第1話 突然迷い込んだ森
ーーここは?どこだ?
見覚えがない。何があった?
周りはゆらゆらと揺れる草、いかにも森といった様子の木々。
「ゲホッ、ゲホッ」
どうやら全身を強打したらしい。
背中を中心に全身にじんわりと広がっていく痛みに思わず目に涙が浮かんでくる。
おまけに周りはこんな状況だ。
肉体的に辛いだけでなく精神的にまいってしまう。
ーくそ、どこだよここ!
おれは覚えのない森の中、周りに比べてもかなり大き大樹の太い根の上に横になっている。
あたりは背の高い雑草が鬱蒼としていて横になっているおれからは森の様子が伺えない。
とりあえず状況を整理しよう。
名前は一条 詠。
毎日同じ繰り返しで大したやる気もなかったが一応高校生としてやっていたはずだ。
そして今おれは誰もいない夜の森で横たわっている。
ー記憶喪失とかは無さそうだな
しかし何がどうなってこんな所に一人倒れる羽目になったのか。
空を見る限り夜はかなり深いようで季節と月の位置を考えると二十二時かそこらだろう。
ーん?夜?確かいつも通り起床して学校に行った筈。あれ?
ー
ーー
ーーー
ーー朝。
久しぶりに夢を見た。
なんの夢かはわからないが長い夢だった。
現代では見覚えるはずのないような自然、街並み、人。
夢の内容を頭に浮かべながら二度寝しそうになった所でようやく我に返り時計を見て顔を青ざめた。
「やべっ、遅刻するっ、」
学生である以上学校に行かなければならないわけだが正直めんどくさい以外の何物でもない。
何の変哲もないいつも通りの一日、だが今のおれはこの後自分に降りかかる悲劇を知る由もないのだった。
盛大な死亡フラグでも立てる。
ーはあ...異世界でもなんでもいいからもう少し楽しい世界とかねえかなあ
「おはようございます」
「あら、おはよう」
すれ違うご近所さんに軽く挨拶をしつつ毎日行き来する道を学校に向けて歩いていく。
いつも通りだ。
それにしても朝の夢はなんだったんだろう。
せっかくの夢だ、あんな場所に行く未来を写した予知夢だったなんてことはないだろうか。
さながら昔の日本にタイムスリップしたかのような体験だった。
まあ夢なんてのはそんなものだろうと勝手に納得して今日も学校へ行k...
「おい!前を見ろ!」
「は?」
キュゥゥゥ、、、ドォン
すっかり夢のことに集中していたおれは自分が赤信号の交差点に入り込んでいたことに気が付かなかった。
普段から車通りの多いその交差点に侵入してしまうなど自殺行為だ。
実際おれの体は思いっきり叩きつけたゴムボールのようにひしゃげてはね飛ばされた。
十数メートルふっ飛ばされそのまま跳ねるようにゴロゴロ転がったおれの体は再び動くことはなかった。
ーああ...全身がいたい。ほんとにぐちゃぐちゃだ。手足は動かないし首も持ち上がない。このまま、死ぬのか...?
ーーー
ーー
ー
ーあぁ、そういう事か。ここは死後の世界ってとこか。無事なわけないしな。
痛む全身に喝を入れておれは大樹の根から体を持ち上げる。
周りを見渡して見るが見える限り木しかない、わかったのは相当深い森であるということくらいだ。
ー死後の世界ってのは随分と現実じみた世界だな。せめてふかふかのベッドの上が良かったな。
そこでおれは夢を思い出した。
確か夢にはこんな森もあったはずだ。
もし夢だとしたらしばらくすれば起きられるだろうか。
ーでも死んだ感覚はあったんだよなあ
おれはその場で考えていても仕方ないと判断し前に進むことを考える。
誰か人がいればいいのだが、普通に考えてこんな時間に人がいるとは思えない。
さらにここは深い森の中だ、人がいる方がおかしいという話である。
ー近くに道でもあれば助かるのだが。さて、どっちに向かったものか
とりあえずおれは空に浮かぶ月の方向に向かう事にする。
運が良ければ道にぶつかるかもしれない。
背の高い草木をかき分け鬱蒼とした森を前に進んでいく。
ーまさか熊とかいないだろうな。こんなとこで熊とか出てきたらたまったもんじゃないぞ
幸か不幸か特に何もないまま三十分ほどの時間がすぎておれはそれなりの距離を移動した。
しかしながら山道はおろかひとつの手がかりもないままただただ体力を浪費していた。
ーそろそろ何か出てこないと疲れて倒れそうなんだが
やがて前に進む力も出なくなり、結局座り込んで一人で思考を巡らせることになった。
状況はさっきと全く変わらず深い深い森のなか。
変わったことといえば体に蓄積した疲労くらいだろうか。
ーいっそのことこのまま神様が迎えに来るのを待つか...?
そんな事を考えつつ今は日が昇り辺りが明るくなる朝になるのを待つことにして目を閉じた。
地面は鬱蒼と草が茂っているとはいえ小石がゴロゴロと転がってでこぼこしている上、地面を這う木の根が背中に突き刺さって痛い。
寝心地は最悪といっていいだろう。
ーちくしょう、背中が痛い
だが痛みよりも先に疲れが体を睡眠に誘い、痛みを我慢して無理やり眠りについた。
日が昇って少しは状況が変わることを今は祈るしかない。
ー月明かりが照らす中、少年は永遠の眠りにつくのであった...いや、これは立てちゃダメなフラグだ。
妹紅side
今日は隣町に家を構えるとある貴族との会合が行われ、私こと藤原妹紅も父こと藤原不比等の付き添いで隣町を訪れていた。
今は人力の車に引かれながらゆらりゆらり山道を家に向かって進んでいるところだ。
月明かりが神秘的な雰囲気を醸し出すこの森も昔はよく走り回っていたものだ。
予定より遥かに遅れ既に辺りは真っ暗になっており車の中でうとうととしていた時、私は不思議な感覚を覚えた。
「お父様」
「どうしたんだい?妹紅」
隣に座る不比等に私が感じた違和感を説明する。
どうも森がいつもと違うざわざわしているような感じがする。
「つまり警戒しろってことかい?」
「はい」
もしかしたら気のせいだったかもしれない。
私は警戒しつつ車の周りを見渡した。
そして一瞬だが人の気配を察知した、敵意はない、けれど生気も感じられない。
ー本当に人がいるの...?...っ...
「お父様!あちらに人が倒れています!」
「どこだ?」
「あちらです」
「止まれ!」
気配を感じた木を指さすとお父様も気づいた様子で
大声を張り上げ車を制止する。
服が汚れるのもお構い無しに草木をかき分けてどかどかと進んでいく不比等に続き私も木の方へ歩いていく。
「いたぞ! 男の子だ」
「っ...ご無事ですか?」
倒れていたのは同じ歳くらいの男の子だった。
全身汚れていて服もボロボロ、一体なんのためにこんな森の中に入ったのか。
この森は道を知らない人が入り込めばそのまま帰れなくなることも多い迷いの森。
「君、大丈夫か?」
「息はあるようです。寝ているだけみたいです」
「そのようだな。よし、屋敷まで運べ」
はっ!と声を合わせて使用人達がが男の子を車に運んでいく。
その様子を見つめながら私はたった今出会った男の子との何か運命を感じずには居られなかった。
「相当疲労しているようだな。妹紅、屋敷まで様子を見ててあげてくれ」
「はい、お父様」
詠side
ー明るい...
ーそうか、昨日は疲れ果てて森の中で寝たんだっけな......あれ?
背中が痛くない。
それどころかゴツゴツした地面はいつまにかふかふかした感触に変わっていた。
それに暖かい。
ーああ...昨日のは夢で今は自室の布団の中なんだ...よかった...
そんな期待を胸に重い瞼を持ち上げる。
眩しさに思わず細めた目に入ってきたのは見たことのない天井だった。
ーえ?木造?
重たい腰をあげるとそこはタイムスリップしたかと思えるくらいの和室であった。
畳に障子、行灯まである。
小学校のころに社会科見学で歴史博物館に行った時目にした昔の家を再現した部屋そのものだった。
それから障子の隙間からこっちを覗き込むように観察している女の子が一人。
ー仮に自室が知らないうちに和室になっていたとして、あの子はだれだ?いや、そもそも和室になるわけないだろ!
勝手な脳内ツッコミを入れながら無駄な思考を頭から追い出してまとめていく。
つまりここはおれの知らない家で昨日森で倒れていた所を助けてくれたということだろう。
元の現実に戻れていない悲しみとひとまず助かったという喜びに頭を困惑させる。
それにしても...気まずい。...
そうやって覗いてるならいっその事話しかけて欲しい。
そんなおれの願いは叶うはずもなく気まずい空間はしばらく続いた。