「桃や、ゆうべは疲れたやろ。今日は姉さんたちの洗濯は
あたいがするきに。あんたは休んどき」
「玉江ねえさん。私は大丈夫です。私が洗います」
「いいから。これからもっと忙しくなるんやから
今日ぐらいやすんどかんと。杉ねえに怒られるんだわ」
「ねえさん・・・ありがとうございます。
お言葉に甘えさせていただきます。」
杉江の名前を出されると何も言えない桃子だった。
玉江は杉江の妹分で、桃子が小さいときは一緒に
遊び相手になってくれたきっぷの良い女だった。
下女郎の操子が玉江を呼びに来た。
「玉江姉さん、あっちで君子はんが呼んではります」
「なんだって?今、あたしゃ忙しいんだよ。あとにしてくれ」
「それが・・・ご立腹のようで・・・」
「思い当たらないけどねえ」
「とにかく、すぐに行っていただかんと」
「まったく、うるさい女だねえ。わかったよ」
君子は、杉江亡きあと、遊郭ではトップの座を手にした女郎だった。
「ちょいと。君子様。なにかあたくしにご用かしら?」
玉江は故意に生まれ故郷の方言は使わず、東の言葉で
君子に挑んだ。
「玉江、あんた、なにかい?あたしのお客に誘いかけたって
噂だけど、ほんとうかい?」
「さあ?なんの話しだか、皆目検討がつかないねえ」
「とぼけやがって!あんたが、岡上さんを誘ったのは
ちゃんと耳に入ってんだよ!」
「おかがみ?はあ?どなたさんで?狸顔の少尉さんかしら?」
「おまえ・・・許さない!」
君子は玉江の髪の毛をわしづかみにすると、体を引きずりながら
玉江の頭を振り回した。
「なにすんだよ!この泥棒猫!」
玉江は君子の顔につばを吐いた。
「おまえ!何言ってんだよ!」
君子は目を血走らせながら玉江につかみかかった。
「あんたが杉江ねえさんの客を横取りしたのは
知ってんだよ。なのに、あたしを盗人よばわりかい?」
「はん!杉江の太鼓持ちがうるさいんだよ。
死んじまったやつの客を誰がどうしようと知ったことか!」
君子は玉江の髪をつかんだまま罵声を浴びせた。
「あんたのやりかたは汚いんだよ。本当だったら
女将が客の割り振りをするのに、御法度やぶりしやがって。
だったら、あたしが何をしようと勝手だろ?」
玉江も負けてはいなかった。
すると、君子はギリギリと歯ぎしりしながら
玉江に馬乗りになり、両頬をなぐり
向きをかえ、玉江の太股を両手で押さえた。
すると君子は、横にあったキセルの先を玉江の股に押し当てた。
「ぎゃぁあああああああ」
玉江は絶叫しながら、気を失った。
桃子はその声を聞いて、休んでいた部屋を出て
急いで声のする方に走っていった。
障子をあけると、髪は乱れ、浴衣の裾がはだけた状態で
気絶している玉江がいた。
「玉江ねえさん!」
桃子は部屋の隅に置かれていた、水差しをつかみ
玉江のやけどの部位に水を流した。
「誰か!誰かきて!玉江ねえさんが!」
すると番頭がかけつけ、玉江を抱き上げ奥の畳部屋に
寝かせた。番頭は、小僧に医者を呼びにいかせ、玉江に水を
飲ませた。
騒ぎを聞きつけた女将は、君子を呼び出し事情を聞き出し、
君子を諭した。
「おまえ。やりすぎなんだよ。有る程度は目をつむるけど
大事な商品に傷をつけられちゃあ、商売あがったりなんだ。
おまえは1ヶ月謹慎。客は取らせない。」
「おかあさん、それはなしにしてください。あの子ちょっと
生意気だから、しめてやったんですよ。のさばらせておいたら
他の客だって取りかねないじゃないですか」
「四の五のいわず、だまって従うんだ。じゃないと他の子たちに
示しがつかないじゃないか。今度騒ぎをおこしたら、下働きに
回すからね。」
君子は下唇を噛んで悔しさを堪えていた。
その様子を桃子は少し離れた所から窺っていた。そして
自分はこんなくだらない奪い合いなどせずに、杉江のように
有無を言わせない、トップの遊女になろうと密かに心に決めるのであった。
想像を絶する計り知れない世界ですね・・・