BALDR SKY Another World /世界X+Ω 作:デスイーター
道程ーHer's Backgroundー
──それは、クリスには見覚えのない光景だった。
自分が夢を見ているのは分かる。
だが、自分の記憶を探してみてもその夢の情景は思い当たる節が全くなかったし……何より、自分にとってその夢は吐き気を催す程不快なものであったのだから。
……夢の中の自分は、あろう事かレインにチェーンソーを突き付け、訳の分からない妄想を口走って甲と対峙している。
その夢の自分はアークとドミニオンが共謀してノインツェーンの野望を実現させようとしているだの、AIが人間に夢を見せて思い通りに操ろうとしているだの……普通に考えればまず有り得ない事を、事実であると思い込んで信じ難い凶行に及んでいる。
率直に言って、目を疑いたくなる光景だった。
言葉の端々には灰色のクリスマスの到来を示唆するような内容も含まれていたが、口から出る言葉の殆どは歯牙にかける必要もない妄想の類だった。
自分の同じ顔からそんな妄言が飛び出しているのだから、クリスとしてはたまったものではない。
やがてクリスは空……によく似た少女を手にかけ、その光景を見て激怒した甲に対しシュミクラムを纏って対峙した。
そして、弾んだ声で
──残念だわっ! 実はねっ、君を最初に見た時から気になっていて! 預言の件が無ければ、交際を申し出ていたところよ! ──
──この気持ちもAIがそうさせているのかしら? あなた、他の女の子に人気があるみたいだけど、あれもAIがそうさせているのかしらね……? ──
──悔しいわ。初恋まで操られちゃうなんてね! ──
──女心を弄んだ罪は重いわよ。たっぷりと悲鳴を聞かせてもらわなきゃ、収まらないほどにっ! ──
──そんな、許し難い事を叫んで夢の中の自分は甲との戦闘を開始した。
その光景を見ていたクリスは、夢の中の自分を八つ裂きにしたい衝動に刈られていた。
……それが、クリスには何より許せなかった。
自分の時のように甲に明確な恋人がいたのであればまだしも、夢の中の甲はまだ誰かと交際している様子はなかった。
ならばあんな下らない真似をしでかさず、素直に交際を申し込んでいれば彼の唯一の恋人になれていたかもしれないというのに……!
クリスは最後には甲の手で倒される夢の中の自分を見て、ざまあ見ろと嘲笑し、その直後……クリスの意識は、急速に現実へと帰還していった……。
「……最悪の夢見ね……」
目を覚まし、ベットから身を起こしたクリスは吐き捨てるようにそう呟いた。
鈍い頭痛が残る中、クリスは意識をハッキリさせる為洗面所で顔を洗い、ふと鏡に映る自分の顔をジッと見つめた。
……一体、今の夢はなんだったのだろうか。
夢を見ている最中は夢の中の自分の所業に怒り狂い、冷静さを失っていたが……考えれば考える程、あの夢の内容は意味不明だった。
夢の内容が訳の分からない内容になる事は、ままある事だ。
所詮夢は人が自分の記憶から無作為に構成した代物なのだから、ちぐはぐなものになるのはある意味当然である。
しかし、あの夢には妙な現実感があった。
まるで、壁を隔てた
「……まあ、夢は夢よね……」
クリスは自分に言い聞かせるようにそう呟き、溜め息を吐いた。気にはなるが、所詮夢の話である。
クリスは寝汗に濡れた寝間着を脱いでハンガーにかけてあった衣服に袖を通し、甲と合流するべく部屋を後にした。
「おはよう、クリス」
部屋を出ると、自分を迎えに来ていたのか甲がいつもの軍服を身に纏って立っていた。
自分の部屋の鍵は当然甲には渡してある為、起きて来るのが遅ければ甲の手で起こされる事になっていただろう。
予定よりも遅くまで寝ていた自覚はあるので、場合によっては着替え中に甲がやって来ていた可能性もある。
その場合、下着姿を見せつけて挑発したり、状況によってはこれ幸いと甲をベットに引き込む事もあるあたり、自分達の関係がどれだけ爛れているかは察して知るべしだが。
生娘でもあるまいし、今更
もっとも、自分は処女だった時から無理やり甲を襲うという暴挙に及んでいるので、どちらにしても変わりはないが。
「ええ、おはよう。貴方が迎えに来るならもう少し寝ていても良かったかしら? たまには貴方に着替えさせて貰うのも良いと思うし」
「おいおい、俺は執事か何かかよ。とにかく、そろそろ叔母さんの所に行くぞ。昨日の事について、きちんと報告しなきゃならないからな」
甲達はあの後、千夏を連れてアークの構造体に帰還した。
施設で保護した少女達の電子体は
もっとも、少女達はあの装置の影響で酷い
これに関してはノイが少女達を見て回り、カウンセリングを行う事で多少なりとも軽減する事が出来ている。
姿形は幼い少女であっても、ノイは歴とした医者である。
医者としての自覚も充分以上に備えており、少女達の為に駆け回るノイには頭が上がらない思いだった。
千夏に関しては、所属が対AI対策班である事もあり迂闊に機密を見せる事は出来ない為、アーク仮想都市の如月寮で亜季の預かりとなっている。
アーク仮想都市にやって来た千夏も再現された如月寮でのかつての仲間達との再会を喜んでおり、今は素直に如月寮に再現された自分の部屋で寛いでいる。
千夏は灰色のクリスマスの際、対地射撃衛星群照射の影響で重症を負い、全身を義体化する事で生き延びたらしい。
全身義体となった当初は生身の身体でない事に対し悲嘆に暮れていたが、入院していた病院で偶然レインと出会ったのだそうだ。
彼女から灰色のクリスマスの真実を探る為に傭兵になる事、そして……何処にいるかは分からないものの、甲が生きている事を知らされたのだという。
どうやらその時にレインとひと悶着あったらしいが、結果として千夏は生きる意欲を取り戻した。
レインを通じてそんな彼女の境遇を知ったらしい対AI対策班の長官……桐島勲がその後の彼女の面倒を見る事になり、その恩を返す為に千夏は対AI対策班に所属する事になったようだ。
……自分の身体が全身義体となった事について、千夏は驚く程あっさりと甲に明かしていた。
本人は「レインと色々やり合ううちに吹っ切れた」と言っていたが、結局レインとの間にどんなやり取りがあったかまでは教えてくれなかった。
それでも、千夏が明るさを捨てずにいられた事は甲としても喜ばしい事である為、その原因となったらしいレインには感謝してもしきれない。
聞けば、対AI対策班に入ってからも千夏は時々レインと連絡を取り合っていたらしい。
本人は認めていないが、この数年でレインと千夏の間には強い絆が結ばれていたようだ。
口ではいがみ合っていても、根本的には波長が合うのだろう。一種の喧嘩友達のような、そんな関係性を形成しているようだった。
ともかく、千夏の扱いについてもこれからの聖良との会談で協議する事になる。
対AI対策班とは明確に敵対はしていないまでも、AI派の筆頭とも言えるアークと反AI主義者の集まる対AI対策班は水と油だ。
どんな些細な事で諍いになるか分からない以上、対処は慎重を期する必要があった。
そうこうしているうちに例の扉を潜ってアーク構造体に自動没入し、甲達は聖良の待つ社長室へと辿り着いた。
一声かけて中に入ると、水晶宮を思わせる荘厳な社長室の中では聖良と永二、それにレインが甲達を待っていた。
「おはよう、甲さん。早速で悪いのだけれど、昨日の作戦で得た情報について……教えて貰えるかしら」
「
そして甲は例の密造業者の構造体での経緯……阿南の部下であるジルベルトを追い、その結果ジルベルトとドミニオンの神子の密談を覗き見た事をまず話した。
そして構造体の深部で謎の機械とそれに囚われた少女達を発見した直後、そこでグレゴリー神父に遭遇し、神父が
話を聞き終えた聖良は、甲を見つめゆっくりと口を開いた。
「……ドミニオンの神子、ね……噂には聞いていたけど、相当に得体の知れない人物のようね」
「ああ、話を聞く限り神父の野郎もその神子とやらに従っている風だし……警戒すべき人物である事は、間違いなさそうだな」
永二の見解に、聖良はこくりと頷き同意した。
「ええ、そんな状況でこちらの存在を見抜き、秘密裏にメールまで送り付けられるなどただ事ではありません。しかし、どうにも行動に一貫性がありませんね」
レインはそう告げると、訝し気に顔を顰めた。
「ジルベルトを脅迫して取引を持ち掛けたかと思えば、その情報を敢えて甲さんに渡すなんて……一体、何がしたいのか良く分かりません」
確かにレインの言う通り、神子の行動には一貫性というものが見られない。
ドミニオンの代表としてジルベルト相手に
彼女の言っている事も意味不明な事が多い為、その真意は全く以て理解不能である。
「叔母さんは、ドミニオンの神子について何か知らないのですか……?」
「……生憎だけど、私も殆ど実態を掴めていないのが現状よ。実体はおろか電子体すら見た者は皆無……通信も逆探知は不可能で、何処から通信しているかは一切不明……」
聖良は額に指を当て、剣呑な表情で続けた。
「運
そう語る聖良の言葉には、隠しきれない畏怖が込められていた。
仮想で出来ない事など殆どないであろう聖良が此処まで言う相手だ、尋常な存在ではないのだろう。
神子の異質さは、画面越しとはいえ何度も遭遇した甲自身も嫌という程思い知っているのだから。
「それから、気になると言えばジルベルトに渡されたという
「阿南の野郎が殺したい野郎ってなると、やっぱ政敵の米内だよな。今度、米内が急な政治集会を行うという情報がある。もしかしたらそこで何か、阿南にとってバラされちゃマズイ事になるスキャンダルでも暴露するつもりかもしれねぇな」
二人の話を聞き、甲はふむ、と思案した。
「それで暗殺、か……短絡的だが、あの様子からして暗殺計画自体あるのは間違いないだろうし……その政治集会を張れば、何か分かりそうだな」
これで、今後の行動方針は概ね決定で良さそうだ。永二も甲の言葉に頷いているし、それを聞いていた聖良も異論はなさそうだ。
……ふと、甲は先日Project Leviathanについて報告した時に、聖良から過去の事件……リヴァイアサン事件について聞いた事を思い出した。
もしかしたら今回も何かそういった知識が聞けるのではないかと期待し、甲は聖良に話を振ってみた。
「叔母さん、その兵器の名称らしきもの……プロトコア、タラスクについて……何か、連想出来るものはありませんか……?」
「……残念ながら、前回と違って
「……伝承、ですか……」
甲がそう呟くと、聖良は難しい表情でええ、と答え話を続けた。
「タラスクというのは、伝承に置いて
リヴァイアサンの、
そう考えれば、確かに無関係とは思えない。益々以て、放置するワケには行かないだろう。
「恐らく、そのジルベルトという男は米内の政治集会に何らかの形で現れる筈よ。渡された兵器を使う可能性もあるから、充分に注意して頂戴……何か、嫌な予感がするのよ」
「聖良さんの嫌な予感とは、おっかねぇな。まあとにかく、その政治集会に張り込むって事で異論はねぇよな。米内も米内で気に入らねぇ野郎だが、恩を売って色々吐いて貰うのも悪かねぇ」
甲は二人の言葉に頷き、頭の中で情報を整理した。
甲の脳内チップで話を聞いていた真は早速米内やその政治集会に関する情報を集め始めており、気が利く仲間の助力には頭が下がる思いだった。
「それから、千夏……対AI対策班に関してはどうしますか? 長官の人柄は、俺もある程度知っていますが……」
「そうね……エイダさんが自殺したと考えていた頃ならまだしも、今の勲さんなら話も通じそうだわ。あちらから話をしたいと言って来ているのであるし、会談に応じるのは吝かではないわね」
聖良の言葉に、永二も頷いて同意する。
「そうだな。勲の野郎もレインの嬢ちゃんと和解してから頭が柔らかくなったみてぇだし、馬鹿な事は言いださねぇだろ」
聖良と永二は、共に長官……桐島勲との会談には乗り気なようだ。
レインは少々複雑な表情をしているものの、表立って反対する気はないらしい。
「じゃあ、早速千夏さんを呼びましょう。彼女から話を通して貰った方が、スムーズに行く筈よ」
その後、社長室に呼び出された千夏は何処かと連絡を取り、中空に表示されたスクリーンに渋い表情をした長身の男性……対AI対策班長官、桐島勲の姿が映し出された。
『まずは、会談に応じてくれて礼を言う。事前説明もなしに私の部下を受け入れてくれて、助かったよ』
「構わないわ。それで、勲さん……貴方個人から話があると聞いたのだけれど、何かあったのかしら? 大切な部下を使者としたのだから、大事な話があるのでしょう?」
聖良の言葉に、長官はうむ、と頷いた。
『ああ、そうだ。本当であればこれは機密漏洩に相当するが、現状は深刻だ……対処を誤れば、最悪の事態が起こり得る。故に私は独断で、貴方方にこの事を告げたいと思う』
長官はそこで一端話を切り、しばし間を置いた後……ゆっくりと、口を開いた。
『先日……統合軍が秘密裏に開発していた
分岐10.千夏は灰色のクリスマス直後にレインに出会い、立ち直っている。
分岐11.長官はAIを憎悪していない。
千夏が立ち直った経緯については、レインと出会った際、「自分は甲を諦めていないがそっちはどうだ」と挑発され、散々喧嘩した末に「よし自分もやってやろうじゃないか」と吹っ切れた感じです。なので、この話の中ではレインと千夏はある意味親友みたいな関係になってます。