創造戦士ガンプラダイバーズ Side:JOKER 作:JNEXEL
「今、あの人...レイさんがどうとかって言って...」
エスは去り行くラプラスを呆然と見送り、ハイラックに視線を向けた。彼は何も言わぬまま何かを睨むように見つめているだけだ。否、ハイラック自身は特に視線の先に何かがあったらから凝視しているつもりはない。ただ心の奥に閉じ込めたものと対峙している感覚があった。自らへの怒りと不甲斐なさがこみ上げる。そのままハイラックは無言でその場を立ち去ろうとした。だが事情など知りえぬエスには怪しまれて当然であった。
「どこへ?」
しかしハイラックは何も返さないで歩みを進める。エスはもう一度声をかけたが、届いた様子はなかった。自分がメイポール・ダンスに入る前のことは、他のメンバーに聞くしかない。だがそれに触れようとするのを内心拒んでもいた。理由もはっきりせぬが、触れてしまえば今度こそ引き返せなくなってしまう。そんな気がした。
(後戻りできないのは今更だって分かってるのに、何で俺は踏みとどまってんだ...?)
「エス」
唐突にハイラックが振り向き、エスを呼んだ。ようやく話してくれるのかとエスは返事をするが、当のハイラックは何かを警告するような顔つきをしていた。
「君は今後一切、この件に関わっちゃいけない。君は無関係で、関わるだけ苦しむだけだからね。いいかい。他の用件なら構わないけど、この事に絡もうとするなら一時的に追放しなければいけなくなる」
「ちょっと待ってください!俺は何も知らされないまま爪弾きにされるってんですか!?俺だってメイポール・ダンスのメンバーです!そんな理不尽な話、「はいそうですか」って行かないでしょ!...何か隠してますよね、ハイラックさん...!」
エスは自分でも驚く程声を上げていた。自分の仲間でさえ手を伸ばせない、そんな経験は二度としたくなかった。目の前で消えるのに何もすることが出来なかった、あの惨劇を繰り返してはならないと決めていた。なのに今もこうしてどうする事も出来ないのでは話にならない。何としても自分の決めた事は貫き通さねば、彼女の願いに報いるなぞ出来るはずがないのだ。エスの訴えにハイラックも半ば驚くが、すぐに調子を戻した。
「サツキが君をそこまで強くしてくれたんだな...けど、それだけじゃ何も変えられない。時には理性で断じるのも必要だ」
「それを知るのは、今じゃない」
エスが余りにも真剣な眼差しで見つめるので、ハイラックは軽く息を吐いた。
「本当、君にはそう言う所じゃ敵わないかな。だったら、一つだけ聞かせてもらおうか。恐らくこれから君や俺たちが見るのは、地獄だ。引き返すことすら許されない地獄だとしても、君は前に進み続けられるか?」
ハイラックも本心を見抜くかのような面持ちでエスをじっと見る。エスの答えは唯一つ。迷うはずもない。
「―やれます。いや、どうあっても進む。あの時から決めていた事です」
「そうか、安心した...ん、エルニアから?...済まない、話の腰を折ってしまった」
「いえ。何だってんです?」
突然ハイラックの眼前にビデオチャット用のウィンドウが表示された。ハイラックはウィンドウを自分とエスの間に配し、応答ボタンをタッチした。ウィンドウにエルニアの顔が映し出されるが、切迫したような表情をしていた。ハイラックは何事かと問う。
「一体どうした?何かあったのか?」
「今すぐ来て!ブルームーンの人とコンタクト取れるようになったから!」
「何てこった...エス、急ぐぞ!」
ハイラックが素早くウィンドウを切り替え、目的地を選択した。何の話かさっぱりだったエスだが、ハイラックに首根を掴まれ一緒に転移した。
交流広場第3区画。そこで待っていたエルニアは、二人を見るなり駆け寄る。
「何度連絡しても来ないから心配したよ!危うく怪しまれて帰ってしまうところだったんだから!」
「え...マジ?...あ、本当だ....ごめん」
エスはぎょっとして自身のボイスチャット記録を見たところ、確かに4度にも渡ってエルニアからの通知が来ていた。それと同時に、妙な影が視界に入ったのでそこへ目を向けると巨大な戦艦が目の前に鎮座していた。エスはさらに驚き、思わず一歩後ずさりをした。
「何だこれ!?せ、戦艦だってのか...!?」
ハイラックも眼前の戦艦を見て目を丸くした。戦艦本体はアーガマによく似ているが、本来存在するはずの重力ブロックに変わってプトレマイオスの回転式カタパルトデッキが取り付けられていた。白と青のカラーリングによって違和感なく一体化しているように見えた。
「これがブルームーンか...これだけでも組織規模が分かるよ。よくやってくれてありがとう、エルニア」
ハイラックはエルニアに視線を移すが、彼女は力なく笑いながら「それ、私じゃないんだよね」と肩をすくめた。ハイラックがきょとんとしていると、エルニアは少し離れたところを指差した。
「ウェルスがやってくれたよ。意外すぎでしょ?私の出番、全く無かったもの」
ハイラックとエスはその事実に仰天した。そもそも内向的な印象があるウェルスに、駆け引きが物を言う交渉事は苦手だと認識していただけに、少しショックを受けた。人は見た目や言動だけで判断してはいけないものである。
(まさかとは思うけど、脅迫したわけじゃ...無いよな...?)
ハイラックはウェルスとブルームーンを交互に見て、思わず引きつったような笑みを浮かべた。
「近づいているらしいな...あれだろう?」
とある区画のバトルエリア。吹雪が時折荒れ狂う山脈の中腹にトールギスアイゼンリッターが立っていた。デュークはカメラアイの解像度を最大にして、標的物をはっきり視認してズームを下げながらレオンに信号を送った。さながら高級感のありそうなプトレマイオスⅡ改と言った出で立ちの戦艦、"エウクレイデスⅡ"が今回の作戦の標的であった。前回も同じ戦艦を狙った作戦を展開したが、今回もとなると目的はやはり戦艦そのもの奪取か殲滅にあると見た。と言うのは、今回に関しては作戦の趣旨の詳細が伏せられていたが故に予想する以外無かったからだ。デュークはレバーを動かし、トールギスアイゼンリッターをベースキャンプまで移動させる。TR-1[ヘイズル]やマラサイ、ディンらとすれ違い着地した。眼前の地面には、光る赤いサークルが見えた。
(レオンが言うには、確かアレには我々の作戦の鍵が入っているとか...にしては展開が余りにも早すぎる...出来すぎていると思うのは私だけとは思うまい)
突然レーダに赤いマーカーが現れたかと、デュークは気を張り詰めた。しかし、目の前に機体が着地した瞬間にマーカーが赤から緑に変わった。4基の砲塔が翼の如く配された赤と白の機体、"リボーンズガンダム"だ。
「やっとお会いできましたね。デューク。僕はトオル・アルマーニュ。一応騎士団の出資者です」
モニターに表示されたミニウィンドウで見る限り、リボンズ・アルマークその物だった。少し違うところを挙げるとすれば、瞳が黒い事と服がワインレッドの軍服な所だけである。トオルは柔和な笑みを浮かべ、通信を切ったかと思うと徐にリボーンズガンダムのコクピットハッチを開けた。戦闘エリア内ではダイバー自体が機体から離れて行動できないのだが、有ろう事かトオルはリボーンズガンダムから降りてしまった。
「ここでなら何の問題も無く降りられます。どうです?実は実装予定の機能をこのベースキャンプでテストすることになったのですよ」
「実装予定の機能...とは?」
「ベースキャンプに設定した場所でなら、機体のダメージ修復...つまり補給とダイバー同士で直接ブリーフィングをやったり...劇中さながらに戦えるようにするものだそうです。そう言った戦闘ルールも追加されるようですよ」
デュークは半信半疑でトールギスアイゼンリッターのコクピットハッチを開いた。雪を伴った冷たい風が仮面に吹き付けられる。デュークは急いで一度ハッチを閉じて開け直すと、ワイヤーを使って地面に降り立った。
「それにしても、なぜその様な立場の方がここに?何らかの監査が必要になったからですか?」
騎士団の出資者が数人存在していることはデュークも知っていた。しかし一度も直接対面を果たしたことは無く、騎士団そのものが消えるまでその機会も無いものだと思っていた。こうして会話している事も言ってしまえば奇跡に近かった。
「いやいや。ただ先行実装の為にデータとか感想を提供しないと行けないので、そちらの作戦とは関わりはありませんよ。ですが少し見てもらいたいものがありましてね?」
トオルがちらりと横目で赤く光るサークルを見る。デュークも同じくそれを見るが、次第に気味の悪さを感じ取ったのか冷たい汗が額を伝った。デュークが本能的に危険だと察知した事に気づいたトオルは、苦笑して立ち去ろうとした。
「やはりあなたは凄い人だ。たったこれだけの物なのに...ならば無理やりと言う訳にも行きませんね。失礼しました、それでは」
トオルがこの場から消えたのと同時に、デュークは赤い光のサークルに近づいた。これが何を意味しているのか、問われずとも察しはついていた。先に奪取したジム・ドミナンスを、何らかの形で使った機動兵器だろうと。だが設定上変わったシステムを搭載している訳でもない。なれば真の目的は機体ではなくパイロットと言う事になる。その仮定に辿り着いた瞬間、デュークは恐ろしい想像をした。
(スパイを回収する話なら、あの時には私にも話が行っていてもおかしくは無い。そして、回収直後から特殊班が来てジム・ドミナンスをそのまま持ち去った。挙句作戦を指揮していたはずのレオンでさえ何も知らなかった...一体そいつで何をする気なのだ...!?)
「具合はどうだい?スワン・マスターピース。"
赤いサークルの直下には円筒状のMSドックが収められていた。奈落の底から赤い光が照らしており、ドック全体が紅に包まれている。トオルがラプラスに期待の笑みを向けるが、彼女の方は目の前の機械で出来た魔獣"ケルベロス"をただ見上げていた。最早今の彼女にはケルベロスを使いJOKERを屠殺し、レイを自らの手元に置くことしかない。ラプラスの頬をうっすらと青い電子線が走る。トオルはそれを見るなりリラックスしたように伸びをした。
「君はもうそのステージに来ているのか...いいだろう、僕は君を期待しているよ。しかし良いのかい?今の君だと彼女を救った頃には、人ではなくなっているかも知れないんだよ?」
人ではなくなる。その一言にラプラスは眉をぴくりを動かし、目を閉じて首を横に振った。
「例えそうなってでも、怜は必ず助ける。それが私のダイバーズをやる理由であり、使命であり、運命なのだから」
「気高き決意だね...惚れ込んでしまいそうだ。それじゃ、戦果を期待しているよ」
ケルベロスの光学センサーを模したバイザーの奥の"眼"に、赤い光が灯った。
エウクレイデスⅡは、交流広場第4区画から第2区画までを航行していた。直接転移すればすぐ済む話なのだが、非正規メンバーからの通達があったため、戦闘エリアを一度訪れることとなった。
「一面の銀世界ですわね...視界も劣悪で危険だこと」
リタがブリッジのモニターを見て呟いた。こんな危険極まりない環境も存在しているとは思いもよらなかったようだ。ランフォードも現地に居る正規・非正規メンバーから情報を集約しつつ、逐一所属不明機の接近の有無を確認しており多忙になりつつあった。スワンが居てくれれば負担が大きく減らせると思いながらも、それを口にしなかった。無論リタもそれを言い出しはしなかった。真っ先に口に出しそうな性格の彼女だが、生まれと育ちの良さなのか状況を推し量れない訳ではない。
「レイさんを保護してから、全く姿を見せなくなりましたが...恐らく戦闘状況が発生すれば真っ先に出そうですね。なぜJOKERが連れ帰ってきたのかは甚だ謎ですが」
気配を感じたのか、ランフォードは顔だけを後ろに向けすぐに作業に戻った。赤いシャツの上に黒いコートを羽織った青年、"JOKER"もこの艦に乗っていたのだ。
「仕方ないだろ。あの場で始末してもよかったんだぜ?アンタだってν-Typeにゃ懐疑的なんだってな」
「ええ、その通りですがそれとこれとは話が違いましょう。考えや主義とは関係なく、レイさんは我々ブルームーン名大事な仲間です。失いたくないと思うのはごく当然の感情だと思いますが?」
音声通信の着信が入り、ランフォードはすぐさま回線をつないだ。
「どうした?」
「ランフォード卿...ば、化け物が...化け物が....うわぁあああああ!!!!」
現地に派遣していたメンバーがヒステリー気味に叫び、ランフォードは何度も呼びかけて応答を促した。しかし、メンバーの断末魔を最後に通信が途絶えてしまった。JOKERもそれを聞いていたのか、試すように不敵な笑みを浮かべながらランフォードを眺めていた。
「さて、どうする?今の俺に言った一言、早速嘘になったぜ?」
「結果主義者ですか、あなたは!...止むを得まい、リリ嬢!直ちに救援に向かってください!」
ランフォードはリリに出撃を指示した後でJOKERをどうするか決めかねた。彼の持つ力は絶大だということは既に証明されていた。上手く運用できればこの状況も一瞬で終息するだろう。しかし彼を信用することは出来なかった。それはこれまでの行動からもはっきり分かっていた。
「けど、あいつだけじゃどうなるか分からないよな。腕はあるかも知んないがただの人間に変わりないしな?」
JOKERはリンゴを掌でバウンドさせながら、オペレーターの座するはずのシートに腰掛けた。確かに彼の言う通りである。騎士団とは散発的に衝突しているが、日に日に全体的な連度が上がって行くのを感じていた。作戦の密度が飛躍的に向上した影響で、消極的な撤退を余儀なくされる事も起きたのだ。かと言ってJOKERを戦力に含めてしまうのは、彼に好き勝手させるのと同義でもあった。彼を止められるだけの力を持ったダイバーなど居ないのだから。
「ランフォード卿。私も出るから。とりあえず指示さえくれればやっとくから」
ブリッジのモニターに"SOUND ONLY"と書かれたミニウィンドウが表示された。音声通信を使うのがよほど面倒だったのだろう。ランフォードは頼みますと言って出撃を許可した。レイとて高い実力を持っているのは確かだ。この期に及んでリリと衝突することは起こらないはずだと見ての事だった。
「許可は下りた...ハッパさん、ガデッサは行ける?」
レイはすぐさま服装を専用のパイロットスーツに切り替え、ヘイルソーサレスの元へ歩く。コクピットの目の前で作業する男のことをそう呼んでいるが、本名に"葉"が入っているのと顔つきがガンダムシリーズのあるキャラクターに似ているのが理由らしい。ヘイルソーサレスはJOKERに左肩を破壊されていたが、再度ダイブすれば問題ない。だが「ハッパ」がここで作業しているということは、レイの能力制御の調整が必要だと分かる。
「ハッパじゃない、"葉山さん"だろ。どうやら上手い具合に調整できたぞ。ケイトもよくやるようになったが、まだ粗が目立つって今度会ったら言ってやれってな。ここ最近の貴様の戦闘データから作ってるから、後は貴様次第だ。うまくやってくれ!」
葉山がレイの肩を軽く叩いて機体から離れた。葉山のことはそれほど悪く思っていないのか、レイはそのままコクピットに乗り込み、ハッチを閉じた。
「レイ、ヒサシブリ!ヒサシブリ!」
台座の上でハロがくるくると回りながら嬉々として話しかける。機体コントロール用のAIユニットでも感情は存在していた。久し振りとは、冗談めいたことまで言うようになった。レイは何となくそんなハロを見て安心した。
「ハロ...お願い、私に力を貸して」
レイはハロに優しく語りかけながら撫でると、一呼吸おいて眼を見開いた。レバーを握るが、無意識か否か手が震えていた。自分はもう戦う以外に何も残っていないはずなのに。レイは震える自分の手が理解できなかった。そんな事を考えているくらいなら、自分のすべき事をする。自分にそう言い聞かせた。
「レイ。ガデッサ・ヘイルソーサレス、出る!」
ヘイルソーサレスがふわりと浮き上がり、エウクレイデスⅡから発進した。
雪山の中腹から突き出した峰が砕け散る。岩の破片にはMSの装甲も混じっていた。リゼルがその峰から離脱しようとバーニアを噴かせるが、雪煙に紛れて襲い来る青い斬撃に為す術も無く真っ二つにされた。
「...これも違う。怜じゃない...怜は、どこ...!?」
雪煙から白き死神が姿を見せた。デスサイズヘルコープス。"女王"の階位を持つガンプラダイバー"ラプラス・ライブラ"の機体である。リゼルの生首を山の下へ放り投げ、次の獲物を求めて飛び立つ。その瞬間、アラートが鳴り響いた。白く煙る空を裂く赤い光。そのシルエットは赤い彗星の再来を思わせる。
「あれは一体...邪魔をしようと言うのか!」
「アレがやったのは見抜けますわ!さぁ覚悟なさいッ!!」
まるで宝石の如く輝くシナンジュ、"シナンジュローズオーラ"が空中からバズーカとビームライフルを撃ち込む。デスサイズヘルコープスは砲弾を青く輝く鎌"ベルセルガ"で斬り落とし、斜面を滑り降りるようにホバー移動した。シナンジュローズオーラも急速に方向転換、ジグザグな軌道を描きながら追いかけた。加速性能が優秀なのか、シナンジュローズオーラがデスサイズヘルコープスに追いつき、接近戦に突入した。デスサイズヘルコープスが振るうベルセルガの下を潜り抜け、シナンジュローズオーラはシールドからビームトマホークを発振、一気に胴を横薙ぎにした。だが光の刃が装甲に接触する刹那、デスサイズヘルコープスの鉛色の翼に青い電子線が走った。
「その光が何だと言いますの?ごめんあそばせ、私が三枚におろして差し上げますわ!」
「軽口叩く暇は、どこにも無い。与えてやるものか」
威勢よく声を張るリタとは対照的に、ラプラスは静かに断じた。デスサイズヘルコープスの翼から細い無数の光の矢が放たれ、シナンジュローズオーラを吹き飛ばした。シナンジュローズオーラも空中でバーニアを使い姿勢制御する。装甲の表面には夥しい数の微細な焼け跡がついている。
「損傷がこんなに...!?やらせません!」
眼前にヌっとデスサイズヘルコープスが現れ、2振りのベルセルガを振り下ろした。それをシナンジュローズオーラはシールドで受け止め、腹部を蹴り付けた。コクピットを衝撃が襲いラプラスは眉を顰めるも、未だ冷静を保っていた。
「有象無象は引っ込んでいろ。私の邪魔は、させない」
デスサイズヘルコープスがベルセルガの柄先をシナンジュローズオーラの膝部フレームに押し当てた。あっけなく凹みが生まれたかと思うと、障子を破るような勢いで貫通してしまった。
「そんな卑劣な手を使ったこと、後悔なさい!」
シナンジュローズオーラは無理やり上体を起こしてデスサイズヘルコープスの頭部ブレードアンテナを引っ掴んでバズーカを胴体に接射した。バズーカの爆風に双方とも吹き飛ばされ、雪の中に沈む。この衝撃からか、遠くで雪崩が発生した。まもなくここでも起きてしまうのは火を見るより明らかだった。リタは急いでフットペダルを踏み込み、シナンジュローズオーラを雪から浮き上がらせた。だが次の瞬間、シナンジュローズオーラの背後の岩盤を手らしき物が突き破り、バックパックを握りつぶした。
「うぅっ!?今度は一体...はッ...!?」
機体をすぐさま旋回させ、攻撃の正体を見据えた瞬間にリタは凍りついた。ウナギやヘビのような流線型の頭にセンサー型の"眼"が赤く輝き、雪と砂が混じった煙の中から現れた。
「これ...モビル...スーツ!?」
姿を見れば見るほど、通常のモビルスーツとは全く違っていた。全身は黒いが、そのシルエットは人ではない。言うなれば二足歩行を覚えた獣のようであった。装甲やフレームの隙間から赤い光が漏れ出している。これは最早"魔獣"と呼ぶべきか。黒き魔獣が動き出すのを見たラプラスは、シナンジュローズオーラを放置してレイの捜索を続行を決めた。
「そのシナンジュはあなたの餌よ。"狩り"のやり方は学べるでしょうね」
まもなくしてレーダーが再度所属不明機を探知した。ラプラスは機体を空高く上昇させ、カメラアイの解像度を引き上げる。特徴的な丸い肩装甲と躯体に見合わぬ大型のバックパック。モニターに機体名が表示された途端、ラプラスは唇を震わせ、頬を赤らめた。
「怜、やっと来てくれた...ずっと待っていたのよ...怜!」
しかしラプラスの顔は、人間に可能な表情をしていなかった。顔の下半分は喜びに満ち溢れているのに、上半分は怒りと殺意で歪んでいる。両目にも電子線が走り、それに同期するかの如く機体の装甲表面にも同じ事が起きた。
「リタがやられている...今は考えるな、私!ハロ!」
レイはモニターの中心の機体より、その付近で別のMSに追い詰められているシナンジュローズオーラに目が行った。ヘイルソーサレスの背中の、バックパックに見せかけたユニットを分離。クローの形を成して黒き魔獣へ突き進ませた。ヘイルソーサレスも回り込みながらシナンジュローズオーラの援護に向かうが、その行く手をデスサイズヘルコープスが阻む。デスサイズヘルコープスから繰り出される斬撃を上手く避け続けるが、レイはある異変に気づく。ベルセルガの振られる方向はすべて、ヘイルソーサレスの武器の動きに合わせられていたのだ。つまり、GNビームサーベルを発振させるよりも早くベルセルガで腕を斬り落とそうと予め予測しながら攻撃する、その繰り返しに近い。こうなってしまっては元々接近戦が不得手なヘイルソーサレスが完全に不利になる。今回装備している武器も、GNハイメガランチャーⅡだった。砲身の長さの限界まで離れない限り有効に攻撃できない上に、砲撃までの時間が数ミリ秒単位でかかってしまう。これでは迎撃として機能しない。
「こいつ、しつこ過ぎる....!一体どうすれば...!?」
「どうもこうも無い...大人しく私のものになって」
「何なのこの声!?」
デスサイズヘルコープスから聞こえる声は、かなり加工を施されているらしく老若男女すべてが混ざり合ったようなものだった。レイは生理的嫌悪感を覚え、戦意すらも削り取られそうになる。
「安心して、私のものになれば怖くなくなる。きっと好きになってくれる。私があなたを、JOKERから開放する」
感情のこもらない調子と、歪な声。レイはいよいよ気が狂ってしまう気がした。デスサイズヘルコープスが振り下ろしたベルセルガを、ヘイルソーサレスは柄から押し上げGNハイメガランチャーⅡの砲口を押し当て最大出力で放った。瞬く間に氷の華が咲き、デスサイズヘルコープスの拘束に成功した。レイはそのままシナンジュローズオーラ付近へ急行する。黒き魔獣"ケルベロス"が地を縦横無尽に駆け回り、シナンジュローズオーラを死角から執拗に攻撃している。リタがかなり疲弊しているのか、機体の動きさえ普段のような機敏さも無くなっていた。
「リリ、離れてッ!!」
レイが声を上げ、GNハイメガランチャーⅡの出力を再び上げた。GNクローでシナンジュローズオーラを強引に掴み離脱させ、もう片方をケルベロスに突撃させた。ケルベロスは思わぬ方向からの攻撃に対処できず、まともに食らいよろめいた。そこへヘイルソーサレスのGNハイメガランチャーⅡの光弾を叩きつけられケルベロスは大きく跳ね飛ばされダウンさせられた。かなりの廃熱量を有しているのか氷結効果は瞬時に消失したものの、威力自体は発揮されていた。
「ふふっ...あはははははは!今の凄かったね!きゃははっははははは!」
何事も無かったかのようにケルベロスは起き上がり、子供のような笑いを挙げながら両手の爪で斬りかかる。ヘイルソーサレスも左腕からGNビームサーベルを発し、攻撃の一つ一つを捌いた。だがケルベロスの攻撃は素早い上に、一撃が徒手空拳とは思えぬほど重い。長時間に渡ってGNサーベルで防いでいては、腕を折られてしまうだろう。
「このままじゃ....!くそぅ!!」
レイは状況の打破を優先することにした。ケルベロスの爪を左肩のGNリフレクタービットで防ぎつつ、胴体へ回し蹴りをぶつけた。レイの想像通り、ケルベロスを転倒させた。だが、恐ろしいのはここからだった。ヘイルソーサレスが僅かに浮き上がりGNハイメガランチャーⅡで再び氷結させようとした矢先、真下から刃が襲い掛かってきた。レイは虚を突かれたものの、何とか反応して機体を後退、回避させた。しかし次々と雪の中から刃が飛び出してヘイルソーサレスの砲撃を妨害する。GNバルカンを撃ちつつ一時的撤退に出るも、それに気づいたラプラスのデスサイズヘルコープスが背後から袈裟斬りを仕掛けた。これには反応が間に合わず、致命傷ではないが創傷をつけられた。ヘイルソーサレスはGNクローでデスサイズヘルコープスのベルセルガを粉砕しようとするが、逆に鉛色の翼から放たれたレーザーで蜂の巣にされてしまう。
「諦めなさい、あなたでは私に勝てない」
「残念だけど、私は諦めの悪さでは誰にも負けない...アンタらは倒すッ!」
デスサイズヘルコープスの顔面を蹴りつけ、サマーソルトの如く上昇しGNハイメガランチャーⅡを向ける。砲口に青い粒子が集中し、砲身周囲に白い冷気が漂い始めた。
「貴様らが...消えろッ!!」
レイが声を荒げながらトリガーを引いた。GNハイメガランチャーⅡ内部で極限まで圧縮された粒子を一度に開放した。大気をも凍りつかせる光の奔流がデスサイズヘルコープスとケルベロスを呑み込み、山が抉られたかのように爆ぜた。これだけの威力を叩き込まれれば、どんな防御力を持ったMSだろうとひとたまりも無い。だがその光の渦はX字の斬撃によっていとも容易く打ち消された。レイは今の光景が信じられず、着弾地点を凝視した。周囲の大地はクレーターと化したが、何と有ろう事かデスサイズヘルコープスもケルベロスも健在だった。
「そんな...ありったけの出力をぶつけたのに...!?」
「あなたを救うために、ここまで強くなった。これであなたを傷つけるものから守れる...だから、私をちゃんと見て」
デスサイズヘルコープスから流れる声は次第に混濁が取り除かれる。レイ、否、怜にとって強く聞き覚えのある声に変わった。デスサイズヘルコープスを操り自分と戦っていたのは、桜庭 史佳だった。だがレイはかつて同じ名前と見た目のダイバーに会ったことがある。他人の空似と思いたかった。しかし、ラプラスはそれをすぐに打ち砕いた。
「第4区画で会った以来ね...怜。ずっと会いたかったわ」