BALDR SKY Another World /世界X+Ω 作:デスイーター
「レイン────────何故、君まで傭兵に……? しかも、その制服は……」
甲はしばし茫然となりながら、フェンリルの制服を身に纏ったレインを見据えていた。
桐島レインは学園生時代に知り合った元鳳翔の生徒であり、彼女の抱えていた問題を解決する為クリスの力を借りた事から、甲とクリスの二人共縁深い少女だ。
学園生時代の彼女は父親と
「私も、思う所がありまして。灰色のクリスマスの時、私は菜ノ葉さんの付き添いで街を離れていました。そのお陰で惨劇の渦中からは逃れられたものの、後から空さんの事を知って────────どうしても、そのまま安穏と過ごす選択が出来なくなってしまったんです」
「それで、傭兵になった、か…………俺と似たような考えに至ったワケか」
「……いえ、聞く所に寄れば甲さんは惨劇の真っただ中にいたとのこと。所詮一番惨い地獄を経験していない私の考えなど、甲さんの決意に比べれば温いと言っていいでしょう」
レインのその言葉は、まるで自嘲するかのような響きを孕んでいた。恐らくレインは、ある種のサバイバーズギルドを発症しているのだろう。
自分の親しい者達が悲惨な体験を経た中、自分が大した被害を受けなかった事に罪悪感を感じているのだ。
とは言ってもこれはレイン自身の心の問題である為、それが分かった所で甲に何かが出来るワケではないのだが。
「ともかく、そういった経緯で傭兵訓練校に通い、傭兵になったのですが……私の機体はサポートに特化している為、一人で戦場を生き残るには不安がありました。そんな折、大佐から部隊に入らないかと誘いを受け、フェンリルに身を置かせて貰った次第です」
「成程な。っと、すみません叔母さん。こちらから時間を取って貰ったのに放って置くような真似をしてしまって」
「構わないわ。久しぶりに会った旧知の人間と親交を深めるのを邪魔する程、野暮ではないつもりよ。それで? 後ろの子についても紹介してくれるのかしら?」
聖良の言葉に甲が背後を振り向くと、腰に手を当てたクリスがジト目で甲を睨んでいた。
彼女の性格上、甲に放って置かれる事を我慢出来るタチではない。
今は何も言わないだろうが、後で
甲が聖良にクリスの事を説明しようとしたその間際、クリスの顔を見たレインの眼が驚愕に見開かれた。
「え……っ!? 貴方はもしかして、鳳翔の六条クリス学生会長……っ!?」
「今はもう鳳翔はないのだから、元、が付くけどね。お久しぶりね、桐島さん。お元気そうで何よりよ」
クリスはそう告げて会釈をすると、迷う事なく甲の前に進み出て聖良と永二の眼を真っ直ぐに見据えながら口を開いた。
「初めまして。私は、六条クリスと申します。今は、彼と共に傭兵を生業としています。それから、いずれ分かる事だと思うのでお話しますが────────私は、グレゴリー神父の孫娘です」
「……っ!」
「はぁ……っ!? あの野郎、血縁がいたのかよ……っ!?」
クリスの爆弾発言を聞き、聖良は僅かに身じろきし、永二はあからさまな動揺の声を挙げた。
無理もない。
クリスの話通りであればグレゴリー神父は聖良にとっては姉の、永二にとっては妻の仇なのだ。
その孫娘を名乗る少女を相手に、驚くなという方が無理な話だ。
いきなり爆弾発言をかましたクリスを制止しようとする甲だったが、クリスからアイコンタクトで黙るよう指示され、そのまま沈黙した。
「とは言っても、お爺様を殺した事を恨んでいたりはしませんよ。貴方がお爺様を殺していなかったら、私はあのまま教団で幹部に仕立てあげられていたでしょうから。お爺様は、少なくとも私を普通の
神父の名前を出す度、クリスの顔には険しい表情が浮かんでいる。クリスにとってグレゴリー神父は自分の不幸の元凶であり、存在自体が悪夢のようなものだ。
その様子からクリスの神父に対する感情を察したのか、聖良達の表情から警戒が緩んでいくのが分かる。
「お嬢さんがそう言うなら、俺からは何も言わねぇよ。うちの甲が、随分世話になってるみたいだしな。しかし、アンタみたいな美人を連れて来るとは、甲もやるじゃねぇか」
「……そうね。大罪人はあくまで神父であって、その血縁者にまで責を及ばせるワケにはいかないもの。甲さんも貴方を信頼しているようだし、私としても異論はないわ」
「理性的な対応、感謝します。桐島さんも、大丈夫かしら?」
クリスは聖良達二人に礼を告げると未だに呆然と固まっていたレインに声をかけ、それに気付いたレインは慌てて口を開いた。
「す、すみません。いきなりの事で、驚いてしまって────────考えてみれば、あんなものを用意出来る時点でそういった縁があるのは当然でしたね」
レインの言う
対外的にエイダはドミニオン信者として集団自殺で死んだ事になっていたが、このデータによれば彼女は少しでも夫の役に立とうとドミニオンに潜入し、その果てに教団に殺されたのだ。
この事実を知ったレインと彼女の父である桐島勲は
当時はクリスに感謝するばかりでデータの出所については深く考えなかったレインだが、クリスが他ならぬグレゴリー神父の孫だというのであればああいったデータを手に入れる事が出来た事も頷ける話だ。
既に3人の態度からは、クリスを過剰に警戒するような素振りは見えない。一部始終を見ていたクリスは何かを思案し、甲に
『貴方が大丈夫だと思うのなら、真の事を話しても構わないと思うのだけど。どうかしら?』
『ああ、この3人なら信用出来る。いいかな? 真ちゃん』
『はい、先輩』
甲はクリスの意見に賛同し、真の了解を取った事で改めて3人に向き直り、口を開いた。
「叔母さん、親父、レイン────────実は、もう一人…………3人に会わせたい人がいるんだけど、いいかな?」
「……ええ、構わないわ」
「ん? 別にいいが、誰の事だ?」
「構いませんが。一体……?」
聖良は何かを察した様子で、永二は特に構える事なく了承し、レインも困惑しつつも甲の話に耳を傾けた。
それを確認し、甲は敢えて3人に聞こえるように真に話しかけた。
「ありがとう。いいよ、出ておいで真ちゃん」
「はい、先輩」
「「「……っ!?」」」
次の瞬間、何の前触れもなく甲の隣に真の電子体が出現し、3人は驚愕に眼を見開いた。
真は背丈こそ成長していないものの、学園時代短く纏めていた髪は長髪になり、ゆったりとした薄桃色のワンピースの上に白のコートを身に纏っている。
姿形こそ聖良達が知る真の面影があるが、かつて自信なさげに伏せられていた瞳には、彼女の確たる意志が満ちていた。
「お久しぶりです、叔母さん、レインさん。そして、初めましてですね。先輩のお父さん。私、水無月真って言います。よろしくお願いします」
「真さん……貴方、言葉が……」
「はい、あの日以来こうして普通に喋れるようになりました。ノイ先生の見立てでは、心に強いショックを受けた事による影響だろうとの事です」
学園生時代と違い、心の声に頼らずとも流暢に喋る姿を見て、昔の真を知っている聖良とレインは驚いた様子を見せていた。
永二に関しては、真の口からノイの名前が出た事が意外だと言わんばかりに眉を顰めていた。
「なんだ、お嬢ちゃん。ノイの奴と知り合いなのか?」
「はい、ノイ先生は私の主治医です。私は電脳症なので、その治療の為に頑張ってくれてたんです」
以前であれば自分の電脳症の事を口にしたがらなかった真だが、相手が甲の父親である事もあった為か、あっさりと自分の病状の事を打ち明けた。
永二も偏見を持つような性格ではない為、特に含む所もなく真の言葉を受け入れる。
「へぇ、あいつが主治医ね。あんな変人相手だと苦労しただろ?」
「変人だとは自覚しているが、改めて口にされるのは不愉快だな。少しはデリカシーを持ちたまえ」
「げっ、いたのかよお前……っ!?」
だが、軽口を叩いた永二の言葉に反応したのは目の前の真ではなく────────いつの間にか部屋の入口に立っていたノイの方だった。
ノイはニィ、と唇を歪めるとカツカツと靴音を立てて永二に近付いていく。
「なんなら、君の恥ずかしい記録を洗いざらい話してみるかね? そうすればきっと、君も私の気持ちが分かるだろう」
「おいおい、勘弁してくれ。ちょっとしたジョークじゃねぇか、ったく」
悪名高い傭兵部隊の隊長でもノイの相手は荷が重いのか、永二はあっさりと白旗を上げた。女性相手に頭が上がらないのは、親子揃って変わらないらしい。
「……それで、真さんをこの場に呼び出したという事は────────今まで貴方達が何をして来たか、話す用意があるという事ね?」
「はい、あの日何があったのか────────そして、これまで何をして来たか。全て、お話します」
聖良に促された甲はゆっくりと顔を上げ、灰色のクリスマスに端を発したこれまでの経緯をゆっくりと話し始めた。
「……そう、大変だったわね。甲さん」
甲から話を聞き終えた聖良は、そう言って甲を労った。傍目からは分かり難いが、これでも聖良は甲の事を心底心配しているのだ。
聖良はポーカーフェイスの度が過ぎているだけで、聖良自身はとても情に厚い人間なのだから。
「しかし、真ちゃんだったか? この子を攫って一体何をしようってんだよ? 幾ら電脳症患者が稀少だからって、捕まえてメリットがあるワケじゃないだろうに」
永二は流石に実践経験豊富な傭兵だからか、甲の話の中でもかなりきな臭い『真の誘拐』に関して疑問を呈していた。
確かに、ノイからも
そして、聖良とノイの二人にはその
何故ならば、甲の話の中で真の誘拐の件に触れた時……二人揃って、複雑な表情を浮かべていたからだ。少なくともあれは、何も知らずに困惑している人間の顔ではなかった。
だが、その事について告げるべきか否か二人は迷っている様子だった。故に甲は今は敢えて何も聞かず、そんな甲を見て聖良は安堵した様子だった。
「しかし、神父がよりによって甲を狙っているとはな。この手で頭をぶち抜いてやったっていうのに、どうやって迷い出て来やがったんだ」
永二もまた、真が攫われた理由よりも
クリスの話通りなら、永二はかつて神父を殺した張本人である。
その永二からしてみれば、
「その事について、お聞きしたい事があります。聖良さん、ミッドスパイアのバルドルにDrノインツェーンが何か細工をした、という可能性はあるでしょうか?」
ノインツェーン、その名前を聞いた瞬間あからさまに聖良と永二の表情が強張った。
聖良は驚愕に眼を見開き、永二は苦々し気な表情を隠そうともしない。それだけ、二人にとってノインツェーンという名前は特別なのだろう。
「……知っていると思うけど、ノインツェーンがバルドルに脳を焼かれて死んだ、という話は結果としては間違っていないわ。そして、その試みは単なる
「そうですか…………実は、久利原先生の様子がおかしくなり始めたのはバルドルに秘密裏に接続してからなんです。先生自身、自分が自分でなくなるような恐怖に怯えていたようで……もしかしたら……」
今の神父は先生かもしれない、とは口に出せなかった。論理が飛躍し過ぎているし、それならまだ久利原が統合失調症だったと言われた方が現実感がある。
しかし、聖良は甲の言いたかった事を正確に察したようで、甲に
『甲さん、もし機会があれば神父から
『分かりました。ありがとうございます』
聖良の言う通り、甲の仮説に説得力を持たせるには、確たる証拠が必要だった。
自棄になってバルドルに接続して脳を焼かれるよりは、余程常識的な方針と言える。
ドレクスラー機関でアセンブラの開発が行われている以上、あからさまにそれを悪用するような輩を放置する理由はないのだから。
「現状は概ね理解したわ。それで、甲さん。そろそろ、本題に入っても良いのではなくて?」
聖良は甲の気負う気配を察知したのか、すかさず話を進めて来た。甲は何も旧知の人間に会う為だけにアークを訪れたワケではない。
あくまで、本題は此処からなのだ。
「はい。ではまず、こちらを見て下さい。これは、先日潜入した構造体で得られたデータです」
甲はそう告げるとあの構造体で神子から渡されたデータのコピーを3人に送り付けた。興味深そうに眺めていた三者だったが、ある一文に眼を通した瞬間顔色があからさまに変貌した。
「これは……っ!? まさかまた、アセンブラを……っ!?」
「おいおい、マジかよ……」
「後は
しかも、今現在ドレクスラー機関はドミニオンに繋がっている可能性が非常に高い。
再びアセンブラが完成すればどれ程の惨劇が起きるかなど、最早想像出来ないだろう。
「これが、本題です。アセンブラが再び開発されている以上、もう手段を選んでいられる段階じゃない。こっちでも情報を集めるので、ドミニオンのアジトへの侵攻とドレクスラー機関の人間の確保の時に協力して欲しいんです。虫のいい話だとは思いますが、どうかよろしくお願いします」
甲はそう告げ、深々と頭を下げた。アークの警備部隊やフェンリルに入隊するのではなく、必要な時だけ力を貸してくれ、というのはあまりに都合が良い話だというのは理解している。
だが、甲としてはこれ以外の選択肢はない。甲達の強みの一つに、そのフットワークの軽さがある。
部隊に所属している他の電脳将校と違い、甲達はは組織の都合というものに縛られずに行動出来る。
此処で組織に属する事になれば、その強みを捨てる事になってしまう……それは、今後の事を考えるとどうしても避けたかったのだ。
「……顔を上げなさい、甲さん。私としても、この問題は他人事ではないもの。アークとしても、協力は惜しまないわ。永二さんも、それでいいわね?」
「ああ、こいつは四の五を言っている場合じゃなさそうだ。何より、折角息子が俺を頼って来たんだ。これでうんと言えなけりゃあ、八重の奴にどやされちまうぜ」
聖良と永二は拍子抜けする程にあっさりと、甲の提案を受け入れた。甲は意外にすんなりいった事に驚きを感じつつも、再度頭を下げた。
「ありがとうございます。叔母さん、親父」
「なぁに、硬い事言うなって。これでもお前の親なんだ、ちっとは恰好くらいつけさせろや」
「ええ、甥の頼みを無碍に断る程────────私は、薄情な人間ではないつもりよ」
永二は笑いながら、聖良は薄く微笑を浮かべながら甲にそう告げた。そして、聖良は何かを思い出したように再び口を開く。
「今はこれくらいでお開きにしましょう。甲さん、よければ亜季さんに会いに行ってあげて。今は
そう告げると聖良は目を閉じ、微動だにしなくなる。どうやら、今の時間の面会はこれで終わりのようだ。
「分かりました。失礼します」
甲はそう告げてから社長室を出ると。聖良から送られて来たアドレスを頼りに目的地へと向かい始めた。
分岐6 レインと菜ノ葉は灰色のクリスマス当日市内にいなかった。
分岐7 レインと勲は和解済。
という事で聖良叔母さん及び父親とレインとの再会の話でした。レインは当日市内にいなかったので当然足を負傷しておらず、しかし空の死を知り傭兵になると意気込むも、サポートとしての才能を持て余していた所を永二に拾われています。