創造戦士ガンプラダイバーズ Side:JOKER 作:JNEXEL
まただ。またこの景色だ。でも今度は少し違う。多分この感じはルミナクェーサーだと思う。コクピットにいる事は間違いない。だけど、レバーを動かしても何も起こらないのは相変わらず。外は何時までも白い霧しかない。
「また、この景色...」
怜はゆめでこの景色を何度も見るようになっていた。何処までも覆い隠すような白い霧のみの世界。だが、その霧も次第に薄くなる。MSと思しき影が見え、怜はそれを凝視する。
「ストライク...ガンダム....?あっちは...ダブルオー....?」
姿を大方はっきり見えてきたが状況は掴めない。半壊した状態で横たわるダブルオーガンダムのそばで、力無く膝をつき天を仰ぎ見る赤と黒のストライクガンダム。よく見てみれば、見たことが無いのに気が付いた。
「アレは確か、エスとか....でも違う。スッキリし過ぎてるもの...」
目の前のストライクは、エスの機体とは色は似通っているが全く異なる印象を受けた。ありとあらゆる無駄を排し、完全とまでは行かずとも洗練されている。そんな感想を持った。怜は何となく他の方に目をやる。すると、霧の中からまた別のMSが現れた。その姿に怜は思わず目を疑った。翼を持つ赤と黒の騎士―JOKERだ。一体なぜここに彼が現れたのか。怜には一切分からなかった。何度か呼びかけるが、一度も返答が無い。唐突にJOKERはブレイヴエッジをソードモードからガンモードに変形させ、ストライクの後頭部に銃口を向け始めた。怜は本能的に危険を感じ取り、介入しようとレバーを何度も倒す。だが何一つとして動く気配が無かった。そして、乾いた音が虚空を駆け抜けた。
「っはぁっ.......?.....夢、か...」
銃声音がした瞬間に怜は目を覚ました。勢いよく起き上がったせいか、夢のせいなのかは判らないが軽い頭痛に襲われた。シャツがピッタリと肌に張り付く感覚がして、怜は生地に触れてみたところ汗で濡れていた。肌も妙にベタついており不快であった。あのような夢を見るようになり一週間が経つ。次第にハッキリと視認できるようになったものの、それに比例するかの如く起きた時の気味悪さが増していくばかり。
「...最悪ね...まぁ、いいや...」
怜は時計の時刻を見て着替えの類を持ち自室を出た。だがここでも異様な光景を目の当たりにした。リビングには何も置かれていなかったのだ。家具も家電も、まるで人が住む前のような有様だった。台所も、母親が使っていた部屋も洗面所も同様、全ての物が撤去されていた。怜が呆然としていると、青い作業着姿の男達が家の中に入って来た。
「あ、やっと出てきた!先輩。自分、あの部屋片付けていいっすか?」
「おう、早くしろよ。今日までに全部処理しなきゃなんねぇんだからな!」
帽子を被った若い方が階段を駆け上がった。怜は一体何が起きているのか分からず、ただ呆然と作業着姿の男達の様子を見ていた。
「お嬢さん、そろそろ出た方がいいですよ。この家はもうお嬢さんのじゃないんだ」
中年そこらの男が怜を家から出そうと手を振る。この様子だと引っ越しと言うには違和感があった。怜は恐る恐る問うた。
「何がどうなってるんですか、これ...」
「何がって...この家売られたんだよ?お母さんから聞かなかったってわけじゃないでしょ?引きこもってりゃ気づかないか...いやそれも変か?あ、おいお嬢さん!?」
怜は話を途中から聞かず、階段を駆け上り自室に入った。
「あ、これから色々処分していくんですけど。必要な物は今すぐまとめてもらっていいですか?」
若い方が家具を解体しようとしていた。怜は何も言わず通学カバンとエナメルバッグに、強引に荷物を詰め込み始めた。高校の制服と教材、そしてガンプラと専用の工具とダイブ用の機材。そのまま脇目も振らず家を飛び出し、何も考えぬまま走る。まさか予告無しに家を売りに出すとは、想像もつかなかった。否、誰しもそのような事は考えるはずの無いことだ。一度祖母に連絡をしようとしたが、日付を見て断念した。既にアイルランドに戻っている頃だったのだ。次に連絡相手として選んだのは、あるケースワーカーを名乗った女性だった。
時は僅かに遡り、レイがダイバーズから現実に戻る直前。メイポールダンスとブルームーンの相互提携が正式に決定し、調整も全て済んだ頃だった。J.E.とタカイワがブルームーンに帰還してきた。
「アウトフレームとSガンダム、着艦したです!」
アヤカがキャプテンに知らせる。
「ン....?と言う事は何か掴んできたか」
キャプテンも帽子を被り直し、レイにメッセージを送ろうとウィンドウを開いた。だが彼女はいつの間にかダイバーズからログアウトしていた。最終調整の会議には参加してもらわねばならなかったが、あの戦いから帰ってきた彼女の様子を聞いていた為、それは強制しなかった。だが今後の方針が決まろうという今、彼女がいなければ成立しない。
「何かブリッジが賑やかですね。ただ今戻りました」
J.E.とタカイワがブリッジに入って来た。
「その様子だと...相当な事らしいな?」
「キャプテン、女の表情から何かを読み取ろうとするのは無粋ですよ?冗談ですけど、掴んで来た話は恐らく非常に重要な物だからしっかり聞いて頂きたいですね」
J.E.がブリッジのメインモニターをタッチし、何かを入力した。ブリッジは一気に緊張感に包まれる。
「あの人は何なんです?」
J.E.を初めて見たエスは、小声でハイラックに聞いた。
「J.E.さんかい?あの人もブルームーンに協力している...記者だね。ROMANESQUEは知ってるだろう?」
ROMANESQUEと聞いて、エスは「あぁ」と納得した。
「確かゲーム雑誌だったような...俺は読んだことないですけど。でもその記者さんがどうして...」
それは流石にハイラックも分からないので肩を竦める。
「ここ最近騎士団と思われる連中の動きが、ほぼ全ての区画で見られているそうです」
J.E.がレーザーポインターを呼び出し、モニターに表示している一覧を指し示した。ほぼ全ての区画サーバーで、騎士団と見られるダイバーたちの動きが観測されていたようだ。ダイバーの所属に"VK"と表記されている事からそれは事実であった。
「ただ現れているなら問題はないでしょうが...こんな事になっていました。通常5から8は、上位ダイバー認定されていないと入れない。ですが...」
対戦履歴の内容が表示される。何と騎士団側プレイヤーの一部に、ランクが足りていないダイバーが存在していた。第5〜第8区画はJ.E.の言うように、ガンプラダイバーズ運営から「上位ダイバー」を認定された者しか利用する事はできない。今の様にランクが足りないプレイヤーが万一侵入すると、運営側から"JOKER"と言うNPC機体が派遣され、当該プレイヤーをアカウントごと排除する。ここでウェルスは手を挙げた。
「国際ネットワークに踏み込んだ事は問題だが...それより、なぜ騎士団連中が他の区画に現れる事が問題視される?」
「ヴォルクール騎士団は、ダイバーズ黎明期から存在するクランなんだけど...当初はダイバー達の手本になる様な感じだった。けど組織トップの交代が起きてから、規約にも法律にも背いた動きが多くなっているの」
J.E.の説明にハイラックが更に付け足す。
「一番最近起きたことと言えば、ステータスを不正操作したアカウントを闇市に流していたとか」
彼の説明に、エルニアは何かに気づいたらしく手をパチンと叩いた。
「あ、それニュースで見た!まぁさか騎士団だったなんてね〜...」
「話は戻すとして。騎士団側から何らかのハックがなされた場合、セキュリティのログになにか引っかかりがあるはずですが、運営に問い合わせても異変無し。だとしたらセキュリティホールを悪用していると考え...全区画とエリアを渡り歩いてマップ解析してみた結果...えっ?ちょっと何よ...」
J.E.がモニターから目を離した瞬間、報告を聞いていた面々が正気を疑うような顔で見つめてきた。それもそのはず。国際ネットワークのみならず一般区画までも隅々まで動くなど、並の行動力では不可能だからだ。恐らくやろうものなら1ヶ月近くかかる所を、彼女は半日で達成した。これは別の意味で異常事態だ。
「全て行ったって...正気か?」
流石のウェルスも引き気味に問う。J.E.は困ったように笑いながらモニタを操作する。
「ええ、全部行ったよ。これが手に入ればそれでよかったから」
モニターには、全区画を擬似的にマップ化したものが表示された。だがこれを見たエスは、違和感を覚えた。
「これ一つ一つが区画だとしたら...17もあるのは変だ...」
全てで8つしかないはずの交流区画が、マップ上では17まで増えていた。後に追加される予定があると言う話も聞いたことはない。
「よく気づいてくれて、ありがとねエス君。その通りで、本来ならあり得ないはずの...」
J.E.がエスにウィンクして再び操作に戻った。その彼女の様子にエスは危うく惹き込まれそうになる。レイにも同じ感覚を抱いたことがあったが、J.E.のような大人の魅力と言う物に抗うのも難しい。
(こんな状況で、おかしいだろ...気を確かに持て、俺!)
「あれ、レイちゃんは?恐らく今から話す事って、今後重要なのに」
J.E.が今更レイの不在に気づき、きょろきょろとブリッジを見渡した。キャプテンが気まずそうに声を漏らす。
「来てないな。流石に今は来てもらわにゃ困るが...」
「僕が呼んできましょうか」
ハイラックが席を立とうとした矢先、ウェルスが驚いたような顔をした。
「本当に大丈夫なんだな?お前まだ...」
「もうこうなったら考えないようにするさ。一々気にするのもらしく無いと思うし...問題ないようにする」
そしてハイラックはウェルスに記録を頼みブリッジを後にした。J.E.がコホン、と場をリセットした。
「それで、この地域が何なのか調べる方が大変だった訳だけど...それは置いとくとして。これはこれで同じサーバー内に置かれた、全く別の区画と考えた方がいいでしょうね。ある情報筋によれば、これらは"SECTOR"と呼ばれているそうよ」
「SECTORって...まんま区画だよね」
エルニアがポツリと感想を漏らす。それを聞いてかウェルスも小さく頷いた。
「それはそう。だけどこのSECTOR、どうも開発者にしか使えない場所らしいのよね。だけどセキュリティに傷をつけずに移動するとした、ここを経由する以外の方法じゃ説明つかない」
J.E.はモニタのウィンドウを操作しながら説明を続けた。
「でもブルームーンにも、メイポールダンスにも開発側の人間はいない。当然よね。セカンドチームにいるって言う何だっけ....あ、ランフォード卿は?」
J.E.は期待するような目でキャプテンを見るが、彼はゆっくりと首を横に振る。
「御曹司はただの出資者だからな...そこまでさせてもらえるかとは期待できんな」
「あれ?でもJOKERって開発が用意したものですよね?だったらワンチャンありそうだけど?」
「おっ...!!エルニアちゃんマジ優秀!その通りで、JOKERならその権限もあるはずだから...だけどアイツが協力してくれるか怪しいんだよねぇ...私なんてのっけから嫌われてしまったし」
J.E.は力無く笑ってみせるが、心苦しかった。
ハイラックはブリッジを離れてレイを探していた。組織の事であれば、自身とは無関係に動いてくれるはずだと考えていた。とは言えレイの居室の付近まで来た瞬間に、足取りが重くなり始めた。やはりまだ、怖いのだ。分かっているはずのこととは言え、再び拒絶されに行くようなものだった。そう思うと躊躇ってしまう。ハイラックは一度深呼吸し、考えるなと胸中で言い聞かせた。その折、居室へ入ろうとするレイを発見した。
「レイ」
思わず昔の様に彼女を呼んだ。レイも一瞬驚いた顔をしたが、すぐに警戒心を顕にした。まるで初めて会った時のようだ。
「何か用なの?」
「J.E.さんが大事な話をしているから、ブリッジに来ないかって...」
「ふーん...どうせ本人から聞くし、いい。それじゃ」
レイはハイラックと話すのを拒むように居室のドアを閉めた。
(時間が解決すると思ったのが愚かだったな....)
ハイラックも何も言わず、この場を去った。
J.E.―神宮寺 英梨はダイバーズから現実に戻った。その直後、携帯電話が着信音を鳴らした。英梨は高岩からだろうと電源を入れるが、かけてきた相手の名前を見てぎょっとした。
「え...!?れ、怜ちゃん...!?どうしたの...!?」
電話越しに聞こえる怜の息遣いは、酷く震えていた。恐らく今の彼女の精神状態では、まともに話せないだろう。英梨は急いで用意を済ませると家を飛び出した。自宅から怜の住む町へは電車で20分程かかる。嗚咽混じりで上手く聞き取れなかったが、怜は駅の前にいるらしい。ケースワーカーだと偽ってしまったのでこうなるのは分かっていたが、まさか現に起きてしまうとは思いもよらず。だが怜を放っておけないのも事実で、英梨の焦りは加速度的に募るばかりであった。
ダイバーズ。騎士団の砦としている古城の一角。ラプラスは半壊したケルベロスを見ていた。だが彼女は作戦の失敗を悔やむ事も、ケルベロスのダイバーの自爆を悲しむわけでも無かった。むしろ邪魔者が消え去ったのを喜ぶかの様に、口許を歪めている。
「戦力なんて私一人で充分...白鳥 奏も消えて、後は美彩を消してしまえば...怜を...ふふっ....ははははは....!」
笑いを上げながらプラスチックケースからカプセル剤を出し、飲み込んだ。効果はすぐに現れ、ラプラスは苦痛に喘ぐが一瞬で治まった。しかし全身を走る電子線が消えるのはかなり遅くなっていた。この薬剤によって拡張された能力故か、その影響が全身に及んでいる証左なのだろうがラプラスには好都合だった。怜を自分だけの物にできるなら、いくら壊れようが関係がないのだ。
「一度アタックを仕掛けたほうがいいかも知れんな...と言うか、そちら三人には申し訳ないな。無理をやらせてしまった」
キャプテンがメインモニタに映るマップに線を書きながらプランを練っていく。普段ならエス達メイポールダンスのメンバーは学生である為、学校に行っているはずの時間に、ダイバーズに来るよう頼んでいた。だがブリッジにいるのはキャプテンとエス、ハイラックのみだった。ウェルスとエルニアについては、別ルートで動いてもらう予定だったので後で呼ぶことになっていた。
「あれはビックリしましたよ...まさか本当にこの時間からやると思ってなかったんで...」
エスにとっては本当に予想していなかった事で、何とも言えぬ顔でモニターを眺めていた。
「だけどアクセスが一番集中しない時間を狙うという意味では、理に適っているんだけどね。だとしたらキャプテン、JOKERからは協力取り付けているんです?」
「あぁ、シローが言うには割とあっさりOKもらったってな。やたら疲れているように見えたとか言ってたが...それはお前も大概か」
キャプテンにはハイラックの顔色が酷く悪く見えた。だがハイラックは、平静さを装い誤魔化そうとする。その姿が余計に痛ましさを与えているとは知らずに。
(やっぱり、あの二人に何かがあったんだ...結局俺はまだ何も知らないままじゃないか...)
ハイラックとレイ。二人の間で何かが起きていることは容易に想像できても、自分には何もできない。その歯がゆさを感じるも、本当に関わるべきなのかも測りかねていた。だがウェルスもエルニアも少なからず事情を知っている様子があった。だとしたらエス自身も知るべき事なのだとも思えてならない。
「取り敢えず近い所から行った方が良さそうですね...今いるのって第7ですし」
エスは今目の前の事に集中しなければと、考えを振り払った。