ーじぃ〜〜
落ち着かない。
おれが寝起きからそんな状態でいる原因は襖の端からのぞいてくる同年代の女の子。
見返すと襖の陰に隠れこっちが気付かないと思うとまた覗き込んでくる。
先程からこの繰り返しで一向に状況が変わる様子はない。
無理もないだろう。
見知らぬ輩が自分の家に寝ていたら警戒するのも当然のことである。
ーそれは理解できるんだが正直言ってかなり...その...恥ずかしいな...
そんな考え事と共に見知らぬ女の子とのドキドキした時間を過ごしていると廊下を歩く音が近づいてきた。
おそらくここの家主がおれが目を覚ましたことに気づいたのだろう。
助けてくれた礼になんと言ったらいいか悩んでいるとおもむろに襖の扉をガタンと長身でかなり顔立ちもいい男が開け放つ。
「あ、お父様。お目覚めになったようですよ」
「そうかそうか、それはよかった。妹紅はいつからそこで見てるんだい?」
「つ、ついさきほどです...」
そうかそうかと娘の頭を撫でる男と女の子の会話を前にどう切り出していいものか頭を悩ませる。
そういえば先程から覗いていた女の子は妹紅というらしい。
そんな考え事を頭の隅にやっておれはやってきたここの家主に向き合う。
「やあ、お目覚めかな。無事で何より何より。それよりも気になることがあるという顔だね?まずは自己紹介をしようか。私は不比等という。藤原家は知っているね?」
不比等と名乗ったその男は元気ハツラツと言う言葉の似合うはっきりいってかなり騒がしい男のようだった。
「おれは一条 詠です。助けていただいたみたいで本当に助かりました。ありがとうございます」
「ははは、困っている人がいたら助けるのは当然じゃないか。気にすることないよ」
そういって不比等はがははと笑いながらおれの横にどかっとあぐらをかいて座り込んだ。
布団に座るおれの目線に合わしてくれているらしい、こう見えてかなり気が利くようだ。
「気になったんですけど不比等さんの藤原ってあの有名な藤原家ですか?」
「どの藤原を言ってるのかわからないけど多分あってるよ。あとそんなにかしこまらなくていい、もっと砕けた話しかたでいいからさ」
そんなことを言いながらにかっと笑顔を向けてくる不比等におれもだんだん混乱という意味で心が落ち着いてきた。
藤原といえば小学生の社会にも出てくるような名家だ、高校の日本史を取っている者ならば不比等の名前にも覚えがあるだろう。
ーということはおれはタイムスリップしたということか?
「まあ思うことはあるだろうけどひとつずつでいいから君のことを聞かせてくれるかな?」
「あの...お父様」
不比等にそう言われておれの事情を話そうとした時後ろで控えていた妹紅が突然口を開いた。
「どうしたんだい妹紅」
「あ...いえ...やっぱりなんでもありません」
「...? そうかい? 」
一度口を開き何かを言おうとしたようだがおれと目が合って再び口を閉じてしまった。
もしかしたら初対面の相手でいわゆるコミュ障のようなものがあるのかもしれない、あるいはおれが嫌われているだけか。
ーそれにしても、、かわいい。
腰まである黒い髪はツヤツヤしていて綺麗、さわればサラサラだろう。
整った顔立ちをしていて赤い瞳はさながらは宝石のルビーようだ。
貴族故に色々教え込まれているのだろう、動き一つ一つ見とれてしまうほど綺麗で思わず目が追ってしまう。
「あぁ〜、妹紅は自分が紹介されてないことが不満なんだな??恥ずかしがらず言えばいいんだぞこの恥ずかしがり屋め〜」
「わ、私は恥ずかしがってなどおりません!」
うりうり〜とでも言いたげに妹紅の頭をくしゃくしゃ撫でる不比等に赤面しながら抗議する妹紅、ひと目でこの親子の仲の良さが伝わってくる。
「まあまあ、ほら妹紅、紹介するからこっちへ来なさい」
「失礼します」
一度立ち上がり着物の裾を整えてこちらへ移動して再び座る、ひとつひとつの動きが綺麗で見るなという方が無理な話だ。
全てにおいて普通のスペックしか持たず女性経験もろくにないおれからすればこんなの目を離せないのも当然であった。
冗談抜きでこんな可愛い子見たことがない。
ただの自己紹介にも関わらずおれの心臓は緊張からバクバクと早鐘を鳴らしていた。
「えと、一条 詠です」
「藤原...妹紅...と申します」
そういうと妹紅は丁寧なお辞儀で頭を下げた。
起き上がった顔が先程よりも赤面していたことと手がモジモジしているところを見るとどうやらかなり恥ずかしいらしい。
ーいや、どストライクすぎて余計緊張する。ただでさえかわいいのにこの仕草...勘違いしたらどうするんだ!
それでもチラチラと目を合わせてくる妹紅にこっちも恥ずかしくなってきて頬が熱くなるのを感じた。
ーああ...女の子ってすごい、目が合うだけでこんなにドキドキするのか
しばらくといっても少しの時間だが時間も忘れ妹紅と見つめあっていたおれははっと気づいて不比等の方に視線を移す。
いきなり娘と見つめ合う男に怒りの顔を予想しながら見た不比等の顔は意外にもニヤニヤしたものだった。
「ははは、若いっていいねぇ。そうだ、用事思い出した。妹紅、しばらく様子を見ててあげてくれ」
そう言ってスキップで部屋から出ていく不比等に思わず手を伸ばして心の中で呟いた。
ーいやまて妹紅さんどうすんだよ
俺の視線に気づいた不比等は振り返りウィンクを決め込み走り去って言った。
ーおれは試されているのだろうか...とりあえず妹紅さんを...
「え、えーと、妹紅さん?」
「妹紅で...いいよ、敬語禁止使わなくて大丈夫」
「あ、はい」
かなり勇気を振り絞って呼びかけた言葉は直ぐに会話を終わらせてしまい結局二人の間に沈黙が流れる。
ー...なんか話題ないか?めちゃくちゃ気まずい
結局何度か不比等が戻ってきては部屋の様子を伺ってまたどこかへ行こうとしたところで引っ捕まえるまでこの沈黙は続くのであった。
「つまり一条くんは登校中に事故にあって気がついたら森の中にいてここがどこかわからなかったってことかい?」
「まあそんなところです」
場所を移して三人で朝食を取りながらおれは自分に起こった出来事をひとつずつ説明していった。
全てを話してみてわかったことはここがおれのいた場所とは違うことだ。
おそらくはタイムスリップで間違いないようだがおれのいた時代とは違いここには魔法と呼ばれる技術があるらしい。
どうやらただのタイムスリップでもないようだ。
「君の時代の話は大変興味深いがとりあえずだいたいのことはわかった。まあこんな話を聞いたあとだ、追い出すわけにもいかん。この後のことを決めるまで君はここに住まうといい」
「いいんですか?そんないきなり居候しちゃって」
「大丈夫だ」
意外にも不比等とは話しているうちに打ち解けることができた、不比等がおれに合わせて話をしてくれるおかげでもある。
となりの妹紅は相変わらずチラチラとこちらを見つめて食事が終わっても退室することなく話を聞いている。
「私は困っている人を放っておかない性分でね。それに君を追い出したら私が妹紅に怒られてしまいそうだから、ね、妹紅」
「おっ...お父様!」
「否定はしないんだね?」
「っ...///」
妹紅はまた下を向いて真っ赤になってしまった。
どうやら嫌われているわけではないようだが恥ずかしいようだ。
「ははは、すまんな、一条くん。妹紅は同年代の男の子と会うことがなくてね、慣れていないんだ」
「あぁ...なるほど...」
「そうだ!妹紅も年頃だ。妹紅も気に入っているようだし一条くん、お嫁にどうだい?」
「お、お父様っ////」
「冗談、冗談だから叩かないでっ、痛いっ」
妹紅にポカポカ...というかボカボカされながら不比等が部屋を後にした。
ユニークな人なのはわかったが不比等の言動には注意しなければいけない、今も思わずお茶をふくところだった。
ーまったく、心臓に悪い冗談だ
そして残ったおれと妹紅は三度の沈黙タイムに入るのであった。
ーー夕方
「一条くん、風呂でもどうだい?」
不比等の気遣いでもう一度睡眠をとる事にしたおれはそんな言葉と目の前に広がる不比等の顔で覚醒した。
思わずおわっと口から漏れた上に思い切りおでこ同士ぶつけるという男同士でなんとも気持ち悪い目覚めとなった。
ー今のが妹紅さんだったら...はぁ...
「一人で入るのが好きなんですが...」
「いいじゃないか、裸の付き合いって奴だ。一緒に風呂に入れば親睦も深まるってものだろう?」
「...わかりました」
風呂自体は嫌いじゃないのに一人じゃないという状況にいやいや風呂に向かうはめになった。
結局「妹紅は君がお気に入りらしいねぇ」とか「君は妹紅どうかな?」とか「妹紅のどんなとこがいいんだい?」とか色々聞かれるせいでせっかくの風呂で疲労がたまるという残念な経験をしたのであった。
ーいやまさか、流石に冗談...だよな?