……ないよね?
結局、悟香ちゃんが引き留めたというのも理由の一つではあるけど、土曜日のその日──秋華ちゃんたちのパーティの日まで、自分の部屋に戻る事すら適わなかった。
曰く、危ないから、と。
何が危ないのかはわからなかったけど、その目が真剣だったことと……若干、物足りなそうに俺の指を眺めていた辺りで引き下がっておいた。指フェチの人って、本当に指が好きなんだなぁ。
まぁ、そう。
今日、この日が……匕首会で行われるというパーティの当日である。
現在俺・秋華ちゃん・穂村ちゃんは所謂控室で、パーティの準備が終わるのを待っているところだ。
その、恐れ多いのだが、秋華ちゃんがお嬢様待遇という事で、その直接の”お友達”枠として俺も控室に連れてこられた。穂村ちゃんは勝手についてきた。
「ま、そもそもナミのお披露目会だからね。ナミに準備をさせちゃあ話にならないでしょ」
「ガッコの中だけとはいえ参加率驚異の100%だかんねー。準備なんてスグ終わるよん」
ポンポン、と頭を撫でられながら*1、その準備とやらが終わるのを待つ。
今更だけど制服でよかったのかな?
「ガッコの中のパーチーだからヘーキヘーキ。ソトの人がいるときは多少おめかしするけどねー」
「え、えと、あの……穂村ちゃん、その……ひゃぅぅ……」
「んー? なぁにぃって痛いッ! シュカちゃんそれはダメだってボールペン刺すのはダメだって!」
「同意を得ないセクハラは禁止。っていうか脇腹から手をいれて胸をさわるとか、どこの変態オヤジなワケ?」
穂村ちゃんはちょっとスキンシップが多めだ。
いや、奈央と普段からあれだけの事をしている身で何を、と思うかもしれないが、こう……性的な手つきで触れてくる、というのは、その、なかなか慣れない。
女の子に性的な手つきで触れられるとか、昔だったら最高だったはずなんだけどなぁ。
と、ノックがあった。
女の子の声。整いました、と……凛とした、ともすれば少々キツめの声で。
「ああ。
さ、そろそろ行くけど……ナミ、なんか言われても、何も返さなくていいから。どうせ嫉妬とやっかみ、あと欲望だけだろうからさ」
「う、うん……」
……大丈夫。
対人恐怖症が治った……とは、正直言い難い。
けど、秋華ちゃんに穂村ちゃんのおかげで、二人のそばにいることは、苦ではない……怖くないと思う様になれている。
だから、大丈夫。
控室を出て、暗い廊下を歩く。
先導するのはポニーテールの、おそらく先ほど声をかけてきたのであろう少女。
先に見ゆるは、少しだけ光の漏れた扉。
「……ほら」
秋華ちゃんが手を差し出してくれる。
どうやら、いつのまにか。
立ち止まっていたらしい。
その手を取る──取れない。
身体が固まっている。扉の先に、ざわざわと、今か今かと待ち構えるヒトの気配がする。
集まっている人数は教室の比ではない。総勢、ざっと二百。その全てが生徒。
匕首会というのは、俺が思っている以上に大きい組織なのだと、悟香ちゃんから聞いた。
「……開けます」
ス、と、
目を細めて俺を睨んでいた女の子が、興味を失ったように目を逸らした。
失望された事がすぐにわかる。
何を期待されていたのかはわからないが、それだけはわかった。
扉が、開かれていく──。
「ナミちゃん、大丈夫だよ。あっちにいる二百人より、シュカちゃんの方が強いから。ネ?」
「何をもって強いというのか甚だ疑問だけど、そうね。あっちでお嬢様ぶってるやつらよりは、アタシのが強いんじゃない? 腕っぷしと権力は、さ」
「つまりシュカちゃんとタメで話せるナミちゃんは、あっちにいる二百人を敬う必要もないというワケ!」
全く繋がっていない理論を展開された。
……けど。奈央がいない、今だからこそ。
ちゃんとしなきゃいけない。
「ナミ?」
「……うん。頑張るよ、穂村ちゃん、秋華ちゃん」
差し伸べられた手を、掴む。
そして──扉の、光の中へ入った。
人。
人、人、人、人。
心臓が跳ねる。サッと血の気が引いた。
視線が体を貫く。体はもう穴だらけで、ダクダクと全身の血液が外に流れていくような錯覚を覚える。
品定めでもするかのような顔で、目で、俺を見る──人、人、人!!
「――なんだ、その目は。アタシの友達を見る目が、それか?」
ダン! と強く、一歩。
秋華ちゃんが踏み出した。そこから波状に、ざわめきと視線が収まる。正確に言えば、秋華ちゃんへとそれらが向いた。
秋華ちゃんは──匕首秋華は、今まで俺には見せてこなかった顔で、言う。
横。俺の横で、穂村ちゃんが手を握ってくれた。
「この子──平良木真奈美の顔合わせだからね。仲良くなろうとするのはいい。だが、自分の欲で動こうとするんなら、匕首の名に懸けて。
素っ首、叩き斬る。覚えておきなよ」
何か怖いことを言っていらっしゃる。
「以上。それじゃ、精々楽しみな」
それだけ言うと、秋華ちゃんは踵を返し──俺の腕を引っ張って*2、大きな角ソファにドカっと座った。当然のように、俺は膝の上。
「いやいやシュカちゃん、ナミちゃん降ろさないと流石に話かけづらいっしょ」
「問題ないでしょ?」
「そーだけどさー」
……気を遣われている。
まぁ、頑張る、なんて言ってあのザマだ。
「気にしなくていいよ。あんな目向けられたら、普通の子はそうなるって。あ、澗。そこの肉とって」
「はい」
カンと呼ばれた、さっきのキツい目の女の子が秋華ちゃんの指示に従う。
おつきの人、みたいな……?
「
「ん? まぁ、いいよ。ほら、ナミ。コイツは
キツい目をした子……澗さんが、俺の前に来て。
跪いた。
跪いた。
え?
「平良木真奈美さん。私は清浄澗という者です。清浄の一族ではありますが、この身は秋華様に捧げる事を誓いました。故にこそ、貴女とは同僚、ないしは友人としてご縁を預かりたいと考えます。いかがでしょうか?」
「えっ、あっ、えと」
な、何を期待されているのかわからない。
いかがでしょうか? って、何が!?
あと清浄の一族って何! 何の話!?
「ナミ、返事してやんなよ」
「う、あ……そ、その……よろしく、お願いします……?」
一瞬、澗さんが秋華ちゃんを見た。
そして秋華ちゃんが頷くのも見た、きがする。
気がするというのは、だって、次の瞬間。
「ありがたく。では」
「へゅぇ!?」
跪いたままの姿勢で──澗さんは、意外にも長い舌をチロ、と出して……俺の膝を舐めたのだ。それも一回ではなく、丹念に、何度も、何度も。
筋の方向に沿う様に、弧を描いてねぶる舌は、艶めかしくもどこか美しい。
美しい……けど、そんなものを、そんなことをされて驚かない人はいないと思う。
「っはぁ……ぇろ……れる……」
「か、澗さっ、なに、なんで」
「……? んちゅ……ふぅ。何故、と問われましても……友人になりましたので、挨拶を」
何を当然の事を、みたいなトーンで。
あ、でも、そういえば……穂村ちゃんが、匕首会に入ったらキスがあいさつ同然みたいなことを言っていたような……。
まさか本当に……?
「で、でも、それなら口で……膝なんて汚いか、から……」
「……いえ、真奈美さん。貴女の身体に汚い場所など一つも無いかと。そして、ご所望であれば……」
澗さんは、長い舌をぬるりとしまい込んで、ゆっくりと口を開く。
糸を引く唾液が会場の照明に照らされて、まるで水晶のように輝いている。
そのまま、
「ぁぁ……ん」
「ふぇふぁっ!?」
然して長くもない俺の前髪を左手で避けながら、彼女は俺の口へ吸いついてきた。
決してキスではない……まるで、下唇を咀嚼されているかのような感覚。否、実際にしゃぶられている。澗さんの唇が俺の下唇のみを挟んで、その皮を熱心に舐めしゃぶっているのだ。
当然、半開きになった口は唾液を分泌し、飲み込もうにも追い付かず、結果澗さんの鼻頭に俺の唾液がついてしまう。
「……あふぁ」
「ご、ごうぇんなさっ」
「ん……ん、ん、ん……」
水を吸い込んだスポンジを絞るかのように、澗さんは俺の唇を離さず何度も挟み込んでくる。側頭部に回された左手が、俺の頭を澗さんの方へ強く抱き寄せ、行き場を失った上唇や舌が澗さんの鼻孔に押し付けられる。
まずい、これだと澗さんが呼吸できなくなってしまう……!
「すぅー……ん、ん、ん、ふぅ……んふぅ……」
甘く、歯が立てられた。
上手く呼吸が出来ていないのだろう、澗さんの目は酸素欠乏症に見られる昏睡一歩手前のような有様となっている。
流石にマズイ……!
「はい、ストップ。カン、戻ってきなって」
「――……? ……、……――申し訳ありません!」
じゅるりと、まるで吸盤のように俺の唇へ吸い付いていた澗さんの身体を無理矢理剥がす秋華ちゃん。
引きはがされた澗さんは、目を白黒させて、キョロキョロと辺りを見渡し――俺を視界にいれたその瞬間、飛び退いて土下座をした。
土下座をした。
JAPANESE DOGEZAである。
「か、澗さ、なにを!?」
「常――日頃から、自制の訓練をしているにも関わらず、この体たらく。次期会長。どうか、この首一つで……」
「あぁ、そう? んじゃ、」
秋華ちゃんが俺を脇に置いて、立つ。
そして土下座をしている澗さんの元へ……って、待って待って!
「しゅ、秋華ちゃん!? だめ、だめだ、と、お、おも……」
俺の言葉に、ぶっと何かを吐き出す音が後ろから聞こえた。
驚いて振り向くと、そこには口を押えて、息も絶え絶えにグラスを置く穂村ちゃんの姿が。
「けほっ、けほっ……ぷくっ……シュカちゃん、本当に首取ると思われてるみたいだよ! ぶふふっ」
「……あのねぇ、ナミ。流石にアタシそんな時代錯誤じゃないから。ほら、こっちおいで」
笑い転げる穂村ちゃんをよそに、秋華ちゃんが手招きをする。
未だ土下座したままの澗さんの元へ来い来いと。
「え、えと……?」
「よいしょ、と」
そして秋華ちゃんは、なんと澗さんの上に座った。
座った。
「え……え?」
「カン、もう少し頭上げて。座りづらい」
言われ、無言で頭を上げる澗さん。
え……え? ん? 何?
いきなりSMプレイ始まった?
「ほら、おいで、ナミ。ここ、座って」
「え、で、でも、重、」
「いいからいいから、はい座る!」
半ば強引に腕を掴まれ、そのまま秋華ちゃんの膝へ再搭乗させられた。
澗さんの頭のすぐ横に秋華ちゃんの足があり、蹴ってしまいそうでひやひやする。
ふ、二人はコウイウ関係なの……か?
「あ、そーちゃん、ウチも座って良い?」
「誰が貴様などに」
「コラ、椅子がしゃべるな」
「……」
や、やっぱりそうだ。
さっき二人が主従関係じゃないかと疑ったけど……まさか、本当に、ご主人様と奴隷……!
「さて、と。パーティはまだ続いてるからさ、ナミ。もうちょっとだけ、あいつらの相手してやってよ。今夜はかわいがったげるからさ」
「か、かわいがっ!?」
まさか、昨日のは序の口で……最終的には緊縛や鞭やらの世界が待っていると……?
う、ううん……痛いのはちょっと……というか、その、うん。
「い、いいから! 大丈夫だから……頑張るから!」
「気ィ張らなくたって、アタシが守ってやるから安心しなよ。それにさ。な、カン。もう失いたくなくなっただろ?」
「……」
無言でコクコクと頷く澗さん。
揺れる……。
「ま、こうやって地道に増やしていくのが一番でしょ」
「あ、シュカちゃんナミちゃん笑ってーはい、ちーず!」
澗さんのお尻の方に座って、秋華ちゃんと俺を抱き寄せながら内カメラで写真を撮る穂村ちゃん。勿論その画角には、椅子となっている澗さんが入っている。
「か、澗さん、だい、じょうぶ……ですか?」
「……」
「椅子に話しかけても返事はないと思うけど? っと、次が来たよ、ナミ。ちょっとでいいから、相手してやんな」
「うっ……う、うん……頑張る……」
プルプルと震える澗さんに心の中で猛虎落地勢を決めながら、秋華ちゃんの目線の方向……如何にもな”お嬢様然”とした少女たちに目を向ける。
笑顔。だけど、どこか冷たいような……。
い、いや。
秋華ちゃんの期待を背負っているのだ。
がんばろう!
指フェチ(勘違い)に続いて膝フェチ(そうでもない)唇フェチ(ある)です。