概略:大井くんと夢ちゃんが色々あって付き合った。
一歩隔てて
「あ……悪い、遅かったか?」
「う、ううん。あんまり、待ってないから」
ある休日の真昼、唐館駅前の広場。陽は疎らに浮かぶ雲に遮られる事も無く、青空から駅前を行き交う人々へ燦々と降り注いでいる。
その一角であるバスターミナル近くで、そわそわと肩を揺らし所在無く立っていた夢を見つけ、小走りでやってきた大井が声をかけた。
休日、どこかへ遊びに行かないか。週初の学校からの帰宅時、気恥ずかしさ混じりに大井がそう切り出した事が、今回の事――紛うことなきデートの始まりだった。
「え、えーと……その、似合ってる、な、その服」
「う、うん。ありがとう」
「……」
「……」
何から話したらいいか迷う大井が当たり障りのない話題を夢に投げかけるも、話は応答の一言で途切れてしまい、二人の間に気まずい沈黙が漂う。
取り繕った世辞の様な褒め言葉ではあったが、本心ではあった。これまで制服姿以外は全く見てこなかった夢の私服姿は、初めて見る大井にとっては新鮮な
体の線に沿って流れるゆったりとした白い無地のブラウス、肩から袖口までを隠す薄い橙色のカーディガン、紺と水色の基調としたチェック柄が描かれた膝丈のプリーツスカート。
小物しか入らない様な小さなベージュの鞄を両手で体の前に提げ、夢は口を閉ざして大井の次の言葉を待っていた。
「……それじゃ、その……行くか」
「う、うん」
無言で見つめられる事に耐え切れずに、大井は言葉少なに夢に出発を促す。
小さく頷いた夢が一歩後ろで付いてくる事を見て、大井はターミナル中央にあるバス停の一つへと向かった。
「……」
「……」
今日の待ち合わせ時間は、バスの時刻表に合わせてある。十分もしない内に、大井と夢が今日向かう場所――大型ショッピングモール行きのバスは到着する。それを腕時計で確認し、大井はバスが来るまでの時間を、夢へどう声をかけるか、何の話をするかを考える事に使い始める。
夢と付き合い始めて、既に一週間以上が経過していた――のだが、二人の関係は全くと言っていい程にそれまで通りだった。
なるべく帰宅の時間を合わせ、一緒に帰る。そうしながら、学校やテレビの話などの取り留めのない話を大井が振り、夢がそれを聞いて控えめに応えていく――だけ。
夢がそれを嫌がる様子は無かったし、学園で起きた事件後にずっと夢が纏っていた暗い雰囲気も、今では大分薄れてきていた。だが、それ以上の事は何も無い。
これでいいのだろうか。いや、良くはないだろう。大井は異性との交遊には詳しい訳ではないが、これが交際関係と言うのは余りにも味気無いのだけはわかる。
「あー、その……いい天気だな」
「……うん、そうだね」
「……」
「……」
何とも言えない沈黙を少しでも解消しようと苦しく話題を切り出すも、再び会話は一言で潰える。初めてのデートに対する緊張が、大井から真っ当な思考能力を奪っていき、口を動かなくさせた。
自分からデートに誘っておいて、なんという体たらくなのか。大井は自分自身を戒め、再度何を話すかを考え直す。
こんな関係でいい訳など無い。今日こそは、夢に楽しんでもらおう。そういうつもりで切り出したデートだったが、結局はいつも通りの――いや、いつも以上に味気無いやり取りになってしまっている。
何か、何か話題は無いか。頭の中で話題を探り回るも、思考はあえなく空転し続けていた。
「……大井くん」
「へっ!?あ、ど、どうした結城!?」
「バス、来てるよ?」
「え――あ゛ーっ!待って!乗ります、乗りますんで!」
必死で話題を考えるあまり狭くなった視野は、夢に到着を告げられるまでやってきたバスにすら気付かなくさせていた。
大井がバスに気付くと同時に、エアブレーキが抜ける音が鳴り、既に開いていたバスの扉が閉まっていく。今にも出発しそうなバスに対し、大井は大声を上げて制止した。
◆ ◆ ◆
「うーん……こういう服、結城はどう思う?」
「う、うん。似合う、と思うよ」
「じゃあこっちのは?流石にハデすぎるかなぁ」
「大井くんなら、大丈夫だと思うよ」
バスの運転手に平謝りする所からのスタートという最悪の始まりを取り返すべく、大井は駅近辺で最も大きいショッピングモールへと夢を連れ、その中の服屋へとやってきていた。
ショッピングというのは女子共通の趣味であり、服飾店は最も無難な選択肢である。そんな事前のリサーチ――今日に至るまでひたすらデートコースについてネットで調べ回った――の通りに入る店を選んだ結果だ。
――が、しかし。
「……あのさ、結城も何か欲しい服があったら見て回ってもいいんだぜ」
「ううん。私は、特に欲しい服とか、ないから」
「そ、そっか」
店内に入ってから――いや、このデートの始まりから夢は、一切の自己主張をしていなかった。
計画時点で集合場所や行き先を聞けば、大井に任せる。モールでまず何をするかを聞けば、大井に任せる。服屋に入って何を見るかを聞けば、大井に任せる。
まるで何も望むモノが無いとばかりに夢は大井に全てを任せ、表情も変えずに大井の一歩後ろを付いてくる。
元々引っ込み思案な夢だが、こうまで行動全てを任されていると、単に気を遣って付き合ってくれているだけなのではないか、そんな不安が僅かによぎる。
「……じゃあ、買ってくるから。ちょっと外で待っててくれ」
「うん、わかった」
女性は買い物に時間をかける。それを予測し、事前に決めた予定の上ではあと二十分から三十分は服屋で過ごすつもりだったが、こうまで興味を示さないのであれば長く過ごすのは逆にまずい。
結局夢自身は何一つ商品を手に取らないまま、大井は手に取った中で最も無難と思った柄のシャツを一着だけ手に取り、会計へと向かう。
服屋に一切興味を向けてもらえなかったのは予定外ではあったが、想定外では無い。このショッピングモールの中は、ただ見て回るだけでも半日は費やせるだけのテナントが詰め込まれている。
どこにどんな店があるか、下調べもしてある。少なくともエスコートで嫌な思いをさせはしない。そう心に誓い、大井は店外で待つ夢と合流した。
「よし、次は……あっち側、行ってみようぜ」
「ひゃあっ」
大井はモールの向こう側を指差しながら、反対の手で夢の手を取ろうとする。が、その指先が手の甲に触れた瞬間に夢は声を上げ、弾かれた様に手を引いて大井の手から逃れた。
その声に振り向いて見れば、夢は両手を胸の前で合わせ、両目を見開いてこちらを見ていた。
「わ、悪い。イヤだったか」
「う、ううん……その、びっくり、しちゃって」
そう言いながらも視線を逸らして顔を伏せる夢を見て、大井は申し訳無い気持ちに包まれた。
交際関係にあるのだから、手を繋ぐぐらいは普通だろう。そう考えていたのは大井だけで、実際の夢の気持ちを考えてはいなかった。
こうした人目の多い所で手を繋ぐ事を恥ずかしく思うのは、当然の事だ。もしかしたら、そうして一緒に歩いている所を知り合いの誰かに見られ、後から囃し立てられる事も有り得るかもしれない。
どう考えているかはわからないが、今もなお夢の両手は引っ込められたまま胸の前から降りてきていない。それを見て、大井は手を繋ぐ事は諦める事にした。
「じゃあ、次行こうぜ」
「う、うん……」
気まずい空気が流れる中、改めて大井は夢に出発を告げる。
”彼女と手を繋ぐ”という、全男子高校生の小さな
◆ ◆ ◆
「……どうしよう……」
「どうしたの、大井くん」
「え゛!?あ、いや……な、なんでもないよ、ハハ、ハ!」
それからモール内のあちこちで、服屋と同じ光景が繰り返された。
雑貨店、CDショップ、インテリアショップ、時計店、靴屋。大井が夢を連れてそれぞれの店内を見て回り、大井が商品を手に取っては夢に意見を聞き、それに控えめな肯定が返される。
そして肝心の夢が店や品物に興味を示す事なく、予想していた時間から遥かに短く切り上げて次の店へと行く。正直、ここに至るまで楽しんでもらえてるとは到底思えない。
時折、自分の買い物ばかり付き合わせてつまらなくはないかと、それとなく夢へと聞いてみた。だが夢は、一切買い物をしていないにも関わらず”楽しいよ”と、ぎこちない笑顔で返されるだけだった。
明らかに、気を遣われている。このままでは念願の初デートにも関わらず、最初の一回で愛想をつかされるダメ男の烙印を押されてしまう。というか押してしまう。自分自身で。
(……デートってどこ行けばいいんだ……教えてくれ世の彼女持ちの皆様……)
現状、大井は完全に行き詰まってしまっていた。事前のデートプランでは、このモール内の店をあらかた見て回り、最後に夕食でも一緒にして帰宅――という予定だった為に、このままでは時間を持て余してしまう。
このままでは予定の半分以下の時間でモール内を見て回り終える。そうなれば、大井に考えられる行先はいつも男友達と遊ぶような場所――カラオケやゲーセンぐらいしか残されていない。
だが、いつも物静かな夢が、そういった騒がしい場所を好むとは思えない。大井に任せると言っている夢が強く拒絶を見せる事は無いだろうが、折角のデートで嫌な思いはさせたくはない。
大井はそういった内心の煩悶をなるべく表情に表さずにゆっくりと歩きながら、夢の顔色を伺うべくちらりと後ろを振り向いた。
「――……」
「?どうしたんだ、結城」
「あっ、えと……」
これまでずっと一歩後ろの距離をキープしていた夢が、僅かに足を遅らせて横を向いている。視線の先に大井が目を向ければ、その先にはモール内唯一の本屋があった。
視線を真っ直ぐに戻せば、夢は言葉を詰まらせながら、その目は大井の向かっていた先と本屋の入口の半ばを行ったり来たりして揺れている。
本。本屋。完全に盲点だった。思えば学校でも、夢が空き時間に読書している姿はよく見る。
”異性との”デートという事に気を取られて、一般的な女性が興味を引くだろう場所をネットで下調べして今日という日を臨んだ。だが、そのリサーチの中では夢本人が望み好む場所という観点がすっぽり抜け落ちていた。
何かを言いたいが、言い出しにくい。そんな夢の様子を見て、取るべき行動は一つだ。
「次はあそこ、寄ってこうか」
「……!うん!」
本屋へ行くと告げると夢は、表情こそ大きくは変えはしなかったが、返事の声色は明らかにこれまでに無い程に高く、ハッキリとしていた。
正解だ。ようやく正解を引いた。女性の心という難問に対し、ようやく手応えを覚えた大井は意気揚々と本屋へと入っていく。
ガラス張りの壁の中央に大きく開かれた入口に取り付けられた防犯ゲートを抜けると、すぐ入口手前から店の奥に至るまで広々と本が収められた、空調の効いた爽やかな空間が二人を出迎える。
文芸、ビジネス、生活、参考書、漫画。十分に用意されたスペースに様々な分野の本が広く整然と並べられ、新たな持ち主が来るのを待っている。そんな印象を受ける程に、多量な本の背と表紙が目に入る。
「なんか、欲しい本とかあるのか?」
「うん……ちょっと、今読んでる小説があって」
「へえー、どんな本なんだ?」
「え、えっとね――」
言葉を互いに交わしながら、文庫本が置かれてあるコーナーを見て回っていく。どこか不自然さがあったこれまでのやり取りと比べ、本屋に来てから二人の会話は流暢に成立していた。
大井が聞いて、夢が応える。それまでとは反対の構図で、会話は進んでいく。
大井の知らない小説の話をする夢の横顔は、未だに固さを残してはいるものの、楽しそうに見えた。
「あ、あった……!」
「それ、探してたのか?」
「うん」
そうして夢と歩き回っていると、目当ての本を見つけたのか、夢が棚に収まった本の中の一冊を手に取る。
両手に取った文庫本のタイトルを指差し、巻数に間違いが無い事を確認し終え、夢は小さく微笑む。それは、もしかしたら今日これまでで初めてかもしれない夢の笑顔だった。
――今日、これまで。自分は何も出来ていない。
「……あっ」
「これ、買うよ。俺も読んでみたいからさ」
「で、でも――」
夢が手に取った本と、その本の一巻を棚から引き抜き、夢へと笑いかける。
元々、今日は夢の欲しいものを何か贈る為に、財布の中身は少し多めに持ってきてある。文庫本の値段は元々買う予定だった服や雑貨に比べればさしたるものでもなく、自分の分を買ったとしてもお釣りが来るほどだ。
夢がこちらに遠慮する様な言葉を言い出すよりも早く、大井は夢と自らの分の本を会計へと持っていった。
思えば、小説などこの所読んでいない。夢が読んでいる本であれば内容に関しては心配いらないだろうし、たまには良いだろう。そう考えている内にレジの勘定は済まされ、お釣りが戻される。
カウンターを離れて夢の所に戻ると、夢は申し訳なさそうな顔をしながら自らの鞄の中を探り、財布を手に取っていた。
「はい、結城の分」
「ご、ごめんねっ、お金、すぐに出すからっ」
「気にしなくていいって、そんな高くないんだし。こんぐらい払わせてくれよ」
律儀にも代金を払おうとする夢の体の前に、本だけを差し出す。半ば押し付けるような形だったが、おそらくそうでもしなければ夢は自分に遠慮してしまうだろう。
それは人としては立派な事なのだろうが、彼氏としては寂しく感じるものがある。いつも控えめに意思表示を見せない分、少しぐらいは甘えてくれても構わない。そういった思いがあった。
夢は目の前に差し出された本と大井の顔を、何度か視線を交互にした後、ようやく自分の財布を鞄へとしまって本を受け取った。
「……ありがとう。大事に、するね」
「大袈裟だって」
受け取った本をどんなモノよりも大事そうに両手で抱きながら、夢は大井へ小さく頭を下げる。
文庫本一つに対してはあまりにも畏まった礼に、大井は苦笑した。
◆ ◆ ◆
「なあ、結城。どっか行きたい所とか、マジで無いのか?」
「えっ」
穏やかな風が流れていく歩道を二人でゆっくりと歩きながら、大井は夢へと問いかける。
本屋での買い物を終えてから、大井と夢はモールすぐ横の繁華街へと出ていた。モール内にはもう夢の好むような店は無く、これなら街に出て別の店を探した方がマシだ――そう判断しての事だった。
とはいえ、大井にアテがある訳では無かった。下手な場所を選ぶよりは、このまま家まで送った方が夢の為かもしれない。そう考えると、やはり夢自身の希望を聞いておきたかった。
「実は、もうあんまり行く場所思いつかなくてさ……結城はどうなのかな、って」
「……」
「別に、どんな所でもいいんだぜ。今日はどこでも付き合うつもりだからさ」
頭を人差し指で掻きながら、正直に告白する。下手に格好をつけてしくじるよりは、情けなくとも誠実であった方がまだ良い――と、思う。
夢にも、行きたい場所や好む場所はある筈だ。たとえそれがどんな場所だったとしても、行先を失った大井が主導するよりは良い時間を過ごせるだろう。
聞かれた夢は歩きながら顔を伏せ、真剣に考え込んでいた。その返答を、ゆっくりと待つ。
そして、夢が顔を上げた。
「どこでも、いいの?」
「!おう、勿論!どっか、あるんだな!」
「……じゃ、じゃあ……こっち……」
答えは、事実上の肯定だった。夢は明らかに意志を示し、自らが行きたい方向を指差す。
正直、助かった。これで”特に何もない”と言われていたら、その時点でデート終了コースだった。初デートが時間を持て余して終了というのは、誘った側としてはあまりにもバツが悪い。
夢と横に並び、案内される方向へと向かう。繁華街を歩いていく人々を掻き分け、大井にとっては馴染みのない道を二人は進んでいった。
案内が始まってから数分ほど歩いた所で、夢の足は止まった。
「……あそこ……」
「あそこ、って――」
夢が指差した方を見れば、繁華街の大通りから脇に伸びる、車一つ分ほどの小道があった。
平日の昼間にも関わらず人が見られない小道の傍には、照明が多分に取り付けられた縦長に立ち並ぶ建物群がある。そしてそれらに共通する特徴として、どの建物にも「HOTEL」の文字が書かれてある。
――ん?
「……結城、その……道、間違えたりとか……」
おかしい、明らかにおかしい。何かの間違えだろうか、そう考えて大井は夢を見やる。
夢は顔を伏せながら、その脇道に立っている建物の一つを確かに指差し続けている。
その顔は、耳まで真っ赤に染まりきっていた。
「…………えっ?」
そんな夢の姿を見て、大井の頭は理解する事を放棄した。
オレは……オレは…… 昔のオレにもどりたかったんだ!!
いちゃラブで和姦好きなオレにもどって、なにも気にせずいぶすたキャラを徹底的に愛でたかったんだ!!
気に入らなかったっ……知らないうちに原作の影響をうけて陵辱描写を増やしていく自分が……
オ……オレともあろうものが「次どうやって辱めようかなー」とか考え……わ わるくない気分だったっ…… 陵辱系の小説を書くのもスキになってきてしまっていたんだ……!
※作者はそこまで悩んでないです。
当小説でもっと見たいヒロインは誰ですか?
-
蓮ちゃん
-
ユーリヤさん
-
真魚ちゃん
-
蜜柑さん
-
夢ちゃん