創造戦士ガンプラダイバーズ Side:JOKER 作:JNEXEL
(あれから数日経つ訳だが...私のもとにさえ情報の一つも来ないとは...)
デュークはレオンらが回収したと言う、MSの一部分さえも見られぬ事に違和感があった。騎士団の中でも高い地位にあった彼に何一つ回ってくる情報がないのは、甚だ理解に苦しむ話だ。何者かが階段を降りてくる音が聞こえ、視線を向けるとレオンがいた。しかし彼もどこか釈然としない表情をしていた。
「何があった?」
「何があったとか、それどころじゃないって言うか...マジであの女王に何させようってんだ」
「どういう意味だ?結局回収したものすら私に確認もさせなかったじゃないか」
「あの作戦の後、特殊班の連中が来てな。回収したのはMSのコクピット周りだったが、そいつを持っていきやがった。理由を聞こうにも王と、王にごく近い連中しか知らないんだとさ。ようやく聞き出せたのは、さっき言った事だけ」
特殊班と言う組織の名前はデュークにも聞き覚えがあった。しかし、彼らがどういった活動をしているのかは皆目認知していない。と言うのも、特殊班自体が騎士団の階級から外れた立場にあるせいでデューク等の上級メンバーでも容易に動向を掴めなくなっていた事による。
「嫌な予感しかしない訳だな」
「同感だよ、JOKERを潰すならもっと方法はあるだろうによ」
レオンの見解はデュークも同意だった。元よりJOKERを討伐する為に、ここまで大規模な作戦を行う準備を進めてきた。しかしこの現状を見るに、目的がJOKER討伐にあるのか不透明になりつつあった。
「直接王に聞くしかないか。特殊班の動きは、殊に開示してもらわねばならん」
デュークは踵を返し、階段を上った。
騎士団が拠点としている古城には、機密管理区と呼ばれる一帯が存在する。外部に漏らしてはならない重要な物を管理運用する為の施設だ。そこにあるドックをラプラスは訪れていた。現実では、生徒会の会議が予定されていたのだが、怜に頼み込む形で任せ先に帰宅した。でなければ、ある物をこの目で見ることが出来なくなってしまうと考えたからだ。通路の下は恐らく奈落の底なのだろうが、そこから青い光が照らしている影響か、余計に不気味さを醸し出している。ラプラスが足を止めた先に、真っ黒なMSか鎮座している。頭は通常のMSの物とは大きく異なり、前に大きく突き出た顔に目に当たる箇所を一直線に覆う細長いバイザー型のセンサーユニットが取り付けられていた。ラプラスにはバクゥやラゴゥに酷似しているように見えた。そして曲線的かつ鋭利な形状をした躯体。殊に大型化した前腕とマニピュレータの爪は、かの悪魔の名を持つ機体を想起させる。この機体を一言で表せば、獣人だろうか。ラプラスはウィンドウを開き、眼前のMSの情報を検索した。
「ケル...ベロス...」
ケルベロスはギリシャ神話に登場する、三首の地獄の番犬として知られている。しかし、この機体の首は愚か頭は一つしかない。外観からしても首を増やせるだけの余裕はない。
「女王様、これより稼働実験を始めますので退避願います」
ケルベロスの真上の通路から白装束とも形容できる防護服を着た男が声を上げる。ラプラスは黙って頷き、ケルベロスから大きく離れ上階に上がった。
「この機体は、何なのです?」
ラプラスが近くにやってきたのに、白装束の男はやや驚いた仕草をしたがすぐに調子を戻した。
「女王の新たなる力となる物、とは聞いております。あの中に入っている物を機体に入れる事で、稼働開始になります。ご覧になりますか?」
もちろん、とラプラスは手摺に手をかけた。ケルベロスの首の付根、人間で言えば頚椎にあたる部分のハッチがスライドした。そこへロボットアームで懸架された赤い液体で満たされたガラスの円筒を挿入する。入り口に接触すると自動で内部に引き込まれハッチが閉じられた。機体表面を赤い走査線が走り、"目"がぼんやりと赤い光を灯した。
「あのガラスの筒には何が入っていますか」
ラプラスの問に白装束の男は首を傾げた。
「液体は機体への神経伝達を補助する媒介になるとは聞いていますが、それ以外は存じません」
ラプラスは再びケルベロスに視線を戻した。白装束の男に悟られぬよう、ローブの中からプラスチックの容器を取り出し錠剤を5粒口に放り込んだ。水をウィンドウから呼び出し一気に飲み込んだ。顔と目に走査線が現れ、痛みから呻き声を上げようとするのを無理矢理噛み殺した。白色化した髪の割合も以前に比べ格段に増えていた。
(怜を私の物にするには必要な事...これくらい耐えなきゃ...)
ラプラスの瞳が青く瞬く。それに同期するかの様に、遥か遠くのドックに固定されているデスサイズヘルコープスのツインアイも光を灯した。
ラプラスが機密管理区から出て来たが、デュークと鉢合わせした。デュークは怪訝そうに廊下の奥を眺め、ラプラスを交互に見てまさか、と声を漏らした。
「機密管理区から出て来たと言う事は、例の作戦の成果物を知っているな?」
「私もそれを知りたく向かった次第です」
ラプラスはぴしゃりと言い、この場から離れようとした。
「その前に一つ聞きたい。機密管理区は君より経歴のある私ですら踏み込めぬ場所だ。君が向こうに行けた、それは王から許諾されての事か?」
デュークの指摘に、ラプラスは立ち止まりそうになる。
「あなたに疑問を持たれるのは心外ですね...女王の階位であれば、あそこへ自由に出入りできると言うのに」
「...先代まではそのような事が許されていなかったが?君の代からこうなったと言うなら、私の知る所になるはずであろう」
ラプラスは何も答えず立ち去った。デュークに呼び止められても歩みを止める気は無い。何れにせよ、怜を手に入れられればどちらでもよかった。
「今日は済まなかったね、久遠さん。桜庭さんが急に来れなくなったってどうしてなんだ...」
生徒会の会議が終わり、怜は議事録をまとめて生徒会長である三浦に提出した。三浦は申し訳無さそうにそれを受け取り、一通り目を通した。
「久遠さんって、書紀の才能あったりする?読みやすいよ」
「無いわね。やれって言われたならそれなりにやる主義なだけ。それじゃ」
怜が帰ろうとカバンに手をかけた矢先、三浦に呼び止められた。
「桜庭さんが休んだ時に、出来れば君に頼みたいんだ。Lineでも何でも、連絡先の交換させてくれないか?」
「...いい、要らない。どの道休むって分かったら史佳から連絡来るし。て言うか、何で私なの?」
怜は興味なさげに返した。しかし三浦は何故か後に引けないと感じ、衝動的に怜の肩に手をかけた。
「何考えてるの...その手は何?」
「この際だから言うけど、俺は君の事が...うっ!?」
三浦の視界が突如真っ白になった。目に微弱な痛みが遅い、思わず瞼を閉じる。次に目を開けた頃には怜の姿は消えていた。生徒会室を抜け出した怜の手には催涙スプレーが握られていた。以前にも三浦から言い寄られた事があり、警戒しなければならないと認識した為に、彼と絡む事態に備えて史佳から手渡された物だった。これだけやれば二度と声を掛けてくることはないだろうと、怜は一安心した。
「もう嫌...アイツと同じ空気なんて吸いたくない...」
祖母や美彩達と言った、信頼関係にある人物以外からの好意と言うのは、怜には理解し難いものだった。特に異性から好意を持たれるのは恐ろしくも感じていた。母親絡みで純潔を壊されそうになったり、かつて信頼していた仲間に道具扱いされる危機感を抱いたりと、彼女自身の経験がこのような思考を生み出しているのは想像に難くない。校門を飛び出してバスに乗り、帰途についた。しかし、帰宅した途端に怜は異常に気がついた。鍵を開けようとキーシリンダーに差し込むが、根本まで入り切らないどころか回して解錠する事すら出来なくなっていた。
「鍵が、開かない...どうして...?」
向きを間違えたのかと鍵をひっくり返して解錠を試みるも、キーシリンダーはびくともしない。何とキーシリンダーと鍵をまるごと別物と交換していたのだ。インターホンを押しても、ノックしても返事は無い。怜は状況を掴めず、ただ呆然とドアの前に立ち尽くした。日も沈みきった頃、母親である美智留が帰宅して来た。しかし彼女は見知らぬ男を連れていた。怜はギョッとして美智留と男を交互に見た。
「この娘が娘さん?」
「そうよ?人見知りが激しいから、こうしないとなかなか挨拶もうまく行かなくてねぇ...悪い子じゃないのよ、そこは安心して?」
美智留は取り繕うように男に笑顔を振りまくが、悟られぬようにヒールの踵で怜の足を踏みつけた。痛みのあまり声を上げそうになるが、そうしてしまうと何をされるのか分からない恐怖から必死に抑え込む。家には入れたものの、合鍵は渡されなかった。自室に退避して着替えを済ませようとした瞬間、美智留がドアをいきなり開けた。
「あらぁ...もう分かってたんだ?でもね、あの人は制服姿の女の子が好きみたいだから、そのままでいいのよ?」
満面の笑みを浮かべる美智留に、怜は震えが止まらなくなった。自分が何をされるのか皆目見当もつかず、底知れぬ恐怖に襲われた。
ブルームーンでは、また協力者として名乗り出た一団への対応を協議していた。ROMANESQUEの記者であるJ.E.とタカイワでさえ、妙な胡散臭さを感じていたが今回はその比ではなかった。
「メイポール・ダンスとか...聞いたことあるか?」
キャプテンが全員に問いかけるが、満場一致で認知していなかった。
「そもそもクラン...プレイヤーチームが無数に乱立しているからな。まだ無名だとしてもおかしくはなさそうだけど」
シローが緑茶を飲みながらJ.E.に当該するメールを見せた。
「あぁー...確かに組織規模は本当に小さいけど、あれこれ派手に動きそうな気がするなぁ...確か、ロストフリーダム事件に関わってたかな。直接取材は出来なかったけどね」
ロストフリーダム、とキャプテンは心中で反芻し納得したような顔をした。
「あぁ、あれなら少しは聞いたことがあるな。黒いフリーダムとかってんだろ?」
「それなら私も聞いたことあるです!シローさんから聞いたです!」
やはりロストフリーダムの名はブルームーンでは知れ渡っており、J.E.もそれは驚きだった。
「まさか知ってるなんて、もしかして関与してました?」
「いや、関わろうとはしたけど動きが掴めなかったせいで未然に終わったよ。実害はそれなりにあったみたいだけどね」
シローはそう言いながら、ウィンドウからコーヒーを呼び出してJ.E.に勧めた。キャプテンはそれを横目で見ながら、メイポール・ダンスから送られてきたメールをどうするか考える。ご丁寧にプレイヤーランクまで記されており、一個人としては信用に足る気はするが、団体の長として考えると処遇に困ってしまう。
J.E.はこれ以上は聞くべきではないとしてブリッジを後にして、居室に戻った。しかしその道中でJOKERと出くわした。彼はしばらくブルームーンに戻って来なくなり、時折シローとアヤカが捜索に出ていると聞いたが、その心配ももう無くなったようだ。
「お帰り、割と長い外出じゃん?」
J.E.は平静を装い笑顔を見せるが、JOKERはと言うとそれを不愉快そうに睨んだ。
「何を考えてるのか知らないが、無理してるのか。近づくなって言ってんのが分からないのかよ」
「近づくなって...これってたまたまバッタリ会っただけでしょ」
「知るか...お前がいるだけで頭が痛くなるんだよ...今度何かしてみろ、アカウントごとお前を消す」
JOKERは吐き捨てるように言い放ち、ブリッジの方へ向かった。J.E.は彼の目に嘘がないと察し、何も返せなくなった。今の彼は本気で自分を消し去ろうとしている。その事実が二人の間に決定的な壁を作っているのだ。そう考えるだけでJ.E.の胸中は罪悪感と悲観で酷く淀んでいく。気づかれぬようスクリーンショットに収めたJOKERの顔と、ポケットから出したカメラのギャラリーから選択した写真を見比べるが、やはり同一人物にしか見えなかった。カメラに記録されている写真にはネームプレートも写っていた。そこには「葛城 絢斗」と表記されていた。JOKERに、その名前に覚えがあるか聞きたかった。しかし今までの彼の言動を見る限り、J.E.の事も自分自身の事も全く知らないとしか考えられない。だが他人の空似にしても余りにも似過ぎていた。実は別件で取材の為にブルームーンを離れた事があったが、JOKERが初心者と思われるプレイヤーを助け出す場面に遭遇していた。それがどう見てもJ.E.―英梨の知る葛城 絢斗の姿と重なっていた。
「何で私って本当に知りたい事に向き合うと裏目に出るんだろうね...」
J.E.が力無く笑い、歩き出す。居室の前でタカイワが待っていた。精神的に疲弊しつつあったJ.E.を慰めるような様子は見受けられない。何せ彼は取材器具を担いでいたからだ。
「神宮...じゃなかった、J.E.さん。黄金の無敵プチッガイの写真、撮れましたよ!レッドフレーム改が見事にボコられる瞬間まであります」
「えっ...?あぁ、嘘ぉ!?」
J.E.はすぐさま何時ものテンションに戻し、タカイワと共に記事の作成に取り掛かった。別件の取材とは、ダイバーズでは少し噂になっている"黄金の無敵プチッガイ"の事だった。
深夜4時。怜は半裸状態でベッドに寝かされていた。ブレザーも半ば無理やり脱がされ、ボタンの一部が取れていた。全身がベタつき、得体の知れない液体が飛び散っている。鼻を突くような匂いで怜は我に返り、急いで起き上がった。
「何、これ....まさか...!?」
周囲に投げ出された小さな袋。かつて美智留が男を連れ込んだ後の朝に寝室の掃除をさせられたことがあるが、その時にも同じ物を目にしている。怜は全身に寒気が走り、満足に動けぬ体を無理矢理動かして視線を落とした。今しがた見た袋と同じものが顔を覗かせる。怜は発作的にそれを引き抜き投げ捨てた。怜が18歳を迎えたのをいい事に、美智留に更に利用されてしまったのだ。その証拠に、枕元には札束が入った封筒が置かれていた。手で弾き飛ばした勢いで紙幣が封筒から飛び出たが、最初に見たときの膨らみ方からして明らかに少ない。美智留が殆どを持ち去ったのだろうが、怜にはどうでもよかった。全身の寒気から身をかばうように毛布を引き寄せ包まる。唇が震え、視界が揺らぐ。
「嫌ッ......嫌ぁああああああああッ!!!」
今まで目を逸らしてきた感情が一気に雪崩込み、怜は慟哭を上げた。身も心も傷にまみれ、そして自身の純潔すら無残に斬り裂かれた。怜は今までにない程の否定を感じる余り、生きるための希望が何なのか分からなくなってきた。初めから利用される為だけに産み出されたのではないかと認識する決定的な瞬間。怜の心中は、自分が道具としての価値以外何もないのだと揺れ動く事すらしなくなった。