11月のマトリョーシカ
スーパーマーケット「ルクス」プラウダ学園艦店の賑わう店内に、ジングル音と共に聞き慣れた音楽が流れていた。
正面入口には大きなモミの木が据え付けられ、様々な飾りが照明に照らされて煌びやかな光を放っている。
【クリスマスケーキ、ご予約受付中!】
少し前までハロウィーンの宣伝をしていたというのに、気の早いものだ。
買い物カゴの中身をビニール袋に移しつつ、伍堂六郎、通称ゴロドクはスーパーの壁に貼られた広告を見て思った。
数十隻ある学園艦の中でも上位に入る広さを誇り、十数万人が居住するプラウダ学園艦は商業区画の整備も徹底されている。
あくまで学生のための艦のため過激なものこそ無いものの、ファーストフード店やちょっとしたアミューズメント施設にカラオケ店、ボーリング場。買い物にしてもスーパーや家電店、小規模ながら百貨店なども存在している。ロシアとの繋がりが深いプラウダだけに、ロシアの民芸品を扱う店なども多い。
「(クリスマス、か……)」
他の学校の多くがそうであるように、プラウダ高校もクリスマス前には期末試験を経て冬休みに入る。実家に帰る者、そのまま学園艦で年越しを迎える者、様々だ。
今までのゴロドクは、普通に本土の実家に戻ってクリスマスも正月も過ごしてきたが──
卵を丁寧に袋に入れながら、つい先日、交際しているカチューシャから赤面しながら言われた内容を思い出す。
「いっ、いい、ゴロドク!? クリスマスは戦車道メンバーでのクリスマス会があるけど、その後で私に付き合いなさい! 今から絶っっ対に予定を開けておくのよ!」
“恋人と過ごすクリスマス”
実際のところ自分には無縁と思っていた言葉だったが、今年はどうもそうはならないらしい。
とはいえ、何をどうしたものかゴロドクには全く見当がついていなかった。何より、彼女には申し訳ないが──カチューシャ以上に、ゴロドクには気にかかる存在が居た。
“彼女”は、クリスマスはどう過ごすつもりなのだろうか。
「……ちゃんとカチューシャへの贈り物の用意をしていますか?」
「うわっ!」
突然に後ろから声をかけられ、ゴロドクは思わず声をあげた。
ふと見てみれば、買い物カゴに野菜などを詰めたノンナが後ろに立っていた。そのままゴロドクの横に入り、手慣れた動きでカゴの中の物を袋に詰め直してゆく。
「お、驚かさないでくれよ、ノンナ……」
「随分と熱心にクリスマスのポスターを見られていたようでしたので」
制服のままと言うことは、どうやら彼女も学校終わりに丁度買い物に来ていたらしい。カゴをキャリーに戻しながらゴロドクは答えた。
「それで、どうなのです?」
「いや、まだ11月だし、そんなに急がなくてもいいかなって」
「………」
どうやら、その答えはノンナの望むものではなかったようだった。眉を僅かにひそめつつ、鋭く言葉をかけてくる。
「随分と呑気なのですね。その様子では、カチューシャへの贈り物も買っていないのでは?」
「あ、ああ」
「……フゥ」
ノンナは呆れたようにため息をついた。
「言っておきますがゴロドク、今の内から準備をしておかないと間に合いませんよ?」
「そんな事はないだろ。まだ一ヵ月以上先なんだぜ?」
「年末の繁忙期になれば、学園艦への補給艦が来る頻度も下がります。手頃に買える人気のあるプレゼントなどは、もう今月中に売り切れです。民芸品などは手作業で作っていますから、急に増産などもできませんし」
「ま、まあ、それなら残ってるのでカチューシャが喜びそうなものを……」
「残り物をカチューシャに贈るおつもりですか?」
「………」
相変わらず、ノンナはカチューシャが絡む事には容赦がない。彼女の言葉に剣呑な響きが含まれるのを感じ、ゴロドクは早々に言い訳を諦めた。
しかし改めて言われると困ったものだ。女性への贈り物など、母の日に親にカーネーションを贈ったくらいしか無い。カチューシャが喜びそうで、学生の自分に買えそうな範囲のものをゴロドクは咄嗟に考えたが──どうにも思いつかなかった。アクセサリーで着飾るようなタイプではないし、と言って余りに実用的なものを贈ってもクリスマスらしくはないだろう。
その困惑が表情に出ていたのだろうか。ノンナは暫くゴロドクの顔を見ていたが、やがて静かに言った。
「……ゴロドク、次の日曜は空いていますか?」
「え?」
「カチューシャの好みは把握しています。私が案内しますので、探しに行きましょう」
有無を言わせないノンナの視線に、ゴロドクは考える前に頷いていた。
ゴロドクが頷いてから三日が過ぎた。
「よっ……ほっ……!」
学園艦内唯一のアミューズメントセンター「クレムリン」。
通信対戦型の戦車道シミュレーターに腰かけつつ、ゴロドクは自身の戦車を操作していた。
カチューシャを初めとするプラウダ戦車道のメンバーと触れるようになり、ゴロドクも多少なりとも戦車道に興味を持つようになっていた。
今ゴロドクが遊んでいるのは、近年の戦車道復興ブームの中で作られた新機種だ。爆発することなく白旗が上がるのが何とも“らしさ”を感じる。
「これで……っ!」
ゴロドクの操縦するT-34が対戦相手のティーガーを撃破した。試合は最終盤だが、ここまでの戦績は悪くない。5両撃破のトロフィー獲得まであと一両。
ノンナに待ち合わせの場所として指示されたのがこの「クレムリン」だったが、少し早く来過ぎてしまった。今は時間つぶしにゲームをしている格好だ。
「え? うわっ!?」
突然、側面からの攻撃を受けてT-34の耐久ゲージが削られた。慌てて攻撃のあった方向に視線を向けると、何時の間にか回り込んでいたIS-2がこちらに砲口を向けている。
「(何時の間に!?)」
驚きつつもゴロドクは落ち着こうと努めつつ、砲身をIS-2に向けた。
このゲームにおいてIS-2は攻撃力こそT-34より上に設定されているが、装填速度は遅い。向こうが二発目を撃つ前にT-34の装填が間に合う。
しかし相手もそれを読んでいたようだった。素早く遮蔽物である倒壊した建物の陰に身を隠し、再装填までの時間を稼ごうとする。
ゴロドクはモニター側面の戦況を確認した。敵味方は9割方撃破され、残りはゴロドクのT-34と相手のIS-2のみ。
「(装填される前に……!)」
レバーを動かし、ゴロドクはT-34を前進させた。砲塔を回転させて、IS-2が見え次第に攻撃しようとする。
「……え?」
しかし、その遮蔽物の陰にIS-2はいなかった。更に後退したのかと視界を切り替えるが、その姿は見当たらない。ゴロドクは更に砲塔を回転させた。
「な!?」
単なる遮蔽用のオブジェクトと思っていた建物の中に、ちょうど一両の戦車が収まるスペースがあった。そこで待ち構えるIS-2。
「(そこ、隠れられたのかよ!?)」
ゴロドクのT-34の後部にIS-2の砲弾が撃ち込まれた。衝撃音ののちに白旗が上がり、「LOSE」の文字と共にリザルトが表示されてゆく。
エースを取り逃した事を少し悔しく思いつつ、ゴロドクは席を立った。同じ筐体が何台か並ぶ中、何となく先ほどのIS-2のプレイヤーがいる席に足を向ける。
「お疲れさ……!?」
途中まで出かけた労いの言葉が、驚きで途切れる。
「……あの隠れ場所は熟練者なら常識レベルのポジションです。ゴロドク、あまり慣れていないようですね」
そう言うとノンナは立ち上がり、ゴロドクに視線を向けた。
「あ、ああ、時間つぶしにやってただけだから……それより、ノンナ?」
「どうしました?」
「いや、その……」
プレイヤーがノンナだった事への驚きも確かにあったが、ゴロドクが最も驚いたのは彼女の服装だった。
普段、ノンナは厚手のプラウダの制服か、あるいは戦車道の武骨なパンツァージャケットしか着ないし、それ以外の姿をゴロドクも知らなかった。
しかし今の彼女はクリーム色のニットワンピースに黒いタイツ、ショルダーバッグにショートブーツという出で立ちだった。大きく開いた首回りを温めるためか、襟元には薄手のマフラーが巻かれている。
もともとのデザインがそうなのか、身長170㎝超のノンナの長身によるものなのかはゴロドクには分からなかったが、ワンピースの裾は膝上の高い位置で終わっており、そこから黒いタイツに包まれたしなやかな脚がすらりと伸びている。
また、彼女の日本人離れしたプロポーションを隠すには生地が足りていないのか胸の膨らみは大きくニット地を押し上げ、そこからきゅっと締まった腰回りを経て再び肉付きよい尻へと艶やかな曲線を描いている。シンプルながら、自身の身体のラインに相当な自信が無ければ出来ない着こなしだ。肌を全く露出させていないのに、やけに煽情的な恰好のようにゴロドクには思えた。
着古しのジーンズに長袖シャツ、ダウンジャケットという自分の格好に若干の気おくれを感じつつ、ゴロドクは言った。
「ええっと、随分と“しっかり”した格好だなって、思って」
「……これは外出用の普段着です。私も常に制服姿という訳ではありません」
ノンナの言葉にため息が混じっている。呆れているのだろうか、呆れているのかもしれない。
「ま、まあ、今日はよろしく頼む。何処に行くんだ?」
何だか他のギャラリーがノンナに視線を向けているように思え、ゴロドクは彼女を促す。淀みなくノンナは頷くと、バッグをかけ直してスッと歩き出した。
「ゴロドク、ちなみに今日は幾ら用意されていますか?」
「あ、ああ。3000円か、4000円くらいの贈り物で考えてきたんだけど……」
「そのくらいで良いでしょう。カチューシャはああ見えて、自分への好意に対しては謙虚です。あまり高いものでは、逆にプレッシャーを与えてしまいます」
「やっぱり、戦車道に関係するものがいいのか?」
「確かにそれも選択肢ではありますが……そういった贈り物は、別にクリスマスでなくても可能です。貴方から贈られる初めてのプレゼントなのですから、思い出になるものでなければカチューシャは不満に思うでしょう」
なかなかに難しいものだ。ゴロドクはそう思いつつノンナに聞いた。
「ノンナは何を贈るんだ?」
「私はカチューシャの銅像を贈ろうかと」
「………」
「冗談ですよ」
本当に冗談だったのだろうか。ゴロドクはそう思ったが口には出さなかった。
少し先をノンナは歩きゴロドクを先導する。その足は百貨店でなく、表通りからやや離れたところを目指しているようだ。
「百貨店に行かないのか?」
「あそこは高いですし、どこでも買える物が多いですから。民芸品の方から当たってみましょう」
あくまで良い物が見つからなかった時の場所ということか。
次第に周囲の建物は低くなり、小物類やロシアの民芸品などを扱う小売店が並ぶ通りへと二人は出た。華やかな色のステンドグラスが飾られたガラス細工店、ロシア語で値札が書かれた紅茶の量り売り店、民族衣装を着た大小の人形が並ぶ手作りの人形店などが、大通りの派手さとはまた違う落ち着きある風情を作り上げている。
「学園艦にも、こんな所があったんだな……」
「住民の1割から2割がロシア人とも言われていますし、当然コミュニティが存在していま……ああ」
きょろきょろと周辺を眺めるゴロドクにノンナは説明しようとし、途中で何かを思い出したように言葉を止めた。
「ゴロドク、ちょっと紅茶屋に寄っていいですか?」
「あ、ああ。どうしたんだ?」
「カチューシャの午後用のお茶が切れかけていたのを思い出しまして」
そう言うとノンナは紅茶屋の木製のドアを開けた。ゴロドクの鼻孔に茶葉の澄んだ香りが届く。
店内に入ると、カウンターを拭いていたぱりっとしたエプロンを着けた老人が顔を上げ、柔らかい表情でノンナに声をかけた。
「дравствуйте、обычный?」
「да、дь добр」
本場のロシア語に対し、ノンナは微笑みつつ流暢に返した。
彼女はこの店の常連なのだろう。短い会話で、老人は迷う風もなく棚の紅茶を袋に詰めてゆく。
ふと老人はゴロドクの方を見て、ノンナににこやかに言った。
「 парень?」
「……отличаться」
ノンナは少しだけゴロドクの方を見た後、表情を少しだけ固くして答える。やがて計量が済み、手提げ袋に入った紅茶が手渡された。どうやら領収書を切ってもらっているようだ。どういう経費かは分からないが、紅茶代も戦車道の費用に含まれるのだろうか。
「お待たせしました。ゴロドク」
「大丈夫。それじゃ、ちょっと回ってみるか」
手始めに近くのガラス細工店に入ってみる。透明感のある、手の込んだ細工が並んでいる。
「あ、これとか良いんじゃ……!?」
何気なく近くに飾られていた雪ウサギの親子の細工に目を留めたゴロドクは、値札を確認すると目を見開いだ。手持ちの所持金よりゼロがひとつ多い。
「それは家の玄関などに飾られるクラスの物です。カチューシャに贈るには、少し仰々しいかと」
一応の幾つかの候補を見定めて、次の店へ。今度はぬいぐるみ等を扱っている店だ。猿のような、それでいて微妙に違うような丸い目の動物のぬいぐるみを手に取ってみる。
「ノンナ、これは?」
「チェブラーシカです。ロシアの子供向けアニメの人気のキャラクターですね」
「……こういうのって、カチューシャにはどうなんだろう?」
「大事にはしてくれるでしょうが……子供扱いされるのを、カチューシャは嫌いますから」
「うーん……」
また次の店へ。今度はアクセサリー店。
複雑な意匠が凝らされた小物入れが並んでいる。触ってみると、布とは違う感触。
「ベレスタ……白樺の皮で作られた小物入れですね」
「綺麗だな……」
「あまりカチューシャはこういった物は持ち歩きませんが……候補にはして良いかもしれませんね」
ノンナの助言に頷きつつ、ゴロドクは店を出た。幾つかの候補は固まってきた。あとはどれにするか考えねば。
「(それにしても……)」
ふと、ゴロドクは今の状況を振り返った。
普段着のノンナと二人で、日曜の休みにこうやってロシアの民芸品の店を回る。カチューシャへの贈り物選びという目的があるとはいえ、何だかデートみたいだ。
「……ん?」
───いや、既にこれはデートなのでは?
ゴロドクは横を歩くノンナに視線を向けた。その視線に気づき、ノンナが何時もの感情を見せない顔を向ける。
「……どうしました、ゴロドク?」
「い、いや、何でもない」
彼女の方はどう捉えているのだろう。聞いてはみたかったが、少し気が引けた。
意識しているのが自分だけで、ノンナは単純にカチューシャを喜ばせたいだけという可能性のが高いのだ。勝手に舞い上がっていては、只の馬鹿だろう。
誤魔化すようにゴロドクは周囲をきょろきょろと見回すと、ある店が目に留まった。様々なサイズの、ずんぐりした人形が並んでいる。
「ノンナ、あれは?」
「マトリョーシカです。知りませんか?」
「写真で見た程度なら……」
店に寄り、ひとつを手に取ってみた。真ん中からぱかりと開くようになっており、入れ子構造で複数の人形が入っているようだ。多くは民族衣装を着た少女のデザインだが、キャラクターものや野球選手が描かれたもの、芸能人が描かれたものなど様々なバリエーションのものが並んでいる。
「あれ?」
その中のひとつが、ゴロドクの興味を惹いた。金髪の少女が描かれているが、着ているのは民族衣装でなくプラウダの制服だ。
横のノンナも珍しいのか、小首を傾げている。
「これは……私も初めて見ますね」
「どうだいお兄さん、安くしておくよ」
店主と思われるロシア人の中年女性が日本語で話しかけてきた。
「面白いデザインですね、これ」
「ああ、それかい? この辺によく遊びにくる子供がいてね。その子をイメージした手作り品さ」
「へえ……」
しげしげとそのマトリョーシカを眺める。丸い人形の形に合わせているため若干顔が扁平になっているが、吊り目がちな感じがどことなくカチューシャを連想させた。
ゴロドクはその人形の値段を見た。十分に手の届く価格だ。
ノンナに視線を向けると、彼女は頷き返した。
「あの、じゃあこれ下さい」
「ありがとうよ。娘さんへの贈り物かい?」
「え!?」
予想外の話題の振られ方に、ゴロドクは驚いた。自分がどうかは分からないが、確かに今のニットワンピース姿のノンナはとても高校生には見えない。店主からは若夫婦にでも見えたのだろうか。
咄嗟にノンナの反応を伺う。今の言葉で怒ったりはしていないか。
「……はい、そんなところです」
「え、ええ!?」
ノンナは少し微笑むと、恥ずかしがる風でもなく店主の女性に答えた。更に驚くゴロドクだが、その反応を“照れ”だと判断したのだろう。店主は察したと言うように頷くと、棚の包装材を手にした。
「そうかい。それじゃ綺麗に包まないとねえ。カードは付けるかい?」
「はい。『カチューシャへ』でお願いします」
そこまでノンナは言うとゴロドクに視線で促した。まだ代金を払っていない事を思い出し、財布から数枚の札を出してカウンターに置く。小銭を受け取る間にも、店主は慣れた手つきでリボンと赤い包装紙でカチューシャ似のマトリョーシカを包み始めた。
待っている間、ゴロドクはノンナに近づくと小声で言った。
「『娘』って……」
「別に間違ってはいません。私にとってカチューシャは敬愛する隊長であると同時に、家族のように愛おしい存在です」
はっきりとノンナは答えた。
「……そっか」
どうやら、自分がゴロドクの嫁扱いされた事についてはどうでもいいらしい。
若干の残念さを感じつつ、包まれた商品を受け取る。ビニールにでも入れて湿気を避けて保管しておけば、クリスマスまで十分持つだろう。
とりあえずこれで目的は達成できた。ゴロドクは外に足を向けつつ、ノンナに言った。
「助かったよ。ノンナ、お礼がてらどこかで飯でも……」
「お邪魔するわよ! 何か新しい人形は入ったかしら!?」
突然、けたたましい声と共に小柄な人影が飛び込んできた。
「……!」
後ろにいたノンナが表情を凍らせた。
「カ、カチューシャ!?」
短く切り揃えた金髪と吊り目がちな瞳、SSサイズのプラウダの制服でさえ少しだぶつく小柄な体。
間違えようのないカチューシャとの突然の遭遇にゴロドクは驚きの声をあげた。それによって、カチューシャの側も店内にいたのがゴロドクである事に気付いたようだ。
「あれ、ゴロドク?」
「カチューシャ、何でここに!?」
「何でも何も……ここは私の行きつけの店よ? 知らなかったのに目をつけるなんて、ゴロドクもなかなかセンスがあるわね」
「そ、そりゃ、どうも……」
「でもゴロドク……貴方、自分用の人形を買ったりするの?」
まずい、違和感に気付かれた。
表面上だけでも何とか平静に保とうと努力しつつ、ゴロドクは二つの意味で焦っていた。
ひとつは、カチューシャへの贈り物を選んでいた事を悟られないかどうか。
もうひとつは、カチューシャ抜きでノンナと一緒に居たのを初めて見られた事について。
とはいえ、二つ目についてはさほどの焦りは無かった。自分とノンナが仲良くなる事は、カチューシャとしても望んでいた事だ。デートと思っていたのは自分だけなのだし、ノンナが説明してくれれば──
「……え?」
「ノ、ノンナ?」
ゴロドクの口から戸惑いの声が漏れる。彼女に気付いたカチューシャが後ろに視線を向ける。
ノンナの顔から血の気が引いていた。“蒼白”と言ってよいような青白い顔で、カチューシャに視線を向けている。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! どういう事なの、ノンナ?」
「………」
カチューシャの表情が曇った。詰問の響きが言葉に混じる。
「今日は貴女、クラーラと一緒に出掛ける用事があるって言ってたわよね?」
「………」
「それに……その格好は、何?」
ノンナに向けられるカチューシャの視線は、彼女の姿や様子への戸惑いと違和感に満ちていた。
「初めて見るわ、その格好……ノンナ、答えなさい。ゴロドクと一緒に居るだけならともかく、何でそんな余所行きの格好で着飾って彼と会っているの?」
「カチューシャ、私は……」
絞り出すようにノンナは何かを言おうとした。一方のカチューシャの表情には、抑えがたい動揺と不安が浮かんでいる。
カチューシャの中に芽生えかけているのだ。家族のように信頼していた副官が自分の彼氏を奪おうとしているのではないかという、彼女自身も受け入れたくない考えが。
一方のゴロドクも驚きを感じていた。彼女の「外出用の普段着」というのは嘘だったのか? 何故そんな嘘を?
だが、その真偽を確かめるのは後にした方が良さそうだ。このままノンナが硬直したままでは、どうしようもない破局が起きる。
ゴロドクは必死にこの状況を切り抜ける手段を模索した。どうすればいい、どうすれば──
「(ええい……駄目でもともとか!)カチューシャ、あの……!」
ゴロドクはカチューシャに言葉をかけようとしながら、出来るだけうっかり落としたように見えるようにしつつ手にしたプレゼントの包みを落下させた。リボンが結ばれた赤い包みが床に転がる。
ノンナに向けられていたカチューシャの視線が、プレゼントに向けられた。
「へ?」
リボンに挟まる「カチューシャへ」と書かれたメッセージカードに、彼女は気付いたようだった。
「………」
ゴロドクは息を呑んだ。今、自分に出来る事はここまで。後はカチューシャの理解力次第。
「これは……」
カチューシャは数秒間プレゼントを見詰めると、
「……なるほどね」
愉快そうに笑い、プレゼントを拾うとノンナに手渡した。
“全て察した”そんな笑みを浮かべつつ、カチューシャはノンナに言った。
「『私は何も見ていないわ。私への贈り物を見てもいなければ、それをこっそり買いに来た二人を見てもいない』」
「カチューシャ……」
「でも、変装にしてはちょっと過激だったんじゃないかしら? ノンナは綺麗なんだから、そんなんじゃゴロドクが勘違いするわよ?」
「は……はい、カチューシャ、気をつけます」
まだ緊張が解けていないまま、ノンナは辛うじて答えた。
カチューシャは今度はゴロドクに言った。
「ゴロドクもよ。ノンナは怒ると怖いんだから! 変な事をして、粛清されないようにしなさいな!」
「あ、ああ。勿論」
少し言葉に詰まりつつも、ゴロドクは頷いた。
その両者の反応に満足したのだろう。カチューシャは腕を組むと胸を張り、入って来たばかりの店を出てゆく。
「二人とも、このカチューシャに隠し事ができると思わない事ね……楽しみにしてるわよ!」
そう言い残し、カチューシャは去っていった。小さな足音が遠ざかってゆく。
「………」
「………」
ゴロドクとノンナは無言で視線を交わし、
「あの子だよ、イメージになったっていう子供。あんた達の娘さんだったんだねえ」
店主の言葉が合図になったように大きく息をつき、店を出た。
既に遠くまで行ってしまったのだろう。通りにカチューシャの姿は見えない。
ゴロドクはまだ肩で息をするノンナに声をかけた。
「悪い。プレゼントの事、隠せなかった」
「いいえ……あれが、あの場での最良の判断だったと思います」
カチューシャを騙す事への罪悪感はあった。
「二人が隠していたのは、カチューシャへのプレゼントを選んでいたこと」と彼女に思わせ、自分とノンナの関係を隠す。とりあえずは上手くいってくれたようだ。
しかし、ゴロドクにはもう一つノンナに聞きたい事があった。“それ”が無ければ、カチューシャが猜疑心に捕らわれる事も無かったはずだ。
「なあ……それ、普段着じゃなかったのか?」
「………」
ゴロドクはノンナのニットワンピースに視線を向けた。胸元が呼吸に合わせて大きく上下し、布地の上からでも彼女の豊かな乳房が想像できてしまう。
ノンナは僅かの沈黙の後、視線を逸らしつつ言った。
「……はい。これを着たのは、今日が初めてです」
「何でそんな嘘を……」
当然ともいえるゴロドクの質問に、ノンナはゆっくりと答える。
「その、三日前にゴロドクを誘った時点では何も感じていなかったのですが……意識してしまいました」
「意識?」
「ですから、その……」
ノンナの声が小さくなる。
「……これは、デートに該当するのではないかと」
「!?」
「そう思うと、いつもの制服姿で会うのが……急に、恥ずかしくなってしまって……」
努めて無表情を装うとしているが、ノンナの頬に僅かな赤みが差す。それ以上は言えなくなったのか、ノンナは俯きつつゴロドクに視線を向けた。
そうやって身支度をして来たのに、何故ゴロドクには「普段着」と言い張ったのか。その理由がゴロドクには分かる気がした。
ノンナは強い意志を持つ女性だ。おそらくその嘘は──彼女にとっての、小さな意地っ張りだったのだろう。
そんなノンナの様子を、ゴロドクは素直に可愛いと思った。
「(……まずいな)」
体の奥から熱いものが湧き上がってくる。ゴロドクは内心で呟いた。
つい先ほどカチューシャとのやり取りで危ない所だったというのに──したくなってきた。
いや、今さっきの動揺や不安があるからこそ、なのかもしれない。
「……なあ、ノンナ。疲れたんじゃないか?」
「ええ……少し、疲れました」
「俺の部屋で、ちょっと休むか」
「……そうですね」
おそらくは、意味は伝わっている。
「じゃ、行くか。ノンナは何か買っていかないのか?」
「私はまた、日を改めて買いに来させていただきます」
ゴロドクの提案にノンナは頷き、並んで歩き始めた。
11月ともなると日の入りも早い。まだ時刻的にはさほど遅くないというのに、既に西日が差し始めている。
「それにしても、びっくりしたな。カチューシャとあそこで会うなんて」
「ええ。私も予想外でした。あの通りに遊びに行く事は知っていましたが、ここまでの鉢合わせになるのは……」
何気ない会話。
先程よりも、互いの動悸が高まっているのが分かる。
何とか気を逸らそうとしているが、それでも股間に血液が集まってゆくのが分かる。
「カチューシャは、逆にノンナに何かあげたりしてこないのか?」
「クリスマス会では、カチューシャ手作りの料理が振る舞われます。一年のメンバーの努力を労い、隊長が皆を祝うんです」
「そっか……」
通りを抜け、住宅街へ。ゴロドクのマンションが近くなる。
「……寒くなってきたな」
「……そうですね」
会話が途切がちになる。無言でエントランスを抜け、エレベーターへ乗り込む。
「………」
「………」
視線を交わさないまま、無言で二人はエレベーターが止まるのを待つ。
ノンナが自身の襟元に手を伸ばし、マフラーを解いた。ワンピースの大きく開いた胸元が露になり、双丘が形づくる深い谷間が覗く。
「………」
「………」
エレベーターが止まった。部屋へ向かう足が、無意識に早足になっているようだ。
鍵を持つゴロドクが先行し、ドアを開けた。
「そんじゃ、どうぞ」
「お邪魔します」
軽い挨拶と共にゴロドクが部屋に入り、ノンナがそれに続く。
「……っ!」
「はあっ……ンッ!」
ドアが閉まり切るのを待たず、ゴロドクはノンナを抱きしめると唇を押し当てた。それを待ちわびていたかのようにノンナも自身からゴロドクに身体を押し付け、舌を絡めてくる。
「んっ……ふぁ……ノンナ……ノンナっ……!」
「ゴロ、ドク……ふぁ、ンッ、あはぁっ!」
蛇の交尾のように互いの舌を絡ませあい、吸い、舐め、唾液を交換する。
ゴロドクはワンピース越しに存在を強調するノンナの豊満な乳房を服の上から強く揉んだ。ノンナの吐息が熱さを増してゆく。一方ノンナもゴロドクの股間をジーンズの上から撫でさすり、その存在を確かめるように愛おしそうに腰を擦り付ける。
「あぁ……ノ、ノンナ、シャワーは、浴びるか……?」
「構いません、このまま、早く、下さい……!」
ゴロドクの言葉に、ノンナは潤んだ瞳で答える。彼女も体の疼きを抑え切れないのだろう。
自身の心の中の不安や罪悪感を快楽で押し流すためのセックス。実に後ろ向きで、逃避的な行為だ。それはゴロドクも分かる。
しかし、逃避的で退廃的であるが故に湧き上がる欲情は激しく、ゴロドクの理性を押し流してゆく。
「いいのか? ドア薄いから、声が漏れちまうかもしれないぞ?」
すぐにでもズボンを下ろして彼女の秘所に肉棒を突き入れたいのを懸命に抑え込みつつ、ゴロドクはノンナの髪をかき上げ耳元に囁いた。
「お、お願い、します……!」
肌を火照らせ、首筋に汗を浮かべつつノンナは言うと、ドアに手をつけてゴロドクに背を向けた。
そのまま自分の手でワンピースの裾をずり上げ、黒いタイツと白いショーツに包まれたむっちりとした尻をゴロドクに晒す。
「意地悪をしないでください……欲しいんです、ゴロドクのを、奥に……ぜ、全部、注いで、下さい……っ!」
そう言って、ノンナは涙を浮かべつつ尻をゆるやかに振った。黒いタイツの鼠径部付近は既に染みができており、むわっとした熱気が漂ってくる。
先ほどまで落ち着いた雰囲気を崩すことなく振る舞っていた彼女が、自分の肉棒を求めるためだけに腰を振って誘う。
ごくり、とゴロドクの喉が鳴った。ジーンズの中で苦しそうに張り詰める肉棒が更に固さを増し、窮屈そうに暴れている。
「ああ……やってやる……ノンナ……っ!」
「ンンッ!」
タイツの隙間から手を差し入れ、汗ばむ尻の谷間を経て秘所に触れる。ノンナの背が大きく跳ね、一際大きな喘ぎを漏らす。
指先にとろりとした愛液の感触。既に十分に濡れているようだ。
「もうこんな……これ、部屋に入ってからじゃないよな?」
「あぁ……は、はい……カチューシャが、帰られてから、急に疼いて、きてぇっ!」
指を膣内に差し込まれ、ノンナは長い黒髪を振り乱しながら悶えた。片手でノンナの秘所を刺激しつつ、ゴロドクは空いた手でジーンズのベルトを外し、パンツと一緒にずり下げる。竿に血管を浮かべはち切れそうな程に勃起した肉棒が外気に触れた。背中越しにノンナが肉棒に視線を送る。
「ゴロドクも、もう、そんなに固く……」
「ああ、俺も早く、したい……っ!」
衝動のままにノンナのタイツに両手を添え、ショーツごと捲る。豊かな尻肉の間から陰毛に彩られた女陰が覗き、愛液が淫猥な光沢を放っている。
臍に貼りつきそうな程に反り返った肉棒に手を添え、ゴロドクは腰を突き出した状態のノンナに覆い被さった。亀頭を膣孔に定めると、そのまま一気に奥まで突き入れる。
「あっ、ああんっ!」
「うあっ! ノ、ノンナッ、熱っ!」
まるで熱した蜜の中に肉棒を突き込んだかのような熱さと潤みに、ゴロドクの腰が震えた。待ち焦がれていた肉棒を迎え、ノンナの膣は全体でゴロドクの肉棒を締め付けてくる。既に何度もノンナとは身体を重ねているが、今回はいつも以上に膣内が仕上がっている。ゴロドクは歯を噛み締めると、射精感に堪えつつ腰を動かし始めた。
「あっ、あひっ! いつもよりっ! あっ、熱いです、ゴロドクっ、のっ! はぁんっ!」
「ノ、ノンナのも、堪らない……う、うおぉっ!」
「ンッンッンンッ! お願い、しますっ! もっと、もっとぉっ! あはぁっ!」
ぐちゅぐちゅと結合部からの水音と、ぱんぱんと肉と打ちつけ合う音が玄関口に響く。
ゆさゆさと重そうに揺れる乳房に、ワンピースを腰上まで捲り上げつつゴロドクは直接手を伸ばした。ブラをずり下げて揉みしだくと、拘束から開放されたノンナの乳房のずっしりとした重みが掌に伝わってくる。
大きく腰を引き、一気に突き入れるとノンナの中は激しく締め付け、逃がさないように竿の根元から上に向けて撫で上げるように襞で刺激してくる。それは堪らない快感をゴロドクに伝える。
「ああっ、やってやるっ! 何回でも、何回でもっ!」
「ふぁぁっ! あっ、ありがっ、とうっ、ござい、ますっ!」
「うおぉっ! ノンナっ、ノンナぁっ!」
更にスパートをかけてゆく。愛液の飛沫が飛び、ノンナの喘ぎが更に大きくなる。本当に外に聞こえているかもしれない。
だが、そんな事が既に気にならない程にゴロドクも興奮していた。次第に射精感が強まり、それは堪えられない程になってゆく。
「イクぞ、イクぞ、ノンナっ!」
「はひっ! ゴロドクッ! ゴロドクっ!」
ノンナの名を呼びつつ、ゴロドクはとどめとばかりに深く突き込んだ。
「ぐっ、うっ、うあぁぁっ!」
「ゴ、ゴロドクっ! アッ、あああっ!」
激しい射精感と共に、精液がノンナの子宮に迸った。どくどくと吐き出される精液は暫くの間止まらず、溢れた精液がぽたぽたと結合部から零れ落ちる。
「あ、あぁ……」
「しっ、搾ってくる、ノンナの……!」
ノンナの恍惚とした吐息。ゴロドクは更に数回の震えと共に精液を出し終えると、大きく息をついた。
「……んっ」
「ううっ!?」
ノンナは、一旦肉棒を引き抜こうとするゴロドクの腰の動きに合わせて尻を突き出すと、膣内に迎え入れたままの肉棒を締め付けた。射精したばかりというのに、たちまち肉棒に再び血液が集まってゆく。
「ノ、ノンナ!?」
「まだ……足りないんです。ゴロドク、お願いします。このまま……っ!」
喘ぎつつ、ノンナは早くも腰を振り始めた。どうやら、先ほどの一件で彼女の中に生まれた動揺や不安は一度の交合では埋まらないようだ。
その姿は淫らで、煽情的で、それでいて同時に美しかった。
「……ノンナッ!」
「ふひぃっ! ゴロドクっ! いいっ、いいっ!」
彼女の動きに応えるようにゴロドクが動くと、獣めいた喘ぎと共にノンナは再び快感を貪り始める。
床に転がるプレゼントの包み紙に、愛液の飛沫がかかった。