々開催されているのは知っていたが、オンラインマッチを使った大規模な物が今まで行われていなかったのは不思議なものである。しかし、レイは一度も大会の類には出場したことが無い。と言うのも彼女自身、大会にはかけらも興味が無いのだ。しばしの休息を過ごすレイに、一人の男が歩み寄る。レイがミルクティーをもう一口飲もうとマグに手を伸ばすより僅かに早く、男が取って飲んでしまった。レイの指が空を切り、違和感がしたので雑誌から目を離した。すぐ近くに置いていたはずのマグが遠くに移動している。しかもミルクティーそのものは消えている。何事かと周囲を見るが、そうするまでもなく元凶が目の前に立っていた。黒いコートを着たやや明るめの色の髪をした男。見た目からしてレイより年上のように見えるが、キャプテンよりは遥かに若い。大学生辺りだと思ったが、それよりもティーブレイクを意味が違えど文字通り破壊された事にレイは憤りを感じた。
「あんた、何してんの...それ、私のなんだけど」
異常者を見るような目で見つめるレイに、男は何の事だと言わんばかりの顔で向かい側の席に座った。
「そんなもの拘らなくてもまた出せるんだからいいだろ」
レイは新手のナンパかと思い、足早に立ち去ろうとした。だがこの男から感じ取った空気は鮮明に覚えがあった。いや、それは気のせいだと気にしない事にして席を立つ。
「あれがあのアルケインの奴か...大体分かった」
男は去りゆくレイを見て納得した。
「相手を凍らせるなんてどうやるのか知りたいが、それよりも潰してしまわないとな...」
席を立ち、背伸びをした。
怜は実際の体にも疲労と空腹を感じたので意識を現実に戻した。夕日で照らされていた部屋も真っ暗だ。ドアを開けて一階へ降りようとした矢先、怜は足を止めた。何かの声が聞こえる。音を極力立てずに階段を降りると声の正体がはっきりした。母親の声だった。しきりに声を上げているが、怜は身の毛がよだつ感覚に襲われた。余りにも艶かしい吐息と何かを打ち付け合うような音。まさか子供が起きている最中で事に及んでいようとは、信じられない話である。怜は気づかれまいと玄関を出てコンビニへ走った。泣き出したくて仕方が無かった。そもそも再婚して以降の両親は会話など殆どしていない。愛を交わす事などあり得ない。そして母親の淫蕩ぶりを知っている身としては、あってはならない関係を誰かと結んでいると察するに難しない。だがよりによって自宅内で、挙げ句怜がいる状態である。既に常識の範疇も霞むほどなのにそれを遥かに超えていく。もはや人間の所業とは言えない。1時間程経って帰宅した。さっきのような音も声もしなくなり、静寂に包まれていた。怜は恐る恐る自分の部屋へ上がった。だが、ここでも恐ろしい光景を目の当たりにした。
「...ただ、いま...!?」
怜は思わず買い物袋を落とした。部屋が荒らされていた。コンピュータ以外は全て嵐が過ぎ去った後の町のように壊されたり投げ捨てられたりしていた。そして部屋の真ん中には母親が。怜は恐怖のあまり後退る。しかし母親はそれを見逃さず笑顔でお帰りと言うと、その笑みが狂気に染まった。凄まじい勢いで怜の喉元を掴み、ベッドに叩きつけるように倒した。いくら女性の腕とは言え、全体重と最低限の握力さえあれば場所によりけりであれ窒息させられる。まさにその位置に指がかけられていた。
「うぅッ...!!おかぁ...ッがはッ....!?やめ...で...!!」
怜は本気で殺されるのだと気づき、必死に抵抗するが依然として首を絞める力は変わらない。それどころか爪まで食い込まされ呻きと悲鳴の中間のような声を上げた。
「怜ちゃん...?あなたのせいで私の友達が帰ったんだけど...どうやって責任取ってくれるかな?」
狂気に染まっていながらも純粋な笑顔を向けられ、怜の方がおかしくなりそうだった。嗚咽と同時に吐き出される体液も赤みを帯びていた。母親の左手が怜の腰に当てられる。その指先が肌を伝うように動き、触れた先。怜は死の恐怖とは別の危機を感じた。
「そ、それだけは...やめてッ!!」
「怖いのね?やっと分かったわ...あなたっていつも仏頂面だから気に食わなかったし、ここらで表情の一つも覚えさせてあげる」
そこから朝を迎えるまで、怜は一切の記憶が無かった。
「おはよう、怜...怜?」
朝。史佳が生徒会の掲示物を各教室に配るべく早めに登校していた。自身の教室にはまだ誰も来ていないと思っていたが、怜が居た。だが彼女の様子が普段とはかなり違う事に違和感を抱いた。恐る恐る近づいて顔を覗き込んだ。
「怜...!?顔色悪すぎるわよ、どうしたの!?」
目の隈が浮き彫りになり、頬と首元には赤い痣とミミズ腫れ、唇は震え目の輝きが消え失せていた。何かに怯えるかのように体も小刻みに震えている。片桐も少し後に教室に入ってきた。この異様な雰囲気には当然気づいたらしく、二人の元へ歩み寄った。
「どうしたんだい、二人とも?」
「片桐先生、怜が...!」
史佳が珍しく動揺しているので、片桐は何事かと怜に声をかけた。
「久遠さん?」
「...もういいから、放っといてよ...」
怜がようやく口を開いた。しかし普段に比べると遥かに弱々しい。
「駄目だ、こんなに震えているし弱ってるじゃないか。とりあえず落ち着くまで保健室で安静に...」
「放っといてって言ってるでしょッ!!」
唐突に怜が叫び出し、片桐も史佳もぎょっとする。だが間もなくして怜は気を失って机に伏した。
「桜庭さん、久遠さんを保健室まで連れて行くの手伝ってくれないか?授業が始まる頃には病院に運ぶから」
「でも一限目は化学ですよ?病院への連絡は他の先生に任せても...」
「これは僕のクラス担任としての責務なんだ。授業も大事だけど生徒の事はそれよりも大切だからね。化学の教科教員だって僕だけじゃない」
一方のダイバーズでは、ブルームーンが異様な雰囲気に包まれていた。特にブリッジは張り詰めた空気が充満している。
「レイを呼べというのはどういう事だ?」
キャプテンが訝しむように睨むは、黒いコートを着た若い男。彼はレイの目の前に突然現れた男であった。ダイバーネームはJOKER。機体と同じ名前だ。
「奴は訳ありだから早急に潰しておかないとヤバイことになる。さっきからそう言ってるだろ」
JOKERは窓際の手すりに腰掛けた。キャプテンはますます心象を悪くした。人に物を頼む態度でもなければ曖昧な理由しか話さないのでは溜まったものではない。
「...その位では呼べないし、まず俺達にその権利がない」
「メッセージに残せばいいだろ。今日は必ず来いってさ」
「そういう問題じゃない!そもそもお前が本当にJOKERなのか確証もないだろうが」
「あぁもう分かったよ、証拠くらいなら出してやる」
JOKERが面倒そうに言葉を遮り、指を鳴らした。するとブリッジの窓に突然MSが現れた。その場にいた一同が驚きの声を上げた。赤と黒に彩られた闘士。そのシルエットを見るだけで確信するには十分すぎた。
「まさか、ずっと目の前にあったと言うのか!?」
「光学迷彩くらいなかったら今ごろ俺は死んでたかもな?」
JOKERが不敵に笑む。こうなってしまっては従う以外に道はない。目に入ったガンプラを全て破壊し尽くす、JOKERとは彼の事に他ならないからだ。
「さて...ガンプラダイバー...レイを呼んでもらおうか」
怜が意識を取り戻したのは昼過ぎだった。看護師から病院に搬送されるまでの経緯を聞かされ、2日間の入院の決定も通達された。記憶障害の懸念もある為とのことだが、嫌な事を脳内に保持するだけでも嫌な気分がする。看護師が病室を出るのと入れ替わりで老女が入ってきた。
「怜!よかった...生きてる...!怜...!」
怜がこちらを認めるやいなやひしと抱きしめる。怜はこの感覚と匂いをよく知っていた。
「お祖母ちゃん...来てくれたんだ」
「ちょうど出張で帰ってきた所だけど、怜が倒れたって言うから飛んできたのよ」
怜の祖母はアイルランドで服飾デザインの会社を立ち上げている実業家である。偶然にも今日は日本での取引があった為帰国していた。その折に怜の入院と言う報せを受けたと言う次第だ。
「首にこんな傷まで...酷い...」
怜の首筋についた傷を見て祖母は眉をひそめる。
「もうこれ以上怜を危ない目に遭わせられない!一緒にアイルランドへ帰りましょう?このままじゃどうなるか分からないわ」
日本を離れアイルランドで過ごすと言う提案は、実はかなり前から言われていた。家庭での生活が、怜にとっては生きた心地のしないものだと見抜いていたが故に提案したのだが、怜は大丈夫だからと断り続けて来た。
「友達を置いてはいけないし...大学も決まってるからその時に家を出るつもりだから」
「そうなの...なら居場所とか割られないようにしなくちゃね」
しばらく二人は取り留めのない話に興ずる。アイルランドでの生活や仕事の内容、ただひたすら怜が祖母に撫でられたり。経緯が最悪なものだった分幸せな時間だった。祖母との時間が自分の命をつなぎとめているような気がした。
祖母が病室を後にし、再び静寂が訪れた。怜は通学カバンの中から小型端末を取り出し、電源を入れた。モバイルタイプのダイバーズ用ダイブ端末である。新着メッセージが1件と通知が来ており、それをタップした。
差出人:キャプテン
件名:読んでくれるだけで構わない
ブルームーンにJOKERと名乗るダイバーがやって来た。どうやら本物のようだ。そいつがなぜかお前を呼べと執拗に要求してくる。一応断ってはいるがまた来る可能性もある。それで一つ聞きたいが、お前はJOKERに何をしたんだ?
怜は目を疑った。まさかブルームーンにJOKERが入って来ようとは、思いもよらなかった。
「どういう事...て言うか、これってブルームーンがヤバいんじゃ....!?」
怜は万全ではないのを度外視してダイバーズへダイブした。自分がどうあっても、ブルームーンのメンバーが危険に晒されるようなことは見過ごす事はできない。