BALDR SKY Another World /世界X+Ω 作:デスイーター
再会ーUnexpected thingー
「…………相変わらず、見た目からは医療施設とは思えないな……」
甲は目の前にあるスラムの片隅にある建物を見ながら、そう呟いた。
その建物のショーウインドウには所狭しと如何わしいアダルトグッズが並んでおり、アダルトショップ以外の何物にも見えない。
予め知っていなければ、此処に医者が住んでいるなどとは間違っても思わないだろう。
「────────だからこそ、カモフラージュには最適だろう? まあ、趣味が入っているのは否定しないがね」
そんな甲の言葉に答えたのは、フリフリのゴスロリドレスを着た少女だった。
少女は悪戯っぽい笑みを浮かべながら、甲ににじり寄って来る。
「……勿論、あれらを本来の用途で使いたいのであれば大歓迎だとも。君は活きが良さそうだし、私としても相手をするのは吝かではない」
少女は手をわきわきとさせながら外見不相応な淫靡な笑みを浮かべ、甲の身体を舐め回すような目つきで眺めている。
だが、背後に控えていたクリスの殺気を感じたのか、慌てて甲から距離を取った。
「……私の男に手を出そうなんて、貴方も命知らずね。自殺願望でもあるのかしら」
「なぁに、単なるジョークに過ぎんよ。君もこのくらいの事で目くじらを立てていては、この先苦労するぞ? 私と違って、
「余計なお世話よ。自分の男の躾くらい、ちゃんと出来るわ。それより、早く中に入れて下さらない? この辺りの治安が良くないのは知ってる筈でしょう? ノイ先生」
クリスの殺気交じりの言葉をものともせず、少女────────ノイは挑発的な笑みを浮かべながらクリス相手に軽口を叩いていた。
しかしクリスの方が痺れを切らしたようで、早く中に入れろとノイを睨みつけている。
「分かった分かった、中に入り給え。全く、君は我慢が足りないな。この程度、軽い挨拶代わりだというのに」
「これでも我慢強い方よ。その証拠に、貴方の身体に四肢がきちんと残っているじゃない。貴方に恩義がなければ、指でも詰めさせていた所よ」
「……君の恐ろしい所は、それを脅しではなく本気で言っている、という事だな。私も命は惜しい。これだから情深い女は手が付けられんな」
ノイは捨て台詞のようにそう呟きながら、甲達を建物の中に招き入れた。
甲はそんな二人のやり取りを冷や汗をかきながら、黙って見ている事しか出来なかったのだった。
「さて、甲君。そこに掛けたまえ。脳内チップとその中に常駐している真くんに異常がないか、診察するとしよう」
ノイは店の奥にあった近代的な医療設備の並んだ部屋に二人を招き入れると、甲に医療用
甲は素直にその指示に従い操作席に寝そべると、ノイが神経接続子を差し込んで来た。
そして暫く診察を続けた後、ふぅ、と一息ついて顔を上げた。
「……ふむ、これといった異常は見られないな。脳内チップに他者の電子体を常駐させるなど前代未聞である上、真くんの電脳症が君に何らかの影響を及ぼす可能性があるかもしれないと懸念していたが────────幸い、君自身に電脳症らしき症状は見られていない」
ノイはふぅ、と溜め息を吐いた。
「……しかし、常時潜脳を受けているに等しいというのに何のストレスもないとは、余程真くんの事を信頼しているのだな」
「ええ、今ではもう真ちゃんがいない方が不自然に感じる程です。俺が真ちゃんを嫌がるワケないじゃないですか」
甲の言葉に、ノイの口元に笑みが浮かぶ。
「ほぅ、中々見せつけてくれるじゃないか。真くんも理解ある旦那を得られて幸せだな」
『だ、旦那って、その……せ、先輩は先輩ですし…………でもでも、恋人になった以上将来結婚するのは当然で…………うぅぅぅぅ、恥ずかしいですぅ!』
ノイの軽口に反応し、真は器用にも身体を羞恥に見悶えさせるイメージを甲に送り付けながらそんな呟きを漏らして来る。
それを見て甲は真の可愛らしさに破顔するが、真のそんな反応がある程度計算尽くだと瞬時に察知したクリスは呆れたような視線を送っていた。
「真ちゃんには助けられっぱなしですし、真ちゃんの要望を聞いてくれたノイ先生にも勿論感謝していますよ。個人的には、真ちゃんを戦場に連れて行きたくはなかったですけれど」
「それは私も同じだよ。しかし、乙女の想いは時にあらゆる困難を打ち破る。一度やる気になった真くんを止める事など、誰にも出来まい。こと電脳世界に置いて、真くん以上に適性のある存在はまずいないのだからね」
ノイの言葉は、何処か自分に言い聞かせている面もあった。
彼女にとって、真は今も自分の大事な患者の一人だ。
その患者が仕方がなかったとはいえ実体に戻れず、戦場を巡る羽目になっている事を内心苦々しく思っているに違いない。
しかし、真の意志が固い事も知っている為、止む負えず現状を許容しているのだ。
ノイと初めて出会ったのは、甲達が傭兵訓練校での課程を終え、傭兵として活動する為清城を離れる間際、
最初は甲達を訝し気に見ていたノイだったが、真が姿を見せるとその眼は驚愕に見開かれ、詳しい話を聞きだすべく甲達を店に招き入れたのだ。
そして甲達は自分達が今まで辿って来た経緯を説明し、ノイからも灰色のクリスマス当日に真の実体に起こった事を説明された。
ノイの説明によれば、あの日医療監視システムが異常を報告して来た為慌てて様子を見に行くと
しかし、救急隊員は幾ら待っても現れず、代わりに現れた黒づくめの武装兵士の一団によって真はノイ共々拉致され、清城市の地下へと運び込まれたそうだ。
その後、ノイは運び込まれた先で起こった混乱に乗じ、真の電子体を強制的に没入させ実体とのリンクを遮断した後、脱走したのだという。
本来であれば真の実体も連れ出したかったが、ノイの体格では意識を失った少女を運んで逃げる事は出来ず、仕方なく一人で脱走したらしい。
改めてその地下施設へ向かった際には既に真の実体は影も形もなくなっており、電子体だけで仮想へ逃がした真を探す術もなく、結果として今のようなモグリの医者をやる事になったらしい。
そんな折にいきなり真当人が姿を現し、心底驚いたのだという。
しかしながら当然、真が傭兵となった甲達に付いて行く事に対しては難色を示した。
ノイにとっても真が狙われているのは揺るぎのない事実であり、そんな彼女が戦場を渡り歩くのは様々な意味でリスクが大き過ぎる。
確かに真のシュミクラムの腕はずば抜けているが、それでも人を殺した事のない少女が何の覚悟もなく生きていける程戦場は甘い場所ではない。
それに、真のシュミクラムであるネージュ・エールは装備した光体翼の存在もあり、非常に目立つ。
そんな彼女が戦場で活躍すればする程、彼女を狙う存在も群がって来るだろう事を危惧したのだ。
しかし、真の意志は一切変わる気配はなく、一つの代案────────即ち、甲の脳内チップに常駐する事で情報面で甲をサポートする、という提案を受けノイも渋々ながら折れる事にしたのだ。
代わりに技術的な面でのサポートを行い、真と甲との間で自我融合が起きないよう細工をし、『コネクトアバター』を完成させ、甲の許可を経て甲の脳内チップの中に真用の居住スペースを作成した。
ノイの協力がなければ、真に今のようなサポートを行う事は出来なかっただろう。
無論、甲達が傭兵訓練校に通っている間、元からサポートとして甲達に貢献するつもりだった真が必死にサポートに必要な技術を頭に叩き込んだ努力の成果でもあるのだが。
その後もクリスのシュミクラムの武装に甲のものに似せた自己進化ロジックを組み込む等の助力を受けており、甲と真、クリスの3人にとってノイは恩人とも言える相手なのだ。
もっとも、例え恩人だろうと
ともかく、ノイから齎された情報で真が実体に戻れない事自体はノイが真を強制的に
真の実体を見つけ出しさえすれば実体に戻れる事が分かった為、甲達はドレクスラー機関を追う中で真の実体の居場所に関する情報も探していた。
しかし、大々的に探しては真を自分達が匿っている事を喧伝するようなものである為、有効な手がかりは得られていないのが現状であるのだが。
「さて、これで診察は終わりだが────────君達はこれから、どうするつもりなのかね?」
「俺達は…………今から、アーク本社へ向かおうと思います。叔母さんや親父に用がありますし、一度くらい亜季姉ぇに顔を見せておきたいですから」
「ほぅ、永二は今アークにいるのだな。丁度いい、私もアークには用があったのだ。一緒に付いて行くとしよう」
言うが早いか、ノイは止める間もなく部屋の隅に置いてあった荷物を纏めると、「早くしろ」と言わんばかりに甲達を目で急かして来る。
甲とクリスは呆気にとられたまま軽く肩を竦め、仕方なくノイと共に彼女の店を後にした。
「こりゃ、想像以上に大きな会社になったな。叔母さんも、随分羽振りがいいみたいだ」
甲は清城市郊外に建設されたアーク本社を見て、そのあまりの威容に溜め息を履いていた。
大理石のように見える滑らかな外壁は結合超密素材で出来ており、核や
「仮想関連の業務を一手に引き受けている大企業ですもの。このくらいは当然じゃないかしら? 今の時代、企業が武装する事は珍しくもないしね」
「確かにな。自前の警備部隊だっているみたいだし、その上フェンリルまで雇うなんて────────もしかして、対AI対策班ともまともに戦えるんじゃないか?」
統合軍の部隊である対AI対策班に対抗出来る、というのは幾ら何でも言い過ぎに思えるが────────凄腕の傭兵部隊であるフェンリルがいる以上、あながち間違った推測でもない。
少なくとも、予算が限られている都市自警軍などとは比べ物にならないだろう。
「此処で立っていても仕方がないわ。中に入るわよ」
「ああ、クリスは俺に付いて来てくれ。初めて見る人には刺激の強い光景かもしれないから、気を付けろよ」
甲がそう言ってクリスを連れてアークの社内に入ると、青い光に満たされた仮想空間の如き幻想的な光景が目に飛び込んで来た。
不思議な光が満ちるその空間は現実感が希薄で、現実と仮想の境界を曖昧にさせる。
社屋に人の姿はまばらであり、本当に現実なのかと疑うような景色だった。
「これは────────まるで、
「叔母さんの親族の趣味なんだ。
「ふぅん、なんとなく────────その『叔母さん』の関係者とやらがどういう人間か、分かったような気がするわ」
クリスはやれやれとかぶりを振りながら溜め息を吐いた。
確かに、叔母の聖良とその親族はクリスが察した通り現実より仮想に重きを置く人間が多い。
亜季は言わずもがな、聖良に至っては基本的に仮想に籠り切りで現実に姿を見せる事はまずない辺り筋金入りだ。
『右手のドアからお入り下さい。橘社長がお待ちです』
「……これは……」
────────扉の向こうには、広大な空間が広がっていた。
鉄の壁面と構造物が見渡す限り広がっており、まるでスペースコロニーの内部のような巨大過ぎる人口空間。
甲はその光景に、覚えがあった。
「……間違いない。アーク社の構造体内部だ。どうやら、部屋に入った瞬間強制的に
「
いつの間にか没入させられていた驚きはあるが、此処は他ならぬアーク社の構造体。
リミッターはない様子だが、危険があるワケではないだろう。
「とにかく行こう。叔母さんを待たせるワケにもいかない」
「ええ、そうね。行きましょうか」
取り敢えずの納得を見た甲はクリスと共に通路を進んでいく。
通路の遥か下には巨大なアイリス・バルブが見えており、周囲の建造物から推測すればバルブの直径は数百仮想メートルはありそうだ。
「流石、
「叔母さんはAIの申し子のような人だからな。誤解されがちだけど、優しい人だから見た目で判断するのは止めてくれよ」
その光景に呆気に取られていたクリスに釘を刺しつつ、甲は叔母である聖良の事を思い返す。
聖良は一代でアーク社を此処までの大企業に成長させた女傑で、経営者としても科学者としても伝説的な人物だ。
それ故に一族の中でも変人と言われており、初対面で彼女の人間性を誤解する人が後を絶たないのは事実なのだ。
「ええ、貴方の親族の好感度を稼がない理由はないものね。いいのよ、私を婚約者とでも紹介しても。聞く限り貴方の事を溺愛しているようだし、結婚式の仲人でも頼んでみようかしら」
『クリスさん!』
「分かってるわ、冗談よ。約束を忘れてたワケじゃないから安心しなさい」
クリスは軽口にすかさず反応した真に対し、笑みを浮かべてそう答えた。
真はわざわざ表情画面を展開してジト目でクリスを睨みつけるが、やがて無駄だと悟ったのか渋々表情画面を閉じた。
「失礼します」
やがて社長室らしき扉の前に立ち、一言そう声をかけると甲は扉を開いて部屋の中に足を踏み入れた。
「甲さん、お久しぶりね。元気そうで何よりだわ」
白光のきらめく水晶宮の中、中央に佇む妙齢の女性────────橘聖良が、何処か遠くを見るような目でこちらを見据えつつ、社長室へ立ち入った甲を迎え入れた。
そして、同時にもう一人の人物も口を開いた。
「おう、久しぶりだな甲! やっとウチに入隊する気になったか?」
「親父……」
甲の父親、門倉永二も聖良の傍でこちらを見据えていた。そして。
「────────お久しぶりです、甲さん。いえ、門倉中尉、と呼んだ方がいいでしょうか」
「君は……レイン……っ!?」
────────その永二の近くには、フェンリルの制服に身を包んだ長身の女性。
桐島レインが記憶より数年成長した姿で、甲に笑いかけていた。
分岐4 甲はパートナーを置き去りにせず、この時点ではシゼルとも出会わない。
分岐5 レインはフェンリルに入隊している。
原作ではレインを置き去りにする甲ですが、クリス相手にそんな事出来る筈もないのでそれはなし。一人にならなかった為、シゼルとのエンカウントもありませんでした。
また、察しの良い方はお気付きかもしれませんが、このルートは基本的には原作の真ルートがベースとなっています。