上々ではあったかな、と、携帯電話を片手に独り言ちる。
匕首会における平良木真奈美のお披露目。外部の人間……姉の息のかかった者を呼ばず、学生の入会者のみで行われたこのパーティで、その誰もが平良木真奈美の魅力に取り憑かれたのだろうことが見て取れた。
"誰かに紹介したい程"、"知り合いに布教したい程"を通り越し、"自分だけで独占したい"……そう思わせる事が目的。まるで男装の麗人か騎士を思わせるような身振りで手甲へのキスをした者も多く見て取れ、その誰もが恍惚の表情を見せていた。
姉は厄介だ。姉に見つかったら、外堀を固められて横取りされる。されるし、酷い未来がありありと見える。
だからこそ、今地盤を固める必要がある。
本来であればここで繋がりを強固にし、上下関係を叩き込み、卒業後に囲いとなるメンバーを選定、昇格させる、という流れを辿る必要があったけれど、事情が変わった。
ここで真奈美を守るための、
「シュカちゃん、ただいま~」
「ん。ちゃんと見送ってきた?」
「もちもち! ま、何度か
「一応リストアップしといて、そいつら」
「もうしてあるんだなぁこれが!」
「珍しい。穂村の気が利くなんて、明日は槍と斧が降るかも」
「ひどっ」
匕首会は未だ一枚岩でなく、それは学生である自分たちも同じ。
両親への忠誠の高い者は早めに教育する必要がある。こんな、パーティが終わってすぐにちょっかいをかけようとしてくるような奴には、特に。
そのためにこうして真奈美の見送り兼護衛として穂村をつけたのだ。腕っぷしに特段秀でているわけではないけれど、いつもアタシの傍にいて、連絡役を担っている、という事実は非常に大きな影響力を持つ。
穂村の眼前で行われた行為の全てがアタシに行くのだ。当然、気を付けもする。
「でも、良かったの?」
「何が」
「別に今日も泊めたら良かったのにー、って。一城のトコにわざわざ戻す必要あったかな。奪い返されちゃわない?」
「そりゃ大丈夫。今一城の奴は家の手伝いで休んでるから、あの部屋には誰もいないよ。ああ、アイツ……市井。アレはいるかもしれないけど」
「ふーん」
「で、帰した理由だけど、そろそろマズかったからかな」
「……あ、シュカちゃんもなんだ」
「無理でしょ。これ以上、理性を保つの」
かなり、限界だった。
ナミの芳香は鼻を通り越し、脳天を突く。一息吸うだけでクラクラして、食べたくて、舐めたくて、抱きしめたくて仕方が無くなる。
そんな子と一緒に寝て、そんな子を膝の上に置いて、マトモでいられるはずがない。
もし今日も彼女と一緒のベッドで眠ったら、あの細い首に噛みついてしまう可能性さえあった。人狼にでもなった気分だ。それほど、彼女の香りは愛おしい。
「思い出すだけで涎出てくるもんね」
「ああ、ある意味尊敬するよ、一城のコト。アレを日常的に嗅いで手を出さずにいられるのは、驚異的な精神力だ。流石、ではあるのかもね」
「うわ、想像しただけでキッツい……」
匕首会と一城グループ。方や裏の、方や表の巨頭派閥だけど、両者の諍いの歴史は長い。
次代同士、負けていられないという気持ちがある半面で、ナミを守るためなら手を取り合う事も吝かではないかな、と思う自分もいた。長い長い歴史とやらは結局先祖両親の作り上げたもので、自分には関係がないのだから。
「あ、今日あのベッドアタシが使うから」
「えー! ずるいずるい!」
「何言ってんのよ。当然でしょ、アタシのベッドなんだから」
「じゃあ枕だけ! 枕だけ貸してよ!」
「はいはい」
穂村を適当にあしらって、再度携帯電話に目を落とす。
立ち上がっているメッセージアプリが受信するは、了解の二文字。
これが吉と出るか凶と出るかは──。
「あの、今帰りました……」
「ん、お帰り。何もされなかったようで何よりだよ。精神的な疲労は大きいようだけどね。ああ、大丈夫。心配はしたけど、君なら大丈夫かもしれないという信頼もあったんだ。
さ、お湯は張っておいたよ。今さっき沸いたばかりだから、入ってしまうと良い。服の洗濯も済ませてある。君のクラスの時間割も確認済みだから、体育着も入れておいたよ。お風呂から出たら冷たいレモネードを入れてあげるから、それで一息つくと良い。
気にしなくていいんだ、君はね。これは私達一城グループとしての贖罪でもあり、私自身の謝罪でもある。奈央が反省して帰ってくるまで、君はこの部屋で快適を尽くしてほしい」
「あ、うん……えっ?」
夕方から夜にかけてのたった数時間ではあるが、非常に濃くて、新鮮で……疲れる数時間だった。
秋華ちゃん主催のそのパーティで、自分の自己紹介のためだけのパーティ。疲れないはずもない。重圧が、重圧がっ!
とはいえそこまで大きな粗相をすることもなくパーティは終了し、友達、と呼んでいいのかわからないけれど、知り合いは増えたように思う。
ただその、あの、あんなに大勢だとその、顔と名前が一致しない人がいるといいますか!
「ふぅ……」
流されるままにお風呂に入って一息を吐く。
ホント、何者なんだろう悟香ちゃん。俺が帰ってくる時間なんて知らせてないのに、ほぼ直前くらいで沸き終わるように設定していたみたいだし……。他の事もなんか至れり尽くせりだし。
でも奈央がお嬢様だっていうのは痛感させられたかもしれない。普段、俺に目線を合わせて接してくれているから忘れかけていたけど、彼女は俺なんかじゃ足元も見る事の出来ないようなお嬢様なんだ。いや、ここにいるみんながそうなんだけど。
ちゃぷ、と湯船から腕を出し、手の甲を眺める。
今日だけで一体幾人のキスを受けたんだろう、という場所だ。
パーティーの参加者は、お嬢様お嬢様している娘だけじゃなかった。なんだろう、男装の麗人、みたいな。演劇部の王子様役! みたいな子も思ったよりいて、そういう子が優雅に、そして当たり前のように俺の手甲へキスを落としてくるものだから、動揺が隠せなかったよね。
俺は男として女の子が好きで、野郎にはこれっぽちも興味ないんだけど、その、ああいうのは良いな、って思ってしまった。カッコイイ女の子。良き。
「懐かしいなぁ」
ふとソレを思い出して、呟く。
小学校の頃にも、ああいう子が幾人かいた。今日の子達に比べたら"かっこつけ"レベルのソレだったけど、まるで俺をお姫様のように扱って、自分を騎士だのなんだのと自称する女の子達のグループ。とはいえ俺だって負けちゃいないし、この対人恐怖症を発症する前はバリバリのヤンチャっ子だったから、まぁ、その、うん。
懐かしい話だ。みんな、今どうしてるんだろ。
「……会いたいなぁ」
久しぶりに、会いたくなった。
今日の心労がマックスだったからこその弱音だろう。寮制の学校に入ると決まった時点で、長期休暇でもなければ家に帰る事も友達と会う事も出来ない、なんてわかりきっていたはずだ。
お婆さんにここへ入学したいと宣言した時から、ずっと。
それでもそう思ってしまうのは、やっぱり。
「奈央……」
彼女が傍に、いないからなのだろう。
「あの、出ました……」
「うん。わかっているよ。ただ湯は抜いておいてくれると助かったかな。ああいや、私は入っていないけれど、シャワーで十分なんだ。いや、うん。折角溜めたのだから入った方が良いという君の主張はよく理解できるし、私も日々の節制は大事だと思うよ。けど入る事の出来ない事情があってね。ああ、月モノではない。だから心配しなくていいよ。ただ今日は湯船に浸かりたい気分ではないだけなんだ。あとあんまり近寄らないでくれると……ああ! 決してそういう意味じゃない。違うぞ、君が嫌いとか、そういう事じゃない。ぬ、う、ぬぬ、ぬ」
「だ、大丈夫ですか?」
うぬぬと呻く悟香ちゃんに一歩近づくと、彼女はキャスター付きの椅子ごと一歩分下がる。もう一歩。もう一歩。
……これが嫌われてなくてなんだというのか。思い起こすは指フェチの件。
正直、相手のフェチが分かったからと言って、ほれほれ、舐めてみろ、みたいな押し付けは良くないにも程があったなぁと反省している次第である。俺も女の子は好きだけど、どんな女の子でも良いってわけじゃ……いや、良いな。
ああでも、誰にでも身体を許すかと問われたら……うん、その人に寄る、とは言えるだろう。基本ウェルカムだけど。
だから悟香ちゃんも、そうなんだろうって。
「ぐ、り、理性が……っ」
「あの……」
「ああっ、そ、そうだ。君の、そう、君がそんなに恋しく思っているのなら、こちらとしても君を苦しめたいわけではないから、奈央の謹慎を短くする事も出来る、という事をだね」
「本当ですか!?」
「……嬉しそうな顔をするものだ。先ほども聞こえていたけどね、そんなに会いたいか、奈央に」
「え、あ」
カーッと頬が紅潮する。聞かれていたらしい。
会いたいと呟いた時に浮かべていた人物は別だけど、奈央に会いたいのは大前提にそうだ。俺には彼女を受け止める責務がある。そもそも謹慎処分自体が間違っていると思うし、早められるのならそれに越した事は無い。
「君の……君のその、献身性は、どこから来たんだ? 君の過去にそういう事があったのか?」
「献身、性……?」
「本気でわかっていないらしい。君は……ちぐはぐだな。知能や観点における部分では同年代を抜きん出ているが、自己分析はそこいらの幼稚園児よりも下手だ。いや、言葉を違えたかな。下手というより、おかしい、というべきか。何か、何か私達では想像もできない大前提の先入観……フィルターがあって、それに通す事で事実の全てが捻じ曲がって見えている」
「……──」
言葉を飲むことに成功した。
いやまぁ、それはそうだ。俺は彼女らを中学生だと思っているし、可愛い女の子だと思っているし……何より、自分が大人で、男だと思っている。
透けてしまったのかな、と。確かに、俺が「受け止めてあげなきゃいけない」なんていうのは、余りにも烏滸がましいのかもしれない。知識だけはいっちょ前な俺なんかより、この歳でこれだけの物事を理解している悟香ちゃんや、その身に、その名に伸し掛かる重圧に平然と耐えている奈央の方がよっぽど立派だ。
反省しなければいけない。俺は無意識に、彼女らを下に見ていたのかもしれない。
「悟香ちゃん」
「ん、なんだい……驚いたな、雰囲気が変わった。君、今とんでもない自己分析をして……自己暗示の領域まで行ったか? いいかい、君の考えている事はすべて勘違いだ。んっ、な、なんだ、どうしてまた近づいてくるんだ!」
「ごめんなさい」
「ごめ──んん?」
「多分、私は、悟香ちゃんの事を"ストレスを溜めてしまいがちな幼い子"だと思ってた。それはとても失礼で、それはとても酷い事で、だから、ごめんなさい」
「んん? いや、その謝罪は正当かもしれないが、妥当ではないな? 君が反省すべきは"他者への観点"ではなく"自身への観点"だ。君は、もっと、そう──自身に魅力があるという事を、」
「その、今更で、本当に……ごめんなさいなんだけど、私と、ともっ、と、友達に、なってはくれま……せんか?」
まずは同じ目線に立たなければいけない。秋華ちゃんと穂村ちゃんから習った事だ。
友達になって、名前で呼び合って、そうすれば仲良くなれる。保護者みたいな目線をやめよう。俺は一中学生として、彼女らの学友でありたい。
悟香ちゃんとも、奈央とも。
「──まるで告白じゃないか」
「え?」
「ああいや、なんでもない。それで、なんだったか。友達? ああ、勿論だ。友達にでもなんでもなろう。だから一度、離れてはくれないか」
「ハグ、しよう。友達だから」
「頼むから日本語を話してくれないか?」
小学校の頃はみんなとやっていた事だ。いやまぁ俺も中学生になってまでハグは恥ずかしいんじゃない? という冷静な気持ちもあるけれど、そんなものは捨てなければいけない。そう、俺は純粋な中学生。純粋無垢な女子中学生。女子校在籍中学生。
……女子中学生って、友達同士なら頻繁にハグとかスキンシップをするものだって知ってるんだ。
「……っ」
悟香ちゃんは。
観念したように、椅子から立ち上がる。ふふ、よしよし。うへへ……とか思っちゃダメだ。そう、俺は女子中学生。視点を男に戻してはならない。女子中学生にならなければならない。
さぁ、熱烈なハグを──、
「──誘っているとしか、思えないよ」
「え」
じゅるじゅる、という淫靡な水音が響く。時折聞こえる気泡の破裂音が、その激しさを物語る。
首だ。
首筋を、丹念に丹念に、舐めしゃぶられている。
「んんっ、ぅ」
思わず声が出るけれど、快感で、というよりはくすぐったさで。
ハグはされている。目論見通り。けれど押し倒されるとまでは思っていなかった。
抱き着かれて、そのまま後ろのベッドへ倒されて、ぎゅ、と抱きしめられながら首筋を舐められている。勿論お風呂でその辺りもしっかり洗っているとはいえ、耳の後ろや首筋というのは存外垢の溜まりやすい場所だ。
そんなところを舐められて、汚いよ、という思いと首フェチでもあったのか、という驚きが俺の中を占めている。
「はぁっ、はぁっ……んじゅる、ぇへぁ……ふふ、あぁ、これは──ご馳走だ」
悟香ちゃんの呼気は荒い。熱と水蒸気を含んだ息が首を撫でて、それもまたくすぐったい。俺の身体を抱きしめている彼女の手が後頭部でウネウネ動き、舐めやすい様に角度を変えられる。それもまたくすぐったい。
なんというか、奈央にされるようなちょっとエッチなそれではなく、今の所十割くすぐったい……なんだろうな、くすぐりプレイ、になるのか? いやプレイじゃないような。
「あぁ、ぁは……はは、だめ、なのに。止めなければ、私は、止める側、なのに……」
首筋を撫でる舌は、少しずつ肌を昇り、その穴へと辿り着く。
耳孔。けれど肉根は中々穴に入ることなく、耳輪や対輪を撫で、舟状窩を熱心に熱心にほじっていく。
「そこ、汚いよ、悟香ちゃん……」
「汚い、汚いだって? 今更良く言えたものだよ、この、こんなっ、こんな……あぁ、魅力的な身体をしておいて!」
「ひゃ!?」
寝間着の前ボタンの隙間に悟香ちゃん手が侵入する。そしてボタンの全てをブチブチブチッ! と取り払った。露になる、下着。
「ほら見た事か、なんだこの、この、この芳しい匂いは、服の中で蒸れて、くぅぁああっ、ぁあ!」
「ちょ、きゃっ!?」
自分でも驚くほど女の子っぽい悲鳴が出た。でもそんな声も出るだろう。
先程まで耳を熱心にねぶっていた悟香ちゃんが、突然俺の下着……否、胸元へ顔をうずめたのだから。しかもそこで、そのまますぅはぁすぅはぁと……ええと、直接的な表現をすると、変態みたいなことをし始めたではないか。
「あ、あのあのあのあの、何を」
「君が誘ってきたんだからな……君が、君が私のタガを外したんだ。ああ、ああいい匂いだ。心地が良い……このまま眠ってしまいたい。君、ハグをしてほしいといったね。私も同じだよ。君にハグされたかった。君をハグしたかった。君を抱きしめて、君に抱き着いたまま、このまま眠りたい。いいよね?」
「あ、え、う」
「私の事を手フェチだと言っていたね。指フェチだと言っていたね。そんなフェチ、あるもんか。私はね、君が、君の匂いが、ああ、ううっ、君が、君が君が君が、……美味しそうで、たまらないんだ」
「た、食べるんですか!?」
「そうさ、君を食べてしまいたい。怖いかい?」
「そそ、それは、性的に、ですか……?」
「ん? んん……良いから、食べさせてよ。ずっとずっと、溜まってたんだ」
これは、もしかして、もしかするのだろうか。
性的に食べたい。溜まっている。ずっとハグをしたかった。
俺も男だ。男子中学生が"溜まっている"のは理解している。エロ猿もいいところだからな、男子中学生は。
でも、女子中学生もそうなのだろうか。いや、悟香ちゃんだからこそ、かもしれない。この子はストレスを溜めがちで、それを発散する術を知らないようだった。それが性欲に変換されてもなんらおかしい話ではない。
ははーん。
じゃあ、俺がここで彼女の友達としてすべきことは──性の捌け口、だな?
「わかり、ました……」
「……」
了承の意を返す。
すると、悟香ちゃんは無言になって──俺の身体を、再度ぎゅうと抱きしめた。
「……抵抗しなよ。おかしいよ、君」
「え?」
「悪いけど、このまま寝させてもらう。もう疲れた。我慢には限界があるんだ」
言って。
悟香ちゃんは、すぅすぅと寝息を立て始めた。
……性の捌け口で、にゃんにゃんは、ないんですか……?