「私がいながらかぐや姫と婚約すると約束したのですか!」
頰をぷくーっと膨らませて妹紅が怒っている。
ちなみに妹紅は不比等の前だと敬語に戻ることが多い。
自分がいない間に婚約話がすすんでいたのだ。
仕方ないと言えば仕方ないが、おれとしてもあまり前向きな話でもないので精神的にくる。
「落ち着きなさい妹紅。詠くんだって悪気があるわけじゃないんだから、」
「だけど、私は詠くんに他の嫁がいたら嫌です!」
「気持ちはわかるけど許してくれないか?」
おれと不比等で必死になだめようとするがなかなかうまくいかない。
相変わらずそっぽを向いて頰を膨らましている。
まあ、可愛いは可愛いんだが。
「妹紅は具体的にどこが嫌なんだ?おれはあまり好きになれないけど一夫多妻ってのもあるらしいし」
「そんなこと分かっています!でも、私が、詠くんと一緒にいれる時間が減っちゃうじゃないですか!」
怒っているのか恥ずかしいのか顔を真っ赤にして必死にやいのやいの言ってる妹紅に不比等と顔を見合わせて笑みがこぼれる。
理由が可愛すぎて顔が緩みそうだ。
「そんなことか、大丈夫だよ。誰も不満なんかにはさせない。妹紅だって今まで以上に愛してやる」
「ほ、ほんと?そ、それなら特別に許す」
妹紅は納得したらしく少し恥ずかしそうだが許してくれた。
実際妹紅を愛してやるのは当たり前じゃないか。
「そのかわり!約束としてキスしてください」
「あ、ああ」
二人の唇が近づく。
急に不比等の手に遮られた。
「おーい私がいること忘れてないかい?二人とも」
「「あ、」」
「君たちはすぐ二人の世界に入っちゃうんだから気をつけなよ」
顔を見合わせて笑う。
危なく不比等の前でキスするとこだった。
とにかくこれで妹紅も納得してくれたので一安心だ。
「そういえば詠くんは東の人喰い妖怪のところに行くんですよね。お父様と違って危険なんじゃないですか?」
「まあ、そうなんだけどさ、やらんわけにもいかないし」
「見つかるかすら怪しい蓬莱すの玉の枝を持って来いって言われた私よりは幾分マシだと思うよ。それと私だって危険だと思うんだが」
「しかし生きて帰らなきゃ元も子もないのも事実なんだよなぁ」
仕方ないから試練出すにしてもどう考えても危険すぎる。
人喰い妖怪相手に只の人間であるおれが挑むことになるのだ。
聞く話によるとその妖怪はそんじょそこらの妖怪とはレベルが違うらしい。
何かしら策を考えなければすぐに殺されてしまうだろう。
「はぁ、どうすればいいのか」
「詠くん?」
「いや、どうやって人喰い妖怪を相手にしようかってな」
考えたことが口に出てしまったらしい。
できれば妹紅には心配をかけたくない。
「妹紅は気にするな、今は気にしてほしくないからな」
「詠くんがそう言うなら気にしないようにします」
今は一人で考えたい。
東で名を轟かせる人喰い妖怪をどう相手にするかを。
その夜夢を見た。
前に何度も見た夢だ。
森や街、山など地形は様々だが誰かから逃げる夢。
夢とは不思議なもので、起きれば忘れてしまうのに夢を見ている間は今までの夢も思い出す。
内容は少しずつ違えど結末は同じで死だ。
だがこの世界にやって来て初めて見るこの夢。
内容は大きく異なり、逃げるだけだったおれは戦えていた。
敵の攻撃を受け止め、弾き返し、追撃する。
今まで見たことのない結末に向かった。
そこで目が覚めた。
「ん、まだ暗いな、トイレ行こう」
妹紅を起こさないように気を配りながら厠へ向かう。
用を足して部屋に戻ろうとするとふと庭に面した廊下で足が止まる。
夏が終わり秋が来るぐらいだろうか。
夜は涼しく昼間は暑すぎない。
風が吹く音が気持ちよく、季節は過ごしやすい。
鈴虫の声が鳴り響き心が休まる。
ふと夢の内容を思い出す。
ーあれ?前まで思い出せなかったのに
なぜかすっと思い出すことができる。
今日見た夢は今までと似ていて大きく違った。
この世界に来て内容が大きく変わった。
只の夢だが特別な意味があると考えてしまうのは年頃の男なら普通だろう。
「あんな力使えたらいいのに」
声に出してみる。
返事は求めていない。
庭を流れる水の音が返事をするように流れ続けている。
鈴虫の声は時々やむと思えばまた鳴きだす。
「この季節はとても過ごしやすいでしょ?」
「ん?妹紅か?起こしちゃったか?」
声のする方に振り返ると浴衣の妹紅がこちらに歩いてくるところだった。
「私も厠に行ったところなの。詠くんの声が聞こえたから来てみたんだよ」
「そっか」
「何か考え事?人喰い妖怪のこと悩んでる?」
「それもあるけど違う。夢のことなんだ」
「夢?」
夢と聞いて少し首をかしげる。
「ああ、ここに来る前からよくみる夢なんだ」
「どんな夢なの?」
「ここによく似た場所で誰かに追われる夢でな。最後は死ぬ寸前に起きるんだ」
「なんか怖い夢だね」
隣に座った妹紅は肩に頭を預けて来る。
腕を回して軽く抱き寄せてやる。
「だけど今日は少し違っててな。今までは起きたら夢の内容を思い出せなかったんだ。なのに今は鮮明に覚えててな。不思議だな」
「詠くんがここに来たからかな」
「多分な。だとしたら何かしら意味のある夢だと思うんだ。それと今日は内容も少し違ってな」
「最後がってこと?」
死ぬ、という結末は無かった。
妹紅はそこが気になるようで、心配してくれているらしい。
おれは夢の内容を妹紅に話すことに決めた。
「いや、最後は無かった。違っていたのはおれが逃げるだけじゃなくて戦っていたんだ。相手の攻撃を防いだりこっちから攻撃したりしてた」
「詠くんが能力に目覚める予兆かな」
「能力?」
「ここの世界にはね、特殊な人たちがいるの」
「才能は必要だけど訓練次第では使えるようになる弾幕。それから人それぞれ違う固有の能力。妖怪はみんな持ってるの」
能力という単語に引っかかった。
どうやらおれは能力を求めている。
夢がその予兆なら願ったり叶ったりだ。
「おれがその能力に目覚めようとしているってことか?」
「絶対ではないよ?あくまで可能性。でもそれはやだな。詠くんが遠くへ行っちゃう気がする」
妹紅はおれの胸に顔を埋める。
優しく抱いてやり、綺麗な黒髪を撫でてやる。
「おれはどこへも行かないよ。輝夜と婚約しようがおれは妹紅が好きだ。それは変わらない。どんな力を持てたとしてもおれには妹紅が必要なんだ。だから安心してほしい」
「うん、約束ね」
自然と唇が触れ合った。
流石にここで行為に至るのは風邪を引いてしまう。
唇が触れるだけの軽いキスだけで我慢する。
「急なんだが明後日出発しようと思う」
「うん、気をつけてね。私は詠くんを信じる。必ず帰って来てくれるって信じてるから」
「ああ、任せてくれ」
もう一度キスを交わし布団に戻った。
「おやすみ、妹紅」
「うん、おやすみ詠くん」
目覚めると外は明るくなっていて妹紅の姿はなかった。
まだ温もりが残っているのでちょっと前くらいに出て行ったのだろう。
湯浴みをしたい気分だったので風呂に向かい朝風呂を堪能する。
食堂に向かうと妹紅がせっせと何かを用意していた。
「なに作ってんだ?妹紅」
「あ、おはよう詠くん。て、まだ見ちゃダメ!」
「あ、ああ、ごめん」
ー今はってことは後で見ていいってことだよな?
「やぁ、詠くん。明後日出発するんだって?旅の準備をしなくちゃいけないね。妹紅と一緒に街に出かけてみてはどうかな?」
「それはいいな。妹紅は行くか?」
「もとよりそのつもりです!」
ふふんと胸を張って妹紅は答えた。
こうなることを予想していたんだろうか。
てことはあれはお弁当だろうな。
楽しみが増えるというものだ。
朝食と夕食の時間は忙しい不比等と話す唯一の時間と言ってもいい。
普段は忙しい不比等は朝食が終われば仕事だなんだと慌てて家を出て行くことが多い。
そんな不比等をよそに街に出れば鴛鴦夫婦とでも言われてしまいそうなおれと妹紅である。
仲間はずれで疎外感を覚えた不比等であった。
「楽しみですね詠くん」
「初めてのデートだな」
「仲よさそうで何よりだ。街の案内は妹紅ができるかな?」
「お任せくださいお父様!詠くんと仲良くでーとしてきます」
「そうかそうか、二人とも楽しんできなさい」
「「はい(ああ)」」
その後はいつも通りそそくさと急ぎ足で家を飛び出した不比等を見送りおれも出かける準備をする。
今の服装はジーパンにTシャツ、その上にパーカーを羽織っている。
靴はスニーカーを履いて動きやすく、だ。
着物もいいが動きにくいのと暑いのに悩まされる。
不比等に相談して呉服屋でおれデザインの服を特注したのだ。
おれデザインと言いつつ元の世界でおれが着用していた衣服だが。
「妹紅はまだかかるのか?」
「あと少しだよー」
かなりバタバタと準備する音が聞こえてくる。
侍女たちが手伝うと言ったらしいが自分でやると言い張ったそうだ。
「おまたせ、どう?かな」
「ああ、とても似合ってる」
襖を開けて玄関に姿を見せた妹紅は着物ではなく洋服を着ていた。
膝まである白いワンピース。
縁には赤で刺繍されている。
持ってきた靴は赤紐のサンダル。
これはおれの服を作るときに妹紅に元の世界の服を教えてやった結果だ。
見たことないのによくここまで完成させたもんだ。
「とても可愛い」
「少し露出が高いから恥ずかしいけど詠くんがそう言ってくれるなら嬉しい」
「じゃあ行こうか」
「うん」
二人のこの時代にマッチしないデートの始まりだ。
妹紅はもちろん現代のデートというものを知らないのでおれがなるべくエスコートしてやる。
妹紅が現代に来たら大はしゃぎだろうな。
街を歩き回ってたびに必要なものを買っていく。
お茶屋によってお団子も食べたりした。
食べさせあったりは他の客の目線が痛くてできなかったが。
昼過ぎ頃には用も終わってそろそろお腹がすいてくる。
「あの、詠くん。お弁当作ったの。どこかで食べよう?」
「じゃあどこかに原っぱはないか?」
「うーん、じゃあこっち行こう」
妹紅に引かれてやって来たのは現代でいう公園らしき場所。
ベンチのような椅子の上に腰掛け妹紅が弁当箱を広げる。
弁当箱といっても重箱のような形だ。
「どう?」
「とっても美味しそうだ。早く食べたい」
「召し上がれ」
「ああ、いただきます」
弁当箱の中にはおせちのように様々な具材が入っていて見ているだけでも楽しくなる。
卵焼きを口に運ぶ。
ほのかな甘みが口いっぱいに広がってとろけていく。
「美味しいよ」
「よかった。私も食べるね」
「じゃあ食べさせてやる」
「え?いいの?じゃあ、あーん」
「はい、あーん」
卵焼きを口に入れてやる。
その後もお互い食べさせ合いが続き美味しく楽しい時間が過ぎていった。
ーこんな日々がずっと続けばいいのにな
屋敷に帰り着いたのは暗くなり始める前くらいだった。
正直疲れ果てた。
ここにくる前のおれはいわゆるヘタレで彼女なんて夢のまた夢だった。
子作りまでしているおれらだが現代の服を着て出かけるとまた別のドキドキがあって緊張するというものだ。
ワンピースで舞う妹紅はこの世のものとは思えぬほど綺麗で可愛くて惚れ直したと言ってもいい。
妹紅が現代に舞い降りたら通りすがりの人10人中間違いなく10人振り返るだろう。
「おや、おかえり詠くん、妹紅。二人ともその服似合ってるじゃないか。私も作ってほしいものだね」
「いつか作ってやる」
「楽しめたかい?」
「はい、とっても楽しめました。お父様」
「それは良かった。旅の必需品も買えたようだし良かった良かった」
不比等に出迎えられたおれは妹紅と別れそれぞれの部屋に戻る。
妹紅は着物に着替えるのだろう。
おれはこっちの方が慣れているのでこのままでいようなんて考えている。
「少しいいかな?」
「ん、不比等か。なんだ?」
「あんな服があるとは驚きだ。詠くんが考えたのかい?」
「いや、おれの時代の服を妹紅に教えただけだ」
不比等は想像以上に気にいったらしく、その後も服を教えてくれと言われ続けた。
しばらくして夕食になり、風呂になり、妹紅とのいちゃつきタイムとなり、就寝することになった。
明日からはしばらく一人で行動しなくてはならない。
怖い反面少し楽しみでもある。
夢が予兆ならば能力に目覚めるかもしれないという楽しみ。
おれは明日のことを考えて早めに布団に入った。