ヴァーリ・トゥード
「……んぁ……やべ、まーた寝てた」
大きく欠伸をしながら、テレビの色の無い光のみが場を照らす真っ暗な居間で、大きな影が一つ起き上がった。
伊達十三。この屋敷の主であり、定職に就いていない彼は自身の生き甲斐と言えるビデオ鑑賞を長時間続ける内に、いつの間にか寝入って夜を迎えてしまっていた。
最も彼は過去の稼業から、自身の求める日常生活を送り続けるには十二分な金銭を確保しており、金に困るという事は無く、知り合いに呼ばれた日以外は悠々自適な日常を続けていた。
知り合い二人からはその暮らし振りを見られる度に様々な表情で睨み付けられるが、よそはよそ・うちはうちである。スポーツ選手が得た金で引退後にのんびりしているような物であり、非難される筋合いは無い。
まぁ、スポーツと言うには少々過激すぎたのは否めないが。
「今は……えー、一時ぃ?ビミョーな時間だなオイ。大分寝ちまったし、寝直すにはちとなぁ」
床に転がしていた携帯を手に取り点灯させ、記憶している最新の時刻を現在の物に修正する。最後の記憶ではまだ日が沈んでいなかった事を考えると、相当な時間をこの場で寝て過ごしてしまっていたらしい。
早めの夕飯を摂ってからは、ひたすら借りてきた新作ビデオをリレーする事だけに集中していた為、どうにも時間感覚が曖昧になっている。買いを決断させるレベルの物が多かった為に、随分と精が出てしまった。
しかしまぁ、三大欲求に適度な運動がきっちり満たされているというのは、充実した生活だと言う事も出来る。故に夕方からそんな状態のままに寝入ってしまうのも健康故の事であり、決して情けないという事はない。そんな自分に誇らしさすら覚える。
誰もいない真っ暗な空間で十三は腕を組み、その場で何度か頷いた。
「……さすがに早朝のラジオ体操って気分でも無えや。布団で寝酒でもすっか」
そう決めて、十三は居間から立ち上がり酒を取るべく冷蔵庫へと向かった。
健康にも睡眠の質にも悪いとされる寝酒だが、そもそも自分の場合は睡眠時間が十分な上に、体は常時健康極まりない。仮に早朝に目が覚めたとしてもそれから日課となっている鍛錬でもすれば良いし、しばらく寝酒もしていなかったのでたまにはいいだろう。
そういった考えのままに暗い部屋を電気もつけずに渡り、冷蔵庫から一本の缶チューハイを手に取る。手っ取り早く酔いたい時に備えて以前箱で買った物だが、飽きが来てここ最近は手を付けていなかった。
冷蔵庫を閉め、寝室へと向かいながらプルタブを上げる。音の無い廊下に空気の漏れる音と、缶の中身が揺れる僅かな水音が響く。それを軽く一呑みし、味を後からつけたアルコールとしか表現出来ない味を口の中へ広げる。
「たまにゃ良いんだがな……」
缶チューハイというのは酔う事だけを考えれば口当たりも良く飲みやすいのだが、どうにも後味が酒精のみしか残らず、なんとも言えない気分となる。
そういう事情もあって、このチューハイは箱で買ったはいいものの数は中々減っていない。どうせ飲むなら生ビールにするという時が多く、こうして思い出した時にしか口にしていない。
まぁ、別に安かったし余ってもいっか。そう考えながら、寝室の戸を引き敷きっぱなしにした布団へ歩いていく。
「あっ、つまみも一緒に持ってくりゃ良かった。しゃーねえ、このまま寝るか」
二口目を喉に入れた時点で、口を整える肴を忘れた事に気付く。とはいえここまで来て取りに戻るのも億劫なので、そのまま十三は布団の傍まで寄る。
寝室には一切の明かりも無いが、毎日まるで位置を変えずルーティーンの如く潜り込んでいる布団など、目を瞑ったままでもそのまま入り込める。腰を下ろし、布団を持ち上げて入り込もうとした。
「――ぅ」
「あ?」
その時、自身の目の前から小さな音が聞こえた気がした。
よく見ると、目の前の掴んだ布団の位置が少し高い。暗闇に慣れた目が、布団が明らかに盛り上がっている事を確かめる。自分がたまに寝室に持ち込む雑誌類程度の大きさでもなく、いつもの日常への違和感は強まる。
聞こえた音の色と状況が合わさり、突飛な予測が頭に浮かぶ。まさかなと思いつつも、十三は掴んだ布団をそのまま大きく持ち上げた。
「んぅー……」
「…………なんで?」
雲が動いた事で月の光が僅かに差し込み、部屋の中にあるもの――居る者の輪郭が明らかとなる。
持ち上げた布団の下には、何故か水着姿の銀髪の少女が丸くなって転がっていた。
ボーダー柄の紐ビキニで寝転がるその少女――真魚は、十三とは歳こそ大きく離れているものの、今現在自分が手を貸している知り合いの仕事の付き合いの関係……いわゆる十三の同僚とも言える存在だ。
が、何故今自分の家にいるのかがわからない。っていうかなんで布団を占領しているのかも、何故水着姿なのかも、その何もかもがわからない。
いくらそういう類のビデオを見ながら寝たからと言っても、夢で知り合いの姿をそれに投影する程に欲求不満では無いし、十分な睡眠から覚めたばかりの目は完全に冴えている。
さらに自分の欲望として考えれば、夢を見るならもっとスタイルの良い女優で見たいシチュエーションだ。諸々の考察から、十三はこれが自分の夢では無いことを確信した。
「いや、だからなんで?」
「あぅ」
そうだとすると、やはり最初に感じた全ての疑問の答えが無い。
一応現実である事を確かめるべく、横になっている真魚の頬をつつく。真魚に小さな口からは間の抜けた声が漏れ、自分の指先には確かに柔らかな肌の感触がある。間違いなく現実としてここにいる。
真魚の頬に触れた手を自分の頭にやって、額を指で突いてこの状況をどうするか考える。真魚を起こして何故ここにいるのかを聞くのが一番良いのだろうが、自分の布団ですっかり寝入ってしまっているこの少女の眠りを邪魔するのは少々抵抗がある。
とはいえ、自分だけで考えても理由がわかる事は無い。起こす事も無く、考えても結論が出ない。ならば自分に出来る事は一つしかない。
「……別の布団取ってこよ」
十三は面倒事を先送る事にした。こうしてすやすや寝ている真魚の顔を見る限り、何か切羽詰まった事情でここにいるようには見えないし、放置したら自分が危険な目に遭う訳でも無い。
目の前の異常事態を瞑ってやり過ごし、朝起きた時か次に顔を合わせた時にでもゆっくり聞けばいい。自分の布団の中で無防備すぎる姿で眠り続ける少女に対して、十三は勇気の放置を選んだ。
一瞬据え膳か何かか?と思った事は否定出来ないが、知らない仲でも無いのに変な事をすれば後々に少々顔を合わせ辛くなるし、この状況ではただ真魚に起きられるだけでも絵面が極めて犯罪的な事になってしまう。
何よりも目の前の少女は相当に厄介な性格をしている。呼んだ訳でも無いのにここまで勝手に忍び込み、カメラをどこかに仕込んだ上で自分が手を出すのを待ち伏せ、「よーし弱みゲットだぜー」などと平然とドッキリ兼恐喝を仕掛けてくる事も考えられる。そんな
「……隠せる場所自体はそれなりにある、な。まぁ、このまま立ち去ればいいだけか」
そう考えてみると、途端にそんな気がしてきた。録画時特有の赤ランプが暗闇の中に隠されていないか、部屋を見回す。そういった物を見つけることは出来なかったが、念入りに隠されている可能性もある。
素人であれば巧妙に隠されたそれらを見つけることは出来ないだろう。だが歴戦の傭兵であり、幾千ものビデオの山も谷も越えてきた――というか肥えてきた――十三は、例え部屋内のどんな場所にカメラが隠されていても、その経験と知識から見つけ出せるという自負があった。
十三は鋭い目つきで周囲を警戒しつつも、傍から見れば滑稽な思考を巡らせながら布団を元の位置へと戻す。何も見なかった事にする。そんな強い意志を以て、真魚の白い体の上にゆっくりと布団を戻した。
「……んぅう……く……」
「ん、やべ、起こしたか……?」
「……く、くさい……」
「起きろこのヤロウ」
「のわー」
強いと思っていた意志が一言で吹き飛ばされ、十三は反射的に軽い掌打を布団越しに真魚の背中へ打ち込んだ。
その衝撃で真魚の体は押し出され、抜けた声を上げながら閉じていた目が開かれる。
「……んぅー。何なのおじさん。今何時だと思ってるの、まったく」
「それはこっちのセリフだ。なに人ん家に不法侵入した挙げ句、俺の布団を奪取した身の上で”くさい”とか言ってくれてんだ。二歩譲って前半二つは許すが、最後の一つは許さねえぞ。俺臭くないもん」
頭を揺らしながら、その体に布団を押さえつけながら真魚が眠たげに上体を起こす。
一切の許可無く侵入して布団を奪っておきながら、その声は十三を非難してくる。別にそういった態度自体はこの少女との付き合いではいつもの事なのだが、最後の一点だけは訂正させたかった。主に自身の名誉の為に。
「おじさん、なんでわたしがたった今まさに考えてる事わかるの?”気”とかなにか?」
「さっき自白してただけだぞ。っていうかちょっとは己の意見を隠す気を見せろ不良少女」
「ん。うそはよくないよね」
「不法侵入は良いと抜かすか、気に入った。追い出すのは最初からだ」
「やぁー。さーむーいー」
十三が真魚の体を覆う布団を剥がそうと引っ張ると、真魚はその布団を自らの体に巻きつけてその体重全てで抵抗し、留まろうと敷布団の上を転がる。
お互いの力の差を考えると軽く力を込めるだけで布団を奪う事自体は可能だが、現在十三がすべき事はそんな事ではない。掛け布団を掴んだまま、十三が質問する。
「……っていうかマジでなんでお前ここにいんの?瞬間移動出来る魔術でも試してみてこっちに来たとか?何すやすや寝てんの?っつーかなんで水着?服はどうした服は」
「んー、質問多いね。……めんどくさいし、黙秘権って有り?」
「わかった、代償として俺の布団を返せ」
「わたしのふとん取ってどうする気なの……!こんないたいけなオンナノコ相手に……!」
「声に真剣味を込めた所で表情を変えなきゃ意味ねーぞ」
ろくに質問に答えようともしない真魚の言葉を聞き流しながら、掴んだ布団と共に真魚の体をぐいぐいと揺らす。
体を揺らす度に「うあー」だの「ぬわー」だの、とにかく軽薄な声を真魚が上げ続ける。いつまでも何もしないつもりならば本気を出すという意味を込めて、布団を引く力を徐々に強めていく。
真魚の小さな体が布団ごとメトロノームの如く左右へ揺れ動き、少しずつその振り幅が大きくなっていく。
「おじさんストップー、こうさーん、テクニカルタイムアウトー。証言するからー、これやめてー」
「わかった」
「ぎゃーす」
真魚がこちらの質問に応える気を見せたので、引かれた体が元の位置に戻ろうとする動きの直前にパッと手を放す。揺れた体が戻ろうとする力を抑える物が無くなり、真魚の体が勢い良く敷布団に戻る。
全く気の入っていない悲鳴を上げながら真魚が転がってゆき、敷布団の端から体半分はみ出てしまう。巻き付いていた布団が拍子で外れ、真魚の白い背中から下の水着までが露わになる。十三は軽く目を逸らした。
「わざとやったよね今の」
「黙秘権だ」
「まぁいいけど。えーと、最初は”なんでいるのか”だったよね」
真魚が体に布団を巻き付け直し、転がって十三へ向き直る。寝転がった体勢のまま、半目で真魚は話し始める。
「えーと、私用でちょっと前に待ち合わせしてた人がいてね。その人と一緒にこの近くまで来たんだけど」
「ちょっと前って、夜だろ今。蓮か、ユーリヤか?」
「途中職質引っかかっちゃって、その人だけ交番に連れてかれちゃって、ね」
「おいマジで誰なんだそいつ」
真魚の話が一瞬で急展開を迎えて十三の予測から明後日の方角へと飛翔していく。
唐館において蓮はその稼業とコネクション故に、警察関係者からは事実上不可侵と扱われており、職務質問に引っかかった所で拘束される事は無い。ユーリヤはそういった存在では無いにせよ、人柄や服装から言ってそれほど警戒される様な人間でも無い。
が、今の話では真魚のみを置いて”待ち合わせた人”だけが職務質問の果てに警察に連れて行かれた、と聞こえる。身の上を隠している政次郎ならば最悪あり得るかも知れないが、仕事中毒で用事が無い時は影も現す事のないあの男が、真魚と二人で待ち合わせるとは到底考えられない。
十三が思考を巡らせている間にも真魚の話は続く。
「で、わたしの用事が出来なくなっちゃってこまったなぁ、ってテクテク歩いてたんだけど。”そういやこの辺におじさんの家あったっけ、ピンポンダッシュでも仕掛けよっか”――って事で、きた」
「俺が疑問を感じてる間にツッコミ所増やさないでくれる?」
「最初は気付くまで、そのうちなんかエキサイトして百八回ぐらいを目標にピンポンダッシュしてたんだけど、二十一回目辺りで全く反応無くて変だなーって」
「もっと早く諦めてくんない?」
自分が寝ている間にどれだけインターホンを慣らしたというのか――いやちゃんと回数は申告しているが――、気持ちの気軽さに似合わぬ回数行われた真魚の所業に対し、十三は感情が一周して何も感じなかった。
というか、二十一回鳴らされても寝てるってどんだけ爆睡だったんだ当時の自分。
「”おいごるあー!でろー!”って玄関叩いたら、鍵もかかってなくて、戸開いて。鍵もないのに無反応だったから、さすがにおじさんが心配になって」
「お、おう。それは普通にスマンかった」
「ん。で、”鍵かけてないのが悪い”という授業料を頂きに家の中を物色したんだけど」
「何を盗りやがったキサマ」
「
「返せ!今すぐ返せやぁっ!」
「それがモノをたのむタイドかねきみー」
「そっちが盗んだヤツの態度じゃねーだろがぁっ!」
再び布団を片手で掴み、そのまま体ごと軽く持ち上げる。本当に普段食事を取っているのか不安になる程、軽々と真魚の体が数センチ浮き上がる。
こちらの尊厳がかかっている為に語調こそ強くなったものの、本気で怒りを覚えている訳ではない。鍵をかけ忘れたまま寝入ったのはこちらの落ち度であるし、やろうと思えば金銭に関わる物も狙えただろうに、そうせずに自分の
最も自身の生命線に関わる物はキッチリ金庫に入れてあるし、普段持ち歩く用の財布には最小限の金しか入れていない為、狙った所で無意味ではあるのだが……ある意味、金よりも取られたくない物を握られていた。
自身の尊厳とそれよりも大事な物の為に、十三は真魚の体を浮かしたまま腕を動かして軽く揺らす。無抵抗のまま真魚の頭が跳ね動いた。
「あぅあぅあー……わかったよ、ちゃんと返すってば。ごめんねおじさん、そんな血眼になるぐらい大切なモノだとは、ちょっとしか思ってなくって」
「ちゃんとわかっててやってんじゃねえかクソァ!」
十三は言質を取ると、真魚の体を再び敷布団へ下ろす。これなら盗撮されてた方がまだマシだった。この真魚の言い分からして、恐らくは中身に目を通されている事だろう。
その事自体は真魚との人間関係に影響する事は無いが、わざわざ弄りのネタを供給させてしまったのは迂闊だった。煮ても焼いても食えない、そういう厄介さがこの少女の持ち味である事を思い知る。
「……で、それらに目を通して”おじさんは普段こういう妄想の中に生きてるんだ……かわいそう……”って、涙ボロボロにこぼして」
「やめろウソでもその言葉は俺に効く」
「その辺で飽きたからパーカー脱いでここで寝た」
「自由すぎるこの子」
詳しすぎる寄り道の果てに十三の質問の答えが全て出揃った。要は、この近くまで来た所でアクシデントがあって、暇だったからこの家で時間を潰して寝た、という事らしい。
その無軌道な行動っぷりはともかく、経緯は全て理解出来た。
「……今から帰るのも危ねーだろ。来客用の布団出すから、居間に行って寝ろ」
「そしてそこで童貞をこじらせたおじさんは、若いわたしの体を一心不乱に貪ろうと」
「しねーしこじらせてない。俺は清いだけなの。捨てられないワケじゃないの」
よよよ、とわざとらしく体を引く真魚を無視し、十三は寝室の押入れから布団を取り出すべく立ち上がる。
政次郎の人格を抜き身の刃と評するなら、真魚は泥水を含んだスポンジだ。こちらから何を言っても無駄だし、発せられる発言の大半は意味が無い。無表情でクールな印象を与えるも、その人格の本質はその舌を以て反応を楽しむ愉快犯である。
ただ、公私のスイッチの切り替えはハッキリとしており、こと仕事に於いては十分に頼りになる存在なのだが、日常ではいつもこんなものなのでまともに取り合ってはいられない。そう思い、十三は押入れに手をかけようとする。
「ん。それ困る、かな。わたしにもここに来たちゃんとした目的、一応あるし」
「は?」
その瞬間、背筋に震えが走る。こと最近”手伝い”を始めるようになってからはよく感じる、
向き直った所で自分の両腕に朧げな光の茨が絡みつき、動きを止める。重みを持たないにも関わらず異様な力で腕が留められ、絡み付けられた部分にちくりと刺す感覚が走る。
目の前の真魚が、
「――オイ。どういう事だ、こいつは」
「ぅゎおじさんこゎぃ。一応痛くないように最小限の規模にはした、んだけど……痛いならごめんね」
「説明しろ。口振りによっちゃ洗脳されたと判断し、殴ってから蓮に突き出す」
確かに目の前の少女が行使した魔術により、拘束された十三の思考と体のスイッチが一瞬で日常から戦場の物へと切り替わる。真魚の様子を見つめる眼光は鋭く、体中の筋肉がいつでも全力を引き出せるべく脱力する。
腕を縛る光の茨は、普段から真魚が使う魔術の一つとしてよく見ている。だが、いつも敵へと行使する物はもっと生まれる茨の数が多く、体を縛ると言うよりは噛み付く勢いで襲いかかる代物である。
真魚の言う通り、わざわざ威力を抑えて行使したらしい。だが、何故?
「さっき言った”私用”なんだけど……男の人のせーえき、欲しくてね」
「――はいっ?」
「それ、エミュレータの生体バッテリーに使えるんだけど。その為に呼び出した人がパクられちゃったから。おじさんは霊格とか低そうだけど……丁度近いところまで寄ったんだし、背に腹は代えられないからもらっちゃおっかなー、って」
なんでも無い事の様に真魚がすらすらと理由を言い上げていく。え、何それ。魔術で動きを奪われ、張り詰めていた思考に雑念が混じり、緩む緊張と共に睨む目が歪む。
「ん。まぁ、だいたいそんなカンジで。じゃ、ちゃんと気持ちよくシてあげるから、ぴゅぴゅって出してくれないかな」
「嫌に決まってんだろ何言ってんだぁっ!!」
「そんな事を言っててもわたしのテクにかかれば、すぐにそっちから頼んでくるようになるぜー」
「洗脳されてた方がいくらかマシだったぞチキショウ!!」
両腕を縛られた状態だったが、十三は頭を抱えたくて仕方なかった。
エミュレータの為という理由があるとはいえ、何が悲しくて何回りも歳の離れた子供に性的に襲われなきゃならんのか。いくら十三が童貞であり、いつも視ているビデオの様な事にいくらか憧れがあるとはいえ、こんな状況でエロい事をされるのは真っ平御免だった。
知る仲の奴に襲いかかるより、襲われる方が余程後々気まずくなるのは間違いない。十三は全身に力を込め、自分の腕を縛る魔術に全力で抵抗し始めた。
「ぐ、ぎぎぎ……!」
「うわ、マッスルだけで外そうとしてる。すごい」
「ナ、メんな、よ……ッ!」
魔術への対抗手段などは蓮やユーリヤに任せている十三は、受けた場合の正しい破り方など知らないし、そもそも知ろうともしていなかった。
だが威力は抑えられており本数も少ない今の拘束術は、到底本領を発揮しているとは言えない。化物がこの魔術を、力づくにしか見えないやり方で強引に外している姿は何度も見ている。ならば、自分に出来ない筈が無い。
腕に光の茨が食い込むも、力を入れて踏ん張るごとに確かにその茨が外側から千切れていく様に細くなっていく。いくら不可思議な力で構成されていると言っても、結局行っている事自体は力比べに過ぎない。なら――
「ォァラァッ!」
「えぇー、本当にやっちゃうんだ……」
絡み付いた植物を地面ごと引っこ抜く様なイメージで、全身の力を駆使して魔術の茨の拘束から逃れる。
こんな事をやった経験など無かったが、いくら真魚の魔術と言えど最低まで抑えられた術であれば出来るだろうという確信に近いものはあった。腕は多少傷んだが、動かせれば問題はない。
続けて敷布団の上で尻餅をついて呆れた目つきでこちらを見ている真魚の姿を見定める。自分の身が危ない今、もはや目の前の存在は一旦”敵”として認識した方が早い。
”敵”はコンピュータをタップする事で魔術を起動する魔術師。状況は室内、距離は大股で五歩分。背後は壁、部屋の出口はこちらが近い。逃げるか?いや、この距離はこちらが優位。
距離を置いての戦いは自然とこちらが不利だし、あちらの目的がこちらの捕縛である事を考えれば、狭い廊下ほど先程の魔力の茨を生やす魔術は使いやすく、避けにくくなる。
それは自然に、この部屋・この瞬間こそが勝負時である事を確定させる。
(今の魔術の気配はわかった。それを読み切り、寄る)
完全に今の状況を”戦闘”として見ている思考が、様々な思慮すべき過程を一瞬でシミュレートしていき、結論を導き出す。この際、何のために戦っているかという間抜けな事は頭の外へと弾き出す。
あえて目を閉じ、神経を研ぎ澄ます。再び相手は自らを捉えるべく、すぐに今の魔術を使ってくる事は決まっている。確定している事を確認するより、一秒先の未来に顕れるだろうその魔術を予測し、そこから逃れる事に全神経を集中させる。
相手の呼吸音すらも聞こえるのではないかという程の静寂と、永遠に等しい刹那が少しずつ動いていく。空気が揺れる。先程の魔術の気配が場に形を成し始め、それのみを待って研がれた精神が感受する。
「うぇ、避け――」
「ッ――!」
自身の前の床と真後ろの押入れより湧く茨が体に掠りながらも、十三は茨から逃れる。直後に体重を移動させて横へ動く体の動きを前へと移行させ、体を沈ませながら両脚に力を込める。
次の行動は決まっている。最も厄介な、あのエミュレータを奪いながら”敵”を拘束する。同時にやるとなれば、動きの大きな掌底や足刀・前蹴りなどでエミュレータを弾く訳にはいかない。
だが、わざわざ動作を増やす必要は無い。相手は体重や体格が大きく劣る。それならば、その差をそのまま押し付ければそれだけで決着はつく。選ぶべきは、ただ一つ。
(
十三の脚が床を蹴り、体が急加速する。通常五歩かかる距離が、その瞬間だけ二歩半の距離と成る。
相手が向かってくるこちらへ対し、手を動かそうとする。こちらの体が届くよりも数瞬早く指がエミュレータを叩くことになるだろうが、問題は無い。
この速度で組み付けば、茨が体を捉えて縛り付けるよりも先に相手へ組み付ける。その衝撃でエミュレータを手から弾き飛ばせば、魔術を制御・維持する手段が無くなり、こちらが優位な体勢を取れる。
そうなればもはや相手を気絶させるなり、降参を待つなりすれば終わりだ。二歩目に足が届く。
(――組み、付けるッ!!)
限界まで見開いた自分の瞳が次の瞬間までを見据えた気がした。加速した体が止まるよりも先に、小さい体に組み付いて布団の上に沈ませるその光景を幻視する。
”敵”の指がエミュレータの画面へ届く。遅い。術が顕れるまでのその瞬間には、既に勝ちは決まっている。十三は手を鉤状にし、目の前の獲物へ飛び掛かった。
「ぎゃーっす」
「ッ――――」
真魚の間抜けな悲鳴が、部屋に響き渡る大きな音で打ち消される。エミュレータは十三の体重を受けた衝撃のままに弾かれ、制御するその手から離れる。
小柄な体は十三の体にすっぽりと覆われ、敷布団の上に仰向けに押さえつけられていた。エミュレータも失い、マウントも取られた真魚が出来る事はもはや無い。
十三は真魚を敷布団と自身の体で押し付けた状態のまま、静止している。
「あいたた……おじさん?おーい、おじさーん」
「――」
「……ん。
「――……ァ……」
「ぐえーっ」
真魚が十三の顔の前に手を振り、状態を確認する。そうすると、緊張していた十三の体が崩れ落ち、真魚の体に落ちる様に力無く沈んだ。押し潰された真魚は想像以上の体重に苦悶の息を吐く。
真魚が最後に選択した魔術は、音を聞いた相手の意識を飛ばし、眠らせる魔術だった。
拘束する魔術がかわされる・あるいは弾かれる事も視野に入れ、十三が最初の魔術に全力で抵抗して破ろうとしていた時に事前にセットアップしていた物である。
想像以上の速度で近寄ってきた為に少々焦ったが、音の速さで体に作用する魔術であれば人の身で避けれる術も無く、またこちらを無力化するべく腕を構える以上は耳を塞いで防ぐことも出来ない。
とはいえ、精神干渉の魔術が思った通りの効果が現れるかは、相手の精神力や耐性に依る所も大きく不確実だ。少しの時間で十分な効果が出たのは、
「……っていうか、おーもーいー……」
なんとか十三を無力化したのは良いが、自分の体に覆い被さり岩の塊の如く動かない十三の巨体をどうやって動かすかを、真魚は息苦しげに唸りながら考え始めた。
真魚「あ、この状況の写メ撮れば面白いかも――って、スマホまで手ぇとどかないー」(バタバタ
”導入は大事”……常にそう言っていたな……作者!
これがッ!これがッ!これが導入かっ!?
こんなものがっ……!こんなものがR-18の導入であってたまるかッ!!
当小説でもっと見たいヒロインは誰ですか?
-
蓮ちゃん
-
ユーリヤさん
-
真魚ちゃん
-
蜜柑さん
-
夢ちゃん