BALDR SKY Another World /世界X+Ω 作:デスイーター
「どうやら、直前で
暗い地下通路の中、仮想より現実に帰還するなりクリスはそんな悪態を付いた。
ジルベルトとの遭遇戦に、論理爆弾の起爆。
そして、『ドミニオンの神子』との邂逅。
色々な事が有り過ぎて、甲も若干混乱していたのは事実だった。
「それから、残念だけどジルベルト君は逃がしてしまったわ。全く、ヘタレの癖に逃げ足だけは一流なんだから」
クリスは舌打ちして、苦々し気にそう呟いた。
今まで傭兵として戦う中で甲は何度かジルベルトと交戦しているが、ジルベルトは不利になった瞬間悪態をつきながら撤退を選ぶのが常であり、戦いには勝ってもトドメを刺せた事は結局一度もない。
恐らく、あの逃げ足こそが慢心で隙を見せ易いジルベルトが戦場で生き残って来た理由なのだろう。
本人は認めないだろうが、
「そうか。確かに残念だが、過ぎた事を言っても仕方ない。とにかく、一端拠点に戻ろう。真ちゃん、例のデータの解析は拠点に戻ってからにしよう」
『分かりました。万一に備えて、再度ウイルスチェックとデータの隔離準備をしておきます』
真の返事を聞き、甲はクリスと共に猥雑な生活臭とくたびれた人々の漂う街中へと戻っていく。
二人は街に充満するすえた匂いに顔をしかめながらも、拠点へ向かい歩を進めた。
「……ふぅん、『ドミニオンの神子』が、ね……」
拠点としているラブホテルに帰るなり甲からデータベースで起きた出来事について聞きだしたクリスは、胡乱な眼でそう呟いた。
普段身に纏っている軍用ジャケットは室内である為脱いでおり、今のクリスはドミニオンに対する当てつけのような十字架のロゴが刻まれたモノトーンカラーのシャツに、スリットの入った黒いミニスカートを履いた姿だ。
甲の目の前で足を組んでいる為にミニスカートの隙間から黒いスパッツがチラチラと見え隠れしており、非常に目の毒だ。
クリスは現実での格闘戦もこなす為にスパッツを履いているのだが、身体にぴったり密着したスパッツは下手なショーツよりもフェチズムを刺激して来る為、実はスパッツを履いたまま行為に至った事もあったりする。
また、拠点をラブホテルにしているのはこの街ではこういった施設が一番プライバシーを守ってくれるから、という理由に過ぎない。
既に盗撮用の小型機械はあらかた潰してあるし、会話を覗き見される心配はないだろう。
ともかく、クリスの表情は妙に険しかった。
神子の行動が不可解なのは甲も同じだが、クリスはどうにも神子に対して言葉に出来ない
「ああ、今まで散々邪魔をしておいて、今更俺の命を助けるような真似をした意味が分からない。それで、このデータはどうする? 俺としては、これくらいしか持ち帰れなかったから例え罠でも調べてみたいんだが……」
「……そうね。ウイルスチェックは済ませたと言うし、開けてみましょう。今はどんな情報でも貴重だわ」
『じゃあ、今からデータを解凍します。少し待っていて下さい』
クリスの許可を得た事で、真がデータの解凍を開始する。暫く待っていると、甲達の視界に大量のデータが展開された。
「これは……っ!」
そして、その中にある一文を見て甲は目を見開いた。
それはあるナノマシンの構成式であり、署名にはこう書かれている。
────────ASSEMBLER Ver2.27b────────
「アセンブラ……っ! あいつら、またあの惨劇を引き起こすつもりなのか……っ!?」
「……これは、確かに洒落にならないわね……」
『久利原先生……』
アセンブラ、それは灰色のクリスマスを生き残った甲達にとって決して忘れる事の出来ない名前だった。
あの日、目の前で空が溶けて行く地獄のような光景は今も尚甲の脳裏に焼き付いている。
クリスと真、二人が共にいてくれなければ毎夜悪夢に魘され、眠れない日々を過ごしていた事だろう。
そのアセンブラの脅威が、今再び現実で蠢いている……断じて、見過ごすワケには行かない。
「……どうやら、
「ああ、カルト集団のやる事なんて碌でもないって相場が決まってるからな。なんとしてもその前に、あいつらを捕まえないと……っ!」
クリスと甲は目に見える危機を前に、決意を新たにしていた。
これはもう、甲の個人的な目的達成の為の戦いではない。アセンブラを完成させようとしている以上、事実上清城市どころか世界の危機である。
どんな手段を使っても、止めなければならないだろう。
『先輩……先生を止めたいのは、私も同じです。けれど、実際問題ドミニオンを追い詰めドレクスラー機関を物理的に確保するには私達だけじゃ頭数が足りません。なので先輩、先輩のお父さんを頼ってみては如何でしょう?』
「親父か……」
門倉永二、甲の父親であり傭兵部隊『フェンリル』のリーダーである凄腕の傭兵だ。
以前と違い、クリスから母の死の真相を聞いた今となっては必要以上に父親に隔意を抱く必要はない。
そう考えると、会ってみるのも一つの選択肢かもしれない。
『丁度今、『フェンリル』はアーク社に雇われて清城に来ています。アーク本社に行けば会える筈です』
「アーク……叔母さんの会社か。今はどんな風になっているんだろうな」
アーク・インダストリーは甲の叔母である橘聖良が社長を務める、
社長の聖良には甲も今まで散々お世話になっており、余計な負担をかけたくはないのだが────────傭兵部隊であるフェンリルを雇っている以上、聖良もこの街で何か良くない事が起こると考えているのだろう。
ならば、フェンリルだけではなくアークとも協力体制を取れる可能性もある。聖良も、甥である甲の事を無碍にはしない筈だ。
「中々良いコネクションを持っているのね。私としても異論はないわ。アークも黒い噂自体はあるけど、貴方がそこまで信用している相手なら少なくともトップは腐敗していないでしょうからね」
クリスもまた、真の提案に異論はないようだ。
ついでとばかりに甲が内心考えていた事もあっさり見抜いている辺り、クリスの洞察力も中々ずば抜けている。
まあ、相手が甲だから、というのもあるだろうが。
『それから、ノイ先生から一度顔を出せってメールが来ています。アークに行く前に、先生の所に寄りませんか?』
「……ノイ先生か……分かった。久々に行くのも悪くないか」
なんだかんだで、真の主治医であるノイには色々世話になっている。
正規の病院にかかれない甲達にとって、どんな治療でも引き受けてくれるノイのご機嫌取りは必須事項と言えた。
「言っておくけれど、手を出したらどうなるか分かっているでしょうね? 私も、無暗に死体を増やす趣味はないわよ」
「出すワケないだろ。お前は俺をなんだと思っているんだ?」
「無自覚なプレイボーイね。既に成立したフラグを折れとまでは言わないけど、私と真の男である自覚はちゃんと持って欲しいわ。愛人までは条件次第で許可するけど、順位を変動させるようなら私も自重出来る自信はないわよ」
クリスは凄絶な笑みを浮かべ、甲の耳元で囁いた。此処で真の事もきっちり口を出す辺り、彼女が真の事をしっかり認めている事が分かる。
当初のさん付けから呼び捨てになっているのも、そういった心境の変化故だろう。
「お、これは……」
甲は不意にメールの着信に気付き、そのメールを開封する。
すると、派手なモヒカン頭の男が映し出された。
彼の名は
彼には今日甲達が潜入したアジトについて、色々調べさせていたのだ。こうして連絡して来た所を見る限り、何か進展があったようだ。
『よぉ、俺だよ俺。中尉の推測、
その声を最後に、メールは終了した。甲はその様子から何か有益な情報を掴んだのだと感じ取り、即座にエディに通話を試みる。
数回のコール音の後、エディが通信に出る。甲はそれを確認すると、勢い込んで話し始めた。
「エディか。さっきのメールの件について聞かせてくれ。何か分かったんだろう?」
『ああ、中尉か。いいからこれを見てくれよ』
エディはそう言うと大量のデータの束を送って来た。結構な量があるものの、甲は真とデータを共有し素早く目を通していく。
『構造体の所有者はとある中堅会社って事になってたが、その実態は
例の男────────この言い方からして、甲達が最も怪しいと睨んでいる者。
市長の、阿南よしおだろう。
しかし、この様子だと決定的な証拠を掴むまでは至っていないようだ。
『特に怪しい議員数名から絞り込みをかけろって話だったが、その業者の役員も複数の議員の連名だ。確実に一人に絞るには、もう少し証拠がいる』
案の定、エディは確実な証拠までは手に入れてはいないようだった。
データにはAI派の議員の名前が並んでおり、全員が同姓同名の別人という事はないだろう。
もしかしたらこの中の誰かが、アジトの爆破を指示した可能性がある。
それを思うと、不思議と拳に力が入った。
「ところで……俺もその構造体に潜入して
『ってオイ、マジかよ!? な、なぁ、何か金になりそうな情報は引っこ抜けたのか!?』
情報を商品とする者にとって、ドレクスラー機関の情報はまさに金の成る木だ。
予想以上の喰い付きに、甲はニヤリと口元を歪めた。
「けど、特別報酬としてもこいつを渡すには高過ぎるな。それこそ命がけで手に入れた情報なんだしな」
『へへ、そこはそれ。ギブ・アンド・テイクってやつだ。分かるだろ? それに、俺に情報を預ければ利子がつくぜぇ? 中尉にとっても、悪い話じゃねぇと思うんだがなぁ』
エディは気持ちの悪い猫なで声でそう口にし、ウインドウ越しに甲の様子をチラチラ見ている。
……だが、甲の背後に佇んでいるクリスと眼が合った瞬間、顔が真っ青になり額から冷や汗がダラダラと流れ始めた。
『こ、これはクリス嬢じゃありませんか! い、いえね、私は単に旦那と取引をしているだけでして』
「あら、何をそんなに怯えているのかしら? ふざけた事をしない限り、私は何もしないわよ。口出しも慎むから、早く
クリスの凄絶な笑みを見て、エディはひきつった笑みを浮かべた。
以前こいつは酒の席でふざけてクリスに絡んで彼女にボコボコにされて以来、クリスを過度に恐怖するようになっていた。
これでもう、甲の足元を見ようなどという考えはなくなった筈だ。クリスがエディに見えるように通信画面をオープンにしていたのは、実はこの為だったりする。
『……全く、旦那もお人が悪ぃや。とにかく、情報を預けてくれや。きっちり仕事はこなすからよ』
「ああ、今から送るぞ」
甲はエディに構造体で得た────────否、神子から渡されたデータを当たり障りのない所を選び取って送り付けた。
そのデータを確認すると、エディの声にあからさまに喜色が混じる。
『ははっ、こりゃすげぇや! 汎用ナノの設計にしても、エリート学者様の書くコードはものが違うねぇ! こいつを見せて回れば、エビでタイが釣れそうだぜ!』
「そこは任せる。なんとか、証拠を掴んでくれ」
『おお、大船に乗った気でいな! まあ、俺も灰色のクリスマスを生き残った身として
エディの声に、暗いものが混じる。
甲達に限らず、灰色のクリスマスを生き残った者達にとって、ドレクスラー機関の名前は無視出来ない代物だ。
エディ自身、自分の言葉を信じているワケではないだろう。
まさかあんな惨劇を引き起こした代物を、未だに作ろうとしているなど考えたくもないに違いない。
『おっと、すまねぇな中尉。根性入れて探してやるからよ! 何しろ、清城に
「そうか……
甲はその名前を口に出し、苦々しい表情を浮かべた。
その方針から構成員は反AI派が多く、AI派にとっては敵も同然だ。
対AI対策班は強権である為、都市自警軍の方針にも口を出しかねない。
都市自警軍から目こぼしを貰って活動している
『さてと、そういうワケで早速始めさせて貰うぜ。吉報を楽しみにしてな、中尉』
その言葉を最後に、エディとの通話は切れた。
ナリや言動は軽薄だが、エディの情報収集能力は本物だ。遠からず、甲達が欲する情報を手に入れてくれるだろう。
「ふふ、大の男が小鹿のように怯えて情けないわね。ちょっと躾け方が強過ぎたかしら」
「……お前にとって、全身痣だらけにした上で金的するのは『躾』の範疇に入るのか。おっかねぇな」
「あら、身の程知らずにちょっと
クリスはそう言いながら、艶めかしい手つきで甲の股間のものを服の上からさわさわと触り始める。
その愛撫の快感ですぐに血が集まりかけたが、今誘いに乗れば明日の体力が心配だったので、甲は辛うじて堪えて見せた。
「く、クリス……その……」
「分かってるわよ。明日彼女に会いに行くのに、貴方との行為の匂いなんかさせてたら何を言われるか分かったものではないもの。まあ、どうしてもと言うなら口でしてあげるわよ?」
クリスはふふ、と艶やかな笑みを浮かべ、赤い唇を舌でぺろりと舐め上げた。
その光景に甲は生唾を飲み込むが、寸での所で理性を取り戻してみせた。
そんな甲を見てクリスは笑みを深くするが、急に何かを思い出したかのように表情を険しくさせた。
「……それと、『ドミニオンの神子』についてはなるべく関わり合いにならない方がいいわ。上手く説明出来ないのだけれど────────どうにも、嫌な予感が拭えないのよ。今回助けられたからと言って、イコール味方ではないんだから」
「……ああ、分かってるさ。俺も、ただの善意で彼女が俺を助けたとは思っていない。肝に銘じておくさ」
甲はクリスにそう告げると、再び今日手に入れた資料に目を通し始めた。その姿を見ながら、クリスはぼそりと呟く。
「……ただの善意、か。分かってないわね。この世に無償の善意程、恐ろしいものはないってのに……」
吐き捨てるように呟いたクリスの言葉は夜の闇に消え、荒廃した清城の街の夜は更けていった……。
~Page2~清城市市ーReturn of Chaos Cityー/End
今回は今後の方針について話す会でした。第3節からはアークやフェンリルとも関わってきます。この話では父親とのわだかまりはクリスのお陰で解けていますからね。