BALDR SKY Another World /世界X+Ω 作:デスイーター
結果として、クリスのあの一言を切っ掛けに如月寮の一室は騒然となった。
菜ノ葉は涙目になって甲に詰め寄り、亜季はジト目で甲を見ながらぼそぼそと何かを呟き続け、雅はそんな光景をやれやれといった調子で眺めていた。
その最中真からは頭の中に直接延々と文句を送り付けられていたので、新手の拷問かと思った程だった。
最後にはひとしきり満足したクリスからの『パートナーというのは仕事上での関係』という取り成しがあり、一先ず事態は収束した。
……もっとも、菜ノ葉はともかく亜季から送られる視線の温度は変わっていなかったので、他の面子に関しては誤魔化しきれてはいないようだが。
雅に関しては清城市内で会った時に既に甲とクリスが共に傭兵をしている事は知られている為、今更ではあるのだが。
ともかくとして、混乱が治まり皆で食事を摂った後、甲達は寮の庭に繰り出していた。
庭には見事な畑が出来ており、話によればこれは見せかけではなくちゃんと野菜が育つらしい。
膨大な処理能力を使っているのだろうが、それにしても此処までの再現が出来るとは驚きだった。
「ちょっと、誰か手伝ってくれない?」
「ああ、今行くよ」
そうこうしていると早速スコップを持って作業をしていた菜ノ葉に呼ばれ、雅が道具を携えて手伝い始めた。
農作業を行う二人を視界の隅で見据えながら、甲と真は先程から何か言いたげにしていた亜季と向かい合っていた。
クリスは少し離れた場所で様子を見ており、必要がない限り口を出す気はなさそうだ。
「甲、本当の事を教えて……菜ノ葉には誤魔化していたけど、その服…………軍人なんでしょ?」
「……亜季姉ぇ……」
「甲のお父さんの部隊が、清城市に入ったのは知ってる。多分、その目的は久利原先生とアセンブラ────────甲も、久利原先生を追っているんじゃないの?」
亜季の眼からは、生半可な誤魔化しは許さないという強い意志が垣間見えた。
そして、そんな彼女を拒絶出来る程、甲は薄情ではなかった。
「……ああ……親父とは、もう会った。先生を、ドレクスラー機関を捕まえる為に協力してくれる事になってる」
「そう…………目的は、復讐……?」
祈るように手を重ねた亜季が何処か哀しそうな眼で問う姿を見て、甲は首を横に振った。
「いや、単純にあの日の真実が知りたいだけだ。あの日の先生は、もう先生じゃなかったのかもしれない。それが本当かどうか、知らなくちゃいけないんだ」
「……? それって、どういう……」
甲の言い方に何か引っかかるものを感じたようで、亜季は訝し気な眼で甲を見据えた。
そんな亜季に対し、甲は失言に後悔しながらも例の件について話すべきかどうか逡巡していた。
もしもクリスの推測通り、バルドルに繋いだ事で久利原直樹の電子体が変貌したのだとしたら────────久利原にバルドルに接続する為のツールを渡した亜季は、きっと責任を感じてしまう。
だが、もしそれが本当の事であれば今は良くてもいずれ知られてしまう可能性がある。
どうしたものか悩んでいると、見かねた様子でクリスが近付いてきて口を開いた。
「久利原直樹は、洗脳かそれに類するものを受けていた可能性があるんです。お爺様────────ドミニオンのグレゴリー神父の手記に、それらしき記述がありました」
「……え、っと……クリスさん、だったよね。先生が洗脳されてたって、本当……?」
「少なくとも、神父の残した手記にそれを示唆する内容が見受けられたのは確かです。マインドコントロールの類か、電子体にウイルスを仕込まれたのかまでは分かりませんが、事件当日久利原直樹は心神喪失状態だった可能性があるんです。兆候のようなものがあった事は、彼から聞いていますし」
──上手い、と甲は思った。
クリスの話は、完全な出任せではない。
久利原が変質した事に神父が深く関わっている可能性は高く、
これならば、久利原=神父という事が後から分かっても、そうなった原因に関しては全て神父の所為にしてしまえばどうにかなる。
矢張りこういった交渉術に関しては、クリスの方が何枚も上手だと認めざる負えなかった。
「……そう……確かに、あの頃の先生は何処かおかしかった……それが洗脳かウイルスの所為だとしたら、考えられなくもないかも……」
そして、灰色のクリスマスより以前から久利原の様子が時々おかしくなる事があったのは、彼と親しかった如月寮のメンバーに関しては周知の事実だ。
それを踏まえれば、亜季を納得させる材料としては充分である。
「つまり、今の久利原直樹は神父の操り人形同然となっている可能性が非常に高いのです。なので、もし彼と会う事があったとしてもその中身はかつてとは別物である事を覚悟して下さい」
加えて、こう言っておけば不用意に久利原に近付く可能性は低くなり、久利原の名前で連絡を取って来たとしても警戒させる事が出来る。
これで真実を誤魔化しつつ、亜季達の安全も確保出来る寸法だ。甲は見事に場を収めてくれたクリスに対し、ただひたすら感謝するしかなかった。
「……そうだね。私達の知る先生ともう会えないのは哀しいけど、皆を危険に晒すワケにはいかないからね……ありがとう。多分、甲が言い辛かったから代わりに言ってくれたんだよね」
「まあ、私にとって久利原直樹は赤の他人同然ですからね。特に思い入れもない以上、パートナーのメンタルケアを優先するのは当然の事ですから」
確かに、久利原の教えを受けていた甲達とは違い、クリスにとって久利原はアセンブラの開発者で甲達の恩師である、という情報を知っているだけの相手だ。
直接話した事もない為、思い入れがないのは当然とも言える。
「それでも、甲を気遣ってくれたのは一緒……甲、いい相棒を見つけたね」
「……ああ、俺なんかには勿体ないくらいのパートナーさ」
「むぅ……悔しいですけど、クリスさんが頼りになるのは事実ですから……」
亜季と甲がクリスへの賛辞を口にしたのを聞き、真は若干頬を膨らませながらも拗ねたようにそう呟いた。
なんだかんだ言いつつも、真自身クリスの事は嫌いではないのだ。
甲に関する事で思う所はあるが、この数年間共に甲のパートナーとして支えて来た自負は確かな仲間意識となって実を結んでいる。
表面上はいがみ合う事があっても、
「それで、真……? 話を聞いていると貴方も甲と一緒に傭兵をやっているようにも聞こえるのだけど、どうなの……? そもそも、外見年齢が昔と一切変わっていないように見えるのはどうしてなの……?」
と、そこで亜季の興味が真へと移った。
確かに、亜季から専用のシュミクラムを譲り受けて学園生時代にシュミクラムの大会に出ていた甲とは違い、真には亜季もシュミクラムは渡していないし、そもそも身体の弱かった彼女が戦場を渡り歩いている事に違和感を抱くのは当然といえば当然だ。
……それに何より、真の外見年齢は数年分成長した事が実感出来る甲達と違い、完全に亜季の記憶通りの姿だった。
電子体が実体とリンクしている以上、
「実はですね。私は……」
その疑問は最もなので、真はこれまでの自分の経緯を簡単に話した。
灰色のクリスマス当日、リアルの身体が何者かに拉致され実体へ戻れなくなっている事……甲を手伝い、自分の実体を探す為にも甲の脳内チップに常駐する形で甲のサポートを行っている事等を説明した。
実体が攫われた、という話の時点で亜季の表情が険しくなっていったが……自分の特性を利用して甲の脳内チップに常駐したくだりになると、眼を見開いて驚いていた。
「そんな事が出来るなんて……私、びっくり。けど、それならそこまで危険はないようで安心……甲、
「怖い事言うなよ、亜季姉ぇ。まあ、もし俺の脳内チップが故障してもその時は真ちゃんの電子体を自動転送するようにしてあるから、大丈夫だって。そうならないのが一番だけどな」
「そもそも、私に仮想のセキュリティは何の効果もありませんから。先輩はまず、自分の身を守る事を考えて下さいね」
取り敢えず、これで真の件に関しても亜季は納得を見た様子だった。
しかし、流石に実体が攫われていると知って気が気ではないのか、心配そうに真の事を伺っている。
「……私も、何か力になれそうなら言って。私、
「ああ、もしもの時は頼らせて貰うよ。亜季姉ぇ……そういえば、千夏はどうしてるんだ? 今何処にいるかとか、聞いてないかな?」
話がひと段落した所で、甲は仲間内で唯一動向が分かっていない相手……渚千夏の事を尋ねてみた。
なんだかんだで皆の事を心配していた亜季の事だ。
千夏に関しても何か情報を持っていると考えたのだが、千夏の事を尋ねた瞬間、亜季の表情があからさまに曇った。
「……千夏は灰色のクリスマスで重症。退院したのまでは確認してるけど、その後どうしてるかは……」
「……分かった。もし俺の方で見かけたら、連絡するように言っとくよ」
甲としてはそれ以上何も言えず、思わず押し黙った。
生きていてくれた事は嬉しいが、かつての仲間が重傷を負ったと聞き心穏やかでいられる筈もない。
話を聞いていた真も心配そうな表情になっており、千夏を見かけたら必ず連れて来ると甲は心に誓った。
「とにかく、今は清城から動く気はないし
「うん……待ってる……」
そして話を終えた甲達は特に何をするでもなく、暫くは家庭菜園に勤しむ菜ノ葉達の姿を穏やかな面持ちで眺め続けていた。
「良い気分転換になったかしら? それとも、昔を思い出して辛かった?」
その後、亜季達如月寮のメンバーに一旦別れを告げた甲達は
そんな折、クリスは甲に向かって振り返りながら不意にそう口にした。素っ気ない言い方だが、クリスなりに甲を気遣っているのが分かる。
「両方、かな。亜季姉ぇ達に会えたのは嬉しかったし、まさか如月寮が再現されてるなんて思ってなかったけど……現実との落差を考えると、どうしてもな……けど、気分転換になったのは確かだよ。亜季姉ぇの事といい、お前には頭が上がらないな」
「あら、私はパートナーとして当然の事をしたまでよ。相棒のメンタルが不安定だと、もしもの時命に関わるもの。それを思えば、この程度どうって事ないわ」
クリスはあくまで、なんでもないかのようにそう告げた。
これは謙遜ではなく、クリスにとって甲の身体・精神面の保護は自分にとって当然の
クリスは甲の事を自分の
情が深いと自認しているのは、伊達ではない。
『匿名の
そんな時、不意に機会音声と共に呼び出し音が鳴った。
通話に出ると、網膜に見覚えのあるモヒカン頭……情報屋、エディの姿が投影された。
『よぉ、中尉……俺だよ俺。すまん、すぐに来てくれ……えらい事がわかっちまったぜ。いつものアジトじゃないぜ、清城の方だ』
エディは怯えるような弱弱しい声でその言葉だけを告げると、焦るように通話を切った。
その内容とエディの様子を見て、甲の表情が険しくなる。
「……情報屋からだ。何かトラブルが起きたらしい。恐らく、身の危険を感じるような情報を知ってしまったんだろう」
しかも、
「となると、現実での戦闘も充分考えられるわね。用心していきましょう」
「ああ……頼りにしてるぞ、クリス。時間が惜しい……すぐに向かうぞ」
「はい、先輩」
その指示に真はすぐさま反応し、瞬時に自分の電子体を甲の脳内チップに移動させ
甲達は一瞬の浮遊感の後、戦場へ向かうべく現実へと戻って行った。
原作ではここでエージェントの事を亜季に聞いていますが、この世界ではエージェントと遭遇していないのでそれらはカットされています。神子の事を亜季に尋ねるのも不自然ですしね。
さて、次はエディを巡る騒動です。果たして彼はこの世界では生き残れるのでしょうか。