創造戦士ガンプラダイバーズ Side:JOKER 作:JNEXEL
英梨は事件終息の翌日、絢斗のいる病院を訪れた。恐らく医者は大慌てでリハビリの予定を組み始めているのだろう、珍しく看護師の出入りがあった。道中で買ったメロンバスケットを手に病室に入った。
「絢斗〜...入っちゃうよ?」
「どうぞご勝手に」
「ちょっと、そーゆー言い方ないでしょ?これお見舞い!後で切ってあげる」
メロンバスケットを目にした絢斗は、「マジかよ」と笑った。正直自分がこのような状況に遭遇するとは思っても見ない事だった。英梨も微笑みながら絢斗の手を握った。
「お帰り、絢斗」
「俺が閉じ込められて....身体は2年近く放置して.....よく腐らずに残ったもんだな。まだロクに動かせねぇけど」
「割と病院の人に迷惑かけてっからね。でも私絢斗がいないと何もできないから」
「嘘ばっか言いやがって.....ジャーナリストになってんじゃねぇか、抜かされた気分だ」
絢斗が英梨の胸を指で小突き、仕返しに彼女から頭をぽんと叩かれた。
「そういう事はしないの!ここ病院よ?」
「そうかい」
英梨がメロンを皿の上に置き、4等分に切り分け絢斗のもとへ運んだ。果肉がオレンジ色をしていた。
「手も動かせない?」
「見ての通りさ。顔と指だけは動かせる。リハビリだけで1年取られそうだな」
「じゃあこんな事も出来るね!私やってみたかったんだぁ〜!絢斗全然やらせてくれないんだもの!」
英梨はスプーンで果肉を掬うと、絢斗の口へ運び食べさせた。絢斗には英梨がなぜここまで嬉しそうなのか分からず複雑な心境だったが、自分自身の心境の変化故か、悪く思わなかった。
「それやられると食い辛くないか?今の俺の状況楽しんでんじゃ...ないよな」
「そんなわけ無いでしょ。久々に彼女っぽいことしたなぁって」
「やっぱお前年上には見えねぇな...」
「残念ながら今の私に言ったところで褒め言葉にしかなりませーん」
ダイバーズに閉じ込められてから、既に2年近くの月日が経っていた。自分と同じように、英梨も歳を重ねるのは当然である。とは言え彼女の笑顔は屈託がなく、むしろ子供っぽさえ感じさせるのはそのままのようだ。そこに絢斗は安心していた。人は変わり続けるものだが、根となる部分が不変であるのは誰であっても安心できる。
「ありがとよ、英梨。お前のおかげでまだ生きられそうだ」
そう言われた瞬間、英梨は面食らい目を丸くするが、何かがおかしいのか吹き出した。絢斗はそんな彼女を見て「やっぱ言うんじゃなかったわ」と、不満げな顔をした。英梨は笑いながら絢斗の頭を撫で、唇を重ねた。
「退院して仕事も決まったら、旅行連れて行ってよね、絢斗!それじゃ、絢斗。また来週も来るから!」
英梨がテキパキと片付けを済ませ、病室を出ていく。絢斗はそれを見送ると、また目覚めた時のように天井を眺めた。
「俺はもう二度とあそこへは行かない....それが一番だってのに、何でこうも忘れられねえんだろうな、英梨.......本当、馬鹿馬鹿しくなるわ」
彼女に騎士団へ招かれバルトアンデルスを知ってしまってから、絢斗は記憶も肉体も奪われJOKERとして全ての敵に回る役割を背負わされた。ν-Typeと呼ばれるダイバー達を次々と屠殺しながら、何物か分からない罪を清算し続けた。彼らはアカウントを消されただけで、本当に死んだわけではないが、その痛みは倍になって絢斗の心を締め付けた。それは今も薄らぎつつあるが、実質それほど変わらず続いている。そして、"青き月"と"壊れ物"の少女に出会った事で運命が変わった。ただただ破壊するだけの存在が、自我を蘇らせ人間に、英梨の傍に戻ろうとする。こんな奇跡が他にあっただろうか。ふと視線を移すと、病室のドアが半分開いたままだった。
「閉めたの確認しろよ...ったく」
絢斗は指を布団に這わせてPHSを取ると、看護師を呼び出そうとした。その矢先、足音が外から聞こえた。看護師だろうと思いPHSのボタンから指を離したが、現れたのはハイラック・Jこと前田 拓だった。白い襟付きシャツの下に紺色のTシャツ、グレーのジーパンと言った出で立ちをしている。
「こうして会うのは初めてですね。葛城さん」
「英梨から聞いたんだろ、どうせ。アイツ絡みだとそれしか有り得ねえ....つーか何で来た?」
「特に重い話題でもないですよ。皆で食事でもどうかと思いまして」
にこやかに話す拓に、絢斗はやや冷たい視線を送った。
「嘘つけ。お前そんなつもりで来たんじゃないだろ」
「やはり、隠し事はできませんか....」
拓は少し間を置き、口を開いた。彼の話は絢斗にも何となく想像がついていた。
絢斗の見舞いが終わり、次に英梨が向かったのは駅だった。都心の駅という事もありかなりの広さを持っているが、英梨がここを利用するのは新幹線で母の住む家に向かうためだった。予めコインロッカーに入れていたキャリーバッグを出し、改札を抜けてホームに入った。列車の到着までしばらく時間があるので、英梨は母に電話をかけた。
「あ、お母さん?英梨でーす。もうすぐ新幹線乗ってそっち行くんだけど、後で予定入れたりしてる?」
「今日は特になにもないけれど....去年みたいにどこか美味しいもの食べに行きましょうかねぇ」
「そうね、行こっか!今回ばかりは私がご馳走するよ、お母さんには育ててもらったお礼したいし....本当に凄く今更なんだけどね?」
久々の母との話が弾み、あっという間に定刻が近づいてきた。英梨はまたねと電話を切り、列車の乗車位置まで歩いた。程なくして列車が到着し、急いで席を確保してキャリーバッグを窓の近くに置いた。この列車は席と席の間が広く取られているおかげで、キャリーバッグ程度なら簡単に収まるようになっている。キャペリンハットを脱いでキャリーバッグに引っ掛けておき、携帯電話のスリープを解除してメッセージアプリを起動した。迷わず宛先に選んだのは怜だった。史佳は実の妹だが、怜の事もその様に見ていた。
(一度教えるとこの娘、本当にやっちゃうから可愛いよね......私怜ちゃん推せるかも!?)
少し前に、怜から彼氏である拓との距離を縮めたいと相談を持ちかけられた事があった。それを受けて英梨は"恋愛指南"と称した、アプローチの提案をした所、拓本人から命乞いめいたメッセージが届くような事になってしまった。英梨はギャップの強さを実感したので、更にそれを加速させようと目論んでいる。
東京から福井まで、4時間ほどの列車の旅を経てようやく母の住む家に到着した。秋にも突入しようとしている時期と言う事もあり、かなり快適な気候で英梨は心地良さを感じた。玄関前の庭は今も昔も変わらず手入れが行き届いており、季節の花々が可憐に咲いていた。英梨がじっと花を見ていると、庭の奥から母がやって来て声を掛けた。
「あら、今来たのね?久しぶり、随分綺麗になったわねぇ」
「ただいま、お母さん。まだまだ恋は終わらないからね〜...もっと変わるかもね?」
英梨の母も60代後半なのだが、その割に若々しさを保っている。家に上がり靴を脱ぐと、真っ先にリビングに向かった。母は一人で暮らしているのだが、それにしては広々としていた。どうやら週末は近所の友人達を招いて、よくパーティーを開いているらしい。両親共に名家の出身となると、こう言った生活になるのはごく自然なことのようだ。その後は積もる話もしながら、食事等にも行き帰宅した頃には23時を回っていた。
「お母さんホント現役って感じだよね.....テニスの腕全然落ちてないし」
「近所でテニスやってる人たちがいてね、その中に混ぜてもらってるの。でも英梨だって技の冴えはいいじゃない?」
「高校入る前にやめたのに、体が覚えちゃって」
お茶を飲みながらゆったりとした時間を過ごすが、電話の応対をしてきた母の様子が妙であった。英梨は何事かと問うたが、母は若干躊躇い気味な顔で椅子に座った。
「警察の人から電話があったけど、これから家に来るそうよ」
「警察....?何で!?」
「私達に...史佳の消息について伝えたい事があるって言っていたわ」
JOKER事件の終息直後、英梨は史佳に何度か連絡を試みた。しかし音信不通でそれ以降も何の音沙汰もなかった。警察に相談した所捜索願の提出を促されたので、英梨はすぐに用意して史佳の捜索を依頼していたのだ。怜から聞いた話だと、事件中の何処かの日で高校を退学していたらしい。30分ほどしてインターホンがなり、英梨が応対しようとドアを開けた。スーツ姿の男が何人かで玄関前に立っていた。一番前に立つ男が警察手帳を見せた。
「福井警察署の、横山です。桜庭....今は神宮寺 英梨さんというお名前で間違いないですね?」
「はい。あの、話というのは妹の事でしょうか?」
「そう言えば捜索願を出されていましたね?それなら話は早いです。ここで話すにしてもかなりの覚悟が必要になります。よろしければ署までご同行願えますか」
英梨は少し準備すると言って、カバンを持って横山らと共にパトカーに乗って警察署へ向かった。到着すると、横山に案内されたのは霊安室であった。英梨は震える瞳で横山を見るが、彼は苦しげな表情でゆっくり頷いた。ドアが開かれると、中央のベッドに横たわる遺体が目に飛び込んてきた。担当医の一人が遺体の顔にかけられた布を外した。英梨はその顔を見て震えが止まらなくなり、とうとう泣き崩れた。
「心中お察しします....」
「史佳.....史佳!何で....どうしたって言うのよ...!!」
冷たくなった史佳の頬に触れる英梨。横山はしばらく二人だけにして、10分程してまた霊安室に戻ってきた。
「史佳さんは石川との県境にある山中にて発見されました。遺体の損傷から自殺ではなく他殺と推定しましたが、史佳さんの御遺体から男性の体液が検出されました.....暴行を受けた末での殺害だと」
「私も、それ以上は言わずとも分かります....!史佳ぁ...どうして勝手にいなくなるの....!?何で......何で....!」
「現在犯人についても捜査が続けられています。つきましては....」
横山が言わんとしている事は、英梨には分かっていた。史佳の詳しい死因や遺体内部に、犯行時の痕跡が残っているのかを調査するのである。つまり、司法解剖だ。英梨はハンカチで涙を拭いながら立ち上がる。
「お願いします。史佳が安心して眠れるように.....」
大学の入学から2ヶ月が経とうとしていた。怜が家で色彩に関する勉強をしている時、突然インターホンが鳴った。画面には英梨が映っていた。彼女が来る事など聞いていなかったので、怜は慌ててソファーの上のぬいぐるみやデザインの参考書を片付けて玄関に向かった。
「英梨さん?来るなら連絡してよ...」
怜が困惑気味に言うので、英梨は力なく笑い手を合わせた。
「ごめんね?ちょっと、怜ちゃんに大事な用があって」
「いいけど...何?用事って」
テーブルを挟んで向かい合わせに座ると、英梨はトートバッグから黒い筒状のケースを取り出した。怜はしばしそれをきょとんとした顔で眺めた。
「これは?」
「開けていいよ、怜ちゃん。これは怜ちゃんに持っていて欲しいものだから」
英梨がやや重たいトーンで話し、怜は釈然としない表情を浮かべながらケースを開けた。黒いアンダーリムの眼鏡が出てきた。しばらく色んな角度から見ていると、つるのヒンジの近くに見覚えのある"S.F"の刻印がなされていた。怜はぎょっとして英梨を恐る恐る見た。
「これ、もしかして......」
英梨は怜の問いにゆっくり頷いた。怜はじっと眼鏡を見つめ、何も言い出せないまま押し黙った。
「最後に連絡したのがかなり前だったけど、あの娘、本当に怜ちゃんの事好きだったみたいだから....これは怜ちゃんが持っていた方が、史佳も喜ぶと思う...気がする」
怜は泣きそうになりながらも、眼鏡を大事そうに握りしめ微笑んだ。
「ありがとう、英梨さん.....一生肌身離さないで大事にする....」
自然と英梨も表情が明るくなり、怜にその眼鏡をかけてやると手鏡で見せた。思った以上に似合っており、怜も英梨も驚いた。
「私さ...ゲームと違って視力全然良くないけど....度が合ってるんだよね。視力まで史佳と同じだったなんてさ...」
「多分もうあの娘には合ってなさそうな気がするけどね?でもそういう偶然って運命感じない?」
英梨は徐ろにカメラを出し、怜にレンズを向けた。怜も少しびっくりしたような顔をしたが、ピースサインをして見せた。その後で携帯電話も出し、英梨が後ろから抱きつく形でツーショットまで撮り始めた。
「ありがとうね、怜ちゃん。また今度、どこか遊び行こ?」
「うん....て言うか、英梨さん.....絢斗はどうするの?」
「ウチの会社に入ってから、なぜーか滅茶苦茶忙しくなってる。やっぱり絢斗の写真は凄いから人気も出ちゃうんだなぁ....こればかりは敵わないかな、あはは.....!それじゃあね、怜ちゃん」
怜は英梨を見送ると、鏡で再び眼鏡をかけた自分の姿を眺めた。生まれて初めてかけたこともあってか、やはり慣れないと感じた。しかしそれも時が経つにつれて馴染んでくるものだ。怜はそう思って洗面所を出ると、英梨から譲ってもらったデスクトップマシンを起動した。机の引き出しから出したのは、彼女にも見慣れぬガンプラであった。サザビーのような特徴を併せ持つガンダム、"ムーンガンダム"をベースとしているが、それ以外は全く分からなかった。怜の大学入学の当日に何者からか届いたものである。怜にはもう一つやるべき事があった。それは、この機体の正体を知る事だった。
レイが目を覚ましたのはブルームーンの艦長室だった。ブルームーンのキャプテンを継いでから、彼女の居室はここになっていた。ダイバーズでの姿でもラプラスの眼鏡をかけており、ハイラックから贈られたヘアピンも相変わらず身につけていた。専用のスーツもデザインを変えて、腰と背中の露出を抑えめにしつつガンダムEXAのGダイバー制服に近い意匠を加えている。その上からキャプテンの証である青いコートを羽織れば、さながら軍服のようにも見えた。
「....よし」
艦長室から真っ直ぐブリッジに入り、シートに座った。アヤカはややウトウトしていたようだが、レイの足音で目を覚ました。
「アヤカ」
レイがアヤカの肩に手を置き、空いた方で髪を撫でた。
「夢にもレイさんが出て来て、今もこうして話せて幸せです!あ、そろそろ出港ですか?」
アヤカが目を輝かせてレイを見つめる。レイも「そうだよ」と頷き、シートについた。
「やぁ、レイ。スーツまで変えたのか?似合ってるよ!」
「アンタに褒められてもそんなに嬉しくないかな....」
シローが半ばショックそうな顔をするのでレイは思わず笑いそうになった。だが彼らもブルームーンの先頭に立つ存在だ。すぐに意識を切り替えて、全艦に通達を発した。
「レイ・ブルームーンより通達します!本艦はこれより出港します!各員衝撃に備え!アヤカ、始動よろしく」
「了解です!目的地も設定完了、これより発進します!」
ブルームーンが海面から浮き上がり、虹色に煌めく光の翼を伸ばして天へと羽ばたいた。レイがキャプテンに就任してすぐに、本隊用の艦を自前で用意していた。メガファウナを青く塗装したものをベースに、月を象った装飾を施したものだ。ブリッジの後ろには小型化したビームマストがそびえ立っており、ブルームーンの紋章が浮かび上がった。レイはシートから立ち上がり、眼前に広がる空を見据えた。
「行こう、明日へ」
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