※この作品はR-18です。

Ith-Videoは観測する   作:灰の熊猫

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凍てついた空

「待ってて。今、タオル持ってくるから」

「――あ、あぁ。ありがと」

 

 夢の家に辿り着き、玄関先で服の表面へ染み込んだ雨を払って家に入った二人は、まず夢の部屋へ向かった。

 夢曰く「電気ヒーターがあるし、狭い方がすぐに温まるから」との事だが、てっきり居間に案内されるものだとばかり思っていた大井は、面を食らったまま落ち着けずにいた。

 タオルを取りに出ていった夢を見送り、ヒーターでワイシャツを乾かすべくブレザーを横に置いた大井だけが部屋に残される。向ける先を失った視線が、部屋を見渡すべく独りでに動く。

 参考書が棚に整列させられた綺麗な勉強机。柔らかな印象を与える暖色系の壁、カーペット、カーテン。中身が見えない、三つ積まれたプラスチックの衣装ケース。少女漫画らしい背表紙や、厚みのあるハードカバーの小説が置かれた本棚。空気を含んで膨らむ羽毛布団。

 飾り気は無いが、自分の部屋と馴染みの薄い物で満たされている異性の部屋。電気ヒーターの静かな駆動音と熱の近くで座りながらも、大井は腰が浮いている様な気分にされていた。

 

「……意識するなって方が、無理だろ」

 

 頭に手を置き自戒しながらも、言い訳染みた声が漏れる。

 息を吸えば、異性特有の不快感を与えない香りを感じる。目を向けた先には自身こそが異物なのだと錯覚すら覚える、見覚えの無い生活用品だけがそこにある。手を下ろせば、自分の部屋の固い床とは違う毛足の長いカーペットが指を包む。

 何をしていても落ち着かない、落ち着けない。体を揺すり、視線が揺れる。初めて上がった女性の部屋の生活感を受け、大井は自分の動悸の音まで聞こえてくる程に緊張していた。

 

「くそ、結城は親切で上げてくれたってのに……なっさけねえ」

 

 自分がここにいる理由とその意味を、目の前の熱を伴う橙色の明かりが言葉も無く教えてくる。雨に濡れた自分に対する心配、風邪を引かないようにという配慮、妙な事はしないだろうという自身への無言の信頼。

 ここ暫く見ていなかった、家へ来る事を提案した時の夢の微笑みが思い返される。そんな優しさに対し、部屋を見て妙な意識をしてしまう自分が、恩を仇で返すような真似をしているように思えて仕方なかった。

 あーっ、と口にしながら大井は頭にやった自分の手で、髪を強く掻き分けて意識を散らそうとする。気を紛らわそうとした事が、却って自分がいる今この場所に対する意識を強くしていく。

 

「ど、どうしたの、大井くん」

「ああいや、ちょっと思春期特有の若さっていうか、そういうのに嫌気が差して……」

「……ふふっ、変なの」

 

 ノブが金属音を立てて背後の扉が開き、それと共に夢が入ってくる。そちらに目をやれば、水を吸ったカーディガンはどこかに置いてきたのか、茶色の液体が入った二つのコップと数枚の積み重ねたタオルを乗せた盆を両手に、白いセーラー服姿の夢が大井の行動に微かな笑いを見せていた。

 自身の体も冷えていてすぐに温まりたいだろうに、わざわざお茶まで注いできてくれたのか。その優しさが沁みると同時に、変な事ばかり考えていた自分への嫌気がまたぶり返す。

 夢が盆を大井の前に置こうと身を屈める。実際の所、ここまで走ってきた為に喉の乾きはあった為、お茶が乗った盆が置かれるのを目で追う。しかし、その目はすぐに固まる。

 

「――って、結城!服、服っ!」

「え?」

 

 盆により遮られていた姿が、大井の目に映る。着込んでいたカーディガンが無くなり、夢が着ているセーラー服の白い生地が雨に濡れている様が露わとなっていた。部屋の照明が、服の白色の内側にある色を斑(まだら)に透かす。

 夢の服に隠された肌。胸元を大きく覆い隠す飾り気の無い水色。体に張り付きその膨らみを如実に現す輪郭。夢はそれが見えている事に、気付いていない。自然と意識がそれらに向けられる。

 本能により異性の体に引き寄せられる目を外す事もせず、ただ理性だけが夢を慮り口を動かす。その言葉に従い夢は目線を自分へと落とし、その状態を自覚した。

 自らの姿がどう映っているか、それを理解した夢の顔に赤みが差す。盆を下ろす中途で屈んでいる体が、今まさに腕を下ろし切るという状態で注意が逸れた。

 

「やっ……あっ!」

「結城、危ない!」

 

 体を咄嗟に隠そうとする夢が、屈みながらも腰を浮かせた体勢である事も忘れて腕を動かそうとする。それにより、重心を忘れた夢の体が前に倒れる。

 大井は自分の方向へ倒れ込んでくる夢と、背後にある電気ヒーターの熱を同時に把握する。このまま倒れ込めば、夢の体が背中の熱へ飛び込む。一瞬の結論が、大井の体を動かした。

 倒れ込む夢の体を自分の体で受け止める。そのまま背中へ手を回して体を抱き留め、電気ヒーターの無い方向へ勢いを逃すべく自分の体を捻る。二人の体の重みが床へと引かれ、そのままの体勢で二人は倒れ込んだ。

 ぱしゃり、と盆の上で倒れたコップから水音が響く。床に倒れ込んだ衝撃に大井が瞬きをし、すぐに自分と夢の状態を確かめる。電気ヒーターは自分たちとは逸れた方向を熱し続け、自分も夢もその外側には触れていない。

 

「……あっぶねー、間一髪だったな。結城、どっか痛めてないか?」

「――……」

「結城?」

 

 どちらにも怪我が無い事を確認し、大井は安堵の息をつく。自分の右肩辺りに顔を伏せたままの夢へ顔を向け、声をかけるが返事は無い。

 ヒーターや床への激突は免れた、だが足首やどこかを拍子に痛めたのだろうか。夢の内側の痛みを考えるも、伏せられたまま横顔のみを見せる彼女からは何も伺う事が出来ない。

 沈黙が流れ、自分の腕の内側の感触に意識が向く。表面の乾いたワイシャツが、夢の濡れた服の水分を吸っていく。その服の中にある柔らかな感触が、服と下着越しに伝わってくる。互いの体の熱が、合わせた胸を通して分けられる。

 

「……うっ」

 

 大井は自らの顔が赤くなるのを感じる。こうして夢の体を受け止めるのは二度目だが、その感触に慣れるという事は無い。夢の髪から流れる香りと、胸に広がる男の体には無い柔らかさが、それまで抑えようとしていた意識を呼び戻す。

 この体勢は、色々とまずい。個室で二人きりという同じシチュエーションとはいえ、病院で泣きじゃくる夢を宥めた時とは違い、今抱き留めているのは事故であり、怪我が無かった以上このままの体勢でいる必要はもはや失われている。

 そう大井が考えていると、夢の体が僅かに浮き、その顔が自分の正面に戻る。が、そこから離れる事は無い。掌一つ分程の距離で、視線が合わさる。

 

「……ゆ、結城、さん?ど、どうしたん、で?」

「……大井くん」

「え、ええと、その、この腕はほら、ヒーターが危ないし、怪我したらという事で、その、下心とかは一切無くてですね」

「おおい、くん」

 

 夢の顔に間近で見つめられ、変な敬語と弁解が思わず出てしまう。だが、夢の表情に自分を責める所は見当たらなかった。ただただ、名前を呼んで見つめてくる。

 その姿が、記憶の中にある病院の時の夢の姿とダブる。今にも壊れそうな雰囲気を漂わせ、自分の胸の中で子供の様に声を上げながら叫びを張り上げたあの時。今見つめるその顔には涙も無く、叫んでいる訳でも無いのに。

 眼鏡の先にある暗い瞳が、細められる。眉は上がり、また病院の時の様に泣き出しそうなその顔を、大井は口を閉じることも無く見つめ続ける。

 そんな顔をしないで欲しい。何が悲しいんだ。あの時から何を隠しているんだ。何で、言ってくれないんだ。その目の奥にある哀しみが、大井の心の奥にしまわれた言葉を揺さぶる。

 

「……」

「って、おい結ッ――」

 

 そのまま少しずつ、だけど意志を伴う動きで。夢の顔が、大井の顔に近付いて来る。

 その表情に気を取られていた大井が止めるよりも先に。触れるように、置かれるように、唇が重ねられた。

 

「……っ。ゆ、結城っ」

「――っ。ごめん、ごめんなさい、ごめんなさい」

 

 一秒程のささやかな口付けから、夢の唇が離れその顔が元の距離まで戻る。真意を質すよりも先に、夢が謝罪する。

 消え入りそうな声で、夢は謝罪を繰り返す。それが間違いだったとでも言うように、後悔が伝えられる。またあの時みたいに、今にも泣き出しそうな、壊れてしまいそうな、そんな顔で。

 自分にされた事の衝撃よりも、その顔の見せるものに心が動く。そんな目が見たいんじゃない、責めたいんじゃない、謝る必要なんてない。それを伝えたくて、どうするべきかを考える。

 結論を頭が出すよりも先に、腕が動く。

 

「大井くっ――」

 

 背を抱きしめる手で夢の体を引き寄せ、顔を寄せる。衝動的に、大井は自分から夢の唇を自分の口へと導いていた。

 傷付けないように優しく、だけれども先程より強く。触れるような口付けを、自分から与える。僅かに夢の体に力が入って顔を離そうとするが、その弱々しい力には明確な拒絶の意志は無い。

 許したかった。自分に対して口付けをした事を謝るのなら、それ以外にも何かを謝りたいのなら、目の前の少女を許してあげたかった。そのつもりで、離れた唇同士をまた重ね合わせていた。

 夢の体は冷たかった。雨に冷えただけじゃない、その小さな体の内に秘める何かが、事件の後からずっと心を凍りつかせている。胸の中の温度が、そんな風に思えた。

 何も聞く事の出来ない自分でも、何もわからないままでも、無力感を感じたままでも。それでも今、目の前の少女の謝罪を赦す事は出来る。

 

「――んぅっ」

 

 夢の体から力が抜け、大井の胸の内に小さな体が完全に収まる。重ねた唇同士は離れることなく、動くこともなく、ただ二人が寄り添う様と同じように、そこに居続けた。

 夢が何故キスをしてきたのか、大井にとってはもうどうでもいい事だった。ただそれは、謝る事なんかじゃない。謝る必要なんて、どこにもない。それを伝えようと思い、大井は唇を重ね続けた。

 そうして唇を重ね続けていると、不意に自分が息を止めている事に気付く。徐々に感じる息苦しさから、一度口を離すべく夢の肩に手をかけ、僅かにその体を起こさせた。

 

「……大井、くんっ」

「んむっ」

 

 息を吐き、吸ったその口へ再び夢が唇を落としてくる。縋り付く勢いで落とされた顔が、再び重なる。大井の開けた上唇を啄むように、夢の唇が重ねられる。

 唇を甘く挟む感触に、それを押し退けようと反射的に舌が前に出る。その舌が、吸い付いて来る夢の唇に当てられる。一瞬唇が離れ、瞬きの間も無く再び重ねられる。前に出たままの大井の舌に、夢が自分の舌を重ねた。

 

「んんっ!?っぷは、ちょ、結城ッ――」

「ん、んんぅっ、ぅっ」

 

 自分の舌をなぞる味蕾の感触に、思わず大井が顔を傾け口を横に逃す。が、横に倒れ切る前に頬に当てられた夢の手により顔を戻され、制止の言葉の為に開かれた口に再び夢の舌が潜り込む。

 夢の力は、ただ縋り付いて来ているだけで自分よりは強い訳では無い。だが、口の中を探り貪るその感触と、雨が半乾きとなり髪から降りる甘い香りと、何よりも夢中になっている夢の顔が、大井の拒絶の意志を奪っていく。

 いつの間にか夢の両手が、自分の両頬に当てられている。その指先は小さく震え、心中の怯えと夢自身の意志を語っている。重なった服から染み込み続ける雨を通じて、二人は体温を交わし合う。

 衝動的に自分から唇を重ねた事が切っ掛けとはいえ、口と全身を使い柔らかさを押し付けてくる夢に対して、大井は冷静な思考を失いかけていた。何故こんな事になっているのか、理解が追いつかない。

 

「ん、んむっ、んんんっ」

「むっ、う――」

 

 理解が追いつくよりも先に、目の前の少女から与えられる感触は動き、変わり続ける。

 大井の口内へ完全に入れられた舌は、意志が硬直して反射を返すだけとなった舌へ絡み続け、隅々まで感触を確かめるが如きその動きからは片時も逃れる事が出来ない。

 覆い被さる体から突き出た胸は、唇を合わせる角度を夢が変えるごとに体が動き、服の感触越しに形を変える柔らかさを伝え続ける。雨宿りした時に見た輪郭と、盆から離れた時に見えた下着の大きさと肌の色が回想される。

 これ以上はいけないと残された理性が考える一方で、男としての体が、本能が、目の前の少女から齎される全てを受け入れ続ける。夢の背中へ回された腕に力が篭り、すぐに体を離すべきという指示に反し、大井は抱き締める力を強めた。

 胸から伝わる感触は強まり、胸を覆う固い下着がより平たく潰れる。抱き締める力が強まった事で、目を細めて唇を重ね続ける夢の瞳が開かれる。が、すぐに目尻を落とし、夢は大井の口への舌の動きを再開させる。

 

(や、やばい、ヤバイッ)

 

 動悸が大きく鳴り続け、張り裂けんばかりの鼓動の音だけを感じる。静かに熱を放出し続ける電気ヒーターの駆動音など、もはやその空間に於いては音とも言えない。

 口の中を丁寧に、それでも求め続ける様に動き続ける夢の舌と、自分の口内の水分が粘着質な水音となり、耳の内側から響いて情報を脳へと伝える。

 突然の出来事に、大井はそれまでの心配も忘れて困惑と、それ以上に確かに高まりつつある自身の興奮を感じていた。目の前の少女に対し、何をすべきかを体だけが準備をする。

 だが、そうする事だけは許されない。夢の一時の感情の揺らぎに対し、それに対して感情ではなく欲求のままに動くなど、そんな事は自分の勝手でしかない。

 こうして唇を重ね続けてくるという事は、少なからず夢には自分に対する好意がある事は確かだ。だからと言って何でもしていい、なんて勘違いだけはしてはいけない。今すべき事は、この状態から離れて夢を落ち着かせる事だ。

 本能に呑まれる寸前にある理性の一欠(ひとかけ)が、今もなお夢を抱き締め続ける腕の力を解く。そのまま夢の肩に手を乗せ、なるべく優しく体を押し退けた。

 

「――ぷはっ、はっ。ゆ、結城、さすがにこういうのは……」

「……今、だけ」

 

 体と共に夢の唇は離れ、お互いの心の奥底を表す様に透明な糸がお互いの唇から繋がったままになる。夢の下唇から伸びるそれは唇が離れてから、繋がろうとし続けるその様に反して半ばで切られてしまう。

 ようやく顔を離して落ち着いた夢の表情を、大井は見る。もはやそれは、単なるデジャヴでは無かった。病院で見せた泣き出す直前のあの顔。普段内気で自分の事を後回しにしてしまうようなクラスメイトが、自分に求めたたった一つの我儘。その時の顔。

 心底申し訳無さそうに、赦しを乞うように、それでも確かに。自分に、何かを求めようとしている顔。

 

「今……今日だけ、今だけ、一分だけでもいい、から」

 

 涙が一筋、夢の目から頬へと流れる。透明な雫が、大井の目へと落ちる。体を濡らしている雨の残滓と違い、確かな熱を持つそれが大井の顔へと落ちる。

 小さな粒が大井の顔をなぞり落ち、感じる温かみはすぐに失われる。だが、大井には涙によってなぞられた位置に、その熱が残り続けている感覚があった。

 

「――今だけ、そばに、いて、くださいっ」

「……っ」

 

 まるで自分には赦されない行為だとでも告白する様に、夢は震えながらそれを口にした。

 大井の頭に熱が上(のぼ)る。目の前の少女の確かな意志を前に自身のちっぽけな興奮は押しやられ、ただただ怒りにも等しい激情が心の底から現れ、一瞬で思考を満たしていく。

 そんな事を誰が赦さないんだ。その程度の事を、何故赦しを乞わなければならない。誰がそんな事を言った、誰がそれを決めた。言葉にすれば数々の形にはなるだろうが、大井の頭にはそれら全てがまぜこぜとなり、決まった形を持たないたった一つの熱と、一つの結論だけが生まれる。

 

「結城……っ!」

「あっ!?」

 

 大井が再び夢の体を強く抱き締める。今度は不慮の事故でも、考えの無い衝動でもない。確かな自らの意志によって、夢の体を自分の体に重ね、押し付ける。

 感触などもはやどうでもいい。ただ、雨による冷たさとは絶対に違うと言える目の前の少女が感じている寒さに、寄り添ってあげたかった。自分が思うよりも深く傷付いているだろうこの子に、何かを与えてあげたかった。

 夢の頭の後ろへ右手を回し、左手で体を抱き締める。少なくとも今だけは、離れないように。今にも折れてしまいそうなこの子の支えになれるように。彼女の求めたささやかな、けれど確かな願いを叶えてあげるように。

 大井は無言で、夢の言葉に応えた。

 

「――……大井、君」

「あぁ」

「大井、くん」

「あぁ」

「おおい、くんっ」

「……あぁ」

 

 何度も呼びかけてくる夢の言葉に、一つ一つ答える。

 存在を確かめるべく。答えを聞くべく。赦しを確かめるべく。ただ名前と一言の返事だけで、その全てを交わしていく。

 ふと、顔が見たくなった。今、夢はどんな顔をしているのだろう。自分の想いは伝わったのだろうか。こんな事をして、怒っていないだろうか。まだ暗い表情のままなのだろうか。

 夢の体と頭を抱き締めたまま、大井が体を起こす。頭を抱える右手を離し、その顔を伺おうとする。

 夢の目からは涙が流れ続けている。しかし、涙に反して口元は安心を覚えて確かに上がっている。目は細められているが、悲しみや怒りによって歪む事は無く、その藍色の目の奥には喜びが見えた。

 視線が合う。ただそれだけで、夢の気持ちがわかったような気がした。夢は静かに瞼を下ろし、瞳から涙を追い出す。閉じられた口が僅かに上げられ、それが向けられる事の意味をすぐに理解する。

 

「……んっ」

 

 大井はそのまま自分の口に向けられた唇に音すら出さないよう、優しくキスを落とした。

 夢の背中に回した左腕から感じる重みが増す。夢は全てを委ねる様に、安らぎに体の力を抜いた。大井の腕へ体を下ろし、静かに体が傾いていく。

 大井は視線の先に夢のベッドを映す。左腕で支えながら、座ったままの体勢で唇を重ねたまま、左腕で夢をベッドの上に乗るマットレスの縁まで誘導し、抱き締める力を弱めて夢に楽にさせるべく、マットレスに体を預けさせる。

 先程までの貪るような一方的なものとは違う、お互いに力を抜いた、ただ寄り添うだけのキス。

 まるで世界から自分たちの鼓動以外の音が全て抜け落ちてしまったかと錯覚する程、静かな時間が流れていた。どちらからという事もなく、自然と唇が離れる。

 

「……大井くん」

「……なんだ?」

 

 離れた夢の顔は、まるで心の底から安心したかの様に安らかな物となっていた。涙の痕が僅かに残るも、その痕が再びなぞられる事は無い。いつからか見てなかった、いやそれまでも一度だって見たことが無い、本当の夢の笑顔。

 自分の顔にも同じく笑みが浮かぶ。まるで心も一緒に重ね合わせた、なんて事すら考えてしまう程だ。目の前の子が笑っている事が、こんなにも嬉しい。

 名前を呼ばれ、応える。多分きっと、次に言う言葉は知っている言葉だ。そんな気がする。

 

「――もうすこしだけ、いい?」

 

 病院で聞いた言葉。今さっき聞いた言葉。全く似た様な言葉が三度、夢の口から出る。

 だけど、涙こそまだ乾いてこそいないが、確かな笑顔で口にされたその言葉の意味も、その言葉の中に含まれる意図も、全く違う。重なり合っている心が、その意味を教えてくれる。

 それでも最後に一つだけ、線引きはしたかった。

 

「……いいのか?」

「いいの」

「……そっか」

 

 小さな、二言だけのやり取り。時間にしてみればたった数秒のそのやり取りは、今になっては意味の無い事なのかもしれない。だけどそれは、確かに必要な最後の確認だった。

 

「……少しだけ、な」

 

 自分の意志を示すために、離していた右手を自分を見つめ続ける夢の頬へと添える。もはや夢にはその手に対する拒絶も、心の内側から湧き上がる怯えも無い。静かに受け入れる。

 大井が顔を近付ける。夢が再び目を閉じた。

 

「お前が思うだけ、傍にいるよ」

 

 二人分の重みを受けたベッドが、僅かに揺れた。

 




心情の量が文章を上げる しかしそれは長い導入をともなう
導入はバネ!過程と心情が大きい程 行為は強く働く!

次は今度こそ行為から入ります。

当小説でもっと見たいヒロインは誰ですか?

  • 蓮ちゃん
  • ユーリヤさん
  • 真魚ちゃん
  • 蜜柑さん
  • 夢ちゃん
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