創造戦士ガンプラダイバーズ Side:JOKER 作:JNEXEL
騎士団の拠点たる古城、その更に奥にある王の間にラプラスは呼び出されていた。かなりのダメージを負っているらしく、補助装置のようなもので何とか動ける状態だった。その上からローブを羽織って王に悟られぬようにしている。
「此度の出撃でアレと出くわしたとな...アレはもう桜庭の人間では無いと言ったはずだが、なぜ斃せてないと確認していながら手を下さなかったとは...」
王は忌々しげな口調でラプラスの報告への所感を告げた。
「私にも解りません。まだどこかで躊躇いがあったのでしょう。ですがご安心を...私はここまでの力を手に入れています...必ずや」
ラプラスは下げていた顔を上げる。すっと王は立ち上がり、彼女の耳元に顔を近づけた。
「お前が我々桜庭の名を継ぐに相応しい、その成果を期待しているぞ、史佳...」
「お父...さん....」
自然と体が熱くなる気がし、ラプラスの声が上擦る。王が立ち去るとローブからケースを出し、残ったカプセル剤を全て飲んだ。薬剤耐性が出ているらしく、今までのような苦痛は無い。むしろ自分の感覚がこれまでになく研ぎ澄まされていくのを感じ、心が静まり返った。
「私は期待されている....この力があればどんな事だって....!!アイツを殺して、殺して...怜を...怜を....!!」
内から沸き起こる歓喜に肩を震わせながら、王の間から地下へ向かう。不埒な道に墜ちた姉を断罪し、破壊者を消し去り、怜と自分だけの世界を作る。ラプラスの目にはもう、それだけしか映っていなかった。奏も美彩も、そのための障害でしかない。もうここまで来れば、彼女らと関わる必要も無い。怜に触れようとする全てを排して自分自身の為だけの彼女を手に入れられるならば、他はどうでも良かった。地下施設に着くと、ミサがレギルスアパテーの前に立っていた。どういう訳か衣服を身に着けておらず、創傷やミミズ腫れが肌にびっしりと刻まれていた。
「ようやくあなたも高みへ辿り着けるようになったわね...成田 美彩」
ラプラスがミサの首に注射器を突き刺し、中の薬液を注入した。ミサの全身を走る電子線が消え、膝から崩れ落ちるようにして倒れた。程なくしてミサは意識を取り戻すが、周囲の光景に目を疑った。挙句自分の体に刻まれた傷を見て気が動転した。
「きゃあああッ!!?こ、これって...嫌だ...嫌だぁああああッ!!」
ラプラスの怜悧な眼差しがミサを更に戦慄させた。逃げようにも足が思うように動かず、ただのたうち回るようにしながら後ずさるしかない。ラプラスはそれを気に留めず、レギルスアパテーを見上げる。
「出来のいいオートマタが出来たと思ったのに、結局こうやって反抗するようになるのね」
「誰なの...あ、あんたは何者なの!?」
髪が真っ白になり、瞳が青く染まった上に虚無に包まれた顔付きをした彼女を見て、ミサはラプラスを史佳なのだと思えなかった。
「現実から逃げるのは別にいいけれど。あなたももう少し大人になったらどうかしら。人の顔ばかり気にして生きているのは辛いでしょう?わざと明るいフリして生きてくなんて、まるで人形みたいって思わない?...私と同じね?」
慄くミサの腕を掴んで立たせると、そのまま連れて別のケージに向かった。黒き魔獣が安置されている場所だったのだが、今ここにあるのは、その数倍はあろうかという極躯に、彫像の如き白い人間の顔がついた悍ましい外見をしたマシンだった。巨大な顔から左右一列に並ぶ顔は、中央のそれに比べると遥かに小さいが、上下逆さについており何か呪詛を吐いているのか口を絶えず動かしている。ミサは更にパニックに陥り、過呼吸を引き起こしその場に座り込んだ。しかしラプラスはそれを許さず、ミサの前髪を引いてその極躯と対面させた。
「バルトアンデルス。レギルスアパテーはコレのコアになるのよ。そしてこれに乗った以上、2度と戻ってくる事は叶わない。でも安心しなさい、あなたの肉体が死ぬ訳はないんだから。ただ、この仮想世界に二度と踏み入れられなくなるでしょうね。そのための棺よ。...こんな所にまで怜につきまとわないで頂戴」
ミサは顔面蒼白になりながらもラプラスを見上げ、悲鳴を上げながら離れようとした。
「嫌だよぅ....うわぁああっ....こんなの嫌だぁ...嫌だぁ...!」
まるで幼子のような言動に、ラプラスは眉を顰めた。こういう時に限って自分を守ろうとするのが気に食わなかった。こういう人間に、怜を救えるはずはないと内心嘲った。
「随分と展開が早いですね。王よ...いや、桜庭 謙」
王が部下から連絡を受けている時、突然回線が切り替わった。声の主はトオルだった。
「貴様...こういう時に何だ!」
「そういう性格は、人の上に立つ者としての求心力を失いますよ?」
後から足音がするので振り向くと、トオルがにこやかな顔をしてダーツを王の右手に放った。ダーツの針は見事に手を貫通し、机に達した。
「ぐっ....!?何のつもりだ...貴様...!!」
「今まで静観していた僕が間違ってました。あなたは僕の計画を私物化しようとしている。そうですね?」
トオルは空中に人差し指で円を描きながら歩き、モニターのボタンを押した。ブルースクリーンだった画面が切り替わり、バルトアンデルスを上から映した映像となった。
「まさかバルトアンデルスをこのタイミングで完成させ、しかもデスサイズヘルコープスとラプラス・ライブラの同調率まであげた。さて...なぜここまで急ぐ必要があるんです?JOKERを潰す為ですか?きっとあなたには、それ以上の価値をJOKER討伐に見出したのでしょうね」
トオルは感情のない目で王を見下ろし、ポケットから黒い端末を抜き出した。
「自分の娘さんを取られたことにいつまで固執しているのか...あなたの様な俗物にここを任せたことが作戦を無駄に勧めてしまった原因だ」
端末を王の鳩尾に突き立てた。たちまち肉体にスパークが走り、電子的な揺らめきに包まれ消失した。
「アカウント削除はJOKERだけじゃない。いや、JOKERも僕も裁定者になってしまったからね。まさかこの世界に切り札が3枚もあるとはね...傑作だよ」
トオルが自身のステータスをウィンドウに表示した。確かにステータスの枠外に"JOKER"と記載されていた。
ウェルスのBLADETと共にレイとエルニアはSECTOR 2から3を経由してSECTOR 5にやって来た。
「ここに何があるの?」
エルニアはキョロキョロと辺りを見渡すが、いつも通りのSECTORの景色だった。
「JOKERの反応があった。しかも急に識別コードをブルームーンから変わっている」
ウェルスの言う通り、かなり先にJOKERの機体反応があった。そして機体の識別コードはブルームーンから"所属無し"に切り替わっていた。レイがプレゼントしたパーツには、識別コードを強制的にブルームーンにする機能がついていた。ジョーカーがそれに気づいて切り替えたのだろうが、レイとしては複雑な心境であった。キャプテンからも仲間と認められたのに、ジョーカー自身はそれを反故にするようなものだった。
「あそこか...」
ウェルスはJOKERを見つけると、BLADETの速度を上げた。
「ねぇレイ...大丈夫?泣きそうになってるけど」
レイの事が気になり、エルニアが声をかけた。
「大丈夫だよ...気にしないでいいから」
レイはそう返すので精一杯だった。ジョーカーに対してようやく信頼出来るようになったと思った矢先に裏切られる。そんな事はあって欲しくなかった。現実で救いの手を差し伸べたのは英梨だが、ダイバーズで導いてくれたのは間違いなくジョーカーだ。その彼の思いに報いなければ、自分の成長を認めてもらえないと考えていた。3機はJOKERの近くに降り立ち、ヘイルソーサレスREが肩に手を置き接触回線を繋いだ。
「ジョーカー...レイだよ。迎えに...」
スピーカーの向こう側から絶えず、小さな声が聞こえた。レイはボリュームを最大にして聞き取ると、ジョーカーが何かを失ったかのような声で繰り返し"消えるべきなのは俺だ"と呟くだけだった。レイは言葉を失い、ただ呆然とそれを聞いていた。
一方、エウクレイデスⅡのブリッジではハイラックとランフォードが会議をしていた。もちろんリタも、騎士団革命勢力の旗頭たるデュークもこの場にいた。
「騎士団の人間という事あって君らからすると敵だろうな...しかしこれは呉越同舟だと思って頂けるとありがたい」
デュークはハイラックに手を差し出した。ハイラックも快く応じ、握手を交わす。
「ですが、このダイバーズの為にこのような判断をなさったのなら、俺としては仲間も同然です」
完全な協力関係の締結を認めると、ランフォードはブリッジのモニターを操作した。
「現状の戦力を出すと、当初予定されていた我が方の有効戦力が60%落ちている。この原因は間違いなく暴走したJOKERによるものでしょう。これではマザー・メタトロンを確保したのに腐れるのは必須です」
「JOKERはν-Typeだけを狙うって話が嘘のようですね」
ハイラックはJOKER暴走からの戦力推移を見つつ、ポツリと漏らした。
「奴の優先順位が変わったのだろうな。もしあそこに記憶があるならば...そう仮定するとヤツの暴走には一応説明がつく」
「記憶ですか?彼は記憶を失っていたのですか?」
JOKERの記憶喪失については、ランフォードは初耳であった。
「奴と戦った時、確かにそう言っていた」
「JOKER様、記憶喪失のままで...でも記憶喪失なら戦い方も分からないはずですわね」
「記憶にも二種類あって、多分操作する方は体が覚えているんですよ」
ランフォードは3人にコーヒーを振る舞いつつ、タブレットで指示を送りながらモニターを切り替えた。
「そこまでの戦力低下は、正直こちらも予測していませんでした。メイポールダンスの皆さんが全力を出したとしても、想定している総戦力には届きません。第一、一人で相手できる数は限られますからね」
メイポールダンスですら届かないと決められ、ハイラックは「気に入らないですね。そういう事をはっきり言うなんて」と苦笑した。
「私はν-Typeには懐疑的な立場ですので。話を戻すと、デューク殿が指揮する部隊の規模を変えなければならないのです。今のままなら、向こうが何かを差し向けてきた時に手を出せなくなりますからね」
「そうだな...いや、そうするより彼らを一纏めにして出した方がいいのではないか?今の連中に練度の高いのは多くないはずだ。そして王の御前と言うことになる。陣形配置はセオリーに従うことだろう。しかしどれも弱い所がある。我々がそれを誘発し、メイポールダンスに突き崩させる。向こうを揺れ動かすのは容易い」
デュークがランフォードから指示棒を借り、マップを指しながら説明する。流石長年騎士団にいるだけあって、弱点に関しても熟知していた。そして同じ組織と敵対する事となったとしても容赦しないやり方を選ぶ。ハイラックは自然とデュークを"本物の戦士"なのだと思い始めた。エスもブリッジに入ってきた。
「頭痛は大丈夫なのかい?」
ハイラックが隣に椅子を置き、エスに座らせた。
「ログアウトして休んだら治りましたよ...てかハイラックさん、何でゼクス・マーキスがここに...」
デュークの出で立ちがゼクス・マーキスその物だったのにエスは面食らい、ハイラックにこっそりと聞いた。ハイラックからするとデュークの立ち居振る舞いや考え方からして、板に合いすぎていたので自然と気にしなくなったが、やはりどう見ても彼はゼクス・マーキスであった。
「それは後で話そうか。そう言えば、タキオンストライカーはどうなってる?」
「ようやく慣れてきましたよ。グラハムさんが特訓つけてくれましたけど、ブレイヴのマニューバに追いつけるくらいには動かせますよ」
エスは満足気に拳を握ったり開いたりした。
「そう言えば...ハイラックさん、ちょっといいですか?」
エスがブリッジを出ようとするので、ハイラックはランフォードに一言断りを入れてついて行った。
「どうしたんだ?」
「ここに戻って来たとき、J.E.さんと会ったんです。その時、"レイちゃんのお父さんに会った事がある"って言ってました」
エスの告げた内容にハイラックは一瞬言葉を詰まらせ、一呼吸置いて口を開いた。
「それで、何か重要そうな事は?」
「いや...言うべきかどうか聞かれたので、レイさんが落ち着いて大丈夫そうな時ならって。そんな事はいいんですよ」
「良くはない...けど何だ?」
「レイさん、J.E.さんが聞いた話だと「別方向に進化したν-Typeだ」とか。別方向とかそんなのあるんですか?」
別方向に進化したν-Type。かつての実験の前からレイは物を凍らせる能力を持っていた。実験の後から、それが強くなり続けていると言う話はレイ本人から聞いていたのだが、ν-Typeにはそもそも彼女のようなファンタジックな固有能力持つ事は本来あり得ない。例外はあるかも知れないが、ハイラックが認知するようなレベルではない。そうなると、レイの能力にもある意味納得がいく。
「ν-Typeにはまだ分からない事があるからね...俺にも何とも言えない。だけどその可能性があるなら彼女の能力にも一応の納得は出来る。決して"壊れて"なんかいなかったんだな...」
レイが自分自身の能力を"壊れている"と評しているのを聞いた時は、その言葉の重さに長く苦しめられていた。彼女にも間違いなく、その概念はつきまとい続けている。そこからようやく解放できるのだと思うと、この話はハイラックにとって有り難いものだった。
(だったら門松教授は何故早く怜に会おうとしないんだ...?)
「J.E.さん!どこへ行く気なんですか!」
エスが突然声を上げて走り出す。疲労で休養させられていたはずのJ.E.がデッキへ向かおうとしていた。
「絢斗が戻って来た...行かなきゃ...謝らなきゃ...!」
「何言ってんですか!そんな体じゃ!ログアウトしてでも休んでください!」
エスに押し戻され、J.E.は壁にもたれかかりながらウィンドウを操作してログアウトした。
「JOKERが戻って来たのか...行こうか」
ハイラックはデッキに向かい、様子を見た。ヘイルソーサレスREとBLADETに支えられ、JOKERが着艦した。その後に周囲を警戒していたフルーティストウイングが着艦する。
「皆、ご苦労だった!すぐに降りてくれ!格納はケイトさん達に任せていい!」
ハイラックが4機に通信を送る。レイとウェルス、エルニアが機体から降りるがジョーカーの姿はなかった。
「ハイラック!エス!悪いが手伝ってくれ!」
ウェルスが珍しく声を上げるので、ハイラックとエスは急いで現場に駆けつけた。JOKERのコクピットハッチはヘイルソーサレスがこじ開けたそうだが、ジョーカーは放心状態のままコクピットから降りようとしない。男衆3人が一気に引きずり降ろして事なきを得るが、豹変したJOKERの様子に一同は何も言い出せなくなった。
「休めるわけ...無いでしょ...」
英梨はエスに押し切られるまま現実世界に戻ってきた。身体が汗だくになっていたので、シャワーを浴びて着替えると家を出た。彼女が向かった先は大学病院だった。受付を済ませると、真っ直ぐある病室へ歩いた。表札には"葛城 絢斗様"と書かれている。ドアを開けると、スーツ姿の男が絢斗をじっと見ていた。ややボサボサの髪に草臥れた雰囲気は英梨もよく知っていた。
「門松教授...」
「君は確か桜庭君だったか。学科も何もかも違うから葛城君経由でしか知らなかったよ」
門松は英梨に目をやると、心電図モニターを向けた。
「心拍も脳波も健常な状態で寝ているときとほぼ変わらず、だ。医師は相変わらず不気味がってるし、実質植物人間だからその選択を君にするとか言ってたよ。葛城君が戻って来るって信じているのは君くらいだから、医者は困り果ててた」
「病院にとって迷惑なのは百も承知です。でも、絢斗は戻って来れる...絶対に戻って来ます」
英梨は絢斗の右手にそっと触れた。やはり冷たかった。門松は足を組み直し、カバンからUSBメモリを出した。
「これは君に託した方がいいかも知れない。色々詰め込んだし、役には立つだろう。まさかウチの娘が葛城君救済の鍵になるとは思っても見なかった」
「門松教授...娘さんがいらしたんですか?」
「もう会えなくしてしまったよ。君も多分彼女から聞いたと思う。彼女とハイラック君を引き裂いてしまった実験をやったのは、俺だ。セルケト・ニヒトって名前でやってた」
「怜ちゃんが....!?その実験の事なら、仕事でも調べた事があります...教授が怜ちゃんのお父さんなら、なんであんな事を?」
「最初は全く知らなかったんだ。何せ俺が怜と触れ合ったのは生まれて間もない頃が...最初で最後だったからね。そんで会社の奴...徹=アルマーニュが"あの女の子があなたの娘さんです"なんて抜かした。調べてみりゃ本当だった。向こうが怜の事を知ってんのは、間違いなく何かに利用するためだった。俺は残り滓しか無かったような親心でその実験を始めた。自分の研究する分野と重ねてしまえば、彼らからして俺はサイコ野郎で済む。それで良かったんだ...ダイバーズから怜を遠ざけて利用されないようにな」
「...もう一つ。絢斗を救うのに怜ちゃんが鍵になるってどういう事ですか」
英梨は実験の事も全て聞きたかったが、今の自分の精神状態では無理だと判断した。
「レイは...ν-Typeへ進化する過程で能力に変異を起こした存在。俺はこれをEvolve.ν-Typeと呼んでいる。能力が壊れたんじゃなく、進化の過程で全く違うものに組み替えられた存在だ」
「Evolve.ν-Type....」
「そいつの特徴は確認されているだけで3つ。1つは氷結能力見たいな、"現実でも何でも物理的に不可能な現象を起こす能力を持つ"。もう一つは、"相手の能力を抑制する"。そして最後に条件は定かではないが"相手の心を読む"。この3つだ」