※この作品はR-18です。

魔法少女クリフォティカ   作:白臼

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第二話 地獄と悪魔

 

 

 

「あっちゃんさー、『願いをかなえる魔法のアプリ』って知ってる?」

 

 前の座席に座っているクラスメイトの言葉を聞いた瞬間、東雲朝陽の薄い胸の奥で心臓がどくん、と跳ねたような気がした。

 それを悟られないように、お弁当のご飯をたっぷり数秒かけて咀嚼してごくん、と飲み込む。

 その一連の動作の間で動揺をなるべく沈めてから、朝陽は訊き返した。

 

「……何それ?」

「なんかさ、部活で後輩がそう言う噂話してて。」

 

 朝陽の事を「あっちゃん」と呼ぶクラスメイトの泉(いずみ)今日子(きょうこ)は、購買部で買ってきた大ぶりなコロッケパンの封を解きながら解説した。

 

 何でも、誰にも打ち明けられない深い悩みやどうしても叶えたい願いを持つ女の子の下に、一通の連絡――メールや、LINEや、SNSを通じて――がやってきて、そこに書かれているURLにアクセスしてダウンロードできるアプリがある。

 そのアプリを通じて『お願い』をするとどんな願いでもかなえてくれる。

 でも、油断してはいけない。願いをかなえてくれるのは妖精さんでも天使様でもなく――――悪魔なのだ。

 悪魔は少女に願いの対価として恐るべき取引を持ち掛けるのだという――――。

 

「で、その恐るべき取引っていうのは……?」

「さぁ?そこまでは後輩の子も知らなかったみたい。気になるよねー」

「そこ大事なところじゃないのかな……」

「でも、そういう風に謎っぽいところが残っていた方が都市伝説っぽいよね。いかにもありがちっていうか」

「……だよね」

 

 今日子が語る通り、言ってみれば女の子の間でよくある噂話のようなもの。あまりにもありふれ過ぎて陳腐で、三日と経たずに記憶からも消える他愛のない話。

 クラスメイトがそんな認識だと知り、カ(・)マ(・)を(・)か(・)け(・)ら(・)れ(・)て(・)い(・)る(・)わけではないと分かった朝陽は胸を撫で下ろした。

 

「今日子はさ、どんな願いでも叶えてもらえるとしたら……どうする?」

「んー……そうだねー……。早く部活でレギュラー取りたい。先輩たち早く引退してくんないかなー。あ、別に事故とかに遭えばいい、とかそういう陰険なのは考えてないよっ」

 

 彼女のそんな言葉に思わず笑いを零す朝陽。

 今日子はバレー部に所属していて、二年生の中ではかなり腕が立つ選手だ。まだ上に三年生がいてレギュラー争いは厳しいが、ゆくゆくは今日子がバレー部のエースとして部を引っ張っていくことになるだろう。

 あくまで将来的な話、なので彼女としては時間が経つのを待つのがじれったいようだが。

 

「そういうあっちゃんはどうすんの?願いごとってなんかある?」

「私は……別に、現状に満足してるし……」

「えー、ほんとー?なんかないの?こう、胸大きくしたいとか」

「今日子ちゃん、セクハラだよ……」

「ごめんごめん。いつも思ってるけど、あっちゃんがあまりに細すぎるもんだからさ」

 

 級友にげんなりとした視線を向ける朝陽。

 そんな目を向けられた当人はけらけら、と笑って何ともあっけらかんとした様子であった。

 

 ただ、今日子が言うように朝陽という少女は他人が見て心配になるくらいに線の細い少女だった。

 背丈は低く、手足は触れれば折れそうなほどに華奢。服の下の胸は真っ平で、脂肪よりも肋骨の方が目立つくらいだ。

 きっと将来的には伸びるし……、と見栄を張って中学校入学と同時に買った制服はサイズがやや大きい。そのせいでぶかぶかしている制服が一層彼女の幼さと細さを際立たせていた。

 

 別に体に何か異常があったり、重病を患ったりしているわけではないが、とにかく朝陽は貧弱だった。体育の成績は小学校から万年学年最下位なのはコンプレックスを通り越してアイデンティティの領域だ。

 生まれたときからかなりの低体重で、大きくなってからも食が細くて体に肉がつかない。

 今もこうして食べている昼食のお弁当は、男子なら手のひらサイズと言いそうな代物だが、これでも彼女にとっては胃袋一杯分ぴったりの量だった。

 

「ま、あっちゃんはそれでいいんじゃないかな。胸なんておっきくても目立つし、肩が疲れるし、運動の邪魔だし、良いことないよ」

「そう言われるとそれはそれでなんかむかつくね」

「わぁい、あっちゃんが辛辣ぅ」

 

 ちなみに彼女の前の席でコロッケパンを食い終わって焼きそばパンに手を伸ばしている今日子は、中学生としてはかなり発育がいい方だった。

 セーラー服の胸元を押し上げている布地の下の脂肪は見るからに豊かだった。

 部活などで運動しているときは、ジャンプやランの拍子にそこが揺れたり、汗でシャツの下が透けたりして何とも眼福なのである……とは男子の談。

 そのことを知っているからこそ今日子はやれやれと呆れた表情で「ほんと男子ってサイテー」なんて呟くのであった。

 

「まぁ、あっちゃんは今の小動物っぽい感じが魅力的だし、急に胸とかおっきくなったらあっちゃんの隠れファンが卒倒するよ」

「隠れファンとか何それ?聞いたことないんだけど」

「委員長(いんちょ)ってお菓子作り趣味で、時々くれるでしょ?あっちゃんにお菓子あげるときの委員長(いんちょ)の目ってハムスターに餌付けしてる感じの目だよアレ」

「なにそれこわい」

「こう……ちっちゃい両手で、ビスケット持ってもぐもぐしてるのが可愛いって前に言ってた」

「なにそれこわい!」

 

 級友の一人の知りたくなかった一面を知らされ悲鳴を上げる朝陽。

 その姿をけらけらと笑って眺めながら、今日子は平らげた焼きそばパンをパック入りの牛乳で喉に流し込んでいた。

 

 とある街のとある平凡な中学校。

 女子中学生二人の姦しい昼食の時間はこうして平穏に平和に過ぎていくのだった。

 

 

******

 

 

 きんこんかんこん、とホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴る。

 待ちに待った放課後となり、俄かにざわめき始める二年生の教室。

 部活の準備をする者、帰宅する者の二者に大まかに分かれる生徒たちの中で、朝陽は後者のグループに属していた。

 部活動に勤しむ級友たちに別れの挨拶を済ませ、朝陽は学生鞄を肩に担いで足早に校門を潜っていった。

 同じ帰宅部組から学校帰りに遊びに誘われることもたまにはあるが、朝陽はあまりそれに応じることは無かったし、誘う側も断られるのには慣れたもので気にもしていなかった。

 東雲家は父子家庭で、朝陽が実家の家事をほぼ一人で担っているのはみんな良く知っていることだったからだ。

 

 そして――そうしてクラスメイトや教師が、朝陽が部活に所属することなく一人で早々に帰宅することを何も気にしないというのは、彼女にとって大いに都合がいいことだった。

 

「…………」

 

 学校の外に出た朝陽はスカートのポケットからスマートフォンを取り出し、『マギカ・クリフォティカ』のアプリを起動させた。

 今日の昼にクラスメイトからこれ(・・)についての話題が出たときには肝を冷やしたが、ただの噂話でよかったと彼女は思った。

 

(願いが叶えられるっていっても、何でもっていうわけじゃないんだけどね)

 

 このアプリは魔法のアプリだ。

 魔法の力で人の願いを叶えることができる。

 しかし何事にも対価は付き物。

 この魔法だって当然、無料(ただ)ではない。

 

 そう――――このアプリは悪魔との契約の証。

 悪魔と契約を結んだ少女は悪魔との契約に従い、無法の悪魔を狩る使命を得る。

 

 無法の悪魔を裁く、『魔の法』の執行者――――これをもって『魔法少女』と名乗る。

 

 (…………っていっても、そんな大層なものでもなくて、バイト感覚なんだけど)

 

 しかも結構良心的なホワイトアルバイトの部類だ。

 悪魔の討伐実績に応じた歩合制で、好きに使える魔法がポイント制で溜まっていく。

 討伐実績の目安や、使いたい魔法の消費ポイント、これまでの使用履歴が丁寧に表示されており、計算補助ソフトまで完備。

 初心者の魔法少女には契約担当の悪魔が直接サポートを行い、場合によっては相談に乗ってくれる先輩魔法少女を仲介してくれたりと至れり尽くせりである。

 

 なんでこんなにサービスがいいの?と疑問に思った朝陽は契約悪魔に問いただして見たことがある。

 あまりに話がうますぎると裏を疑ってしまうのは仕方のないことである。

 すると悪魔は彼女の疑問にこう答えた。

 

 

「人間の力の源は欲望であり、そして人間の欲望には際限がありません。私共はご契約いただいた魔法少女に際限のない欲望を追求していただき、際限のない力を発揮していただくために、協力を惜しまないだけです」

 

 

 それを聞いて朝陽は「あぁ、なるほど」と腑に落ちるものを感じた。

 朝陽は魔法の力で欲望(ねがい)を叶えた。でもそれを一度叶えると、もっと、ずっと、という思いが際限なく募っていった。

 最初は抱擁(ハグ)、次は言葉(告白)、次は口づけ(キス)、次は逢瀬(デート)、次は、次は、次は…………。

 叶えれば叶えるほど、エスカレートしていく欲望(ねがい)。それを叶えるためのノルマを達成するために、朝陽はより一層熱心に悪魔狩りに勤しむようになっていった。

 

 悪魔の側としても願ったりかなったりで、朝陽も望んでそうしているのだから、まさしくウィン―ウィンの関係である。

 自分に良し、相手に良し、(無法の悪魔が消えて)世間に良し。『三方良し』とは大阪の商人たちの格言である。

 

 

 

 悪魔、それは別次元に存在する地獄の住人達。

 だが勘違いしてはいけない、悪魔も地獄も――人間が生み出したものなのだ。

 

 世界の基本は我々人間が生きる領域、物質界にある。

 純粋物理法則が支配するこの世界で人間は生まれ、育ち、生きて、育み、死ぬ。

 しかしながら知的生物である人間の精神活動は、物質界には収まらない形而上的な精神エネルギーと言うべきものを生み出す。

 これらは物質界とは位相のずれた別次元の領域に垂れ流されるのである。

 

 正(プラス)のエネルギーは揮発性が高く上位相の次元に霧散するように散っていくが、負(マイナス)のエネルギーはその重みから低位相の次元に振り注いでいった。

 

 それはさながらマリンスノーのようなものだ。

 海面近くの領域で生命活動を営む微小なプランクトンたち、その死骸はマリンスノーと呼ばれ文字通り雪のように光差さぬ深海に降り、積もっていく。そして海底で暮らす生物群の貴重な栄養源となるのである。

 物質界から降り注ぐ人間の負の想念も似たようなものだった。負のエネルギーは次元の底に降り積もり、そこに精神生命体とも言うべき者たちの生態系を育んだのである。

 

 これが『地獄』と呼ばれる領域と、『悪魔』と呼ばれる存在の始まりである。

 

 悪魔たちの中で特に力あり、知恵ある者達は物質界への干渉は極力控えることを選んだ。

 時代を経るごとに人間の精神活動は複雑化しそれに伴って多種多様な欲望が生まれ、地獄に届く負の想念も多様化した。文明の発展は人間の人口を増大させ、想念自体の総量も飛躍的に増大していった。

 悪魔たちはそれを是とし、裏から僅かに手引きする程度で良しとした。それだけで十分に地獄を賄うだけの負の想念は得られるのだから。

 

 だが、そうした上位の悪魔たちの決定に従うものばかりがいるわけではない。

 一部の悪魔たちは、地獄の最下層に降り積もるエネルギーを手中に収める上位悪魔たちに反感を抱いていた。物質界への干渉を控えるなどという言葉も、大量の栄養源を独占しようという連中の戯言にしか聞こえなかったのである。

 

 次元の最下層に溜まる潤沢な想念は上位悪魔たちが手にしている。

 ならば自分たちは逆に新鮮な想念を求めて上へと昇ろう――――。

 そう考えた悪魔たちは物質界にほど近い地獄の浅層に浮上し、直接人間を引きずり込んで食らうということを始めたのである。

 

 これに対策を講じることを考えたのは悪魔たちの法を取り仕切る上位の悪魔たちである。

 上位悪魔たちが直接連中を捉えるべく次元の浅層に赴けば、その余波で物質界に次元の大穴が空きかねない。それでは本末転倒である。

 故に彼らは物質界の人間たちに悪魔たちの法の執行者たる力を与え、自らの代行者としたのである。

 

 代行者として白羽の矢が立ったのは、人間の中でも特に激しい情動の揺れ動きを持つ者達、清い願いと醜悪な欲望の二律背反を持つ者達、現実の残酷に気付きながらも心の奥底では夢の希望を抱き続ける者達。

 

 ――――第二次成長期の、少女達である。

 

 

 

「この辺り……」

 

 学校から歩いて程なく、朝陽は商店街の一角に差し掛かっていた。

 平日午後ながらまばらに人が歩き、店先にも人が立って呼び込みをしているごく一般的な街角の風景。彼女自身と同じように学校帰りの学生が軽食を売っている店で買い食いをしているのも見られた。

 しかし、彼女はそこから路地を一本外れ、人通りの少ない通りへと足を踏み入れていく。

 物質界の中でも人の想念の澱み(・・)が溜まりやすい所……人口の多い地域にありながら、人の出入りの少ない場所が次元の歪みを生じやすい場所なのだ。

 

 通りをひゅう、と少し肌寒い乾風が吹き抜けていき、朝陽の髪をさらう。

 はらはらと靡く髪を押さえながら少女は黙々と路地を進んだ。

 

 「……」

 

 朝陽の髪は一本一本の繊維が細くて傷みやすい。こういう風は特に嫌いだった。

 体脂肪が少ないせいか体の表面から体温が奪われやすく、冷え性なのも悩みだった。

 家に帰ったら温かいお風呂に入りたい、と切に願う。そもそも悪魔狩りにあまり時間をかける気も無い。

 遅い時間まで外を歩いていると警察に補導される可能性もあるし、何より――――、

 

(早く家に帰って、お父さんにご飯作ってあげなくちゃ。あんまり遅くなったら心配されちゃう)

 

 昔から体の弱い娘に対して父親は必然的に過保護とも言えるくらいに世話を焼いた。

 今まで心配をさせて来たんだからこれ以上あまり心配はかけたくないなぁ、と大好きな人の顔を脳裏に浮かべながら朝陽は思った。

 

 心配をかけたくないのなら、その貧弱な体質をどうにかすればいいじゃないかという意見もあるだろう。

 魔法で体を強化したり作り替えたりしなくとも、日に取れる食事量を増やしたりする程度でも体はずっと健康で丈夫になれるだろう。

 理屈ではわかっている――。だが、朝陽はそれを拒否していた。

 今日のクラスメイトとの会話の延長というわけではないが――――成長してより女性的な体つきになることに、彼女は無意識のうちに抵抗感を覚えていた。

 

(だって大人っぽくなって、お母さん(あのひと)に似てきたらどうすればいいんだろう)

 

 父親に愛されたい。

 娘としてだけでなく、一人の女の子として愛されたい。

 でも、きっと父が異性として愛していた人は母で、自分には紛れもなく母の血が流れていて、でも母は父を捨てた女(ひと)で――――

 

(あぁ、そうか……。私は一人の女として、お母さんに嫉妬しているんだ)

 

 妬み、羨み、そしてそれ以上に憎んでいるのだ。

 自分が愛している人の愛を勝ち得ておきながらそれをあっさり棄てた、自分に最も近しい女性(ひと)の事を。

 だから疎んでいる――――自分の姿が成長したら、母に似るのではないかという可能性を。

 

 己の中の仄暗い感情を、冷めた思考で検分しながら――朝陽は足を止めた。

 スマートフォンを取り出して画面を開けば、そこには地図が表示されている。

 地図上の自分の現在地に不自然な紫色のもや(・・)がかかっていることを確認する。

 このもや(・・)が物質界に発生している次元の歪みだ。

 蓋のようにピンと張られた膜が下から引っ張られてたわむように、下の次元から人間を引き込もうとする悪魔の干渉がこうした歪みになっているのだ。

 

 朝陽は手慣れた手順でアプリを操作し、『潜行』のメニューを呼び出した。

 そこには簡潔に「地獄に落ちる YES / NO」と状況を的確に表した言葉が表示されていた。

 

(イエス)

 

 躊躇いなく肯定を選んだ次の瞬間――――下位次元への潜行が始まる。

 

 ……とはいってもあまり大したものではない。

 一瞬、足元の地面が抜けたような感覚がして、階段の段差数段分を飛ぶ程度の浮遊感があるだけだ。

 

「わっ、とっと……」

 

 一瞬立ち眩みが起きたように体が傾ぐが、たたらを踏んでなんとかこけずにその場にとどまる。

 周囲にぐるりと視線を向ければ、そこは何度も足を運んだ地獄の浅層の光景だ。

 

 地獄と聞いて人はどのようなものを想像するだろうか。

 炎と硫黄が噴出して魂を焼く灼熱の世界か、はたまた永遠の責め苦を罪人に与える獄卒が支配する世界か……。

 

 しかしながら地獄のごく浅い層であるこの領域はそのようなおどろおどろしさとは無縁であった。

 静穏、無音、無味乾燥――――耳が痛くなるほどの静寂が支配する世界。

 視界に移るものは上――つまり物質界で見た光景と何ら変わりがない。商店街から外れた狭い路地裏。

 だが、その色は全ての色彩を奪いつくされたかのような、くすんだ灰色に覆われていた。

 

 煙たげな大気は吸い込むと奇妙な味がする。まるで煙草のように、好む者は好むかもしれないが嫌いな人間はとことん嫌いな味だろう。

 視界は紫煙に満たされているかのように灰色がかり、道の先まで見通すことは困難だった。

 路地の壁や塀に目を凝らすと、そんな澱んだ大気が沈殿したかのような黒ずんだ蔦のような植物がまばらに生えてこびりついているようだった。

 

 これがこの世界の地獄。

 人間の世界から漏れ出た負の念が象った、物質世界の影。

 

 「けほっ」

 

 地獄の大気を吸い込んだ朝陽は、小さな声で咳き込んだ。

 ここの空気は彼女の感覚からすれば煙たくてむせるばかりだった。

 いかにも健康に悪そうな空気だがさもありなん……これもまた人間が生んだ負の想念が形を成したものであり、あまり長く吸い込みすぎると身も心も病んでしまう危険がある。

 ……悪魔にとっては酸素も同然なんだけどね、とは契約した悪魔の言葉だが。

 

 とはいっても生身の人間(・・・・・ )である朝陽にとってこのままでは有害なのは自明の理。

 故に――――彼女はこの世界で、この地獄で活動するための装備を整える。

 

 やはり手慣れた手順で彼女の指が携帯端末の液晶画面を叩き、アプリケーションから指定のコマンドを実行する。

 それは――――

 

「……『変身』っ」

 

 スマートフォンの画面の真ん中をタップした瞬間、朝陽の体を眩い光が包み込んでいく。

 総身を包み込んだ光の中、少女のシルエットが急速に変わっていく。

 

 『変身』。それは悪魔との契約の力。悪魔の法にして世界を歪める想念の力――――『魔法』を体現するための姿。

 魔法少女が魔法を行使し、無法の悪魔を打つための姿である。

 やがて光が晴れるとともに、変身を終えた朝陽の姿が煤けた地獄の世界に降り立った。

 

 頭には桃色がかった赤十字印のナースキャップ。

 服装は同じく桃色でノースリーブのエプロンドレス。

 両手には清潔な白いロンググローブ、両足には同じく白いニーソックス。

 足元はピカピカに磨かれたピンク色のストラップシューズ。

 衣装(コスチューム)全体には所々に赤い十字と小さな白い翼の装飾があしらわれていた。

 

 「…………なんていうか、何回やってもコスプレっぽいよね」

 

 魔法少女、つまりは自分の戦闘服となる衣装を見下ろしての朝陽の感想がこれである。

 小さい頃はかっこよくて可愛い、戦うヒロインをテレビで見ながら憧れたものだが……自分が実際にそういうのを着るとなると下手なコスプレにしか見えなかった。

 しかし悪魔に曰く、魔法少女の戦闘時の装備は当人の心の在り様を強く反映している、とのことなので――――デザインの変更は意図的にはできないらしい。

 

(ま、わからなくもないんだけどね)

 

 こういう看護師さん(ナース)風の衣装になる原因は自身でも何となく想像がつく。

 何せ、朝陽の父は薬剤師だ。きっと自分の中にある父への想いがこういう姿を取らせたのだと思うと――――少し面映ゆい気持ちになる。

 

「さ、今日の獲物はどこかな」

 

 そう呟いた朝陽は魔法の力で虚空から自分専用の武器を呼び出した。

 

 片方は赤十字マークの入った肩掛け鞄。

 そしてもう一つは――――丸太の如く長大で太い、一本の注射器。

 その注射器は注射器というよりは最早突撃槍(ランス)とも言うべき威容を備えていた。

 先端に穴を持つ注射針は、さながら機関銃の銃口のように硬質で無機質な光を湛えてギラリと光った。

 最初に呼び出した時は面食らったが、この物騒な武器も今では朝陽の手に馴染んだものだった。

 

 鞄の帯をたすき掛けし、巨大注射器を肩に担いだ朝陽は揚々とした足取りで、負の念が煙る灰色の街の中を進んでいった。

 この領域の何処かにいるだろう、狩るべき悪魔を探して。

 

 

 

 

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