第一話
窓の外には満月が浮かび、深夜の雪原を静かに照らしている。
僅かにそちらに眼を向けていた伍堂六郎、通称ゴロドクは再び正面に視線を戻した。
「ふぁ……ノ、ノンナっ……!」
「カチューシャ、もっと力を抜いてください。中から溢れてくるものに、身を委ねて……」
「そ、そんな事、言われたって……あっ、ああっ!」
童女と見紛うような小柄な少女と、それに寄り添う長身の少女。シルエットだけであれば添い寝する親娘にも見えたかもしれない。
しかし、下着も着けずに浴衣を着崩しほぼ全裸となっている彼女らが現在繰り広げているのは紛れも無いセックスであり、小柄な童女はれっきとした高校三年生にしてプラウダ高校戦車道において“小さな暴君”の異名で畏怖される少女、カチューシャであった。
そのカチューシャのきめ細やかな白い肌に舌を這わしつつ、同戦車道の副隊長であるノンナは長身を蛇のように絡ませていた。
無論、それを同様に全裸で眺めているゴロドクもただ棒立ちしている訳ではない。淫蕩に絡み合う二人の姿に股間の肉棒は既に固く反り返り、添えた手を緩やかに前後させつつ弱い刺激を与え続けている。滲んだ先走りが亀頭を濡らし、テラテラと常夜灯の光を照り返す。
「ハアッ、ハアッ……ん、くうっ!」
カチューシャの身体がびくんと跳ねた。ノンナの指が彼女の秘所を丁寧に弄る。クリトリスに痛みにならない程度の刺激を加えつつ、薄い金髪に彩られた陰唇をなぞるように指を動かしてゆく。その指先には粘りあるカチューシャの愛液が絡みつき、指の動きをより滑らかにしてゆく。
泣きそうな顔で未知の刺激を感じるカチューシャに、ノンナは唇を近づけた。親が子を愛するような柔らかなキスにカチューシャの身体は小さく震え、その不安を溶かしてゆくようであった。
「んっ、大丈夫、大丈夫です、カチューシャ……私が一緒に、いますから……」
「あぁ……ノ、ノンナ……!」
固く握られていた小さな手がゆっくりと広げられてゆく。カチューシャの唇から首筋、首筋から胸、臍、そして秘所へと舌を移し、全身を刺激してゆく。
それは永久凍土の氷塊を溶かそうとするような粘り強い行為であったが、確かにカチューシャの身体に効果は表れていた。
「あぁ……あ、はぁ……」
熱い吐息を吐きつつカチューシャは肌を火照らせる。強張っていた身体も随分と脱力し、ノンナの行為に身を任せるようになってきていた。
「……そろそろ、でしょうか」
その反応を測るようにノンナはカチューシャを見つめると、すっと身体を離した。彼女の片手を握ったまま視線をゴロドクに向ける。
「ゴロドク、もう大丈夫なはずです。カチューシャの処女を、貴男が奪ってください」
「………!」
「ごくり」とゴロドクの咽が鳴った。腰を落とし、カチューシャの折れてしまいそうな華奢な脚に手を添える。
ゆっくりと脚を広げると、愛液に濡れたカチューシャの小さな秘所はひくひくと震え、ゴロドクの肉棒を待ち受けるように更に愛液を滲ませる。その反応に、ゴロドクは彼女が「子供」ではなくれっきとした「女性」なのだと理解した。
しかし、それでもなお怒張したゴロドクの肉棒を受け入れるにはカチューシャの身体は小さく、そして狭く思えた。今にも挿入したがる股間からの衝動に耐えつつ、ゴロドクは腰を止める。
「ゴ……ゴロ、ドク……!」
その考えが伝わったのだろう。カチューシャは潤んだ瞳でゴロドクを見上げると、懇願するように言った。
「お、お願い、来て……」
「……ああ、分かった」
既に彼女は覚悟している。ここまで女性の側からお膳立てさせて腰を引いては、男として失格であろう。
ゴロドクは息を呑み、カチューシャの秘唇に亀頭を押し当てた。
何故このような状況に至ったのか? それを説明するには、この冬に行われた高校戦車道・無限軌道杯の開催前まで遡らねばならない。
「無限軌道杯」。高校戦車道において全国大会に次ぐ大規模な大会であったが、戦車道界隈の衰弱の流れにより20年ほど前に中止。今年に入り国の戦車道に対してのテコ入れもあり復活したという事情を持つ特殊な大会である。
大会の再開発表が秋口という割と急な形での発表であったが、界隈はこれに沸き立った。全国大会における“大洗の戦神”こと西住みほ率いる大洗女子学園の大番狂わせ等もあり、マンネリ化と衰退化の気配に包まれていた高校戦車道は新規の履修希望者も増え、にわかに活性化していた矢先であったからだ。
また、強豪校と呼ばれる主要な高校は当然ながらこの大会の優勝を目指した。過去にあったとはいえ実質的な「第一回大会優勝校」としての肩書を得る事は大きなステイタスであり、翌年からの戦車道希望の新入生を増やす意味でも重要であったからだ。そしてこの強豪校にはプラウダ高校も含まれる。今年度はベスト4止まりだったとはいえ、昨年の同校優勝を牽引したカチューシャとノンナの手腕には周囲からも期待が寄せられていた。
しかし──
「ちょっと、何なのよあの動きは!?」
──大会に向けての演習において、カチューシャはその精彩さを明らかに欠いていた。
「カチューシャは言ったわよね!? 『敵がこちらに向かう間に別ポイントに急行して後背から砲撃しなさい』って!」
「だ、だどもカチューシャ様……あンの位置だと、晴れててもギリギリなんでス。それを雪ン中で間に合わせろってぇなぁ……」
「口答えする気!?」
カチューシャが怒鳴りつけているのは彼女より更に小柄な少女、KV-2担当車長のニーナである。弱々しく抗議を返すが、それは逆にカチューシャの怒りに油を注いだようだ。
現在、彼女らプラウダ戦車道メンバーは先ほど行われたチーム内紅白戦の結果に対しての反省会を行っていた。結果はカチューシャの指揮していた紅組の惨敗である。大雪降る中、意図的に各個撃破を誘った白組に紅組は乗せられ伏兵の襲撃を受け、更に突撃陣形に変わった相手の背後を無理に叩こうとして失敗したのだ。故に、ニーナの抗議は決して間違ってはいない。それはこの場においてカチューシャ以外の全員が理解していた。
しかし、激昂したカチューシャを抑えられる人物はプラウダ戦車道において「二人」しか居ない。他の戦車道メンバーはその“彼女ら”の言葉を待って顔を伏せている。
「そう言うなら分かったわ! 同志ニーナ! 貴女をKV-2車長から解任、戦車の洗浄係から……!」
「……カチューシャ。それは良くない判断です」
哀れニーナが“粛清”されかける寸前でその一人、白組隊長を務めたノンナが口を開いた。
柔らかな否定を受け、驚くようにカチューシャはノンナを見た。
「ノンナ?」
「今日の雪の状態では、例え私がKV-2を指揮していたとしてもカチューシャの指示通りに間に合わせるのは不可能だったでしょう」
そう言いつつ、壁のホワイトボードに書かれた紅白戦の戦況の推移を示す図を指す。
「そ……そう?」
「はい、むしろ私が疑問を提示したいのは、カチューシャが何故我々が完全に結集する前に突撃を敢行しなかったか……という点です。あの天候下で、我々の合流も予定より遅れていました。それはカチューシャにも分かっていたかと思うのですが」
「そ、それは……用心したのよ」
「今回、私が指揮に専念するためにIS-2でなくT-34/76に搭乗していた事はカチューシャも把握されていた筈ですが?」
「うっ……」
ノンナの言葉にカチューシャは返答に詰まった。確かにIS-2の長砲身による長距離高火力であれば用心すべきであったろうが、プラウダ戦車道において標準機であるT-34であれば勝負に出て良い場面であった。しかもカチューシャの乗るT-34/85は射程、火力共にT-34/76に勝る。カチューシャも当然それは分かっていた筈なのだ。
では何故、彼女は攻めに転じる事が出来なかったか? ノンナにはその答えが分かっていた。カチューシャは指揮官として勇敢であり、通常の指揮官であれば迷うような場面でも即時に行動を決定できる決断力と行動力を併せ持つ人物である。しかしその判断力が──今は鈍っている。
「……カチューシャ様、本日の演習はいつもより過酷なものでした。皆疲れていますし、これ以上雪が積もると帰宅も難しくなります。本日はここまでにされてはいかがでしょう?」
停滞しかけた空気に助け舟を出したのは、もう一人のカチューシャを押さえ得る人物であるクラーラだった。穏やかな微笑みを浮かべつつ提案を投げかける。
「同志クラーラ……わ、分かったわ。今日はこれで解散! ニーナ、次はミスしないように、いいわね!?」
「わ、分かりまスた……」
流石にここで変な事を言ってややこしくするつもりも無い。ニーナは理不尽なカチューシャの言葉に素直に頭を下げた。
「では、以上で反省会を終了します。起立、礼」
『ありがとうございました!』
ノンナの号令にメンバー達は一斉に立ち上がり、礼をした。緊張した場の空気を身体に残さないようにか皆が皆、大きく息を吐きつつ会議室を出て行く。
「………」
「………」
「………」
やがて、室内には椅子に座ったままのカチューシャとノンナ、クラーラだけが残った。
「カチューシャ」
「……分かっているわ。ニーナには、悪い事をしちゃったわね」
ノンナの気遣うような響きにカチューシャは顔を伏せつつ言った。一度冷静さを取り戻せば、彼女は自分を省みる事ができる人間なのだ。
「(始めますよ、クラーラ)」
「(はい、お任せください)」
カチューシャがこちらに顔を向けていない事を確認し、ノンナとクラーラは無言で視線を交わした。ここからは「詰将棋」だ。
ノンナとゴロドクが雪降る中で交わった夜、それを横から覗いていたクラーラは二人に「ある作戦」を提案した。
「おそらくこの一件、カチューシャ様も相当なストレスになっているはずです。ですので、暫くの間は戦車道においても影響が出るかと思います。まずはそこが第一段階です」
そして、彼女の予想通りにカチューシャの指揮には陰りが見えてきた。判断の迷いや遅れが散見され、会議中でも意識が逸れる場面が見られるようになってきた。
この状況を改善させると共に彼女の思考を「ある方向」に誘導する。まずはノンナが仕掛けた。カチューシャに優しく声をかける。
「同志ゴロドクの事、割り切れてはいないようですね」
「っ!? ノ、ノンナ!?」
「見ていれば分かります」
カチューシャからすれば完全な不意打ちだったのだろう。明らかな動揺を見せる彼女にノンナはあくまで落ち着いた口調で答えた。
「……隠せないわね、貴女には」
幾つかの弁明を考えようとしたが、結局は諦めたのだろう。カチューシャは寂し気な笑みを浮かべた。何度か試合の観戦に来たり差し入れを持ってきたりで、ゴロドクとカチューシャが交際していたのはプラウダ戦車道メンバーの大半が把握している。カチューシャの現状とその事を結びつけるのはノンナでなくとも容易であろう。それが「カチューシャから直接の相談を受けた訳でない」クラーラであったとしても。
次はクラーラ。あくまで深い関係まで知らない第三者としての位置を保ちつつ、彼女はカチューシャに尋ねた。
「その、カチューシャ様……同志ゴロドクとは、もう?」
「……別れるって話をしたわ。流石に彼をモスクワにまで連れてゆけないもの」
その話をするだけでカチューシャは泣きそうになっていた。別れたい訳ではないが、ロシアへの戦車道留学を断る事もできない。彼女からすれば身を裂かれる思いであろう。
「だとすると、彼と会えるのもあと1,2ヵ月と言ったところですか……」
「……そうなるわね」
「もう、彼と身体は重ねたのですか?」
「へっ!?」
さらりと突っ込んできたクラーラの質問にカチューシャの声が1オクターブ跳ねた。戸惑いを隠さずクラーラに言う。
「ちょちょ、な、何を言っているのクラーラ!?」
「いえ、ですから彼とセックスはされたのかと……?」
「なな……!」
思わず「同志」を付け忘れながらクラーラの名を呼ぶ。それに対し当たり前のように答えるクラーラに、カチューシャの顔が急速に赤くなってゆく。
「ししっ、してる訳が無いじゃない! 私もゴロドクも高校生で……!」
「学生同士のセックスなど珍しくはありません。何より、愛し合う上で身体の相性を知るのは重要な事です」
クラーラは真面目に言った。彼女がからかいで言っているのではない事を理解し、カチューシャは赤面しつつも少し落ち着きを取り戻す。
「そ……そうなの?」
「はい。特にロシアでは子沢山の家庭は祝福されると言われます。交際し、結婚する相手とのセックスが不快なものでは幸せもありません」
「うぅん……ロ、ロシアって進んでるのね……ええっと、っていう事はクラーラ、貴女ももう、経験があるの?」
「はい、既に
「………!」
おずおずと聞いてくるカチューシャにクラーラはさらりと答えた。
言葉を失い、カチューシャは今度はノンナに視線を向けた。
「そ、その……ノンナは?」
「答えなければなりませんでしょうか?」
「………」
「……はい、私も『男性』を知っています」
「っ!?」
カチューシャは完全に硬直した。
もしこの二人の処女を奪ったのが同一人物で、しかもそれがカチューシャの彼氏であるゴロドクであると知れば彼女は本当に気絶するかもしれない。そんな事を考えつつノンナは硬直したままのカチューシャに言った。
「カチューシャ、逆に伺いたいのですが……カチューシャは、同志ゴロドクの事が好きですか?」
「そ……それは……そうに、決まってるじゃない」
「………」
「………」
ノンナは無言でカチューシャが答えを出すのを待った。彼女は聡明な女性である。自分が言外に「好きならば、彼に抱かれたいと思った事は無いのか?」と問いかけている事に気付いているはずだ。
果たして、カチューシャは隊長然とした態度でなく、弱気な少女のような面持ちで言った。
「うん……それは、その、ゴロドクとはキ、キスをした事はあるし、『そういう事』だって、カチューシャは知識としては知ってるわ。でもカチューシャは、ノンナやクラーラみたいな身体じゃないし……」
「プロポーションなど大した問題ではありません。大事なのは気持ちです。同志ゴロドクにしても、今のカチューシャだからこそ好きになってくれたはずです」
「そ、そうなの、かしら……?」
不安そうにカチューシャは言った。戦車道では大人顔負けの強さを発揮する彼女も、それ以外では普通の恋する少女なのだ。
自分の言葉に僅かの罪悪感を覚えつつ、ノンナは言葉を続けた。
「カチューシャ、踏み込んだ話になってしまいますが……同志ゴロドクも、カチューシャを抱きたいと思っているのではないでしょうか?」
「カ、カチューシャを!?」
それは彼女にとって意外な発想だったのだろう。驚くカチューシャに今度はクラーラが言った。
「カチューシャ様、私もそう思います。付き合っている女性を抱きたいと思うのは、むしろ男性としては当然です」
「……ゴロドクが?」
「はい。もし彼の事が心残りと言うのであれば、最後に抱かれる事で区切りをつけるのも重要かと思うのですが……」
少し落ち着きを見せていたカチューシャの顔に、再び血が上ってゆく。ゴロドクに抱かれる自分を想像してしまったのだろう。
「ででっ、でも、もうカチューシャは、ゴロドクに『別れる』って言っちゃったし……」
「それについて同志ゴロドクの返事は?」
「……聞いてないわ。聞くのが怖くて……事情を話して、キスして、それだけ」
その言葉に、まるで事態を初めて知った風な反応でクラーラが言った。
「それならば、何も問題はありません。彼もカチューシャ様を受け入れてくれるでしょう」
「そ、そう……かしら?」
「はい。それとも、同志ゴロドクはそこでカチューシャ様を悪く言われるような方でしょうか?」
この問いかけは少し意地悪ではあった。この流れで、カチューシャがゴロドクの事を悪く言える筈がない。
カチューシャは暫くの間黙考し──首を横に振った。
「……やっぱりダメ」
「カチューシャ様?」
「ごめん、クラーラ。励ましてくれているのは分かるけど……カチューシャには、その勇気が無いの」
“小さな暴君”はそう弱々しく言った。心身両方の意味で自分が彼を受け入れられるのか、万が一拒絶されるのではないか。その不安を拭いきれないのだろう。
クラーラはノンナに視線を送ってきた。ここまでは
ノンナは小さく息を吸い、カチューシャに言った。
「……ではカチューシャ、こうしては如何でしょう?」
「ノンナ?」
「今の貴女はゴロドクの事で心乱れています。このままでは、仮にロシアに行ったとしても十全の実力を出せないでしょう」
「………」
「ですから……この無限軌道杯での結果を貴女にとっても、そして同志ゴロドクにとっても区切りとするのです」
「区切り?」
小首を傾げるカチューシャに、ノンナは言葉を続けた。
「今大会で優勝……あるいは決勝進出できれば同志ゴロドクに抱かれる。そう決めるのです」
「!?」
「貴女が本当に同志ゴロドクを想い、その別れが戦車道の足かせになっているのであれば……それを逆に力の拠り所とするのが最良と私は思います。逆にそれでなお力及ばず決勝にも届かないようであれば、悪い言い方になりますがカチューシャのゴロドクへの想いはその程度だったという事。迷いなくロシアへ行けるでしょう」
「……言うわね、ノンナ」
表情を引き締め、カチューシャは言った。
実際これはノンナらしからぬ、挑発めいた駆け引きであった。正直なところ、ノンナの内心には自分でも分からぬ感情が混ざり合っている。敬愛と愛欲と、少しの嫉妬が入り混じった感情が。
その感情を表に出す事無く、ノンナは言った。
「これもプラウダを思えばこそ……です」
「………」
カチューシャはノンナの顔をじっと見た。横でクラーラは口を閉じ、推移を静かに見守る。
やがて、カチューシャは口を開いた。
「分かったわ……その提案、乗ってあげる」