※この作品はR-18です。

桐生苑桃子の生涯   作:bonita

1 / 4
桐生苑桃子は遊郭で生まれ育った。
人並みの幸せも喜びも知らない。

小さい時から、闇の中で暮らしてきたためか
おてんとさまの光がまぶしすぎてうっとおしいと思う程、
陰の世界にいることが自然だった。


女性への一歩

そこは闇だった。

遊郭の華やかさとは好対照的な底なし闇が少女にまとわりついていた。

 

生まれてからまだ一度も母親というものをみたことがない。

父の力強い愛や母のやわらかい抱擁といった

暖かいぬくもりというものに包まれて育った

街の娘達をうらやましいと思ったこともない。

 

桃子は生まれ育った環境が、同じ年頃の娘達とは

違っているということは、心のどこかで感じていた。

 

縁日に連れ立っている父親と母親とその子供達。

彼らの会話から自分の置かれている環境が他と全く異なっていることは

明らかだった。

 

彼女の遊び道具は、姉さんたちのお古の赤い襦袢だった。

布を細くして編んで作った髪留めを並べたり

人形を並べて遊郭ごっこをしたり、如何に自分を魅力的に見せるか

姉さんのおしろいと紅で飾った自分を手鏡に映して確かめることが

桃子の遊びだった。

 

すべての客をもてなす必要はない。

プライドだけは捨ててはいけない。

 

妹のようにかわいがってくれた杉江ねえさんの言葉だけは

胸に刻んでいた。

 

なめたらいかんぜよ

 

あたいら遊郭の女は男にこびたりしたらいかん

あたいらのすばらしさを認めた男だけに

その商品を手に取る資格があるんぜよ

 

杉江ねえさんは遊郭ではトップの遊女で、他の女郎から

妬まれることも多々あったが、決して屈することなく

遊女であることを嘆いてはいけないと、桃子に教えていた。

 

まだ若い22才の命を落とすまでは。

 

動かなくなった杉江の体を目の前にしても

桃子は涙のしずく一滴も落とさず、弾力のあるその遊女の女体を凝視していた。

 

全身が赤い発疹で覆われ、美しかった肌も見る影が亡くなっていた。

ただ唇だけは往年の朱色に美しいままだったのが

たったひとつの救いだった。

 

唇は最後までとっておくのや。

本当に好きな人にだけ、捧げるんぜよ。

 

梅毒に侵され、短い一生を終えた

杉江から桃子への遺言だった。

 

桃子はもうすぐ水揚げの時期を迎えていた。

好むと好まざるとに関わらずこれは避けては通れないことだった。

 

「桃子、このべべ、あんたにやるわ

水揚げの時に着たらええ」

 

杉江は桃子の手をにぎり

白魚のような細い指で、絹の着物を桃子に差し出した。

 

「あんたならなれる。遊郭一の遊女になりぃや」

 

桃子と同じ、遊郭に売られてきた杉江は妹のように

桃子をかわいがってくれた。

 

遊郭の舞台裏は壮絶な戦いだった。客を取ったの奪ったの

女達は髪をむしりつかみ合いながら戦うことも

非日常ではなかった。

 

芸者や花魁なら、身分の高い旦那に身請けされることもあったが

大方は女郎のまま遊郭で一生を終えることがほとんどだった。

 

年老いた女郎は、若い遊女の身の回りの世話や髪結いに廻り

また作法などの指導を行うこともあった。

借金のカタに売られてきた女達は、その法外な利息のために

一生この遊郭牢から出ることはできなかった。

 

桃子は杉江のかたみを強く握りしめ、

水揚げの日を待った。




子供の頃にとってもきれいな花魁さんを目の前でみました。
その時は「花魁(おいらん)」さんがどういうお仕事なのかはわからず
ただただ見とれていましたが、中学頃、その実態を知り、いろいろ
ショックを受けたことを鮮明に覚えています。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。