BALDR SKY Another World /世界X+Ω 作:デスイーター
現実に戻った甲達はアーク社を後にし、情報屋の根城に向かうべく、迷路のようなスラムを駆け抜けた。
尾行者がいないか気を配りつつ、甲達は最短距離でエディのアジトに辿り着いた。
甲は真には仮想の、クリスには現実の索敵を頼みつつ、根城のドアをノックした。
「いるか、エディ? 門倉だ、開けてくれ」
「……中尉か? 誰か、仲間を連れて来ているのかよ……?」
しばし待つと、中から細々とした声でエディを尋ねて来た。
声からは極度の怯えと過剰な警戒心が滲み出ており、返答次第では甲であっても入れてくれないだろう事は察する事が出来た。
「ああ、安心しろ。中に入るのは俺一人だ」
「……分かった。入ってくれ」
どうやら納得は出来たらしく、ドアのロックが外れる音が聞こえた。甲はそのままドアを開け、アジトの中に入り込む。
「よく来たな、中尉」
雑多に散らかった部屋の中で、顔を強張らせたエディの手には油断なく銃が握られている。
しかし、銃口は下を向いており、今はパニックに陥りでもしない限りその引き金が引かれる事はないだろう。
「その様子じゃ、余程凄い情報が手に入ったらしいな」
「……まったく、とんでもねぇ事に巻き込んでくれたぜ。お陰で夢見が悪くて仕方がねぇ」
エディは忌々し気にそう話すと、床に唾を吐き捨てた。
しかし、今の状況に陥った怒りよりも死への恐怖が勝っているのか、どうやら情報自体は聞かせてくれるらしい。
「まず、ドレクスラーの連中を匿っていた議員は阿南よしおだ。とは言っても、これは中尉も想像はついてただろう?」
「ああ、俺もそいつが怪しいと睨んでいた」
阿南よしおは現在の清城市の市長であり、以前から黒い噂の絶えない人物だ。
彼ならば、科学者連中の持つ技術を目当てに匿っていても不思議ではない。
「阿南は以前から
「……しかし、ドレクスラー機関の連中が作っていたのは密造ナノだけじゃなかったワケだ」
甲の言葉に、エディは静かに頷いた。
……アセンブラ、甲が引き出した情報には確かにその名前があった。
先入観を持たせない為にその情報はエディには渡していなかったが、この様子ではどうやらアセンブラを作っていた事に間違いはなさそうだ。
「阿南よしおは、普通の人間だ。密造ナノを使って私腹を肥やすならまだしも、大量殺戮兵器を必要とするとは思えない」
「ご明察。学者連中にアセンブラを作らせていたのは、ドミニオン……その目的は……」
エディはそこで一端言葉を切り、勿体ぶるようにゆっくりと口を開いた。
「──ドミニオン主導による超大規模な同時多発テロの計画……汎用ナノマシンにアセンブラを紛れ込ませ、ある日一斉に発動させる魂胆さ」
「……最悪だな」
ドミニオンがアセンブラを作らせていた、という話の時点で嫌な予感はしていたが、まさかそんな大それた事を考えているとは理解の外だった。
その事を知り、甲は思わず宙を仰いだ。
灰色のクリスマスの時は対地射撃衛星群による焼却で街一つを犠牲にアセンブラの拡散は食い止められたが、世界中で一斉にアセンブラが起動すれば最早止める手段はない。
そうなれば、何の誇張もなく、世界は滅びを迎えるだろう。
「それを知った阿南の野郎はおったまげたみたいでな。真っ先にドレクスラー機関の連中を消そうとした筈だ。結局、ドミニオンとの間で科学者の取り合いになったようでな……科学者連中はドミニオンが強奪、阿南は証拠隠滅の為に施設の爆破に踏み切った、といった所だ」
「成る程な……」
つまり、あの構造体に仕掛けられていた論理爆弾は侵入者を狙ったものではなく、本命は構造体のデータを消去する事にあったワケだ。
そういう事情であるならば、矢張りあの構造体にいたジルベルトは阿南の私兵という事で間違いなさそうだ。
後から聞いたクリスからの報告でも、ドミニオンの機体の残骸が施設に転がっていた事は確認済みだ。
「と、此処からが本題なんだが……中尉から預かったデータを流した結果、見返りにドミニオンのアジト……現在ドレクスラー機関の連中がいる構造体の場所が分かったのさ」
「へぇ、流石だな。凄いじゃないか」
甲は素直に感心しているが、エディは額から冷や汗を流しながら続けた。
「……ただ、その過程で狂信者連中に俺の事が割れちまった。だから、中尉にゃ俺が清城を出るまでの護衛を頼みたいのさ。勿論、ドミニオンのアジトの情報と引き換えだ」
「ああ、俺としても異論はない。引き受けよう」
甲としても、この情報はなんとしてでも手に入れたい代物だ。その代償がエディの護衛だと言うのなら、引き受けない理由はない。
エディはそれを聞くと少しでもこちらの心証を良くするつもりなのか、早速ドミニオンのアジトに関するデータを甲に送り付けて来た。
甲がそのデータを受け取ると、エディは安堵の息を吐く。
「助かるぜ。奴等にとって、あのテロ計画と計画発動の為に必要な研究者連中はなんとしてでも死守しなきゃならん代物だ……だから遠からず、俺を消しに来るだろうってのは自明の理だからな」
確かに、こんな情報を掴んだエディを放置する程ドミニオンは甘い組織ではない。
それが分かっているからこそ、エディは此処まで怯えているのだろう。
「……と、言いたいんだが……少々妙な部分があってな」
「妙な部分、だって……?」
……だが、次のエディの言葉に甲は疑問符を浮かべた。
その狂気的な思想は理解出来ないとはいえ、あの狂信者集団ならそれくらいやりかねないとは思うが……一体、何があるというのだろうか。
「この手のテロ計画は、存在が伏せられているからこそ実行時に最大限の威力を発揮する……だから、計画が他者に掴まれる事はなんとしてでも避けなきゃならねぇ筈なんだ……だが、何故かこの計画についての情報はあっさり手に入った」
エディは溜め息を吐き、訝し気な表情を浮かべた。
「というのも、幹部の一人が神父から渡されたこのデータを見た後、碌なプロテクトもかけないまま個人用フォルダの中に放置されていたらしくてな……単なるヒューマンエラーと言えばそれまでだが、仮にもテロ計画の情報の共有を許されるような幹部がするミスとしては杜撰過ぎるというか、
……確かに、エディの言う通りこんな大規模なテロ計画の存在を知る幹部が、そんな不用意な事をするとは少々考え辛い。
ドミニオンはグレゴリー神父の思想に共感した者達が集う組織で、目的こそ狂っているが、だからこそ、その目的達成にかける執念は本物の筈だ。
そう考えると、確かにこれは単なるヒューマンエラーというよりは、意図的な偽装に感じられる。
「情報屋としての勘でどうにもこいつは怪しい、と踏んで調べ直した結果、この計画の裏に巧妙に隠されていたデータがある事は探り当てたんだが……実は、狂信者連中に俺の存在が割れたのはその時でな」
そう告げると、エディはやれやれとかぶりを振った。
「例の計画のデータが手に入った時には碌に反応もなかった癖に、俺がそのデータの存在を探り当てた瞬間、あっという間に俺の個人情報が引き抜かれちまった。ったく、一体どんなトラップを仕掛けていたのか今でも理解出来ねぇ。こりゃあ、ドミニオンの神子についての噂も単なるガセってワケじゃねぇのかもな」
「……神子についての噂というと……例の預言、とやらについてか」
甲が今まで何度も発見した『神子の預言』の事を思い返しながら尋ねると、エディはコクリと頷いた。
「……ああ、信者連中によると、神子サマはこの世界で起きるであろう出来事をある程度知っていて、それを預言という形で神父に授けているんだと……信者の中には、神子は別の世界にいる高次の存在で、神の分身のようなものだと信じている奴もいるくらいだ」
つまり、聖母マリアのような畏敬の対象であるということだろうか。その感覚はよく分からないが、宗教であれば有り得ない話でもない。
「……とは言っても、
「……まあ、有り得なくはないか」
確かに、いかつい大男が演説するより、神秘的な美少女が宣伝した方が大衆受けし易いのは事実だろう。
そうなるとあの神父が大真面目にネットアイドルを製作した事になるのだが、精神衛生上の理由からその光景は考えないようにした。
「と、話が逸れたな。それで、その隠されていたデータについてだが……内容に関しては何一つ探れなかったが、なんとかそのデータフォルダの名称だけは入手出来た。で、その名称だが……」
『……っ! 先輩! ドミニオンのシュミクラムが多数接近中です……っ!』
「……っ!」
……エディが話を続けようとした瞬間、真からの報告で甲の顔色が変わった。
雰囲気の変化を察したのか、エディはびくり、と震えて恐る恐る甲に尋ねた。
「お、おい、中尉……まさか……」
「そのまさかだ。俺は今から没入して、ドミニオンの連中を迎撃して来る。現実はクリスにどうにかして貰うから、お前は此処を動くな」
「……ああ、分かった。任せたぜ、中尉」
甲は部屋の隅に身体を寄りかからせると、エディを近くに呼び、彼の神経接続子に接続して仮想空間へと没入した。
「……来やがったな」
仮想へ辿り着いた甲を待っていたのは、エディを潜脳せんと迫る無数のシュミクラムの群れだった。
どの機体にも逆十字のシンボル……ドミニオンのエンブレムが刻まれており、その所属を疑う余地はない。
「さあ、何処からでもかかって来やがれ……っ!」
甲は武装を展開し、ドミニオンのシュミクラムを迎え撃つべく戦闘態勢を整えた。
ドミニオンのシュミクラムもまた、各々の武装を構えて戦闘準備を開始し……。
『──退き、なさい、我が、信徒達、よ』
「……っ!?」
──中空に展開された巨大スクリーンから聞こえて来た声に、その場のシュミクラムが悉く動きを止めた。
そのスクリーンには、見覚えのある姿……顔をヴェールマスクで隠した、白髪の少女が映し出されていた。
……間違いない、ドミニオンの神子だ。
『このまま、戦闘を開始、すれば、貴方達は、全滅する、と預言、に出ました。私は、無用な犠牲、を出す、気はありま、せん』
相変わらずの途切れ途切れの声による指示を受け入れたのか、ドミニオンのシュミクラムは迷う事なく一斉に後退していく。
その光景を呆然と見つめながら、甲はスクリーンに映し出された神子の姿を睨みつけた。
「……どういうつもりだ? お前達は何がなんでも、エディを消したいんじゃなかったのかよ?」
『信徒達で、は貴方には勝てま、せん……援軍がいる、のであれば猶更、です……分かりきった犠牲、を出す事、を……私は望み、ません』
「……っ!?」
ヴェールマスクに覆い隠され、神子の表情は伺えない……故に、その言葉が何処まで本気なのかは知る由もない。
確かに、数が多いとはいえ見た所ドミニオンのシュミクラムの練度は甲の脅威となる程ではなかった。
そして、彼女の言う通り甲には
実は、此処に来る前に甲は真を経由して聖良にフェンリルの助力が得られるよう頼んでいたのだ。
故に、戦闘が長引けばフェンリルが合流し、ドミニオンを一網打尽に出来ただろう。
……しかし、その事すら神子に知られていたというのは甲自身戦慄を隠せなかった。
一体どうやってその事を知ったのか、まるで見当もつかなかったのだから。
『エディ・オルドラ、聞こえ、ていますね? 今、すぐ街を、出て今後清城に、近付かな、いと誓う、のであれ、ば……これ、以上……私達、が……貴方を追う、事はない、でしょう』
わざわざエディの本名を呼び、神子はそう警告した。
エディは神子とは直接話したくはないのか、甲にメッセージを伝えるよう頼んで来た。
「……分かった、って言ってるぜ」
『いい、でしょう……誓いが守、られる事を……期待しま、す。では、また……会い、ましょう……門倉、甲……』
その言葉を最後にスクリーンは消滅し、甲は周囲に敵がいない事を確認してから警戒しつつ現実へと帰還した。
「へへっ、どうにか助かったようだな。まさか、中尉の実力に恐れをなして撤退してくれるとは思わなかったぜ」
現実に戻るなり、安心した様子のエディが開口一番そう告げて来た。
実際にドミニオンのシュミクラムが撤退して行ったのはエディも確認しているので、一先ずの脅威が去ったのは事実なのだから。
「……しかし、あれがドミニオンの神子か……実際に見たのは初めてだが、マジで得体が知れねぇな……声を聞くだけで、頭がおかしくなりそうだったぜ。中尉はよく、平気で話しかけられたもんだ」
エディは先程の神子の事を思い出したのか、怯えるように震えていた。
矢張り、甲と同じようにエディもまた神子に対し、言い知れない恐怖のような感覚を覚えていたのだろう。
実際、神子の声にはそれ自体に人の精神をかき乱す何かがあるように思えてならない。
甲も神子を前にすると、頭の中に直接落書きをされているような悪感を覚えているのは確かなのだから。
「じゃあ、約束通り清城の外まで護衛を頼むぜ、中尉。一応、神子の言葉を全面的に信用したワケじゃねぇからな」
「……ああ、了解した」
確かに、もし神子が撤退した理由が甲の実力を恐れてのものならば、甲がエディの傍を離れた瞬間、再び襲って来る可能性もある。
それを考えれば、護衛を続行するのは当然だった。
「それとな、例のデータの
情報屋としての意地なのか、エディは自分が知り得た最後の情報を伝えるべく、躊躇いながらもゆっくりとその名称を告げた。
「──『Project Leviathan』、それが……奴等が隠そうとしていた秘密の名前だ」
「……プロジェクト、レヴィアタン、か……」
エディの言葉を、甲は静かに復唱する……何故か甲の脳裏には、口元に笑みを浮かべた神子の姿がまるで自身の存在を見せつけるかのように浮かび上がっていた……。
~Page3~現代の清城ーThe present peopleー/End
というワケでエディは無事、生き残りました。今回開示した情報に関しては今後の展開に深く関わるので、ノーコメントとさせて頂きます。勘がいい人はもしかしたらある程度推測できるかもしれませんが。