BALDR SKY Another World /世界X+Ω 作:デスイーター
「まさか、此処でアンタが出て来るとはな……」
甲は銃を構えたまま、油断なく神父を見据えている。
クリスも腕にチェーンソーを携え、いつでも飛び出せるようにしていた。
この男は甲達にとって、因縁深いでは済まない相手だ。これくらいの警戒は、むしろ当然だろう。
「嘗て言った筈だ、
「アンタの講釈を聞く気はない……ジルベルト達はどうした? 此処に来た筈じゃ、なかったのか?」
甲は周囲を見回しながら、神父にそう尋ねた。施設のボスの言い方からして、ジルベルトが此処に来てからそう時間は経っていない筈だ。
だからこそ中に潜んで不意打ちを仕掛けて来るだろうと考えていたのだが、一向にその気配はない。
……だとすれば、この神父が何かを知っているのは間違いない。
「彼等はもう、此処にはいない……彼等は我々の、大事な大事な客人だ。客人の安全を確保するのは、当然の事なのでね」
『……構造体の中に、彼等の姿はありません……どうやら、ドミニオンだけが知る通路を使って脱出したようです』
「……チッ、折角此処まで来たってのに……」
真の報告を聞き、甲は思わず舌打ちする。せめてジルベルト達を此処で捕らえておきたかったのだが、この様子では今から追っても間に合うまい。
ドミニオンだけが知る通路となれば、その行き先はドミニオンの拠点である可能性が高い。
流石にフェンリルの合流を待たないまま突入するのは、無謀に過ぎる。
「……お爺様、一体……此処で、何をしていたのですか? この機械は、一体なんなのです……?」
甲と同じ結論に至ったであろうクリスは、情報を引き出すべく神父にそう問い質した。
険しい顔で問いかけるクリスに対し、神父は満面の笑みを浮かべて口を開く。
「これは、古の悪魔を蘇らせる為の祭壇だよ、クリス……少女達の苦悩を供物とし、悪魔の心臓は形を成した……そう、これこそが! 嘗て世界を恐怖で塗り替えた、忌まわしき悪魔の心臓なのだよ……っ!」
神父はそう告げると、いつの間にか手に持っていた匣型のオブジェクトを大袈裟に掲げて見せる。
逆十字の刻印が刻まれたその匣の正面には覗き窓のようなものが付いており、その隙間から生物の眼球を思わせる赤い光点が薄っすらと覗いている。
「……っ!?」
──その光点を見た瞬間、甲は全身が総毛立ち凄まじい悪感に襲われた。
それはクリスも同じようで、クリスも冷や汗を流しながらその匣を凝視している。
甲の視界越しに匣を見ている真からも、息を呑む気配が伝わって来た。
「……一体、なんだ、それは……」
「もうすぐ、もうすぐ分かる事だ……ジルベルト君に渡したものは、
神父の顔は陶酔に染まり、声は歓喜に震えている。
彼はその手に持った匣を、まるで尊いものであるかのように両手で大事に抱え込んでいた。
その様子を見て、クリスは険しい顔で神父を睨みつけた。
「どうやら、お爺様はその匣を回収する為に此処にいたようですね。ならば、その匣を壊せばお爺様の企みは潰えると思っていいのかしら」
「此処で私と戦う気かね? しかし、そうなると囚われた少女達はどうなるかな? あの装置は、左程頑丈には作られていないのだがね」
「……っ!」
神父の言葉に、甲はハッと息を呑んだ。この部屋の壁には、至る所に少女が横たえられた装置が置かれている。
もし此処で神父と戦闘を開始すれば、流れ弾によって少女達が死んでしまう可能性が高い。
甲としては、それはどうしても避けたかった。
クリスもまた、神父の言葉に止まらざる負えなかった。此処で戦闘を強行して少女達を死なせる事は、クリスとしても本意ではない。
他ならぬ甲が彼女達を助けると決意している以上、クリスがそれを妨げるワケには行かないからだ。
……だがそれでも、クリスには後ろ髪を引かれる思いがあった。
此処で神父を、いや……
しかし、だからと言って良い手が浮かぶワケではない。二人の葛藤を見て取り、神父は口元を歪めた。
「傭兵という血に塗れた職にありながら、君達の中には未だ善性が根付いているようだ……その善性は尊ぶべきものだが、一つ覚えておくといい……悪魔とは、人の善性にこそ付けこむものである事を」
そう告げると、神父は仰々しく一礼する。
「では、これにて一時の別れとしよう。精々気を付けたまえ……悪魔の目覚めは、既に始まっているのだから」
「ま、待て……っ!」
甲が止める間もなく、神父は足元に開いた穴へと飛び込み姿を消した。
次の瞬間にはもう穴は見えなくなり、部屋の中は静寂に包まれた。
「……すまん、クリス。逃がしちまった」
「仕方ないわ、彼女達を犠牲にするワケには行かないもの。けどせめて、此処で何が行われていたかくらいは調べないとね」
クリスはそう告げるとデータ取得の為のツールを機械に差し込み、情報の引き抜きを開始した。
ツールに次から次へとデータが表示され、甲はそれを何とはなしに眺めている。
そんな中、甲は不意に後ろに気配を感じて振り向く。
そこにはNPC、否……NPCの身体を乗っ取ったノイが、少女が横たえられた装置を覗き込んでいた。
「……先生、来ちゃったんですか……?」
「ああ、奴へのごう……尋問が終わったのでな。囚われた少女達がいるのならば、医者の私が診断する必要があると思ったのだ。しかし、これは……」
ノイは険しい顔で、装置に繋がれた少女の姿を見つめている。
少女の顔は未だ苦し気に歪んでおり、見るからに痛々しい。
すぐにでも装置から解放してやりたいが、この装置がどんなものか分からない以上迂闊に動かすのは危険な為、今はクリスが調べ終わるのを待つしかない。
「あくまで所見ではあるが、長期間他者との接触がなかった者が陥る状態……いわゆる極度の孤独感に苛まれている。耳を傾けてみたまえ、その子の呟きが聞こえる筈だ」
ノイの言葉に少女の口元を見ると、確かに何かを呟くように微かに動いているのが分かる。
甲が装置に耳を当てると、その呟きが聞こえて来た。
『……あぁ、寂しい……みんな、みんなどこにいるの……一体、いつまで一人でいればいいの……?』
「……これは……」
聞こえて来たのは、ノイの言う通り孤独に苛まれる少女の嘆きの声だった。
この少女は、これだけの孤独感に襲われる程の長い期間、この装置に繋がれていたのだろうか。
そう考えて怒りに震えていた甲だが、クリスからは予想外の情報が齎される。
「……データの解析が一部完了したわ。どうやら、この装置は接続者の体感時間を数倍から数十倍に引き延ばす効果があるようね……そして、少女達の感情を中央の機械に集めて何かをしていたようよ。どうせ、碌でもない事でしょうけれど」
クリスの言葉に、甲は改めて少女達の繋がれた装置を見据えた。
体感時間を引き延ばす……つまりこれは、少女達に
これだけでも悪趣味極まりないが、どうやらそれ以外にも何かをしていたらしい。
間違いなく、あの匣の
「取り敢えず、装置は停止させておいたわ。彼女達はもう起きられる筈よ。頭のバイザーを、外してあげて頂戴」
「分かった」
話を聞いた甲は近くの装置の蓋を開け、少女に被せられていたバイザーを取り外した。
すると少女はうっすらと眼を開け、目の前にいる甲の顔を見つめた。甲は少女を安心させようと、笑いかける。
「大丈夫、俺は君達を助けに……」
「……うぁ、あぁ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん……っ!」
「ちょ、ちょっと……っ!?」
警戒されるだろうと考えて声をかけようとした甲に対し、少女は一糸纏わぬ身体を隠す様子もなく、甲に抱き着いてわんわんと泣き始めた。
裸の少女に抱き着かれた甲は困惑しつつも、少女の声に耳を傾けた。
「うぅ、私、ずっと暗い場所にいて……寂しかった、とっても寂しかった……っ! 周りには誰もいなくて、声すら聞こえなくて……もう一人は、一人はいやぁ……っ! 私を、私を見捨てないで……っ! なんでも、なんでもしますからぁ……っ!」
「……大丈夫、大丈夫だよ。君達はちゃんと、俺達が家に帰すから。安心して、君はもう一人じゃないんだ」
甲は少女の背中を擦りながら、優しい声でそう言い聞かせた。
クリスも流石にこんな状況で甲を咎める気はないらしく、仕方ないといった様子で溜め息を吐いている。
……見れば、そこかしこから装置から解放された少女達の啜り泣きが聞こえて来る。
皆一様に、
「……悪趣味な……どうやら彼女達は、極度の孤独感が原因で
甲はノイの話を聞き、思い当たる事があり口にする。
「俺の友人に
「成る程、それがいいだろうな。問題は、それまで電子体を何処で保護してやるかだが」
ノイはそう呟くと、意見を求めるように甲を見つめた。
甲はしばし思案すると、ゆっくりと顔を上げ口を開いた。
「……叔母さんに頼んで、アーク構造体で保護して貰いましょう。あそこなら安全です」
「分かった。どうやら、施設各所で対AI対策班とドミニオンの戦闘が行われているらしい……それに巻き込まれないように、彼女達を連れて速やかに脱出するぞ」
ノイはそう告げると装置から助け出した少女達に簡素な手術衣のような服を着せ、部屋の出口へと誘導し始めた。
甲とクリスもそれに倣い、少女達を部屋から連れ出した。
甲達は真のナビゲートで戦闘を回避しつつ、少女達を連れてNPC密造業者の構造体から脱出した。
至る所から銃声や爆音が聞こえ、未だ戦闘が継続中である事が分かる……此処もまた、安全とは言い難い。
「大佐には連絡したが……どうやら、別の場所で戦闘に巻き込まれているようでな。すぐには来れないらしい」
「仕方ないわね。護衛は私達が引き受けるわ。戦闘に巻き込まれないうちに、早く行きましょう」
クリスの言う通り、此処にいてはいつ戦闘に巻き込まれるか知れたものではない。
甲もその言葉に異論はなく、早速行動を開始しようとした時……聞き覚えのある声に、呼び止められた。
「甲……アンタ、甲だよね……っ!?」
甲が振り向くと、そこには身体のラインがくっきり浮き出る戦闘服を身に纏った赤い髪の少女……渚千夏が立っていた。
この数年で甲同様戦場に身を置いていたからか、纏う雰囲気こそ殺伐としているが……甲を見つめる眼差しには、確かな親愛の情が感じ取れた。
「千夏……っ! 無事だったのか……っ!」
「……やっぱり、見間違いじゃなかったみたいだね……今回は、アタシのヘマに巻き込んじまったみたいで肝を冷やしたよ。どうにも、潜入任務ってのは性に合わなくてね……つい、手が出ちまったのさ」
やや口調が刺々しくはなっているが、その姿は甲が知る千夏そのものだった。
雰囲気が多少異なっても、根底の快活さは消えていない……若干影はあるものの、少なくとも自暴自棄になっている雰囲気は見当たらなかった。
「……へぇ、相変わらず乱暴なのね。それで、迷惑料は何処に請求すればいいのかしら?」
「……アンタは……」
「元鳳翔学生会長の、六条クリスよ。何度か、話した事はあったわよね。今は彼の、
そんな千夏に、クリスは初っ端から刺々しさ全開で話しかけた。
言葉に込められた敵意を感じ取った為か、千夏の表情に剣呑なものが混じって来る。
「へぇ、鳳翔の学生会長サマが今は甲のパートナーねぇ……一体、どういうつもりだい?」
「あら、分からないかしら? それとも、認めたくないだけなのかしら? 彼の
クリスと千夏は、互いに一歩も引かずに睨み合っている……明らかに剣呑な二人を見て、甲は慌てて仲裁に入った。
「待て待て待て! 二人共、喧嘩は後にしてくれっ! 今は早く、此処から逃げないと……っ!」
「……そうだったわね。
「ああ、そうだな……アタシとしても、喧嘩は後顧の憂いがない状況の方がいいからね」
甲の言葉に現状を思い出したのか、二人は渋々矛を収めた。
……もっとも、収めただけで後ろ手に矛を隠しているのはバレバレであったが。
「……ふぅ……」
しかし自分のやるべき事を思い出したのか、千夏は急に改まって甲に向き直った。
「と、そうだった。今のアタシは対AI対策班の一員でね。任務でこの施設を調べてたんだが、さっき長官から連絡があってね……アタシに、対AI対策班……いや、
「……ちょっと待ってくれ……」
千夏から突然の提案を受け、甲はシゼルが頷いたのを見て直接通話で聖良に連絡し、一連の事情を説明した。
すると程なく、聖良から返答が返って来る。
『構いません。そのまま連れて来て結構よ。彼女達の保護も、全面的に引き受けます』
『……ありがとうございます、叔母さん』
甲は聖良に礼を告げると直接通話を終え、千夏に向き直った。
「OKが出た。付いて来てくれ」
「ありがとう。恩に着るよ」
千夏は笑顔でそう告げ、甲達の先導に従って歩き出した。
仮にも他組織の人間を連れて行く恰好になる為、シゼルは何があってもいいように油断なく千夏を見据えているが……今の所、千夏に不穏な動きはない。
甲としても如月寮の仲間を疑う事はしたくなかったので、彼女が友好的なのは幸いとも言えた。
……甲は少女達を護送する中、先ほど見たデータの事を思い返していた。
あの機械から吸い上げたデータは未だ一部しか解読していないものの、ジルベルトが持ち去ったであろう代物の名称らしき文字列にはこう記されていたのだ。
──Proto Core Ver2. Code Tarrasque──
(プロトコア、タラスク、か……一体、何を持ち出したっていうん
だ……?)
その疑問に答える声はなく、不意に甲は地の底から響くような咆哮をあげる怪物の姿を幻視した。
未だ見えぬ脅威の種は、着実に仮想の海の底で蠢き始めていた……。
~Page4~胎動ーRise of Unknownー/End
これで第四節も終わりです。そろそろ本格的に脅威の影が見え始めて来ました。此処からは本当にオリジナル展開が多くなります。暗殺事件はちゃんとやりますが、そこから先はほぼ別物と考えて下さい。