五日目。今は午前9時である。
まだ4月だと言うのに、今日は夏日になるらしい。春とはなんだ。
さて、俺は今、銀子を待っている。
それは何故か。
それは昨日のことであった。
銀子が帰る前に、こんな会話をしたのだ。
「八一、明日の9時、駅前。」
「え?いきなり何言ってるんです?」
「来なかったら殺す。」
「え!?あ、ちょっ!」
そのままドアを閉めて、銀子は行ってしまった。
会話らしい会話が成立していないような気がする。
それより問題なのが、目的地を聞かされていないことだ。
昨日は、どこに行くか言ってなかったよな...。そもそも、どこ行くか決めているのか?俺なんか考えておいた方がいいのかな——
「なに考えてんのよ?」
後ろから声がしたので振り返ると、白いワンピースに身を包み、いつもの髪留めをして、日除がさを持った銀子がいた。
「あぁいや、今日はどこに連れていかれるのかと...」
「あっそ、そのうち分かるわよ。それより、何か言うべきことがあるんじゃないかしら?」
「あっ、そのー...似合ってますよ、その格好。」
「っ!...ありがと」
顔真っ赤にして恥ずかしがってる銀子、可愛い。
「そ、それより!早く行くわよ!」
「行くって、どこに?」
「とりあえず私に付いてくれば分かるわよ!」
そのまま早足で改札まで向かって行く銀子の後を、俺は慌て追った。
電車に乗り、目的地を目指す。ラッシュの時間を過ぎていたので、中は結構空いていた。
銀子が席を立つのを見て、俺もそれにならう。
駅から5分程歩いた所が、今日の目的地のようだ。
「着いたわよ。」
そこで俺が見たのは——
広大な敷地の半分を覆う車、もう半分には、4階建てで、横幅の広い建物がある。まさか、まさかここはっ!!!
ショッピングモールでした。大げさに言ってみたが、別にコロッセオとかがある訳では無い。
「どうしてここに?」
「これを見なさい!」
そう言って、スマホの画面を近づけてくる。
「えっと、『全国のご当地スイーツフェスタ』?」
「そうよ。」
「今回の目的は...」
「これよ!」
今まで見たことが無いくらいに目をランランと輝かせ、こちらを見つめてくる。
「わかりましたよ。行きましょうか。」
「じゃあ、このお店から行くわよ!」
銀子は、俺の手を引いて、駆け出した。
こうしていると年相応の少女のようである。
我々は、勝負の世界に身を置いている。1度の対局で、生きるか死ぬかが決まるような世界なのだ。
そんな世界で、銀子は笑うことが減っていた。
しかし最近になって、銀子はよく笑顔を見せるようになった。
それが俺は、純粋に嬉しかった。
そして心の中で、二度と笑顔が減らないようにする。と誓う。
もうあの時には戻らない。俺が銀子を拒絶し、辛い顔をさせた、あの時には。
自然と、銀子の手を握る力が強くなる。
それに気づいた銀子は、こちらを振り向き、怪訝そうな顔をする。
「...何でもないですよ。さ、行きましょう?」
今度は俺が手を引き、歩き始める。
2人でなら、どこにでも行ける気がするから——
「甘いものはしばらくいらない……」
「なによ、もういいの?」
2時間後、ベンチに座ってそうつぶやく。途中から数えるのを諦めてしまったが、片っ端からスイーツを食べていったので、全制覇しているはずだ。流石に47品は食べ過ぎだと思う。
「逆にピンピンしてる方が凄いですよ……」
「ふーん、そうなの。」
まるで俺には興味無しか……悲しい。
「ちょっと飲み物買ってきます...」
「あ、私緑茶がいい。」
「はいはい……」
さっきのスイーツは全額俺が持ったので、財布はだいぶ薄くなっている。財布が空っぽになる前に、補充しておかねば。
ATMでお金を下ろしてから、近くにあった自販機で緑茶とブラックコーヒーを買い、銀子の元へ戻る。
「ねぇ君、1人?良かったらお兄さん達と遊ばない?」
「ごめんなさい。連れがいるので。」
「その連れってのも、女の子?じゃあその子も一緒にどうよ?」
戻ると、銀子が大学生くらいの野郎共に囲まれていた。
銀子がはっきりと断っているというのに、しつこい奴らだ。
自分の内から、何かどす黒い感情が湧き上がってくる。このまま奴らを殴り飛ばしてやりたいくらいだが、1度その感情をできるだけ抑え、声をかける。
「あの、嫌がってるようなので、やめてもらえませんか?」
「あっ、八一...」
「……これが言ってた連れ?」
「そうです。」
「あ?なに?彼氏かなんか?」
「いや、そういう訳じゃ……」
「へぇ、そう。こんなのより、俺たちの方がよっぽどイイことしてあげられるよ?」
そう言ってぎゃははと、下卑た笑い声を上げる。
周りの人たちも、流石に気づいているだろうが、誰一人として、関与しようとはしない。
「ほら、こっち来いよ」
「嫌っ...」
男の1人が、銀子の腕をつかむ。その時だった。
先程まで抑えていた感情が外に流れ出してしまった。
「おい」
思ったより低い声が出たようで、一瞬男の体がビクンとする。
力が弱くなった男の腕をつかみ、銀子の腕から引きはがす。
「さっさと失せろ。」
男の1人は腰を抜かし、その場に座り込んでしまう。
「おいおい、さっきまでの威勢はどうしたんだ?そんな所に座ってないで、さっさと失せろと言ってるんだぞ?」
そのまま彼らは這うように逃げていった。
「銀子、大丈夫?怪我は?さっき掴まれたところ気持ち悪くない?アルコール消毒液買ってこようか?あぁでも置いてく訳にはいかないから今度は一緒に——」
「八一、落ち着いて。視線集めてる。」
銀子に言われてやっと気づいたが、俺と銀子を中心に、人だかりが出来上がっていた。
「さっきの何?」「ドラマの撮影?」「怖かったねー」「あれ『浪速の白雪姫』じゃね?」「うわほんとだ!」「隣にいる男の人誰?」
「なんであんな冴えないのと...!」「……あれって、竜王?」
ところどころで恨み言が聞こえたり、俺が誰か知ってる人がいることに嬉しく思いつつ、これ以上場を乱しては行けないので、俺は銀子の手を取り、逃げることにした。
できるだけ遠くまで走り、階段の影に隠れる。
「はあっ、はあっ、ここまで来れば、何とかなりますかね?」
「多分、大丈夫だと、思う。」
息を整え、緑茶を銀子に渡す。
「飲んどいた方がいいよ。」
「あ、ありがと.....八一も飲む?コーヒーよりはいいと思うけど?」
「あ、貰うわ。サンキュ。」
ペットボトルを受け取り、流し込む。
かわいた口内と喉に、ほのかな苦味が染み渡る。
「ところでさっき、人混みから『怖かった』って声が聞こえたんだけど、何かあったの?」
「……あんた、ほんとに自覚無いの?」
「へ?俺がなんかしたの?」
「はぁ……いい?あんたさっき、殺気ダダ漏れだったわよ?」
「……は?いやいや、そんなはずは」
「事実よ。あの男達も尻もちついて逃げたじゃない。」
「声が思ったより低くなったのは覚えてますけど、流石に殺気は...」
「漏れてたの。」
「マジか……」
我々は勝負師なので、盤上のやり取りで殺気がぶつかることはよくある。一般人ならば腰を抜かしてもおかしくないほどだ。
しかしさっきの奴らは、銀子にナンパをするほど、肝が据わっている奴らだ。そんな奴らがその程度の殺気に耐えられないはずが無いんだけどな……?
「ところで銀子、怪我は無い?」
「怪我はないわよ。誰かさんが助けてくれたおかげでね。」
「他は?体調は大丈夫?」
「心配しすぎよ……そうね、強いて言うなら、さっき掴まれたところが気持ち悪いわね。だから……」
銀子は俺の手を握り、指を絡め、腕を組んできた。
「八一で上書きさせてもらうわよ。」
小悪魔のような表情を向ける銀子は、急に大人びて感じた。
「……そっか。これで上書きできるなら、どうぞ。」
腕を絡めたまま、俺たちはまた人混みに足を踏み入れた。
「ところで銀子。さっきの表情、どこで学んだの?」
「桂香さんが持ってた本に書いてあった。」
桂香さん、グッジョブ。
「で、このあとはどうするの?」
「映画でも見ない?」
「いいね。じゃあ映画館に向かおうか。」
俺たちは、ショッピングモールに併設されている映画館に、足を伸ばす。まさか、銀子があの映画を選ぶとは思ってなかったが……
長くなってしまって、今日中に投稿できなさそうだったので、2つに分けたいと思います。
後半もできるだけ早く出します。