現在、俺の目の前にはギャル子ちゃん2……こと、
涙目になっている理由はもちろん秋華ちゃんのキック。
「えーっと……ウチ、旭川穂村は今後、平良木真奈美の全てにおいて勝手につまみ食いしない事を誓いますー」
「棒読み。やり直し」
「ちょ、ちょいムリ。足痺れちゃってヤバいんだって!」
それと、今おこなわれている誓約文の読み上げ……抓み食いというのが何なのかはよくわかっていないのだが、要は秋華ちゃんの許可なしに穂村ちゃんは俺に手を出してはいけなくなったらしい。
いつのまに秋華ちゃんの物になったのだろうか、俺。
「あ、あの、だだ、だいじょぶ、ですから……えと、その……」
「ダメ。アンタはアタシが守るって決めたから、例え穂村でも勝手な事はさせない」
「えー! ずるい! 独占! 横暴どわっひゃう! 人の顔に向かってシャーペン投げるってどういう神経!?」
何が起こったのかはよくわからない。
ただ、穂村ちゃんの向こうの壁に突き刺さったシャーペンがあるように見えるのは、多分そう言うインテリアなのだろう。
「アンタもそれでいいよね?」
「そ、それでとは……?」
「だから、今後この学校生活において、アンタはアタシの庇護下。要はアタシの派閥に属するってコト」
「は、派閥……?」
説明しよう。
このお嬢様中学はその名の通りお嬢様が集う学校であり、その両親は政治家やお金持ちや地主と言った、発言力と権力を持つ人達である。
当然、ということは本来ない筈なのだが、どうしてもグループというものが出来てしまうらしい。無論子ども同士が仲良くなって、親同士に繋がりが出来るという事も稀にはあるらしいのだが、基本は元から親同士の仲が良く(もしくは傘下で)、子供もそれに合わせる、というもの。
そのグループを派閥と言い、俺は全く知らないのだが、お嬢様各位はそれぞれなんとなくであったりはっきりしていたり、と様々ではあるものの、派閥とやらに属しているのだとか。
誰がどのリーダーなのかとか、どこがどう作用しているのかとか、そういう情勢については全く無知なのだが、秋華ちゃんの口ぶりから察するに秋華ちゃんは派閥内でもかなりの位置にいるのだろう。
そこに俺を含める、と。
「え、あ、……ぅ、その……な、奈央に相談しないと……」
「なんでそこで一城が出てくるのさ。もしかして同室だから、とか気にしてる? 別に同室でも違う派閥の奴なんてごろごろいるよ。それとも……一城に何か言われてる?」
秋華ちゃんの声が冷たくなる。
穂村ちゃんも、どこか薄い目だ。見定められているような、そんな感覚。
「な、何も言われて、ません……けど……」
「ふーん。ま、聞きたいなら今聞いて欲しいかな。早めに言っちゃいたいし」
「はい……」
学校内チャットツールを起動。
奈央とのチャットへ(連絡先は奈央とお婆さんしかいない)、『匕首さんに派閥へ入らないか、って誘われたんだけど、どうすればいい?』と打ち込む。
瞬時に返信が来た。丁度携帯端末を使っていたのかもしれない。
『勝手にすれば? 私、関係ないでしょ』
……よそよそしい。
あの日から謝って来るばかりだったから全く考えてなかったのだけど、もしかして俺の方が何かやらかしている可能性がある。逆上せていて意識の無い間に何か言ったとか……? それとも、奈央が余所余所しいときに俺、変な……ウザい事言ってたのかな。
「……返信、来たみたいじゃん。一城なんか言ってた?」
「……い、え……。なにも……」
「……じゃあ入れるけど。って言いたいんだけどさ。アンタの意思は? 一城がどうとかも関係ないし、アタシ達に気遣わなくてもいいからさ。ウチに入ってくれる意思はある?」
……もしかしたら、奈央には良い人が出来たのかもしれない。そう、所詮俺は練習台で、彼女の本命の為のテスト。最初にそんな事を言われたはずだ。
……じゃあ、むしろ潔く……離れた方がいいんじゃないだろうか。
「その――」
独りの部屋。
バッグを適当に放り投げて、ベッドに横になる。
放り投げられたバッグから中身がぶちまけられたけど、気にしない。
気に出来る程、余裕が無い。
「ふぅー……」
仰向けになって、両目の上に腕を乗せ、深くため息を吐く。
この感情はなんだろうか。
怒りと……後悔と、悲しみと、……もどかしさ、かな。
スカートのポッケから携帯端末を取り出す。
この感情の原因となった内容が書かれたチャットツールを立ち上げた。
『あの、匕首秋華さんに、放課後部屋に来ないか、って誘われて……』
『別に私に許可取る必要ないと思うけど』
簡潔な二行。
もっと言って上げることはあったはずだ。
少しでもいい。気を付けなさいよ、とか、遅くならない内に帰ってきてね、とか。
そんな、ちょっとの言葉でも……良かったのに。
真奈美は友達が少ない。
いや、いない……と、そう呼ばれて然るべきだろう。
それは彼女が経験したと言う入学時のトラウマが要因で、決して彼女のせいではない。
だから、部屋に来ないか、なんて言われたら……多少怖がっても、行ってしまうだろうことは容易に推測できる。その怖がった部分が私を頼ってきたにも拘らず、私は突き放してしまった。
あの日以来、まともに話ができていない。
理事長と仲が良さそうなのが、悔しかった。私だけの真奈美だと思っていた。
だからムキになって、結果彼女を逆上せさせてしまった。さらには、普段から疲弊を敷いていた事まで発覚した。
疲労の一番の原因はどう考えても私だ。
どうすれば休ませられるかを考えた。答えは一瞬でわかった。
夜のスキンシップを失くせばいいのだ。そして、私との会話も。
言葉に詰まると、相手を責めるような言葉が出てしまう私。そんな奴と喋ってもストレスにしかならない。
だから、出来るだけ話しかけないようにしよう。
そう心がけて、あろうことか彼女からの言葉も無視するようになってしまった。
会話が途絶えた時の真奈美の表情が脳裏に焼き付いて離れない。
受け答えくらい、今まではなんでも無くできていたのに、自身から出る全ての言葉が彼女を傷付けてしまいそうで、怖くて怖くて仕方がない。
今回のチャットもそうだ。
匕首秋華と聞いて少し思う所はあったけど、真奈美が一歩を踏み出す切っ掛けならば、背を押そうと思った。
嫉妬はあった。謝りたい言葉も沢山あった。
でも、そういう事を言おうとすると、必ず彼女を傷付けてしまうから。
そう思って考えた一文が、これだ。
「どこまで……」
どこまで、愚かなのか。
どこまで……。
送ってしまった言葉を取り消すことは出来ない。
勿論データ的に消すことは出来るが、それの方が真奈美を傷付けそうだ。
そうやって、もうどうしようもないチャットツールを眺めていると、更新があった。
『匕首さんに派閥へ入らないか、って誘われたんだけど、どうすればいい?』
やめておけ、と返すべきだ。
私の持つ派閥である一城グループと、匕首秋華の姉を主とする匕首会はあまり仲が良いとは言えない。匕首会は良い噂を聞かないし、素行もよろしくない。
でも、彼女の行動を縛る権利が私にあるだろうか?
いや、頼られているのだから、何かしら意見を上げるべきだ。
でも、それが彼女を傷付ける結果になったら……せっかく出来かけた友達を失わせてしまうような結果になったら、私は耐えられるのだろうか。
もし、真奈美に、恨みの籠ったような目で見られたら――。
『勝手にすれば? 私、関係ないし』
色々な思いがコンマで脳内を駆け抜けて行って、気が付くとそんな、あまりに他人行儀で素っ気のない、冷たい言葉を返していた。
自分の手が自分の物では無い様に思えて、思わず携帯端末を落としてしまう。
仰向けになっていたのだから、落下地点は勿論、顔。
「っ……」
痛みで、涙が出る。
痛みだ。決して、ガラガラと音を立てて崩れて行くような、何かに対してではない。
独りの部屋。
大分日は落ちている。
今日はもう、帰ってこないのかもしれない。
「……や」
嫌だと、言いかけた。
今すぐにでも匕首秋華の部屋に行って、無理矢理連れ出したい。
貴女は私の物だと言いたい。友達なんか造らないで、私だけを見て、私だけに可愛がられて居ればいいと、そう告げたい。
なんて傲慢だろう。真奈美の尊厳を踏み躙って、私の食い物になれ、なんて。
言えるわけがない。だって今まで、やってきてしまったのだから。
これ以上、傷付けちゃいけない。
いけないはずだ。
「……ごめんなさい」
あの子がいない時にしか言えない言葉。
一度漏れ出すと歯止めがきかない。
枕に顔を埋めて、ぶつぶつと謝罪の言葉を口にする。
その日、真奈美が帰ってくることは無かった。
「……はい。お願い……します」
「じゃあ歓迎会ねー! 今ウチのグループ全員に真奈美ちゃん入った事伝えたから! もうみんな大喜び! うひゃひゃひゃ」
行動が早い。
薄目で俺を見ていたのは見定めていたのではなく、眼下の携帯端末を見ていたからか。
……待って、歓迎会?
いやいやいや。無理でしょ。俺コミュ障なんだけど。
「……ま、イロイロ思う所はあるケド。とりあえず、匕首会へようこそ、とだけ言っておこうかな。別に、一生所属しなきゃいけないなんて決まりもないし、嫌になったら出て行っていいから」
「わかりました」
「じゃあ早速! 匕首会はねー、入会したらメンバーとキスしなきゃいけない決まりがあるのよ。友好の証としてね? ね、いいでしょシュカちゃん」
「……まぁ、いいよ。その代り優しくしなよ」
「わーかってるって!」
いやいや絶対嘘だろう。
そう言おうとしたのだが、秋華ちゃんがOKを出してしまった。
……本当の事、なのか。何その……いや、この学校内だったらレズレズしいルールだけど、外部だったらおっさんとか……嫌だぞ、俺。
固まっている内に、顔を掴まれる。
指の長い手。女の子の手だと感じさせるソレが、頬と首と耳裏に這わせられる。
「じゃ、いただきまー、んっ」
「ぅ……んん」
熱烈なキス。
ディープキッスというよりかは、貪り食うようなキスだ。
歯の歯垢を根こそぎとるかのように動く舌。昼休みの後に歯磨きはしたから大丈夫だとは思うのだが、やっぱり恥ずかしい。
ギャルメイクをしているが、よく見たらとても美人で、特に瞳が綺麗だ。ちょっとアンバー気味の瞳はうるうると濡れていて、まるで鼈甲飴だ。
「んじゅるるるっ……んひょひょ……マジんんまっ。もっと、舌、舌こっち伸ばして」
「え、あ……ぇへぇ……痛っ!?」
「ひ、ひ、……んおい、あめああむおお……いっはいええうう……!」
伸ばせと言われて伸ばしたら、舌先を噛まれた。
離してくれない。だから、唾液が出る。
「んっちゅぅ……んじゅる……んぐ、んぐ……」
ようやく離してくれたかと思えば、すぐにまたディープなキス。
喉を鳴らす暇も無く、口の中に溜まった唾液を吸い取られる。
歯茎を撫でるザラザラの舌がくすぐったい。
というかそろそろ息苦しい。
そう思っていたら、ようやく口が離れた。
「はっ、はっ……」
「ん、んんっ……んぶ、ふぅ……。
っはぁ……これ、マジハマるって。どれ、下の方もアイタァ!?」
ひ、平手打ちだ……。
俺の後ろに秋華ちゃんがいる事を忘れていたらしい穂村ちゃんは、俺を押し倒そうとして平手打ちを食らい、吹っ飛んだ。いやまぁ、吹っ飛ぶと言ったって仰け反る程度だけど、かなり痛そうな音がしたのは事実である。
「ウチに入ったから下の名前で呼ぶけど、いい?」
「えっ……」
唐突に、そんなことを言われた。
良い、と答えそうになって、でも踏み止まる。
「あ、の……その」
「何? ダメなの? はっきり言ってよ」
「あっあっ、そ、その、な、奈央が……」
「また一城? なんだったらアタシが一言アイツに言うけど?」
「奈央が……嫉妬、しちゃう……から」
キョトン、とした顔になる秋華ちゃん。頬を抑えていた穂村ちゃんも、「え」という顔をして、声も出している。
そして、秋華ちゃんは腹を抑えてククク……と笑い始めた。
「え、マジ? 一城って一城奈央でしょ? 嫉妬? え……似合わなっ!」
「い、いや……ククッ、アイツ堅物だから、そういうトコもあるかも……くふっ、そっか、そうかそうか……じゃ、ナミって呼ぶわ。それならいいでしょ?」
「あ、は、はい。だいじょぶ……です」
「アタシらの事は名前でもあだ名でもなんでもいいから。じゃ、今日は泊まりね。一城は嫉妬させておけばいいよ。はい、ケータイは取り上げね」
「シュカちゃんにナミちゃんかぁ。いいなー、ウチもあだ名欲しい」
「ムラでいい?」
「よくない!」
レスポンスが早い。荒々しいキスの穂村ちゃんは、本当に勢いがある。秋華ちゃんのキスも荒々しくはあったが、しっとり感があった。
キスで人を見分けるのはどうかとは思うのだが、それぞれ個性が合って面白いな、と思う。
ちなみに奈央は、深く、深く、ディープなキスだ。
「お、笑った。でも他の事考えてたね?」
「えっ、な、なんでわかったんですか……?」
「そりゃ、穂村みたいな面白くない奴のコント見てて笑うとは思えないし」
「辛辣が過ぎる」
秋華ちゃんの大きな手が俺の頭を撫でる。
……ちょっと嬉しい。
「じゃ、今日は敬語取っ払うまで寝かさないから。穂村も、手ぇ出さなきゃ参加していいわ」
「らじゃ。要はくすぐりだよね?」
「ん」
ぽーい、と。
ベッドに投げられた。
「えっ、いや、あの、お風呂とか……」
「そんなん朝でいーって! はいはい、あ、でも笑い過ぎて失禁したらマズイから、トイレだけ行って来たら? ……あ」
「穂村。流石にそれは引く」
「だ、だよねー! じゃ、ほら。トイレ行ってきなよ」
「は、はい」
ベッドから降りて、トイレへ行く。
……なんだか、ちょっと、お泊り会みたいで……楽しい、かも。
この後息が止まる程の責めを受けるのだが、それはまた別の話。
同サイト内に匿名でカニバ版投稿しました。
暇があったら探してみてね。